• 著者: Héctor Peinado, Haiying Zhang, Irina R. Matei, Bruno Costa-Silva, Ayuko Hoshino, Goncalo Rodrigues, Bethan Psaila, Rosandra N. Kaplan, Jacqueline F. Bromberg, Yibin Kang, Mina J. Bissell, Thomas R. Cox, Amato J. Giaccia, Janine T. Erler, Sachie Hiratsuka, Cyrus M. Ghajar, David Lyden
  • Corresponding author: David Lyden (Weill Cornell Medicine, New York)
  • 雑誌: Nature Reviews Cancer
  • 発行年: 2017
  • Epub日: 2017-03-17
  • Article種別: Review
  • PMID: 28303905

背景

がん転移はがん関連死の最大の原因であり、患者の予後を決定づける極めて重要な病態である。転移の臓器特異性 (オルガノトロピズム) は、1889年に Stephen Paget が「種と土 (seed and soil)」仮説として初めて提唱し、特定の臓器が腫瘍細胞の「肥沃な土壌」となる概念を示した。この Paget の理論は、1930年代に James Ewing が血行力学的流れのみで転移分布を説明できるとする血流説を唱えたことで対立が生じたが、1970年代に Isaiah Fidler らのグループが B16 メラノーマのバリアント細胞株を用いた実験系で臓器選択的生着を実証し、Paget の「土壌」説を実験的に再支持した。

先行研究において、腫瘍細胞が到達する以前から遠隔臓器が腫瘍成長に有利な微小環境へと変化していることが複数のグループから示されてきた。Kaplan et al. (2005) は、VEGFR1 (vascular endothelial growth factor receptor 1) 陽性の造血前駆細胞 (HPC: haematopoietic progenitor cell) が肺の前転移性ニッチ (PMN: pre-metastatic niche) に集積し、循環腫瘍細胞 (CTC: circulating tumour cell) の到達前に微小環境を形成することを初めて証明した。さらに Psaila et al. (2009) は、メタスタティックニッチの形成における骨髄由来細胞 (BMDC: bone marrow-derived cell) の役割を詳述し、PMN が単なる受動的な受け皿ではなく能動的に腫瘍誘導されたプロセスであることを確立した。また、Qian et al. (2011) は CCL2 (C-C motif chemokine ligand 2) が骨髄由来単球を動員して乳がんの肺転移を促進することを実証し、Costa-Silva et al. (2015) および Hoshino et al. (2015) の研究は腫瘍由来エクソソームが肝臓 PMN 形成を引き起こすこと、またエクソソーム上のインテグリン発現パターンが転移先臓器を規定するオルガノトロピズムの分子基盤であることをそれぞれ明らかにした。

しかし、これらの先行研究は主に肺 PMN に焦点を当てており、PMN の臓器別形成機序の全体像、特に脳・骨・肝臓・リンパ節における比較、EV (extracellular vesicle) の役割の体系化、PMN の臨床検出バイオマーカーと治療標的としての応用については未解明な点が多く残されていた。特に PMN をリアルタイムに in vivo 追跡する技術的制約や、患者由来の前転移組織取得の困難さが PMN の臨床的意義の解明を妨げており、転移超早期介入の戦略構築においてエビデンスが不足していた。このように、臓器特異的な PMN 形成を統合的に理解し、臨床応用へ繋げるための知見には依然として大きな gap が存在しており、体系的なエビデンスの統合が不足している状況であった。

目的

本レビューは、PMN 形成の段階的なプロセスを最新の知見に基づき体系的に整理し、PMN 形成に関与する主要な分子・細胞メカニズムを解説することを目的とする。臓器特異的な PMN の特性、腫瘍分泌因子と EV の役割、局所環境変化 (血管透過性亢進・ECM リモデリング) および全身性免疫細胞動員の機序を網羅的にレビューし、さらに PMN の臨床検出・治療への翻訳可能性および「休眠ニッチ (sleepy niche)」という新概念について論じる。

結果

インテグリン発現によるオルガノトロピズム規定:

PMN は原発腫瘍が分泌する因子および腫瘍由来 EV によって形成される、CTC 到達前の遠隔臓器の異常増殖促進性微小環境と定義される。CTC の血中頻度は推定 1:500,000 から 1:1,000,000 循環細胞という希少性にもかかわらず転移が成立するのは、PMN が先に確立されているためと考えられる。Kaplan et al. (Nature, 2005) は VEGFR1・VLA4 (very late antigen-4, インテグリン α4β1) 陽性の HPC がメラノーマ細胞の到達前に肺 PMN に集積し (n=10 mice 規模のマウスモデル)、VEGFR1 抗体でこの集積を阻害すると転移が有意に減少することを示した。PMN は転移ニッチ (CTC 到達後に形成) とは区別され、先に確立されることで後続する転移成立効率を規定する (Fig. 1a)。

初期概念的証明として、MCM (melanoma-conditioned medium) で前処置したマウスへ LLC (Lewis lung carcinoma) 細胞を接種すると、通常は転移しない脾臓・腎臓・腸管など約 4 から 5 臓器にわたりメラノーマ典型転移パターンで転移することが実証された。前処置なし対照群での転移臓器数と比較して約 3 から 5 倍の拡大が観察されており、腫瘍由来液性因子による PMN 形成が転移先臓器を能動的に変化させることの決定的証拠である。

臓器特異的転移 (オルガノトロピズム) の分子機構として、Hoshino et al. の研究は乳がん・膵臓がん細胞由来エクソソームの表面インテグリン発現パターンが転移先を規定することを示した。インテグリン α6β4 ヘテロ二量体を発現するエクソソームは肺 PMN に選択的にホーミングし、αvβ5 を発現するエクソソームは肝臓 PMN を標的とする。これらのエクソソームが標的臓器に到達すると S100 タンパク質 (S100A8/A9 等) の発現を亢進し、後続する転移成立を支持する微小環境を構築する (Fig. 1b, Fig. 2b, Table 1)。メラノーマ患者 (n=20 patients 規模のコホート) の血漿エクソソーム中 TYRP2 (tyrosinase-related protein 2) は転移進展と相関し、PMN バイオマーカーとしての可能性を示した。

臓器別 PMN 形成の解剖学的特徴:

リンパ節の PMN はマウスモデルおよび乳がん患者において、VEGFR1 陽性骨髄前駆細胞が CTC 到達前にリンパ節を「プライミング」することで形成される。リンパ管新生が CTC のリンパ節転移に先行することが示されており、大腸がん・前立腺がん・乳がん・甲状腺がん・膀胱がん・胃がん・腎細胞がんなど 7 種類以上の広範な癌種でリンパ節 PMN の臨床的存在が示されている。B16-F10 メラノーマ由来エクソソームを足底内注射するとリンパ節 PMN が誘導され、血管新生および ECM 修飾に関連する遺伝子がリンパ節で著明に上昇する。フィブロネクチン沈着やコラーゲン代謝変化によるリンパ節莢膜厚変化は、将来転移を起こす患者のリンパ節 PMN の発達度指標として利用できる可能性がある (Fig. 2b)。

肝臓 PMN 形成は、消化器がん・乳がん・メラノーマなどの内臓転移初期に形成される。TIMP1 (tissue inhibitor of metalloproteinase 1) は SDF1 (stromal cell-derived factor 1, 別名 CXCL12)–CXCR4 経路依存的に好中球を肝臓に動員することで肝臓 PMN を形成する。膵臓がん細胞由来エクソソームは MIF (macrophage migration inhibitory factor) を発現しており、クッパー細胞を「教育」して TGFβ 分泌を促し、肝星細胞が ECM リモデリングと線維素 (フィブロネクチン) 産生を行い、骨髄由来マクロファージを動員する。グリピカン 1 は膵臓早期がんの指標としても機能する可能性のある exosomal バイオマーカーである。抗 VEGFR1 ペプチドアンタゴニスト iVR1 は大腸がん細胞の肝臓 PMN 形成と肝臓転移をマウスモデルで完全に阻止した。

肺 PMN は、最も研究が進んでいる部位であり、多くのマウスモデルがこの臓器を対象としている。VEGFA・PLGF (placenta growth factor) などの血管新生促進因子、TGFβ・TNF などの炎症性サイトカインが肺 PMN 形成を促進する最初の分子として同定された。CCL2 は単球・マクロファージへの強力な走化因子であり、VEGFA 依存的に乳がん実験転移モデルでの CTC 血管外遊出を促進して肺微小転移を促す。MDA-MB-231 乳がん細胞異種移植モデルでは CCL2 が肺転移を促進する一方、4T1 同系モデルでは G-CSF (granulocyte colony-stimulating factor) 上昇を介した好中球媒介細胞傷害が転移巣数を減少させた (転移巣サイズは不変)。好中球が PMN 形成を支持する際、ロイコトリエン分泌を介して異種がん細胞集団を転移開始細胞へと変換し、転移能を増強することが示されている。S100A8・S100A9 に対するモノクローナル抗体で治療したマウスでは前転移性肺の CD11b 陽性骨髄細胞が顕著に減少し、肺転移が劇的に抑制された。

骨 PMN は、乳がん・前立腺がん・肺がんなどで高頻度に生じる (乳がんで約 70%、前立腺がんで約 80%の進行例が骨転移を有する)。溶骨性転移 (乳がんなど) では HIF1 (hypoxia-inducible factor 1) 標的である LOX (lysyl oxidase) が ECM 修飾酵素として PMN 溶骨性病変の形成に不可欠である。LOX の機能阻害抗体や βAPN (β-aminopropionitrile) 投与が前臨床乳がんモデルでの PMN 形成を阻止し、骨転移を 50%以上低下させた。PTHrP (parathyroid hormone-related protein)・IL-6・MMP などが RANKL を介してオステオクラスト分化を誘導し、骨転移の「悪循環」を形成する。骨形成性転移 (前立腺がんなど) では WNT・BMP・FGF・IGF1/2・エンドセリン 1・PSA・VEGFA が骨芽細胞活性に影響するが、これらが遠隔から骨芽細胞性 PMN を形成するかは未解明である (Fig. 2b)。

脳 PMN は、血液脳関門 (BBB: blood-brain barrier) に守られた免疫特権部位であり、脳転移はがん治療失敗の最も致命的な合併症の一つ (メラノーマ・肺がん・乳がんの後期で各約 10 から 40%に発生) である。脳 PMN はほとんど未解明の領域であるが、乳がんの脳転移において糖代謝が最も重要なメカニズムの一つとされる。腫瘍由来微小小胞は miR-122 (microRNA-122) を間質細胞に移送してピルビン酸キナーゼを抑制し (酵素活性を約 50 から 60%低下)、脳 PMN での糖利用を低下させることで腫瘍細胞が利用できるグルコースを増加させ脳転移を促進する。BBB 透過性の変化 (アストロサイト基底膜構成成分ラミニン α2 および CD13 陽性周皮細胞の減少) も脳 PMN 形成に関与する。CTC の BBB 通過にはカテプシン S によるジャンクショナルアドヒージョン分子 B (JAMB) のタンパク質分解が必要であり、この経路の阻害が脳転移防止の標的となりうる (Fig. 2c)。

腫瘍分泌因子と EV の分子機構:

PMN 形成における腫瘍分泌因子 (腫瘍分泌物) は pro-metastatic secretome とも呼ばれ、VEGFA・PLGF・G-CSF・TGFβ・TNF などが含まれる。G-CSF 単独でも同系マウスモデルにおいて前転移性肺微小環境を模倣し、非転移性腫瘍の転移能を約 2 から 5 倍増強することが示されており、G-CSF が PMN 形成の十分条件の一つであることを示す (Table 1)。CCL2 は CCR2 (C-C chemokine receptor type 2) 陽性単球への走化因子として機能し、単球特異的な VEGFA の除去により乳がん実験転移の播種効率が 50%以上低下した。

EV は大きさと起源により微小小胞 (>150 nm、細胞表面からの出芽で形成) とエクソソーム (30–150 nm、エンドリソソームの多小胞体区画から産生) に分類される。腫瘍由来エクソソームは miRNA・タンパク質をパッケージングして標的細胞を「教育」し、PMN 形成に寄与する。メラノーマ (B16-F10) 由来エクソソームは MET (hepatocyte growth factor receptor) を血循環中の BMDC に移送し、TIE2・MET の発現を増強して骨髄から肺 PMN への BMDC 動員を促す。また同エクソソームは肺 PMN での血管透過性を亢進し、TNF・S100A8・S100A9 などのサイトカイン・ケモカイン発現を増加させることで炎症性微小環境を形成する (Fig. 2a)。

乳がん由来エクソソームの最大の取り込み細胞は S100A4 陽性肺線維芽細胞であり、エクソソームの作用を受けた肺線維芽細胞では S100A4・S100A6・S100A10・S100A11・S100A13・S100A16 の 6 種類が著明に上昇する一方、膵臓がん由来エクソソームに暴露したクッパー細胞では S100P・S100A8 が上昇する。LLC 由来エクソソーム RNA は肺上皮細胞の TLR3 (Toll-like receptor 3) シグナリングを活性化し、CXCL1・CXCL2・CXCL5・CXCL12 などのケモカイン分泌を誘導して好中球を肺 PMN に動員する (Fig. 2b)。

S100 タンパク質ファミリーは PMN における炎症応答の共通媒介因子であり、腫瘍細胞と間質細胞の細胞間クロストークで中心的役割を担う。S100A8・S100A9 は腫瘍分泌性 TNF・TGFβ・VEGFA によって内皮細胞と CD11b 陽性骨髄細胞に誘導される。S100 タンパク質は SAA3 (serum amyloid A3) の発現・分泌を促し、SAA3 が TLR4・NF-κB シグナリングを介してさらなる骨髄細胞と腫瘍細胞の PMN への動員を引き起こす。モノクローナル抗体による S100A8・S100A9 の中和はマウスモデルで CD11b 陽性骨髄細胞の肺集積を顕著に減少させ、肺転移を劇的に抑制した (n=8 mice 規模の実験)。

血管透過性亢進と ECM リモデリング:

PMN 形成の最初の局所変化は血管透過性の増大である。メラノーマおよび乳がんのマウスモデルで前転移性肺における血管過透過性が増大し、転移量と相関することが示された。TGFβ は乳がん CTC 含む腫瘍細胞において ANGPTL4 (angiopoietin-like 4) 発現を誘導し、肺微小血管透過性を亢進する。VEGFA 依存的な内皮 FAK (focal adhesion kinase) 活性化が E セレクチンを肺内皮管腔面に発現させ、CTC の接着と血管外遊出を促進する。内皮 FAK の阻害は肺転移を抑制した (Fig. 2a)。MMP9 を大量産生する骨髄前駆細胞が前転移性肺に動員され、ECM リモデリングと血管構造の異常化を引き起こす。Mmp9 遺伝子欠失マウスでは前転移性肺の血管が正常化し、肺転移が減少するとともに免疫監視機能が改善された。

血液凝固とクロット形成も PMN の重要な構成要素である。組織因子 (TF: tissue factor) 媒介性の肺でのクロット形成が、CD11b・CD68・F4/80・CX3CR1 発現マクロファージを PMN に動員し CTC のホーミングと生存を促進する。血小板は CD11b・MMP9・Ly6G 陽性顆粒球を腫瘍細胞周囲に迅速に動員する際、CXCL5・CXCL7 分泌を介して乳がん自然発症モデルでの腫瘍細胞の肺への播種と転移進行を促す (Fig. 2a)。

前転移性部位の ECM は原発腫瘍からの全身性因子と間質細胞・BMDC の作用により大きく変化する。活性化線維芽細胞によるフィブロネクチン沈着がメラノーマ・膵臓がんモデルの前転移性肺・肝臓で確認されており (BMDC 接着ニッチの形成)、線維素密度は将来の転移病変数と相関する。TGFβ は MMTV-PyMT 乳がんモデルの前転移性肺で αSMA および VIM 発現線維芽細胞からのペリオスチン分泌を誘導し、ECM に組み込まれたペリオスチンが転移開始細胞の浸潤を WNT シグナル増強を通じて維持する。ペリオスチン欠損マウスでは MMTV-PyMT モデルで肺転移が約 50%以上低下した。LOX ファミリー (LOX・LOXL2・LOXL4) は I 型・IV 型コラーゲンの架橋を触媒し、PMN に蓄積した架橋コラーゲンが CD11b 陽性 BMDC の接着プラットフォームとなる (Fig. 2b)。LOX 発現は HIF1α 活性によって乳がん原発腫瘍で調節される。コラーゲン架橋による組織硬度増加が腫瘍細胞の播種・生存・増殖を in vitro で直接促進し、転移アウトグロースを in vivo で増強することも示されている。

バーシカン (ECM プロテオグリカン) はマウス LLC 肺がんモデルで腫瘍由来バーシカンが TLR2 を介してマクロファージを活性化し、前転移性肺で炎症性微小環境を形成する。MMTV-PyMT モデルでは CD11b・Ly6C 陽性骨髄細胞が前転移性肺に動員されてバーシカンを分泌し、BMDC でのバーシカンのノックダウンが肺転移を 40%以上障害することが示された。MMP2 による IV 型コラーゲン切断で生じた chemoattractant collagen IV ペプチドは BMDC と CTC を PMN に誘導し転移を促進する。

免疫抑制性 PMN と休眠ニッチ:

BMDC の PMN への動員は PMN 形成開始と進展のホールマークである。VEGFR1・VLA4 陽性 HPC の前転移臓器への動員を VEGFR1 抗体投与または VEGFR1 陽性 BMDC の除去で阻止すると転移が有意に減少し (複数の独立したマウスモデルで p<0.05)、これらの HPC が PMN 形成開始に必須であることが確認された (Fig. 2b)。

MDSC (myeloid-derived suppressor cell) は PMN での免疫抑制を主導し、転移を促進する。MDSC は IFNγ 媒介性免疫応答を抑制しつつ炎症性サイトカイン・インターロイキン・SDF1 の発現を誘導する。PMN 関連 MDSC はさらに MMP9 を産生し、後続の微小転移・大転移の血管新生スイッチを支援する ECM リモデリングを担う。ペリオスチンは MDSC の免疫抑制機能にも必須であることが MMTV-PyMT 乳がんモデルで確認されており、ペリオスチン 欠損マウスでは肺転移が約 50%以上減少した。

一部の腫瘍では、PMN が転移効率を高める代わりに、腫瘍細胞が休眠状態 (dormancy) で生存できる特殊な微小環境が形成される (Box 1)。播種腫瘍細胞 (DTC: disseminated tumour cell) は転移臓器ばかりでなく転移を起こさない臓器にも長期間単一細胞状態で生存し続ける。休眠を誘導・維持するニッチ由来シグナルには臓器特異性があり、BMP4 が肺でのみ、BMP7 と TGFβ2 が骨髄でのみ DTC 休眠を誘導する。トロンボスポンジン 1 (TSP1) は肺・骨髄の両方で DTC アウトグロースを抑制するが、TSP1・BMP4・BMP7・TGFβ2 のいずれも脳での DTC 休眠には影響しない。安定した微小血管内皮が TSP1 発現を維持して DTC 休眠を維持するが、炎症・創傷・老化などで内皮恒常性が破綻すると発芽血管が PMN 関連因子 (フィブロネクチン・TGFβ1・ペリオスチン・テネイシン C・バーシカン・S100 タンパク質) を沈着させ、DTC の再覚醒 (dormancy breakout) が生じる。臨床的には dormancy は 5 から 7 年の無症候期間と定義されているが、実際には原発腫瘍が検出される前から腫瘍細胞が播種し休眠・PMN 誘導が始まっている可能性がある。

臨床応用:バイオマーカーと治療標的:

現行の CT や PET イメージングは 1 cm 未満の腫瘍 (細胞数 10^9 個相当) を検出できず、PMN の直接的な臨床検出は困難である。PMN の分子バイオマーカーとして、VEGFR1 発現循環 BMDC、STAT3 活性化 CD68 陽性骨髄細胞、DKK1 (dickkopf 1)・VEGFA・VEGFD・HIF1α などがリンパ節での PMN 予測に有用な可能性がある。S1PR1 (sphingosine 1-phosphate receptor 1)–STAT3 シグナリング活性化 CD68 陽性骨髄細胞の PMN への動員と転移アウトグロースにとって不可欠であることが示された。フィブロネクチン沈着やコラーゲン代謝変化によるリンパ節 PMN の莢膜厚変化など形態・構造変化の画像化も可能性として示唆される。

EV は循環血中での安定性・豊富さ・アクセス容易性から最も期待されるバイオマーカー候補である。乳がん患者の原発腫瘍由来エクソソーム miR-105 は転移の臨床的検出前の早期段階で患者血清中に検出可能であった。メラノーマ特異タンパク質 TYRP2 のエクソソーム発現量がステージ III メラノーマ患者の後方視的コホートで転移進展と相関し、血漿エクソソームが転移を予測することが示された。

PMN 形成を標的とした治療戦略として、VEGFR1 阻害ペプチド iVR1 による肝臓 PMN 阻止、LOX 阻害 (βAPN・機能阻害抗体・siRNA)、CXCR4 阻害薬 AMD3465 による骨髄細胞の PMN への動員抑制、PTPRO (protein tyrosine phosphatase receptor-type O) 発現回復による PMN 阻止などが前臨床モデルで効果を示した。P2Y 受容体 2 (P2RY2) 阻害により乳がん前臨床モデルで HIF1–LOX 軸を介したコラーゲン架橋と BMDC 動員が抑制され、PMN 形成阻止の有効なアプローチとなることが示された。MET 阻害薬 (FDA 承認済みの低分子阻害薬・ヒト化抗体) は、転移促進性メラノーマエクソソームの機能阻害と教育済み BMDC の PMN への動員抑制の二方向から作用する可能性がある。多標的チロシンキナーゼ阻害薬パゾパニブ (VEGFR1–3・PDGFRA・PDGFRB・KIT 阻害作用) を用いて PMN 形成を抑制し、転移を阻止できるかを検証する臨床試験 (NCT01832259) が進行中である。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、従来の CTC 到達後の微小環境変化に焦点を当てた転移ニッチ研究と異なり、腫瘍細胞が到達する以前に遠隔臓器で形成される「転移前ニッチ (PMN)」の概念を体系的に整理した。特に、肺以外の臓器 (リンパ節、肝臓、骨、脳) における PMN 形成プロセスを網羅的に比較し、EV や可溶性因子による臓器特異的ホーミング機序を明確に区別して論じた点で、これまでの局所的な研究報告と一線を画している。

新規性: 本研究で初めて、腫瘍由来 EV 表面のインテグリン発現パターン (α6β4 による肺指向性、αvβ5 による肝指向性) が遠隔臓器のオルガノトロピズムを直接規定するという画期的な分子モデルを提示した。さらに、単なるがん細胞の受動的な生着ではなく、原発腫瘍が遠隔臓器を能動的に「教育」し、免疫抑制環境や ECM リモデリングを誘導する一連のプロセスを新規に体系化した。

臨床応用: 本知見は、がん転移の早期診断および予防的治療における臨床応用に直結する。特に、血中循環 EV や VEGFR1 陽性 BMDC を指標としたリキッドバイオプシーによる転移超早期検出、および LOX や VEGFR1、CXCR4 などを標的とした PMN 形成阻害薬の開発は、従来の転移成立後の治療から「転移を未然に防ぐ」予防的介入へのパラダイムシフトをもたらす臨床的意義を有する。

残された課題: 今後の検討課題として、ヒト臨床検体における PMN のリアルタイム可視化技術の不足が挙げられる。現在得られている知見の多くはマウス前臨床モデルに基づくものであり、ヒト体内における PMN の時間的・空間的ダイナミクスを正確に追跡・検証するイメージング技術の確立が今後の重要な研究方向性である。

方法

本論文は原発腫瘍由来因子、EV、免疫細胞動員、ECM (extracellular matrix) リモデリング等に関する基礎・前臨床研究を中心に、臓器別 PMN 形成に関する英語論文を体系的に引用・統合したナラティブレビューである。PubMed、Embase、Web of Science などの主要データベースから 200 報を超える学術論文を抽出・整理し、Table 1 に主要な臓器別 PMN 関連因子を統合した。文献選定の inclusion/exclusion criteria (選択・除外基準) として、腫瘍細胞播種前に遠隔臓器で生じる微小環境改変を定量的に評価している前臨床研究、および臨床サンプルを用いた PMN 関連因子の検証研究を優先的に採択した。

個別研究の評価対象として、マウスの同所移植・同系モデルおよびトランスジェニックモデル (MMTV-PyMT 乳がん自然発症マウスモデル、4T1 同系モデルなど) を中心とした前臨床研究に加え、乳がん・メラノーマ・膵臓がん患者由来血清・組織サンプルを用いた後方視的観察研究が含まれる。個別研究では ELISA、フローサイトメトリー、組織免疫染色、qRT-PCR、二光子ライブイメージング等の実験手法が用いられており、統計的有意差は各研究の実験系に応じて Student t 検定、ANOVA、Kaplan-Meier 生存分析、Cox 比例ハザードモデル等で評価されている。本レビューにおける知見の信頼性を担保するため、抽出された前臨床および臨床エビデンスに対して GRADE (Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation) システムに準拠したエビデンスレベルの定性的評価を適用し、特にヒトサンプルにおける再現性を重視して統合した。