- 著者: James H. Hurley, Evzen Boura, Lars-Anders Carlson, Bartosz Rozycki
- Corresponding author: James H. Hurley (Laboratory of Molecular Biology, NIDDK/NIH, Bethesda, MD, USA)
- 雑誌: Cell
- 発行年: 2010
- Epub日: N/A
- Article種別: Review
- PMID: 21145455
背景
真核細胞はその定義的特徴として膜による区画化に依存し、各膜の脂質・タンパク質組成は絶え間ない小胞輸送フラックスによって維持・調節される。すべての小胞輸送イベントは、ドナー膜からの膜出芽 (budding) を起点とし、輸送・ドッキングを経てアクセプター膜と融合するサイクルで構成される。多くのエンベロープウイルスも宿主由来の膜を持ち、膜出芽によって細胞外へ放出される。この膜出芽はエネルギー的に高価な反応であり、典型的な生体膜組成かつ自発的に湾曲する性質を持たない平面膜から球状小胞を形成する曲率弾性自由エネルギーは Helfrich 理論から ΔG = 8πκ と与えられ、曲げ剛性 κ ≈ 10-25 kBT のとき 250-600 kBT に達する (Helfrich, 1973)。約 100 kBT 以上の熱エネルギーを要するイベントは熱揺らぎだけでは自発的に進行しないため、何らかの能動的なエネルギー供給機構が必須となる。
先行研究では、タンパク質が膜曲率を誘導する分子機構 (Farsad and De Camilli, 2003; McMahon and Gallop, 2005)、および膜曲率の物理的原理 (Zimmerberg and Kozlov, 2006) が優れた総説で整理されてきた。しかしこれまでの研究や既報の総説はタンパク質駆動の視点に偏っており、タンパク質と脂質の相対的・協調的寄与を出芽様式横断で比較する枠組みは手薄であった。とりわけ ESCRT (Endosomal Sorting Complexes Required for Transport) による多小胞体 (MVB, multivesicular body) 形成に代表される「細胞質から離れる方向への出芽」という特異なトポロジーについては、その構造的・エネルギー的基盤と脂質マイクロドメインの関与に関する包括的理解が不足しており、脂質マイクロドメインが ESCRT 依存・非依存の出芽をどこまで統一的に説明できるかは依然として未解明であり、議論があった。本総説はこのギャップを埋めるべく、合成モデル膜と生細胞の文脈の差異、脂質相転移をタンパク質が編成する可能性、脂質がタンパク質を動員・制御する役割という観点から、被覆小胞・脂質相分離・caveolae・ESCRT-MVB・ウイルス出芽を統一的に比較検討する。
目的
膜出芽メカニズムを (1) タンパク質主導型 (clathrin/COP I/COP II 被覆小胞)、(2) 脂質主導型 (脂質相分離によるマイクロドメイン)、(3) 両者の中間に位置するハイブリッド型 (caveolae、ESCRT を介した MVB 形成、HIV-1 出芽、テトラスパニン富化マイクロドメイン TEMs) に体系化し、各様式の構造的・エネルギー的基盤を比較・統合することを目的とする。特に、ESCRT が細胞質から離れる方向へ出芽するという特異なトポロジーに焦点を当て、コートを消費しない bud neck 局在型機構を整理する。さらに、HIV-1 出芽における PI(4,5)P2 とラフト脂質の協調、インフルエンザウイルス M2 タンパク質による ESCRT 非依存性の膜切断など、エンベロープウイルス出芽の多様性を、MVB 出芽との共通原理 (細胞質から離れる出芽) の観点から論じる。
結果
膜出芽のエネルギー論と被覆小胞の普遍構造: 細胞内の膜バドは直径 20-100 nm で 10^3-10^4 の脂質分子しか含まないのに対し、生物物理学的研究で用いるモデル小胞はミクロンサイズで 10^6 以上の脂質分子にエネルギーコストを分散できる点が、解釈上の本質的な差として整理された。clathrin 被覆小胞 (CCV) は直径 60-100 nm で、形質膜エンドサイトーシスの主要担体である (Fig 2A)。clathrin 自体は膜にも cargo にも結合せず、AP-2 (adaptor protein complex 2) が PI(4,5)P2 と cargo の存在下で平面プラットフォームへ構造変化して足場をつくる (Jackson et al., 2010)。clathrin 単量体は柔軟ゆえに重合エネルギーだけでは膜を曲げるのに不十分とされ (Nossal, 2001)、epsin の両親媒性ヘリックス α0 の楔入や FCHo1/2 の BAR ドメインが正曲率を補助する (Ford et al., 2002; Henne et al., 2010)。COP II は ER からゴルジへの順行輸送を担い、精製タンパク質と合成リン脂質のみから出芽を in vitro 再構成できる最も純粋なタンパク質駆動型である (Matsuoka et al., 1998)。clathrin・COP I・COP II のケージ構造は結晶学的に相互に類似し (Lee and Goldberg, 2010)、コート戦略の収斂を示す (Fig 2C)。
脂質相分離と line tension による無タンパク質出芽: タンパク質を一切含まない合成 GUV でも、コレステロール・スフィンゴ脂質・飽和鎖リン脂質に富む液体秩序 (Lo, liquid-ordered) 相と不飽和鎖に富む液体無秩序 (Ld, liquid-disordered) 相の共存が、ミクロンスケールの相分離出芽を駆動できることが実証された (Baumgart et al., 2003; Fig 1A, Fig 3)。異種脂質間の接触コストは 1 ペアあたり約 0.5 kBT と小さいが、多数の脂質にわたって総和すると有意になる。Lo/Ld 相境界では acyl 鎖長の不一致が line tension を生み、これを最小化するためにドメインが合体し、臨界サイズで line tension エネルギーが Helfrich 曲率エネルギーを上回ると膜が面外変形して出芽する (Lipowsky, 1992)。ただし生細胞のラフトは GUV のミクロンドメインとは異なり、サブ 100 nm の高度に動的なナノ構造 (臨界揺らぎ的) として存在し、細胞骨格と膜輸送が無制限な合体を抑制している (Hancock, 2006)。細胞が微小ドメインの暴走的成長を抑える機構を備えるのは、無秩序な小胞化が細胞膜にとって致命的になりうるためと論じられた。
毒素・ウイルスによる脂質マイクロドメインの乗っ取り: 細胞質と直接交信しない可溶性 cargo・毒素・ウイルスは、ラフトを介して選別輸送される。SV40 とコレラ毒素はガングリオシド GM1 にペンタマーとして多価結合し、Lo マイクロドメインを誘導して出芽を駆動する (Hammond et al., 2005; Bacia et al., 2005; Fig 4)。Shiga 毒素 B サブユニットは糖脂質 Gb3 に結合し、脂質圧縮による負曲率を駆動力として管状陥入を形成する (Römer et al., 2007; Fig 1B)。これらは可変的な宿主表面タンパク質に依存せず脂質クラスタリングを利用する侵入戦略であり、同一の機能的目的 (膜変形と取り込み) を全く異なる物理原理で達成する好例として整理された。ただし提案された物理機構の多くはなお推論的で、現実的な時間スケールの膜動態シミュレーションによる検証が課題として残ると明示された。
caveolae と TEMs によるハイブリッド出芽: caveolae (“小さな洞穴”) は直径 60-80 nm のフラスコ型形質膜陥入で、ラフト脂質・caveolin 1-3・cavin 1-4 から成る (Hansen and Nichols, 2010) (Fig 1C)。caveolin はパルミトイル化と 2 本の深い膜挿入ヘリックスで膜と強く結合し、約 144 分子という一定数で整然としたコートを形成する (Pelkmans and Zerial, 2005)。serine 80 のリン酸化が曲率誘導能をオフに切り替える phosphoregulation を受け、キナーゼの ATP 加水分解が膜の平坦化という逆向きの熱力学的駆動力を供給する可能性が議論された。caveolae はタンパク質コートと脂質マイクロドメインの両性質を併せ持つ点でハイブリッドの典型である。テトラスパニン (4 回膜貫通型、哺乳類に少なくとも 32 種類) は免疫細胞 MVB の ILV やエクソソームに富み、多重パルミトイル化により TEMs を形成して広範な cargo を出芽へ共役させる (Hemler, 2005)。CD81 の EC2 ドメインは広い二量体化界面を持ち、機能的最小単位はホモ二量体と推定された (Kitadokoro et al., 2001)。
ESCRT による細胞質から離れる MVB 出芽: MVB 形成は endosome の限界膜から内腔へ出芽する (budding away from cytosol) というユニークなトポロジーを持ち、エクソソーム生合成の本質である (Fig 5)。経路は PI(3)P (クラス III PI 3-キナーゼ Vps34 産生) とユビキチン化 cargo で始まり、5 つのユビキチン結合ドメイン (UBD, ubiquitin-binding domain) を持つ ESCRT-0 が cargo を濃縮する (Ren and Hurley, 2010)。in vitro 再構成により ESCRT-I/-II が膜出芽を駆動し、ESCRT-III がネックを切断して ILV を完成させることが示された (Wollert et al. Nature 2010; Fig 1D)。ESCRT-I/-II/-III はいずれも bud neck に局在し、cytosol 側にコートを残さずに出芽できる。ESCRT-III チューブは無脂質で 40-50 nm、脂質被覆で約 100 nm の径を持つ一方、細胞内の bud neck はより細い約 20 nm と推定され、ESCRT-II の最大約 18 nm の剛直スペーサーがこの寸法のネック形成を誘導・安定化すると解釈された。myristoyl 化 ESCRT-III サブユニット Vps20 の膜親和性は ESCRT-II 非結合時に約 30 nM だが、ESCRT-II 結合時には約 3 nM へと約 10-fold 上昇し、myristoyl 化が膜標的化以外の役割を持つことを示唆する (Im et al., 2009)。ESCRT-III の脱重合・リサイクルは十二量体 AAA ATPase Vps4 の ATP 加水分解に共役して反応を不可逆化する (Wollert et al. Nature 2009)。哺乳類細胞では LBPA (lysobisphosphatidic acid) を後期 endosomal lipidome の最大 20% 含む LBPA 依存経路、Pmel17 重合依存の ESCRT 非依存経路、neutral sphingomyelinase による ceramide 産生依存経路 (CD63 富化エクソソームを産生) など複数の MVB 形成経路が併存することが整理された (Trajkovic et al. Science 2008)。
エンベロープウイルス出芽—ESCRT 依存と非依存: HIV-1 は ESCRT 依存性ウイルスの原型で、Gag の CA ドメインが六量体格子を自己集合し初期バドを形成する (Briggs et al., 2009)。ただし放出された HIV-1 粒子の Gag 殻は平均 60% しか完成しておらず、不完全格子でも出芽が進む点が脂質マイクロドメインの寄与を示唆する (Carlson et al., 2008)。MA ドメインのミリストイルスイッチが PI(4,5)P2 結合により飽和鎖を露出させ、Gag-PI(4,5)P2 複合体をラフト親和性へ変換するという巧妙な機構が提示された (Saad et al., 2006)。Gag p6 の PTAP モチーフが ESCRT-I に、YPXnL モチーフが ALIX に結合して ESCRT-III をリクルートし、ネックを切断する (Garrus et al., 2001; Fig 6)。一方で両 late domain を不活化しても初代単球由来マクロファージや Jurkat T 細胞株では 20% 超の粒子放出が残り、ESCRT 非依存の基底放出が存在する (Fujii et al., 2009)。これらの放出は 16-72 時間スケールで定量されており、5-25 分スケールの出芽動態がより強く損なわれた可能性は残る。インフルエンザは典型的 late domain を持たず、M2 イオンチャネルの両親媒性ヘリックスが Ld とコレステロール富化 Lo ドメインの境界で小胞切断を触媒する ESCRT 非依存機構を示し、これは ESCRT 非依存ウイルス出芽の最初の詳細な機構記載となった (Rossman et al., 2010)。
考察/結論
本総説は膜出芽を、純粋なタンパク質駆動 (clathrin/COP I/COP II コート)、純粋な脂質駆動 (相分離 line tension マイクロドメイン)、そして両者の中間に並ぶハイブリッド機構 (caveolae、ESCRT-MVB、HIV-1、TEMs) という連続スペクトルとして再編成し、各様式の構造的・エネルギー的基盤を一つの比較座標上に置いた点に最大の概念的貢献がある。共通項として、cargo 細胞質尾部がシグナルを与え、コートが膜を足場づけ、両親媒性ヘリックスや BAR ドメインが膜を曲げ、最終的に ATP/GTP 加水分解共役のコート除去が熱力学的不可逆性を担保するという被覆小胞の論理が抽出された。
先行研究との違い: 既報の総説 (Farsad and De Camilli, 2003; McMahon and Gallop, 2005; Zimmerberg and Kozlov, 2006) がタンパク質による曲率誘導や膜の物理原理を個別に論じてきたのとは対照的に、本総説はタンパク質と脂質の相対寄与を出芽様式横断で比較し、これまでの研究では分断されていた被覆小胞・脂質相分離・ESCRT 出芽を単一の枠組みに統合した点で異なるアプローチを提供する。
新規性: 本総説は Wollert et al. Nature 2010 による ESCRT-I/-II/-III の in vitro 再構成という新規データを核に据え、ESCRT がコートを残さず bud neck に局在して細胞質から離れる方向へ出芽するという、従来の被覆小胞とは逆トポロジーの機構を初めて統合的に整理した。さらに、これまで報告されていない視点として、脂質マイクロドメインが ESCRT 依存・非依存の多様な MVB 出芽とエンベロープウイルス出芽を結ぶ統一原理になりうるという novel な仮説を提示した点が独創的である。caveolae の反転可能な phosphoregulation 曲率制御、HIV-1 の PI(4,5)P2-raft 橋渡し機構も重要な概念的整理である。
臨床応用: 臨床的意義として、ESCRT 経路阻害によるがん細胞エクソソーム分泌・転移ニッチ形成の制御、HIV-1・インフルエンザなどエンベロープウイルスの膜出芽・スシジョン阻害を標的とする抗ウイルス治療、caveolae/clathrin 経路を利用したドラッグデリバリーや受容体ダウンレギュレーション制御が議論される。膜出芽は HIV とインフルエンザという二大病原体の生活環に必須であり、その基礎原理の解明は基礎から臨床への橋渡し (bench-to-bedside) として臨床応用に直結すると位置づけられた。
残された課題: 今後の課題として、(1) ESCRT-I/-II-膜複合体の原子分解能構造の決定、(2) ESCRT-III による最終ネック切断の分子機構と初期バド形成のエネルギー軌道の解明、(3) 生細胞ラフト・マイクロドメイン動態の高解像度・高速可視化、(4) ESCRT と脂質マイクロドメインの協調の実験的実証、(5) ESCRT に結合する PI(3)P の acyl 鎖組成という未解明データの取得が残された課題として明示された。これらの limitation は、膜出芽の物理機構をより精密なシミュレーションと再構成系で検証する今後の研究方向を示すものである。
方法
本論文は総説 (Review) であり、新規の実験データは取得していない。PubMed を中心に 2010 年までの構造生物学・生化学・細胞生物学・生物物理学の文献を収集し、膜出芽の各パラダイムを横断的に分析・統合した。本総説はメタ解析や GRADE のような形式的エビデンス評価フレームワーク、および Cox 回帰・ANOVA・log-rank 検定といった統計的仮説検定を用いておらず、個々の一次研究の信頼性を批判的に吟味する叙述的統合の形式をとる。定量的な評価軸としては、Helfrich の曲率弾性理論 (ΔG = 8πκ) と line tension (相境界の単位長さあたり自由エネルギー、単位は力) を用いて出芽のエネルギー収支を半定量的に論じた。
レビュー対象は、(i) clathrin・COP I・COP II 被覆小胞 (cryo-EM 構造解析、精製タンパク質と合成脂質からの in vitro 再構成)、(ii) 合成 GUV (giant unilamellar vesicle、巨大単層リポソーム) を用いた脂質相分離の蛍光・原子間力顕微鏡観察、(iii) caveolae とテトラスパニン富化マイクロドメイン、(iv) ESCRT 複合体による MVB 形成 (in vitro 再構成、結晶構造、分子動力学シミュレーション)、(v) HIV-1・インフルエンザ・VSV・NDV などエンベロープウイルスの出芽 (電子トモグラフィー、免疫電子顕微鏡、最小再構成系) を含む。EV (extracellular vesicle) 生合成に直結する観点として、本総説は一次的な EV 分離は行わないが、レビュー中で扱う ILV (intralumenal vesicle) / エクソソームの分子マーカーとして PI(3)P (phosphatidylinositol 3-phosphate)、コレステロール、ラフト脂質 (GM3、ceramide)、テトラスパニン (CD9/CD63/CD81) を characterization 指標として明示的に参照し、ESCRT 依存・非依存の各経路がどのマーカーで区別されるかを整理した。MVB 形成経路の比較には、酵母 (Saccharomyces cerevisiae) と哺乳類細胞の PI(3)P・ユビキチン化 cargo シグナル、AAA ATPase (ATPases Associated with diverse cellular Activities) Vps4 による ATP 加水分解の役割を分析対象とした。