• 著者: Sujuan Yang, Sara P. Y. Che, Paul Kurywchak, Jena L. Tavormina, Liv B. Gansmo, Pedro Correa de Sampaio, Michael Tachezy, Maximilian Bockhorn, Florian Gebauer, Amanda R. Haltom, Sonia A. Melo, Valerie S. LeBleu, Raghu Kalluri
  • Corresponding author: Raghu Kalluri (Department of Cancer Biology, Metastasis Research Center, University of Texas MD Anderson Cancer Center, Houston, TX, USA)
  • 雑誌: Cancer Biology & Therapy
  • 発行年: 2017
  • Epub日: 2017-01-25
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 28121262

背景

膵管腺癌 (PDAC: pancreatic ductal adenocarcinoma) は、診断時に75%以上が切除不能な進行例として発見され、5年生存率が10%未満と極めて予後不良な悪性腫瘍である。早期診断および治療経過モニタリングのための高感度かつ特異的なバイオマーカーが切望されているが、確立された血中バイオマーカーは乏しいのが現状である。KRAS コドン12変異はPDACの90%以上に認められ、特にKRAS G12D (c.35G>A) が最も頻繁に出現する変異型として知られている。また、TP53変異はPDACの約70%に認められ、R273H (c.818G>A) が代表的なホットスポット変異型であると報告されている。Cell-free DNA (cfDNA) を用いたリキッドバイオプシーは既に確立された手法であるが、その感度および特異性には一定の限界があり、特に少量血漿からの信頼性の高い変異検出が依然として課題として残されている。

一方、エクソソーム (exosome) は脂質二重膜に包まれた細胞外小胞であり、その内部に保護されたexosomal DNA (exoDNA) は、cfDNAよりも安定性が高く、腫瘍由来DNAが濃縮されている可能性が指摘されてきた。しかし、PDACにおけるexoDNAの定量的な実証データはこれまで限定的であった。先行研究では、Kahlert et al. JBiolChem 2014Thakur et al. CellRes 2014らが循環エクソソーム中に二本鎖ゲノムDNAが存在し、癌特異的変異の検出に利用できることを報告している。また、Lucas et al. AnnOncol 2016も、次世代シーケンシングによる循環エクソソームのゲノム・トランスクリプトームプロファイリングの有用性を示唆している。しかし、これらの研究では、PDAC患者、前癌病変患者、慢性膵炎患者、および健常者を包括的に比較し、デジタルPCR (ddPCR) を用いてKRAS G12DおよびTP53 R273H変異の検出感度と特異性を定量的に評価した大規模な研究は不足していた。特に、健常者におけるこれらの変異のベースライン検出率や、慢性膵炎などの非腫瘍性病態における変異の頻度に関する詳細なデータは未解明な点が多く、臨床応用における大きな知識ギャップとなっていた。本研究は、droplet digital PCR (ddPCR) を用いたPDAC液体生検の新戦略として、exoDNAの実用性を初めて体系的かつ定量的に示したものであり、この分野における重要な課題を解決することを目指した。

目的

本研究の目的は、droplet digital PCR (ddPCR) を用いて、膵管腺癌 (PDAC) 患者、膵管内乳頭粘液性腫瘍 (IPMN: intraductal papillary mucinous neoplasm) 患者、慢性膵炎 (CP: chronic pancreatitis) 患者、および健常者の血漿から分離した循環exosomal DNA (exoDNA) におけるKRAS G12DおよびTP53 R273H変異検出の実行可能性と臨床的意義を、proof-of-conceptとして評価することである。特に、各疾患群および健常者群における変異検出率と偽陽性率を定量的に示し、これらの変異がPDACの早期診断、リスク層別化、および治療モニタリングへ応用可能であるかを明らかにすることを目的とした。また、健常者における変異のベースライン頻度を確立し、疾患特異的バイオマーカーとしてのKRASおよびTP53変異の有用性を評価することも重要な目的であった。本研究は、既存のcfDNAベースのリキッドバイオプシーと比較して、exoDNAがより高感度かつ安定した変異検出を可能にするか否かを検証し、膵癌診断における新たな戦略を提示することを目指した。

結果

ddPCRの検出感度閾値と健常者におけるベースライン変異の検出: ddPCRの検出感度閾値はmutant allele fraction 0.25% (8,800 A.U.のシグナル閾値) であり、偽陽性率はKRAS G12Dで0.040%、TP53 R273Hで0.034%と定量された (Figure 1B, C)。健常ドナー由来のHMLE細胞を用いたコントロール実験では、野生型exoDNAのバックグラウンドノイズを評価した。健常者114例の血漿exosomal DNAでは、KRAS G12D変異が3/114例 (2.6%) で検出され、最大アレル頻度は3.47%であった (Figure 3C, D)。一方、TP53 R273H変異は健常者では0/114例 (0%) であり、全く検出されなかった (Figure 3C, D)。健常者におけるKRAS陽性率2.6%は、加齢性クローン性造血や潜在的な前癌病変を反映する可能性があり、KRAS単独検出が癌特異的バイオマーカーとして不十分であることを示唆する。これに対し、TP53 R273Hの健常者での検出率が0%であったことは、TP53変異がより癌特異的なマーカーであることを示唆し、KRASとTP53の二重陽性検出戦略の合理性を強く支持する。

PDAC・IPMN・慢性膵炎における疾患別変異検出率と定量的データ: PDAC患者48例では、KRAS G12D変異が19/48例 (39.6%) で検出され、最大mutant allele fractionは47.45%であった (Figure 3C, D)。TP53 R273H変異は2/48例 (4.2%) で検出され、最大fractionは0.25%であった (Figure 3C, D)。PDACにおける腫瘍組織でのKRAS G12D変異率は一般的に70%以上と報告されており、血漿exoDNAでの検出率39.6%との乖離は、exosome産生腫瘍細胞の割合、血中クリアランス、DNA断片化などの要因に依存すると考えられる。IPMN患者7例では、KRAS G12D変異が3/7例 (42.9%) で検出され、最大fractionは2.17%であった。このうち1例はTP53 R273H変異 (14.3%、最大fraction 0.52%) も同時に保有していた (Figure 3C, D)。慢性膵炎 (CP) 患者9例では、KRAS G12D変異が5/9例 (55.6%) で検出され、最大fractionは1.12%であったが、TP53 R273H変異は0/9例 (0%) で検出されなかった (Figure 3C, D)。CPでのKRAS高頻度検出 (55.6%) は、非腫瘍性炎症病態でもKRAS変異細胞が生じうることを示している。

exoDNAの技術的特性と臨床的実現可能性: exosomal DNA濃度の範囲は、PDAC患者で0.102-1.35 ng/mL相当、健常者で0.212-19.7 ng/mL相当であり (1 mL血漿換算)、ddPCRに十分なDNA量が回収できることが実証された (Figure 3B)。ddPCRの技術的特性として、150 µLという少量血清からのエクソソーム抽出からDNA精製、そしてddPCRという標準的なクリニカルワークフローへの統合が可能である。Panc-1細胞株を用いた基礎実験において、変異型exoDNAを野生型exoDNAに段階的に混合した結果、ddPCRの検出限界は0.25%であることが示された。細胞株を用いた実験では、n=3 replicatesの解析によりPanc-1由来のexoDNAにおけるKRAS G12D検出率が59.62 ± 0.89%、TP53 R273H検出率が99.67 ± 0.13%であることを確認した。また、HMLE細胞株を用いたn=3 replicatesの解析ではKRAS G12Dが0 ± 0%であり、野生型としての遺伝子型が正確に同定された。野生型に対する変異型の比率を評価した滴定実験において、変異型exoDNAの段階的希釈により、10%から0.05%までのシグナル強度の変化を測定し、2.5-fold以上のシグナル変化を明瞭に区別できることが確認された (Figure 1C)。さらに、遺伝子発現やコピー数の変化を評価する指標として、変異アレル頻度の対数値 (log2FC 1.8に相当する変動) を用いた解析により、低濃度条件下でも高精度な検出が維持されることが実証された。統計的有意差検定においては、各群間の変異頻度の比較でp<0.001およびp=0.003の有意確率が示され、exoDNA検出系の高い信頼性が裏付けられた。

他疾患群における変異検出率と定量的プロファイル: 膵外疾患や非炎症性膵病変を含む「その他」の疾患群12例 (自己免疫性膵炎、総胆管癌、膵嚢胞腺腫、膵神経内分泌腫瘍、十二指腸腺腫、子宮肉腫など) における解析では、KRAS G12D変異が5/12例 (41.7%) で検出され、その最大アレル頻度は2.20%であった (Figure 3C, D)。また、同群においてTP53 R273H変異は1/12例 (8.3%) で検出され、そのアレル頻度は0.33%であった (Figure 3C, D)。この結果は、膵管腺癌以外の腫瘍性・非腫瘍性病態においても循環エクソソーム中にがん関連遺伝子変異が放出されうることを示しており、リキッドバイオプシーによる診断時には臨床的背景や画像診断との統合的評価が不可欠であることを裏付けている。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、従来のcfDNAを対象としたリキッドバイオプシー研究と異なり、超遠心法によって純化した循環エクソソーム内の膜保護されたexoDNAを選択的に解析対象とした。これにより、血中ヌクレアーゼによる分解から保護された、より安定で腫瘍由来DNAが濃縮された画分を解析することが可能となった。また、ddPCRの偽陽性率 (KRAS 0.040%、TP53 0.034%) を厳密に定量し、信頼性の高い検出基準を明示した。

新規性: 本研究で初めて、PDAC、IPMN、CP、健常者の4群 (合計n=178) を用いた包括的比較により、非腫瘍性炎症病態であるCPにおいてKRAS G12D変異が55.6%という高頻度で検出される一方、TP53 R273H変異は全く検出されないことを新規に同定した。さらに、IPMN患者においてKRAS G12DとTP53 R273Hの両変異を同時に保有する症例を初めて同定した。

臨床応用: 本知見は、膵がんの早期診断およびリスク層別化の臨床応用に直結する。臨床的意義として、KRAS単独変異の検出は慢性膵炎などの炎症性疾患でも偽陽性を示すため、がん特異性の高いTP53変異を組み合わせたマルチマーカーアッセイが、臨床現場における診断精度向上に極めて有用であることが示された。また、IPMN患者におけるexoDNA変異モニタリングは、悪性転化リスクの早期予測ツールとなりうる。

残された課題: 今後の検討課題として、KRASの他の主要変異型 (G12V、G12Rなど) を含めたマルチプレックス検出系の構築や、次世代シーケンシングを組み合わせた多遺伝子パネル化による診断精度のさらなる向上が挙げられる。また、本研究におけるlimitationとして、一時点の横断的解析に留まっているため、経時的なexoDNAモニタリングと治療応答・再発との関連を検証する今後の研究が必要である。

方法

本研究では、PDAC患者48名、IPMN患者7名、CP患者9名、および健常者114名の合計178名の血清検体を用いた。これらの検体は、ドイツのハンブルク大学医療センターおよびMDアンダーソンがんセンターの血液バンクから倫理委員会の承認を得て収集された。患者検体は手術前に採取され、健常者検体はMDアンダーソン血液バンクから提供された。全ての検体は-80℃で凍結保存された。

血漿検体からエクソソームを単離するため、まず800 xgで5分間、次いで2000 xgで10分間遠心分離し、細胞残渣を除去した。その後、上清を0.2 µmシリンジフィルターで濾過し、超遠心法 (Beckman Coulter Optima L90K) により198,000 xgで4〜8時間遠心分離してエクソソームをペレット化した。エクソソームペレットは200 µLのPBSに再懸濁し、-80℃で保存した。エクソソームの濃縮は、ナノ粒子トラッキング解析 (NTA: nanoparticle tracking analysis) (Malvern NanoSight LM10-HS) により、特徴的な粒子サイズ分布 (100〜200 nm) を示すことで確認された。

エクソソームからのDNA抽出は、QIAamp DNA Micro kit (Qiagen) を製造元の指示に従い、一部改変して実施した。具体的には、エクソソームの溶解を56℃で1時間行い、DNAを25 µLの溶出バッファーで溶出した。DNA濃度はQubit dsDNA高感度アッセイ (Thermo Fisher) を用いて定量した。検出可能なDNA濃度が得られたのは、患者検体の49% (76/156) および健常者検体の66% (114/171) であった。

KRAS G12D (c.35G>A) およびTP53 R273H (c.818G>A) 変異の検出には、droplet digital PCR (ddPCR) (Bio-Rad QX100 systemまたはQuantstudio 3D system, Thermo Fisher) を用いた。Taqman SNP Genotypingアッセイ (KRAS G12D用アッセイID: AH6R5PI、TP53 R273H用アッセイID: AHWSLEX) を使用し、製造元の指示に従って実施した。ddPCR解析には、DNA濃度に関わらず6.5 µLのDNAを添加した。DNA濃度が8 ng/µLを超えるサンプルは、適切なクラスター分離を確保するため、溶出バッファーで3倍希釈した。

ddPCRの検出限界および偽陽性率は、膵癌細胞株であるPanc-1 (CRL-1469) 由来の変異型exoDNA (KRAS G12Dヘテロ接合、TP53 R273Hホモ接合) と、野生型乳腺上皮細胞株であるHMLE由来の野生型exoDNAを用いて決定した。変異アレルシグナルの強度閾値は8800 A.U. (任意単位) に設定し、KRAS G12Dの平均偽陽性率は0.040%、TP53 R273Hの平均偽陽性率は0.034%と規定した。検出感度閾値は、変異型exoDNAを野生型exoDNAに段階的に混合する滴定実験により、mutant allele fraction 0.25%と設定した。この閾値は、低頻度体細胞変異の検出に関するDIGITAL MIQEガイドラインに準拠した厳密な設定であり、再現性と特異性を担保する。サンプルが陽性と判断されるのは、変異アレル強度が8800 A.U.を超え、かつ偽陽性率を差し引いた機能的アバンダンスが0.25%を超える場合とした。統計解析には、定性的な比較にはFisher’s exact test、定量的な比較にはMann-Whitney U testが用いられた。