• 著者: Soung Yung Kim, Simon Völkl, Stephan Ludwig, Holm Schneider, Viktor Wixler, Jung Park
  • Corresponding author: Jung Park (University Hospital Erlangen, Germany)
  • 雑誌: Journal of Cell Science
  • 発行年: 2019
  • Epub日: 2019-02-07
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 30745335

背景

FHL2 (four and a half LIM domains protein 2) はLIM (Lin11-Isl1-Mec3) ドメインを 4 個半もつアダプタータンパク質であり、心臓・骨格筋・骨・胎盤・肝臓・肺に加え、扁平上皮癌・膠芽腫・前立腺癌・乳癌など多種のがん細胞に発現する。スキャフォールドタンパク質として (i) 細胞骨格組織化、(ii) 複数のシグナルカスケード調節、(iii) 核内転写コアクチベーター/コリプレッサーとしての三役を担う多機能タンパク質である (Johannessen et al. CellMolLifeSci 2006)。先行研究では、FHL2 がβ/αインテグリンサブユニットに直接結合して接着斑に局在し、間葉系幹細胞の細胞外マトリックス (ECM, extracellular matrix) 組織化・移動を制御することが示されている (Park et al., 2008; Wixler et al., 2007)。

成体神経新生は海馬歯状回 (DG, dentate gyrus) の顆粒下帯 (SGZ, subgranular zone) と側脳室下帯 (SVZ, subventricular zone) の限られた幹細胞ニッチで起こり、神経幹細胞 (NSC, neural stem cell) から産生された前駆細胞が放射状グリア足場に沿って移動し、Notch・Wnt など複数のシグナルにより神経細胞または星状細胞へ厳密なタイミングで分化する (Lie et al., 2005; Andersson et al., 2011)。Notch の標的リプレッサー Hes1 は前神経遺伝子を抑制してNSCプールを維持する。FHL2 はアルツハイマー病に関連するPresenilin-2 (PS-2, presenilin-2) と物理的に結合することが報告されている (Tanahashi and Tabira, 2000) ものの、脳活動・神経細胞間相互作用における FHL2 の機能情報は極めて手薄であった。

特に、FHL2 が脳発達において神経芽細胞移動や神経/グリア分化の均衡に果たす役割、および Notch シグナルとの分子連関は全く検討されておらず、この点が既報の knowledge gap として残されていた。本研究はこの不足を埋めるべく、Fhl2 ノックアウトマウスを用いて脳発達における移動と分化均衡への影響を解析した。

目的

Fhl2 ノックアウト (KO, knockout) マウスを用いて、胎生期から成体期にわたる脳発達における神経芽細胞移動と神経/グリア細胞分化の均衡への FHL2 欠損の影響を解析し、その分子機序として FHL2 と NICD (Notch intracellular domain、Notch1 細胞内ドメイン) の相互作用を介した Notch シグナル制御の役割を明らかにすること。

結果

FHL2 は胎生期から成体期にわたって神経系譜細胞に選択的に発現する

X-gal 染色で 4 週齢 Fhl2⁻/⁻全脳にβ-ガラクトシダーゼ (FHL2 代理) の広汎な発現を確認した (Fig 1A)。E14.5 では前脳全域の大部分の細胞に発現したが、P1 時点では発現が神経前駆/神経細胞に限局し、海馬 SGZ の放射状グリア様 GFAP+ 細胞・DCX+ 神経前駆細胞・NeuN+ 成熟神経細胞、および SVZ の B1 星状細胞様細胞に高発現が認められた (Fig 1C,D)。一方、成熟 GFAP+ グリア細胞で FHL2 陽性となる細胞は稀であった。3 週齢・6 ヵ月齢の成体でも P1 と同様の分布が維持され、FHL2 が神経幹/前駆細胞で持続発現することを示した。

Fhl2 欠損脳では加齢依存的にグリア細胞が異常蓄積する

胎生期 E14.5 の Fhl2⁻/⁻前脳では WT 比で DCX シグナルが著明に低下し、E18.5 では A2B5+ グリア前駆細胞のシグナル強度が WT 前脳より著しく高かった (Fig 2A)。P1 大脳皮質・海馬でも星状細胞分化への偏向が確認され、E18.5 大脳皮質の Gfap mRNA は KO で増加した (Fig 2E、P<0.05)。3 週齢矢状断切片では大脳皮質・海馬・側脳室・嗅球で GFAP+ 細胞が WT 比で著明に増多し (Fig 2F)、SVZ 全量標本でも全側壁に蓄積した (Fig 2G)。qRT-PCR では 4・6・9 ヵ月齢 KO 大脳皮質の Gfap mRNA が継続的に増加し加齢とともに WT との差が拡大した一方、Dcx は加齢で低下した (Fig 2H)。ウエスタンブロットでも 6・9 ヵ月齢 KO で GFAP タンパク質が著増した (Fig 2I)。

Fhl2 欠損神経前駆細胞は in vitro で早発性グリア分化を示す

P1 マウス脳由来 Fhl2⁻/⁻神経球をフローサイトメトリーで解析すると、7 日浮遊培養後に GFAP+ 分化星状細胞の比率が 59% に達した (WT 同時点では低値、Fig 3C)。遺伝子発現プロファイル (n=3) では Fhl2 欠損神経球で Gfap mRNA が著増し、幹細胞マーカー Cd133 (PROM1)・神経前駆マーカー Dcx・Notch1・Jag1 が WT より有意に低下した (Fig 3B、P<0.05)。Matrigel 播種後 1 日でも KO 細胞から強い GFAP+ 星状細胞が伸展した。分化培地 5 日培養後の分化プロファイル (n=4 dishes) では KO 細胞は GFAP+・Olig2+・ALDH1A1+ グリアへ優先分化し MAP2+ 神経細胞比率が低下した (Fig 3H)。継代試験では KO 神経球の球数が全培養期間にわたり減少し球も小型化し、自己複製能の低下を示した。

Fhl2 欠損では胎生期神経芽細胞の移動が遅延しラミニン発現が低下する

E14.5 脳切片で、WT 前脳細胞が皮質板境界に到達するのに対し Fhl2⁻/⁻神経芽細胞は皮質板に到達できず分散していた (Fig 4A)。この移動遅延には複数機序が関与した。第一に Fhl2⁻/⁻前脳で LAMA2・LAMA5 タンパク質シグナルが著明に低下し、神経球培養でも laminin mRNA が低下した (Fig 4B,C,E、n=3)。第二に E14.5 前脳で PS-2 シグナルが低下し、神経球でも PS2 mRNA が低下した (Fig 4D,E)。In vitro gap migration アッセイ (n=9) では KO 神経前駆細胞の移動が著明に遅延し (Movies 1, 2)、ヒト FHL2 トランスジーン再発現で移動能が回復した (Fig 4F)。3 週齢では大脳皮質で DCX+ 細胞の局在域が不明瞭となり、海馬歯状回・小脳・側脳室でも DCX+ 細胞の配向が消失した (Fig 4G-I)。

FHL2 は NICD と直接結合し Hes1・GFAP プロモーターを用量依存的に抑制する

4 週齢 KO 大脳皮質のウエスタンブロットで活性型 NICD (V1744 切断) と活性型αセクレターゼ ADAM17 が WT に比べ著明に低下していた (Fig 6A)。HEK293 細胞の一過性トランスフェクション実験では、NICD 単独で活性化する Hes1 プロモーター駆動ルシフェラーゼを FHL2 共発現が用量依存的に抑制し、NICD 結合部位変異体 (pGL3/Hes1 ΔAB-luc) では抑制が消失した (Fig 6B)。WT 大脳皮質の Co-免疫沈降で FHL2-NICD の物理的相互作用が確認され (Fig 6C)、WT・KO 両神経前駆細胞 (n=5) で FHL2 が NICD 介在性 Hes1 プロモーター活性を用量依存的に抑制した (Fig 6E)。同様に GFAP プロモーター (pGL3/GFAP-luc) も FHL2 が用量依存的に抑制した (Fig 6F)。FHL2 再発現は KO 細胞で Gfap・Dcx・NeuN・Notch1・Jag1 発現と NICD タンパク質を正常化させ (Fig 5B,C)、FHL2 が NICD 依存的に Hes1・GFAP 転写を負に制御する co-repressor であることを示した。

考察/結論

本研究は Fhl2 欠損マウスの脳に表現型変化が生じることを報告し、Fhl2⁻/⁻脳では (i) 神経芽細胞移動の遅延、(ii) 神経幹細胞プールの早期枯渇、(iii) 加齢依存的な異常グリア細胞蓄積の三特徴が成体神経新生障害として観察された。これらの所見は、FHL2 が NSC 維持と分化均衡の制御因子であることを示す。

FHL2-Notch シグナル軸の新規性と既報との相違: 本研究で初めて、FHL2 が NICD と直接結合し Hes1・GFAP プロモーターを co-repressor として用量依存的に抑制する新規な分子機構が示された。Notch シグナル低下は一般に神経分化を促進すると既報されてきたが (Imayoshi et al., 2010; Hatakeyama et al., 2004)、本研究の結果はこれと対照的に、Fhl2⁻/⁻背景では Notch 低下が逆に早発性星状細胞分化を誘導するという逆説的所見であった。これは Hes1 過剰発現がグリア限定前駆細胞のグリア分化を誘導するという報告 (Wu et al., 2003) と整合し、FHL2 が Notch シグナルを正常範囲に保つうえで不可欠であることを示す。これまで報告されていない FHL2-NICD 相互作用が分化タイミングの決定因子である点が本研究の核心である。

移動遅延のメカニズム: ラミニン (LAMA2・LAMA5) 低下と PS-2 低下が移動遅延に寄与すると考えられる。FHL2 は PS-2 と物理的に結合することが既知であり (Tanahashi and Tabira, 2000)、FHL2 欠損による PS-2 低下がγセクレターゼ活性を変化させ Notch 切り出しと NICD 産生を減少させる可能性がある。FHL2 再発現で PS-2 発現と移動能が共に回復した事実はこの機構を支持する。FHL2 がβ-カテニンと NICD の両方に結合する点は、Wnt と Notch シグナルの橋渡し役としての可能性を示唆する。

臨床的意義と残された課題: FHL2 欠損が示すグリオーシス様変化・幹細胞プール枯渇は、アルツハイマー病・パーキンソン病など神経変性疾患との潜在的な臨床的含意をもち、RNA 干渉による FHL2 関連遺伝子標的化が bench-to-bedside の治療オプションとなり得る。ただし FHL2 がオンコジーンとしても腫瘍抑制遺伝子としても作用する双面性をもつため慎重な検討を要する。今後の課題として、FHL2 による Notch1・Jag1 転写制御の機構、FHL2-NICD-β-カテニン複合体の機能、PS-1/PS-2 の FHL2 依存的制御の解明が残されている。本研究の限界として、Notch 関連アッセイは部分的検証にとどまり、表現型変化の完全な機序同定は今後の研究に委ねられる。

FHL2 とインテグリン・ECM を介した接着/移動制御は他の幹細胞系でも報告され (Cooper et al. CancerCell 2019)、星状細胞の運命可塑性 (Feng et al. AdvSci 2026) や神経幹細胞由来の細胞間情報伝達 (Hudson et al. CancerLett 2026)、Wnt 経路を介した移動制御 (Luga et al. Cell 2012) と並べて読むと、FHL2 を起点とする接着・Notch・Wnt の統合的理解の手がかりとなる。

方法

マウスモデル: Fhl2⁻/⁻マウス (Kong et al., 2001) は内因性 Fhl2 遺伝子の exon 2 (翻訳開始コドン ATG を含む) を LacZ レポーター遺伝子とネオマイシン耐性カセットで置換したモデルを使用した。LacZ 産物β-ガラクトシダーゼを FHL2 タンパク質局在の代理指標として利用し、胎生 14.5 日 (E14.5)・E18.5・生後 1 日 (P1)・3 週・4〜9 ヵ月の各時点で WT (wild type、野生型) と KO の脳を比較した。施設動物実験承認下で実施。

組織・タンパク質解析: 厚さ 6 µm の凍結/パラフィン切片に対し、細胞種マーカー DCX (doublecortin、神経前駆細胞)・NeuN (成熟神経細胞)・GFAP (glial fibrillary acidic protein、星状細胞)・A2B5 (グリア前駆細胞)・Olig2 (オリゴデンドロサイト)・ALDH1A1 (星状細胞)・PECAM (内皮細胞)、移動関連の laminin α2 (LAMA2)・laminin α5 (LAMA5)、シグナル因子 PS-2・NICD (V1744 切断活性型)・ADAM17 (αセクレターゼ) で免疫染色を行った。mRNA 定量は qRT-PCR (quantitative reverse transcription PCR、GFAP・Dcx・NeuN・Notch1・Jag1・Hes1・PS2 等)、タンパク質定量はウエスタンブロット (GAPDH を loading control) で実施した。

神経球 (neurosphere) 培養: P1 マウス脳から分離した NSC を超低接着ディッシュで 7 日間浮遊培養し、EGF・FGF・PDGF を各 10 ng/ml 添加した非分化培地で増殖させた後、Matrigel コートディッシュに播種して 1 µM retinoic acid 含有培地で分化誘導した。Gap migration アッセイでは 500 µm の無細胞ギャップを設け 5×10⁴ 個の前駆細胞を播種し、24 時間後の閉鎖面積を ImageJ で定量した。救済実験ではレトロウイルスでヒト FHL2 cDNA を導入した。

分子解析: HEK293 細胞または神経前駆細胞に pGL3/Hes1-luc または pGL3/GFAP-luc と NICD・FHL2 発現ベクターを共トランスフェクションし、ルシフェラーゼアッセイで転写活性を評価した。Co-免疫沈降で 4 週齢 WT 大脳皮質抽出液から FHL2-NICD の物理的相互作用を検証した。統計は Student t-test (GraphPad Prism) を用い、P<0.05 を有意とした。