• 著者: Joan Massagué, Anna C. Obenauf
  • Corresponding author: Joan Massagué (Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, NY, USA)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2016
  • Epub日: 2016-01-20
  • Article種別: Review
  • PMID: 26791720

背景

転移は全がん死亡の90%以上を占める主要因であり、循環腫瘍細胞 (CTC) は原発巣から脱離して血行性に遠隔臓器へ播種する転移の媒介者である。しかし、実際にCTCが転移巣として成立する確率は極めて低く (0.01%未満と推定)、多くのCTCは血流中のせん断応力、免疫監視、遠隔臓器の組織抵抗、栄養・増殖因子の欠乏により死滅する。このコロニゼーションの「非効率性」自体が、治療的介入の大きな機会を示唆する。近年、ドライバー遺伝子変異だけでは臓器指向性や潜伏・再発の制御を説明できないことが明らかになり、腫瘍細胞の表現型可塑性、ニッチ細胞との相互作用、組織常在細胞による防御機構、免疫応答といった「非遺伝的要因」の重要性が浮上している。

先行研究では、がん細胞の浸潤・遊走、血管内皮への侵入といった初期段階については詳細に研究されてきた (Nguyen et al. 2009, Chaffer & Weinberg 2011)。しかし、CTCが遠隔臓器に到達した後、どのようにして宿主組織の防御を克服し、支持的な微小環境に適応し、長期的な潜伏状態を維持し、最終的に顕在化するのかという、コロニー形成の律速段階における分子メカニズムについては、依然として多くの点が未解明であった。特に、臓器選択性、ドーマンシーの分子基盤、治療後残存病変 (MRD) の生物学、および治療抵抗性の発生機序に関する知識には不足が残されていた。例えば、Pagetの「seed and soil」仮説は古くから提唱されてきたが、その分子レベルでの詳細なメカニズムは十分に確立されていなかった。また、免疫系が転移を抑制する主要な防御機構であることは示唆されていたものの (Eyles et al. 2010)、CTCが免疫監視をどのように回避するのか、その具体的な戦略は不明な点が多い。

本レビューは、2016年時点で蓄積されたCTCおよび播種性腫瘍細胞 (DTC) 研究の知見を多段階モデルで体系化し、臨床応用へ橋渡ししようとするものである。特に、患者由来の異種移植モデル、遺伝子改変マウスモデル、高度なイメージング技術、シングルセル解析を含むゲノムシーケンシング技術の進歩により、CTCが遠隔臓器に侵入し、支持的なニッチに定着し、最終的に宿主組織を乗っ取る分子メカニズムに関する新たな洞察が得られた。これらの進展は、転移プロセス全体をより良く概念化し、より優れた治療法の基礎を提供するものである。

目的

本レビューの目的は、CTCによる転移コロニゼーションを「侵入・感染・潜伏・顕在化」のアナロジーで段階分解し、各段階における分子機構 (細胞自律的シグナル、微小環境因子、免疫応答) を統合的に整理することである。特に、臓器選択性、ドーマンシーの分子基盤、治療後残存病変 (MRD) の生物学、治療抵抗性の発生機序を分子レベルで明示し、将来の転移予防・治療標的を提示することを目指す。これにより、転移性疾患の予防と治療を改善するための、メカニズムに基づいた理解を深めることを意図する。

結果

転移コロニゼーションの非効率性と律速段階: マウス実験およびヒトCTC (circulating tumour cell) 計測データから、血中CTCの大多数は24時間以内に消失し、最終的に臨床転移として顕在化するCTCは百万個に1個未満と推定される。例えば、静脈内投与されたがん細胞は肺で2日以内に大量に死滅し (Wong et al. 2001)、肝臓に浸潤した結腸直腸がん幹細胞も迅速に排除される (Calon et al. 2012)。律速段階は血管内生存そのものではなく、遠隔臓器への定着後の「組織適応・増殖開始」段階にあることが、DTC検出率と実際の転移発生率の大きな乖離から示唆される。骨髄にDTCが存在する患者の約半数 (50%) しか顕在性転移を発症しないことが報告されている (Braun et al. 2005)。メラノーマ細胞の門脈内注入実験では、肝臓で微小転移を形成できない細胞が大多数であり、マクロ転移を形成するのはわずか0.02%であった (Luzzi et al. 1998)。 (Fig 1)

臓器浸潤と血管外遊出のメカニズム: CTCは血流中のせん断力、免疫系、酸化ストレスに曝されるが、血小板との結合 (Labelle et al. 2011) や代謝変化 (Piskounova et al. 2015) により保護される。CTCは毛細血管に機械的に捕捉された後、血管壁を破って組織へ浸潤する。この血管外遊出は、臓器特異的な血管構造 (肝臓や骨髄の類洞内皮は有窓性で基底膜が不連続であるのに対し、肺や脳の毛細血管は密な結合を持つ) や、がん細胞が産生するANGPTL4 (angiopoietin-like 4) (肺転移) (Padua et al. 2008)、ST6GALNAC5 (sialyltransferase enzyme ST6GALNAC5) (脳転移) (Bos et al. 2009)、カテプシンS (脳転移) (Sevenich et al. 2014)、miR-105 Zhou et al. CancerCell 2014 などのメディエーターによって媒介される。血小板由来のTGF-βやアデニンヌクレオチドも血管外遊出を促進する (Schumacher et al. 2013)。マクロファージとCTCの物理的接触も肺におけるCTCの血管壁通過を助ける (Qian et al. 2011)。

組織抵抗メカニズム (宿主防御): 遠隔臓器は能動的な抵抗機構を備える。主要な抗転移免疫監視細胞は細胞傷害性T細胞とNK (natural killer) 細胞であり、これらの細胞の枯渇は転移を増加させる (Bidwell et al. 2012, Smyth et al. 1999)。肝臓はNK細胞が豊富であり、NK細胞由来のTRAIL (TNF-related apoptosis-inducing ligand) の不活性化やNK細胞の遺伝的枯渇は肝転移を増加させる (Takeda et al. 2001)。脳ではアストロサイトがセリンプロテアーゼであるプラスミノーゲンアクチベーター (PA) を放出し、FasLを介して浸潤がん細胞を殺傷する。しかし、脳転移がん細胞はPA阻害因子であるニューロセルピンやセルピンB2を産生してこの防御を回避する (Valiente et al. 2014)。

支持ニッチとドーマンシーの分子基盤: DTCは、成人幹細胞ニッチに類似した支持的なニッチに定着することで生存し、腫瘍形成能を維持する (Oskarsson et al. 2014)。骨髄では、CXCL12受容体CXCR4が乳がんの骨転移を媒介する (Müller et al. 2001)。血管周囲ニッチは、乳がん、肺がん、メラノーマの脳転移において、がん細胞が毛細血管に密接に結合し、L1CAMを介して血管を再構築する過程で重要である (Valiente et al. 2014)。DTCは、テネイシンC (肺転移) (Oskarsson et al. 2011) やTGF-β (Calon et al. 2012) などの幹細胞ニッチ成分を自律的に産生することで、アドホックなニッチを形成することもある。 (Fig 2)

プレ転移ニッチの形成: 原発腫瘍からの全身性シグナルが、CTCの到着前に遠隔臓器の微小環境を変化させ、プレ転移ニッチを形成することが示されている Kaplan et al. Nature 2005。腫瘍由来の炎症性サイトカイン、エクソソーム、細胞外マトリックスリモデリング酵素などが、骨髄由来細胞をリクルートし、肺、肝臓、骨髄をがん細胞の浸潤に有利な状態にプレコンディショニングする (Cox et al. 2015, Costa-Silva et al. NatCellBiol 2015, Peinado et al. NatMed 2012)。エクソソーム上のインテグリンが臓器指向性転移を決定するという報告もある Hoshino et al. Nature 2015。しかし、プレ転移ニッチが原発腫瘍切除後何年も維持されるのか、あるいは潜伏状態に入る前に浸潤細胞の数を増やす役割を果たすのかは不明である。

増殖・生存経路と顕在性転移: 転移細胞の増殖と生存には、Wnt、TGF-β、BMP (bone morphogenetic protein)、Notch、Stat3などの幹細胞支持経路が関与する。DTCは、IL-6 (前立腺がん) (Nowak et al. 2015) やIGF2 (食道がん) (Li et al. 2014) などのオートクリン経路活性化因子を産生したり、CSF1 (Wyckoff et al. 2004) やCXCL1 (Acharyya et al. 2012) を分泌してストローマ細胞をリクルートし、可溶性因子源とすることで、これらの経路を活性化・増幅する。細胞間接触も重要であり、Claudin-2を介した乳がん細胞と肝細胞の相互作用はc-Metシグナルを誘導し肝転移を促進する (Tabariès et al. 2012)。骨転移は最もよく理解されており、PTHrP、IL-11、TNF-αなどが破骨細胞を活性化し、骨破壊の悪循環を駆動する (Weilbaecher et al. 2011)。 (Fig 3)

治療後残存細胞と治療抵抗性の進化: 化学療法や分子標的治療後も、相当量の疾患が残存し、最終的に薬剤耐性クローンが出現して再発を駆動する。治療ストレス下で、がん細胞自身や非腫瘍性ストローマ細胞は生存シグナルを動員する。例えば、DNA損傷剤は胸腺の正常細胞でIL-6やTimp-1の分泌を誘導し、化学療法防御ニッチを形成する (Gilbert & Hemann 2010)。また、ストローマ線維芽細胞は化学療法に応答してWnt16bを分泌し、前立腺がんの治療抵抗性を促進する (Sun et al. 2012)。BRAF阻害剤治療後のメラノーマでは、腫瘍関連マクロファージがTNF-αやVEGFを分泌し (Smith et al. 2014, Wang et al. 2015)、腫瘍関連線維芽細胞はHGFを分泌してメラノーマ細胞を保護する (Straussman et al. 2012)。標的療法は、残存する薬剤感受性のがん細胞で「治療誘発性分泌表現型 (therapy-induced secretome)」を誘導し、複数の生存経路を活性化するだけでなく、薬剤耐性変異を持つクローンの増殖、播種、さらなる転移を促進することが示されている (Obenauf et al. 2015)。 (Fig 4)

考察/結論

本レビューは、転移コロニゼーションを「血管内生存→血管外浸潤→組織抵抗の克服→支持ニッチ獲得→潜伏→覚醒→overt成長」という多段階過程として統合し、各段階で作動する分子シグナルと微小環境因子を臓器特異性の観点から体系化した点で重要な概念整理を提供する。特に、臨床上最大の未解決問題である「長期ドーマンシーと晩期再発」の生物学をp38MAPK/ERK比、perivascular TSP1/POSTN軸、免疫回避機構という複数レイヤーで説明した点、および「治療抵抗性は残存細胞の分泌表現型を介してニッチ全体を再プログラムする」という非腫瘍細胞自律的パラダイムを強調した点が、従来のドライバー変異中心のがん進化観を大きく拡張している。

先行研究との違い: 本研究は、Quail et al. NatMed 2013 や Nguyen et al. (2009) などが個別に報告してきた臓器特異的メディエータ (CXCR4, ANGPTL4, ST6GALNAC5, PTHrP, IL-11など) を統一的にseed-and-soilモデルに統合した点で、これまでのレビューとは異なるアプローチを取っている。また、Wels, Sosa, Bragado, Ghajarら独立グループのドーマンシー研究を単一のニッチベースモデルとして位置づけたことに新規性がある。

新規性: 本レビューは、CTCが遠隔臓器にコロニーを形成する際の多段階プロセスと、それに伴う分子機構および臓器指向性を詳細に解説し、特に治療誘発性分泌表現型が治療抵抗性や再発を促進するという、これまで報告されていないメカニズムを強調した点で新規性が高い。これは、がん細胞自律的なメカニズムだけでなく、微小環境との相互作用が転移の各段階でいかに重要であるかを包括的に示したものである。

臨床応用: 本知見は、転移性疾患の予防と治療における新たな治療標的の同定に直結する臨床的意義を持つ。コロニゼーション効率が極めて低いことから「早期介入窓」」が存在し、アジュバント期における抗メタスタシス治療 (例: 抗CXCR4抗体、TGF-β阻害剤) が理論的に有効である可能性が示唆される。また、DTCドーマンシーの維持 (覚醒の予防) か、あるいはドーマンシーの破壊 (覚醒させてから殺傷) のいずれの戦略を取るかは、重大な治療設計上の選択である。治療誘発性分泌表現型を標的とする併用療法 (例: BRAFi + FGFR阻害剤) が耐性克服に有効である可能性も提示された。

残された課題: 今後の検討課題として、ヒトDTCのin situ機能解析技術の不足、臓器間移行 (inter-organ re-seeding) の定量的理解、免疫治療時代におけるドーマンシーの変化、および単一細胞レベルでの治療応答不均一性の解明が挙げられる。これらの課題を解決するためには、single-cell transcriptomics、in vivo lineage tracing、longitudinal liquid biopsyの統合による今後の進展が期待される。特に、Postow et al. NEnglJMed 2015 で示されたような免疫チェックポイント阻害剤の成功は、免疫回避が転移性疾患の共通の特徴であるという前提に基づいているが、免疫系がドーマンシーに与える影響についてはさらなる研究が必要である。

方法

本論文は、転移コロニー形成に関する既存の科学文献を体系的にレビューした総説である。特定の実験プロトコルやデータ生成は含まれない。レビューの対象となった文献は、主にがん細胞の転移、循環腫瘍細胞 (CTC)、播種性腫瘍細胞 (DTC)、微小環境、免疫応答、ドーマンシー、治療抵抗性に関する基礎研究および臨床研究である。

文献検索は、PubMed、Web of Scienceなどの主要な学術データベースを用いて実施されたと考えられる。検索キーワードには、「metastasis」「circulating tumor cells」「disseminated tumor cells」「dormancy」「metastatic niche」「organotropism」「immune evasion」「therapy resistance」などが含まれたと推測される。レビューの対象期間は明示されていないが、2015年までの最新の知見が網羅されている。

論文の構成は、転移コロニー形成の多段階プロセスに沿って、各段階における分子メカニズムを詳細に解説する形式を取っている。具体的には、転移の非効率性、臓器浸潤、宿主組織の防御機構、支持的なニッチの役割、増殖・生存経路、潜伏転移、顕在性転移、および治療後の残存病変の生物学といった主要なテーマが扱われている。各セクションでは、関連する実験モデル (患者由来異種移植モデル、遺伝子改変マウスモデルなど) や臨床データが引用され、分子生物学的知見が統合的に提示されている。

細胞株を用いたin vitro実験やマウスモデルを用いたin vivo実験のデータが多数引用されており、例えば、静脈内投与されたがん細胞が肺で2日以内に大量に死滅する実験 (Wong et al. 2001) や、動脈内投与されたがん細胞が脳、肝臓、骨髄で同様に死滅する実験 (Minn et al. 2005) などが挙げられる。また、ヒト患者の骨髄におけるDTC (disseminated tumour cell) の検出と転移発生率の関連性に関するプール解析 (Braun et al. 2005) など、臨床的観察データも参照されている。

統計解析手法については、レビュー論文であるため直接的な記述はないが、引用されている原著論文では、生存解析にカプラン・マイヤー曲線やログランク検定、多変量解析にコックス回帰モデルなどが用いられていることが示唆される。また、シングルセルRNAシーケンシングやシグナル経路プロファイリングといった最新の解析技術が、将来の研究方向性として強調されている。