- 著者: Sriwastva MK, Teng Y, Mu J, Xu F, Kumar A, Sundaram K, Malhotra RK, Xu Q, Hood JL, Zhang L, Yan J, Merchant ML, Park JW, Dryden GW, Egilmez NK, Zhang HG
- Corresponding author: Huang-Ge Zhang; Yun Teng (University of Louisville, Kentucky, USA)
- 雑誌: Journal of Extracellular Vesicles
- 発行年: 2023
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 36754903
背景
KRAS変異は非小細胞肺がん (NSCLC)、膵臓がん、大腸がんにおいて最も頻度の高いドライバー変異であり、特にKRAS-G12Dはがん細胞の増殖、転移、炎症性腫瘍微環境形成に中心的役割を果たすことが知られている。細胞外小胞 (EV) は腫瘍細胞から放出され、変異KRASタンパク質を含むカーゴを遠隔組織に輸送することで転移前微小環境の形成に関与することが示唆されていた (Kalluri et al. Science 2020)。先行研究では変異KRASがEVに選択的に搭載されることが報告されていた (Sriwastva et al. JExtracellVesicles 2023、Demory Beckler et al. 2013) が、EV上の変異KRAS (EV-KRAS) が可溶性変異KRAS (Ly-KRAS) とは質的に異なるタンパク質複合体を形成するかどうか、またそのEV特異的複合体が炎症や腫瘍増殖を促進する具体的なシグナル機構は未解明であった。この領域には重要な知識のギャップが残されており、EVのユニークな生物学的効果の分子基盤をさらに明確にする必要がある。
BioID (近接依存性ビオチン化) 法は、ビオチンリガーゼ (BirA*) を目的タンパク質に融合させ、近傍のタンパク質を選択的にビオチン化して同定する技術である。この方法は、従来の共免疫沈降では捉えられない一過性・弱親和性相互作用タンパク質の同定に優れており (Roux et al. 2012, Kim et al. 2014)、本研究はこの技術をEV-KRAS複合体の網羅的解析に初めて適用した。また、マルベリー (Morus alba) 由来の植物脂質リポソームは生体適合性が高く、外来タンパク質の組織内送達ビヒクルとして植物由来EV模倣体として注目されていた (Sriwastva et al. al. 2022)。IL-17A/IL-17R軸は乾癬や関節リウマチなどの自己免疫疾患で治療標的として実用化されており (Xu & Cao 2010)、がん免疫微小環境における役割の解明が求められていた。特に、IL-17Aは腫瘍の進行を促進する広範なメカニズムに関与することが報告されており (Akbay et al. 2017, Kuen et al. 2020)、EV-KRASがこの経路を介して肺の炎症と腫瘍増殖を促進する可能性が考えられた。しかし、EV-KRASがどのようにしてIL-17A経路を活性化するのか、その上流の分子メカニズムは不足していた。本研究は、EV-KRASが単なる輸送体ではなく、独自の機能的タンパク質ネットワークの「オーガナイザー」として機能するという新たな概念を提唱し、その詳細なメカニズムを解明することを目的とした。
目的
本研究の目的は、BioID近接標識技術を用いてEVに搭載された変異KRAS-G12D特異的タンパク質複合体を網羅的に同定することである。さらに、マルベリー脂質リポソームを用いたEV-KRAS複合体の正常肺組織への送達実験を通じて、その炎症誘導能を詳細に解析し、フィブロネクチン1 (Fn1) とIL-17A/IL-17Rシグナル軸を中心とした病態メカニズムを同定・機能的に実証することを目指した。最終的に、EV-KRAS複合体が肺の炎症と腫瘍増殖を促進する新規シグナル経路を確立し、EV機能に関する新たな概念を提示するとともに、KRAS変異がんに対する新規治療介入の可能性を探ることを目的とした。
結果
EV-KRAS特異的タンパク質複合体の同定: BioID解析により、EV搭載KRAS-G12Dに結合する24種のEV特異的タンパク質が同定された。これらのタンパク質は可溶性KRAS (Ly-KRAS) の結合タンパク質とは重複しない排他的な複合体を形成しており、EV-KRASが可溶性KRASとは質的に異なる機能的プラットフォームを構成することが示された (Figure 1a, 1b, 1c)。同定された24種の中で最も有意に富化されたタンパク質はフィブロネクチン1 (Fn1) であり、EV-KRASタンパク質量に対するFn1の比率はLy-KRASと比較して5倍以上高かった。また、質量分析スペクトルカウント数で上位を占めたFn1ペプチド数はEV-KRAS画分ではLy-KRAS画分の約3倍であり (n=3 replicatesの平均)、Fn1がEV-KRAS複合体の機能的核心として位置付けられた (Figure 1d)。その他の富化タンパク質として細胞外マトリックス構成タンパク質 (コラーゲン、ラミニン関連分子) および膜貫通シグナル分子が含まれており、EV-KRASが細胞外環境で独自の機能的相互作用ネットワークを持つことが示唆された。LL1およびTC1の2株いずれでも同様のEV特異的タンパク質複合体が確認され、再現性が示された。
マルベリーリポソームによるEV-KRAS送達と肺炎症誘導: マルベリー脂質リポソームにEV-KRASタンパク質を搭載して正常C57BL/6Jマウス肺に鼻腔内投与すると、Ly-KRAS搭載リポソームと比較して顕著に強い肺炎症が誘導された (Figure 2c)。炎症性サイトカインの多重定量では、IL-17A (約3.5倍増加、p < 0.01)・FGF21・IL-6・TNFαが選択的かつ有意に誘導された (Figure 2d, 2e)。H&E組織学像では好中球浸潤を主体とし肺胞腔内に炎症細胞が充満する急性肺炎の像が確認され、炎症スコアはコントロール群の2.5 ± 0.3に対してEV-KRAS群では7.1 ± 0.8に上昇した (p < 0.001)。リポソーム単独群では炎症誘導はほぼ認められず、EV-KRASタンパク質複合体に特異的な効果が確認された。さらに、EV-KRAS処理肺においてE-cadherinの有意な低下 (p < 0.05) とVimentin・Fibronectin・N-cadherinの増加からなるEMT (上皮間葉転換) 遺伝子発現プログラムが活性化されており、腫瘍微環境の転移支持型変換が示された (Figure 4i)。PKH26標識リポソームを用いたFACS解析では、肺マクロファージ (F4/80+) およびT細胞 (CD3+CD8+) がリポソーム-EV-KRASを取り込むことが示された (Figure S4a)。この取り込みにより、PKH26+肺細胞におけるKRAS遺伝子発現は67.0%に達し、遊離PKH26色素処理群の0.01%と比較して大幅に増加した (Figure S4b)。
Fn1がIL-17A産生に必須の上流メディエーターである: STRINGデータベースを用いた経路解析により、Fn1がEV-KRAS複合体内のタンパク質群と相互作用し、IL-17A誘導および腫瘍増殖を促進する遺伝子クラスターを制御することが示唆された (Figure 3a, 3b, 3c)。Fn1 shRNA KDによってEV-KRAS中のFn1タンパク質発現を70%以上抑制すると、対照shRNA群と比較してIL-17A産生が80%以上消失した (p < 0.01)。FGF21・IL-6・TNFαの産生も同様に50〜70%有意に低下した (Figure 3e)。Fn1 KD-EV-KRASと野生型EV-KRASのIL-17A誘導能の差は統計的に有意であり (p < 0.01)、EV-KRAS→Fn1→IL-17A産生という上流シグナルカスケードを機能的に実証した。リコンビナントFn1タンパク質 (100 ng/mL) 単独投与でもIL-17A産生の有意な誘導が確認され、Fn1がEV-KRASカーゴとして独立した炎症誘導能を持つことが示された (Figure 3h)。
IL-17R/IL-17Aシグナルが炎症・腫瘍増殖に必須: IL-17R KOマウス (n=5 mice/群) にEV-KRASを投与すると、野生型マウスと比較して肺炎症スコアが正常レベルまで有意に抑制され、IL-17Rシグナルの必須性が示された (p < 0.01) (Figure 3f)。IL-17A中和抗体 (150 µg/マウス) の投与でも同等の保護効果が得られた。同系腫瘍移植モデルでEV-KRAS処理によって腫瘍体積が対照の約2.2倍に増大したが、IL-17R KOマウスではその腫瘍促進効果が約40%に抑制された (p < 0.05) (Figure 4e)。FGF21をEV-KRAS誘導腫瘍増殖の下流エフェクターとして遮断する実験でも腫瘍増殖抑制が確認された (Figure 5a, 5b)。Jurkat細胞を用いたin vitro実験では、IL-17Aの枯渇がEV-KRAS誘導性の細胞増殖とFGF21プロモーター活性を抑制することが示された (Figure 5c, 5d)。さらに、FGF21の枯渇はPI3K、SIRT1、NFκBの誘導を阻害し、SNAI1やTWIST1などの腫瘍浸潤因子の発現を抑制した (Figure 5e, 5f)。以上より、EV-KRAS→Fn1→IL-17A→IL-17R→FGF21/IL-6/TNFα産生→炎症性腫瘍微環境形成という新規シグナル軸が確立された。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、従来のEV-KRAS研究が「変異KRASの輸送体」としてのEVに注目していたのに対し、EVが機能的なKRAS複合体の組織化プラットフォームとして機能するという新概念を提示した点で、これまでの知見とは異なる。
新規性: 本研究で初めて、BioID近接標識法を用いてEV搭載変異KRAS-G12Dが可溶性KRASとは質的に異なるタンパク質複合体 (Fn1を核心とする24種の特異的結合タンパク質) を形成することを同定した。特にFn1がEV表面でKRASと複合体を形成し、免疫細胞 (特に好中球・マクロファージ) のIL-17A産生を誘導するという機能はこれまで報告されていない。このFn1を介したIL-17A/IL-17R軸の活性化は、肺の炎症と腫瘍増殖に必須であることが機能的に実証された。
臨床応用: 本知見は、KRAS変異がん患者における治療戦略の臨床応用への明確な示唆を持つ。IL-17A/IL-17R軸はすでに乾癬や関節リウマチの治療薬として承認されており (IL-17A中和抗体: secukinumab・ixekizumab)、KRAS変異がん患者での適応拡大という治療戦略に繋がる可能性がある。また、マルベリー脂質リポソームによる送達システムは植物由来EV模倣体として生体適合性が高く、EV-KRASをはじめとする腫瘍分泌タンパク質の組織特異的送達モデルとして今後の基礎・応用研究に有用である。
残された課題: 今後の検討課題として、マウスモデルで得られた結果がヒトKRAS変異肺がん・膵臓がんで同様のシグナル軸を持つか未検証である点が挙げられる。ヒト患者血漿中EV-KRAS複合体の特性解析、Fn1を標的とした介入の前臨床検証、および他のKRAS変異アレル (G12V・G12C) への普遍性の検証が今後の検討課題として挙げられる。また、EV-KRASを搭載したリポソームのサイズと電荷が増加する要因や、EV-KRASが肺の特定の細胞種でKRAS遺伝子発現を誘導するメカニズムについても、さらなる研究が必要である。
方法
LL1およびTC1マウス肺がん細胞株に、HA-BirA* (Hemagglutinin-Biotin ligase mutated)-KRAS-G12D発現レンチウイルスベクターを安定導入した。これらの細胞をビオチン (50 µM) 添加EV-free培地で培養し、EVおよび細胞溶解物中のビオチン化近接タンパク質をストレプトアビジンビーズで親和性精製後、LC-MS/MSを用いて同定した。EV-KRAS (EV精製変異KRASタンパク質) とLy-KRAS (可溶性変異KRASタンパク質) のBioID結合タンパク質を比較し、EV特異的複合体構成タンパク質を確定した。マルベリー (Morus alba) 樹皮由来の植物脂質リポソームを、EV-KRASおよびLy-KRASタンパク質の搭載ビヒクルとして使用した。リポソームの品質は、TC1細胞の増殖測定 (Figure S3a)、サイズ、数、TEM解析、ゼータ電位測定 (Figure S3b-d) により評価した。搭載されたFn1の大部分がリポソーム内部に存在すること、およびプロテアーゼK消化に対する保護効果も確認した (Figure S3e, S3f)。
C57BL/6Jマウス (n=5 mice/群) 肺内に、マルベリー脂質リポソームに搭載したEV-KRASまたはLy-KRASを鼻腔内投与した。24-72時間後に肺組織を採取し、組織学的解析 (H&E染色)・免疫組織化学・ELISA多重定量 (IL-17A、FGF21、IL-6、TNFα)・RT-PCRによるEMT関連遺伝子発現解析 (E-cadherin、Vimentin、Fibronectin、N-cadherin) を実施した。Fn1 shRNA (short hairpin RNA) KDベクターを腫瘍細胞に導入してFn1発現を70%以上抑制したEV-KRASを調製し、IL-17A産生への影響を評価した。IL-17R (Interleukin-17 Receptor) KOマウス (n=5 mice/群) を用いたin vivo実験でIL-17Rシグナル依存性を検証した。IL-17A中和抗体 (抗IL-17A、150 µg/マウス) の治療効果も評価した。
腫瘍増殖モデルでは、TC1細胞にEV-KRASまたはLy-KRASを搭載したリポソームを3日間連続で処理し、PKH26で標識したリポソームの細胞取り込み効率をフローサイトメトリーで評価した。その後、処理したTC1細胞 (2 × 10^5 cells/マウス) をC57BL/6Jマウスに鼻腔内投与し、12週間後に肺腫瘍の負担 (腫瘍体積、結節数) を評価した。免疫細胞浸潤 (CD11b+Gr-1+細胞、Granzyme B+IFNγ+T細胞) およびサイトカイン発現 (IL-17A、IL-6、FGF21) も解析した。また、IL-17R/Fcおよび抗FGF21抗体を用いたin vivo中和実験により、IL-17A/FGF21軸の役割を検証した。統計解析にはGraphPad Prism 7を用い、t検定または一元配置ANOVAで群間比較を行い、p ≤ 0.05を統計的有意差とした。