- 著者: Dong-Sic Choi, Do-Young Choi, BokSil Hong, SuChul Jang, Dae-Kyum Kim, Jaewook Lee, Yoon-Keun Kim, Kwang Pyo Kim, YongSong Gho
- Corresponding author: Yong Song Gho (Pohang University of Science and Technology, Korea); Kwang Pyo Kim (Konkuk University, Korea)
- 雑誌: Journal of Extracellular Vesicles
- 発行年: 2012
- Epub日: 2012-09-11
- Article種別: Original Article
- PMID: 24009881
背景
大腸がん (CRC) は世界的に罹患率および死亡率の高い悪性腫瘍であり、その転移は患者の予後を規定する主要な因子である。がん細胞は、エクソソームやマイクロベシクルを含む細胞外小胞 (EV) を周囲組織に活発に分泌する。これらのEVは、浸潤、血管新生、免疫調節など、がんの進行と転移において多面的な役割を果たすことが知られている Thery et al. NatRevImmunol 2009。EVは細胞の分子特性を反映するタンパク質、RNA、脂質などのカーゴを有することから、がん転移の機序解明および新規バイオマーカー開発の観点から注目を集めてきた Valadi et al. NatCellBiol 2007。
同一患者由来で異なる転移能を持つペア細胞株として、原発性CRC由来のSW480細胞 (Duke B型、低分化型) と、そのリンパ節転移から樹立されたSW620細胞 (Duke C型) が確立されたモデルとして使用されてきた。これらの2細胞株は同一の遺伝的背景を持ちながら転移能が異なる点で比較モデルとして最適である。しかし、本研究以前には、両細胞株由来EVの定量的プロテオーム比較は実施されておらず、転移能の差異がEVプロテオームにどのように反映されるかは未解明であった。また、2012年当時はJournal of Extracellular Vesicles (JEV) が創刊されたばかりであり、EV分野における標準化された特性解析および体系的な比較研究が不足していた。特に、がん転移におけるEVの病態生理学的機能の理解を深めるためには、原発がんと転移がん由来EVのプロテオームを比較し、転移特異的な分子シグネチャーを同定することが重要な課題として残されていた。既存のプロテオミクス研究では、可溶性分泌タンパク質が主な焦点であり、EVに特異的な膜タンパク質の役割については十分な理解が不足していた。例えば、Mears et al. (2004) はメラノーマ由来エクソソームのプロテオーム解析を行ったが、原発がんと転移がん由来EVの直接比較は行われていなかった Mears et al. Proteomics 2004。本研究は、この知識ギャップを埋め、転移性CRCにおけるEVの病態生理学的役割をより詳細に理解することを目的とした。
目的
本研究の目的は、同一患者由来の原発性大腸がん細胞 (SW480) とそのリンパ節転移性大腸がん細胞 (SW620) から分泌される細胞外小胞 (EV) のプロテオームを、ラベルフリー定量プロテオミクス手法であるAPEX (Absolute Protein Expression) ツールを用いて体系的に比較することである。これにより、がん転移能と関連するEVタンパク質シグネチャーを同定し、転移機序の理解を深めるとともに、転移バイオマーカーの候補を発掘することを目指した。具体的には、SW480 EVとSW620 EVにそれぞれ特異的に富化するタンパク質群を特定し、それらの機能的役割を遺伝子オントロジー (GO) 解析によって明らかにし、がん転移におけるEVの病態生理学的機能への洞察を得ることを意図した。本研究は、特にEVに濃縮される膜タンパク質に着目し、可溶性分泌プロテオームとは異なるEVのバイオマーカーとしての優位性を確立することも目的とした。
結果
全体プロテオーム同定と特性解析: SW480 EVから総計1,543種、SW620 EVから総計1,423種のタンパク質が同定された (PeptideProphet ≥ 0.9、ProteinProphet ≥ 0.95)。スペクトル数3以上の高信頼度タンパク質では、SW480 EVで803種、SW620 EVで787種が同定された (図2b)。GO解析の結果、両EVプロテオームは形質膜、細胞質、細胞骨格に局在する多様なタンパク質で構成されており、細胞接着、細胞周期、細胞運動、細胞骨格組織化、小胞輸送などの生物学的プロセスに関与することが示された (図2c, 2d)。EVの密度はSW480 EVが約1.082 g/mL、SW620 EVが約1.096 g/mLであり、EVマーカーであるCD63およびCD81がこれらの画分に検出された (図1b)。NTAにより、SW480 EVの平均直径は159.1 ± 11.1 nm、SW620 EVは165.5 ± 8.6 nmであることが確認された (図1c)。TEM観察では、精製されたEVがアポトーシス小体や細胞デブリを含まない小型の閉鎖小胞であることが示された (図1d)。これらのEVは、n=5.1×10^9個のSW480細胞とn=11.4×10^9個のSW620細胞からそれぞれ単離された。
コアEVタンパク質の同定と他CRC EVプロテオームとの比較: SW480、SW620、HT29、LIM1215の4つのCRC細胞株由来EV全てに共通して同定された85種のコアEVタンパク質が存在した (図3e)。これらには、14-3-3タンパク質ファミリー (YWHAB、YWHAEなど)、アネキシン (ANXA2、ANXA4、ANXA11)、細胞骨格タンパク質 (ACTB、KRT8/9など)、熱ショックタンパク質 (HSP90AA1、HSPA8)、インテグリン (ITGA2、ITGA6、ITGAV、ITGB1、ITGB4)、代謝酵素 (ENO1、GAPDH、PKM2)、テトラスパニン (CD9、CD81)、小胞輸送関連タンパク質 (PDCD6、PDCD6IP、VPS37B) などが含まれた。また、CRC腹水由来EVプロテオームとの比較では、263種のタンパク質が共通して同定され、特に細胞骨格組織化 (ACTR2、ARPC1B、FSCN1など) やがん進行 (CD276、EPCAM、ICAM1など) に関連するタンパク質が、より分化度の低いCRC細胞由来EVに多様に存在することが示唆された (図3f)。これらの比較は、EVプロテオームが細胞の起源を反映する特異的なシグネチャーを持つことを裏付けている。
SW480 EVに富化する細胞接着関連タンパク質: SW480 EVでは、細胞接着に関連するタンパク質群が有意に富化していた。これには、インテグリン関連タンパク質 (ILK、ITGA1、ITGA3、ITGA5、ITGAV、ITGB5、LIMS1など) が含まれ、特にITGA3 (SW480 EVで105.4、SW620 EVで19.7、fold change 0.2) やITGAV (SW480 EVで163.4、SW620 EVで15.9、fold change 0.1) はSW480 EVで顕著に高発現していた (Table I)。その他の接着関連タンパク質として、L1CAM (SW480 EVで69.9、SW620 EVで11.8、fold change 0.2)、ICAM1 (SW480 EVで381.5、SW620 EVで67.9、fold change 0.2)、CD44 (SW480 EVで281.9、SW620 EVで62.4、fold change 0.2)、SCRIB (SW480 EVで57.9、SW620 EVで18.7、fold change 0.3) などがSW480 EVに富化していた。さらに、デスモソーム成分であるDSG2、PKP2、PKP3、PKP4などの接合部タンパク質もSW480 EVで高発現しており、原発がん細胞の上皮的接着特性をEVが反映していることが示された。ウエスタンブロット解析では、ICAM1がSW480 EVでSW620 EVよりも高発現していることが確認され、APEXツールによる定量結果と一致した (図4b)。これらの結果は、SW480 EVが細胞接着および細胞間結合の維持に関与するタンパク質を豊富に含むことを示唆している。
SW620 EVに富化するがん進行・転移関連タンパク質: SW620 EVでは、がん進行および転移に関連するタンパク質が多数富化していた。ESCRT-I複合体タンパク質 (FAM125A、TSG101、VPS28、VPS37B) およびESCRT-III複合体タンパク質 (CHMP1B、CHMP2A、CHMP4A、CHMP4B、CHMP4C、CHMP5) がSW620 EVで高発現しており、転移細胞におけるエクソソーム生合成活性の亢進が示唆された。特に、VIM (ビメンチン) はSW620 EVで4.8倍 (SW480 EV 36.9 vs SW620 EV 177.8)、ANXA1 (アネキシンA1) は4.2倍 (SW480 EV 35.4 vs SW620 EV 148.9)、TAGLN2 (トランスゲリン-2) は2.3倍 (SW480 EV 189.0 vs SW620 EV 436.6) と有意に富化していた (Table II)。その他、FSCN1 (1.6倍)、MARCKS (2.1倍)、MYH10 (2.4倍)、STRAP (1.8倍)、VCL (2.4倍) など、細胞の形態、運動、浸潤に関与するタンパク質がSW620 EVで高発現していた。SW620 EVのみに検出されたタンパク質として、HMGA (abundance 254.6)、LCP1 (abundance 166.9)、MACC1 (abundance 28.0)、YBX1 (abundance 88.9)、PAK4 (abundance 42.7)、PROM1 (abundance 107.3) などが挙げられる。S100タンパク質群 (S100A4、S100A6、S100A9、S100A14) もSW620 EVに富化していた。さらに、多剤耐性関連タンパク質であるABCC4 (1.6倍)、CACYBP、GSTP1もSW620 EVで高発現しており、EVを介した多剤耐性因子の細胞間転送の可能性が示唆された。これらのタンパク質は、転移性CRCの診断指標および予後予測バイオマーカーとして有用である可能性を秘めている。
GO解析による機能的差異: SW480 EVに富化するタンパク質は、細胞接着、細胞運動、小胞輸送などの生物学的プロセスに主に関連していた。一方、SW620 EVに富化するタンパク質は、細胞周期関連、細胞骨格組織化、細胞内シグナル伝達カスケードなどのプロセスに主に関連することが示された (図4c)。これらの結果は、SW480 EVがより上皮的な表現型を、SW620 EVがより間葉的・転移性の表現型を反映するタンパク質シグネチャーを持つことを示唆している。
考察/結論
本研究は、Journal of Extracellular Vesicles (JEV) 創刊年の2012年に発表された先駆的なEVプロテオーム比較研究であり、同一患者由来の原発性大腸がん細胞 (SW480) と転移性大腸がん細胞 (SW620) から分泌されるEVのプロテオームにおける転移依存的な差異を初めて系統的に示した点で重要な位置付けにある。
先行研究との違い: これまでの分泌プロテオーム解析では、細胞外マトリックスタンパク質が主要な構成要素として報告されてきた。しかし、本研究で示したEVプロテオームは、形質膜、細胞骨格、エンドソームタンパク質に富む点で、可溶性分泌プロテオームとは対照的なプロファイルを示した (図3b, 3d)。このことは、EVが可溶性タンパク質の干渉を最小限に抑えつつ、がん特異的な膜タンパク質を濃縮する特性を持つことを示唆しており、分泌プロテオームに代わるバイオマーカー源としてのEVの優位性を確立した。
新規性: 本研究で初めて、SW480 EVにインテグリンやデスモソーム関連タンパク質が富化していること、およびSW620 EVにESCRT複合体タンパク質や転移促進タンパク質 (VIM、ANXA1、TAGLN2など) が高発現していることを定量的に同定した。特に、MACC1、LCP1、HMGAといったCRC転移の独立した予後不良因子として既知のタンパク質がEV内に含有されていることを新規に発見したことは、リキッドバイオプシーバイオマーカーとしてのEVの可能性を大きく広げるものである。
臨床応用: 本研究で同定されたSW620 EVに富化するタンパク質群は、がん転移の診断指標や予後予測バイオマーカーとして臨床応用される可能性を秘めている。例えば、TAGLN2は全CRC EVプロテオームに共通して存在し、VIMはSW620 EVで4.8倍に濃縮されていることから、これらはCRC転移バイオマーカーとして特に信頼性が高い候補である。また、EVを介した多剤耐性因子 (ABCC4、GSTP1、CACYBP) の転送の可能性は、化学療法耐性獲得の新規機序として、将来的な治療戦略に影響を与える臨床的意義を持つと考えられる。
残された課題: SW620 EVにおけるESCRT-I/III複合体の亢進は、転移細胞でエクソソーム生合成がより活発であることを示唆するが、多胞体 (MVB) 経路と形質膜出芽 (MV) 経路の相対的寄与については今後の検討課題である。また、本研究は細胞株由来EVの解析であり、生体内の組織由来EVや患者血漿由来EVとの比較を通じて、これらの知見の臨床的妥当性を検証する必要がある。現代的観点では、より高純度なsingle-EVプロテオミクスや、より詳細なEVサブタイプ解析が今後の研究方向性として挙げられる。
方法
細胞培養とEV単離: SW480細胞 (原発性CRC) とSW620細胞 (リンパ節転移性CRC) をRPMI-1640培地 (10% FBS添加) で培養した。EV単離のため、80-90%コンフルエントに達した細胞をPBSで洗浄後、無血清RPMI-1640培地で24時間培養した。培養上清 (約2,000 mL) を回収し、差速遠心分離 (500 gで10分、その後2,000 gで15分を2回) により細胞デブリを除去した。上清をQuixStand Benchtop System (100 kDa中空糸膜) で約36 mLに濃縮した。その後、0.8 Mおよび2.0 Mショ糖クッションを用いた超遠心分離 (100,000 gで2時間) を2回実施し、EVを回収した。さらに、OptiPrep密度勾配超遠心分離 (200,000 gで2時間) を行い、10画分に分画した。EVタンパク質濃度はBradfordアッセイで定量した。約5.1×10^9個のSW480細胞から123.2 µg、約11.4×10^9個のSW620細胞から125.0 µgのEVタンパク質が得られた。無血清培地での培養がアポトーシスを誘導しないことは、切断型PARP (cleaved PARP) のアッセイで確認された (図1a)。
EV特性解析: 精製EVの粒子径分布はNanoSight LM10システム (NanoSight Ltd.) を用いたナノ粒子トラッキング解析 (NTA) で測定した。SW480 EVの平均径は159.1 ± 11.1 nm (範囲23.0-636.3 nm)、SW620 EVの平均径は165.5 ± 8.6 nm (範囲26.7-574.7 nm) であった (図1c)。EVの形態はJEM 1011電子顕微鏡 (Jeol) を用いた透過型電子顕微鏡 (TEM) で確認した (図1d)。EVマーカータンパク質 (CD63, CD81, CD9, Alix, EGFR, CTNNB1, ICAM1, LAMP1, PDCD6IP) およびアポトーシス非誘導 (切断PARP陰性) はウエスタンブロット法で確認した (図1b)。
質量分析: 精製EVタンパク質 (100 µg) をメタノール/クロロホルム沈殿により脱脂後、6 M尿素および50 mM重炭酸アンモニウム溶液に溶解した。タンパク質は5 mM TCEP (Tris (2-carboxyethyl) phosphine hydrochloride) で還元し、25 mMヨードアセトアミドでアルキル化した。トリプシン消化 (酵素:タンパク質比 1:50、37°C、16時間) 後、Sep-Pakカラムで脱塩した。消化ペプチドはAgilent 3100 OFFGEL (isoelectric focusing) フラクショネーター (24 cm IPG (immobilized pH gradient) pH 3-10ストリップ) を用いて分画した。各画分はPepClean C18スピンカラムで脱塩後、LTQ-Orbitrap (linear trap quadrupole-Orbitrap) 質量分析計 (Thermo Finnigan) とEksigent Nano-Ultra LCシステムを組み合わせたナノLC-ESI-MS/MSで分析した。C18カラム (75 µm × 12 cm) を用い、60分間の直線グラジエントでペプチドを分離した。MS/MSスペクトルは、データ依存型スキャンで最も豊富な5つの前駆イオンについて取得した。
データ解析と定量: LC-MS/MSデータからのペプチド同定はX!!Tandem (version Dec-01-2008) を用いて実施した。UniProtヒトデータベース (release 2011_02) を検索対象とし、前駆イオン許容誤差10 ppm、フラグメントイオン許容誤差1 Daに設定した。PeptideProphet (p > 0.9) およびProteinProphet (p > 0.95) を用いて統計的にペプチドおよびタンパク質を同定した。SW480 EVで偽陽性率 (FDR) 0.006、SW620 EVでFDR 0.005であった。タンパク質の相対定量は、各タンパク質のスペクトルカウントに基づき、APEXツール (Lu et al. Nat Biotechnol 2007) を用いて実施した。信頼性の高い定量のため、スペクトルカウントが3以上のタンパク質のみを解析対象とした。
バイオインフォマティクス: 同定されたタンパク質の遺伝子オントロジー (GO) アノテーションは、DAVID bioinformatics資源 (Huang et al. NatProtoc 2009) を用いて、細胞構成要素 (cellular component)、生物学的プロセス (biological process)、分子機能 (molecular function) の各カテゴリで実施した。また、既報のCRC EVプロテオーム (HT29、LIM1215) およびCRC腹水由来EVプロテオームとの比較解析も行った。