• 著者: Rossella Crescitelli, Yiyao Huang, An Hendrix, Andrew F. Hill, Stephanie N. Hurwitz, Tsuneya Ikezu, Efrat Levy, Berta Puig, Lucia Paolini, Laura J. Vella (ISEV Solid Tissue Task Force)
  • Corresponding author: Lucia Paolini (University of Brescia, Italy); Laura J. Vella (Florey Institute, University of Melbourne, Australia)
  • 雑誌: Journal of Extracellular Vesicles
  • 発行年: 2025
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Review
  • PMID: 41220186

背景

細胞外小胞 (EV) は、細胞外空間に放出されるナノからマイクロサイズの粒子であり、タンパク質、核酸、脂質などの分子カーゴを介した細胞間コミュニケーションに深く関与している。EV研究の大部分は、培養細胞の条件培地や血液、尿などの体液を対象としてきたが、生体内で最も生理的な状態を反映するのは、固形組織から直接単離されたin situ EV (Solid Tissue-derived EV、ST-EV) である。ST-EVは、複数の細胞種(上皮細胞、免疫細胞、間質細胞など)が共存する三次元微小環境を直接反映するため、単一細胞培養では得られない生物学的情報を提供する点で極めて重要である。Crescitelli et al. JExtracellVesicles 2025

ST-EV研究の歴史は、2012年にPerez-Gonzalezらがマウスおよびヒト脳組織から酵素消化法を用いて初めてEVを単離したことに始まる (Perez-Gonzalez et al. 2012)。この先駆的な研究以降、脳、黒色腫、肺、脂肪、心臓、骨格筋、肝臓など、多様な組織からのST-EV単離が報告されてきた (Huang et al. 2020; Park et al. 2021; Crescitelli et al. 2022)。さらに、電子トモグラフィーを用いた三次元再構築(Olofsson Bagge et al. 2023)により、ST-EVが組織間質空間に実際に存在することが可視化され、その生理的関連性が裏付けられている。しかし、ST-EVの分離と特性評価には、体液由来EVとは異なる独自の技術的課題が存在する。例えば、組織解離法(酵素消化と機械的ホモジナイゼーションの選択)、プレクリアリング遠心条件、精製法の選択、および品質評価基準が研究間で大きく異なり、結果の再現性や比較可能性が低い状態が長らく続いていた。これらのプロトコルのばらつきにより、ST-EVの生物学的役割や潜在的な臨床応用に関する理解が進まず、多くの側面が未解明のままである。

国際細胞外小胞学会 (ISEV) が策定したMISEV2018 (Thery et al. 2018) およびMISEV2023ガイドライン (Welsh et al. 2024) は、EV研究全般の標準化を推進してきたが、固形組織特有の課題、すなわち細胞破砕によるEVミメティクス形成リスク、細胞外マトリックス (ECM) 結合EVと自由拡散型EVの混在、酵素処理によるEV表面タンパク質変性の可能性などに対する専用のガイドラインはこれまで存在しなかった。これらの未解明な課題に対処し、ST-EV研究の信頼性を向上させるため、ISEVはScientific Reproducibility Subcommittee内にSolid Tissue Task Forceを設置し、本Position Statementの策定に至った。従来のガイドラインでは固形組織由来EVの分離・特性評価に関する詳細な推奨が不足しており、研究者間でプロトコルが大きく異なるという課題が残されていた。本ガイドラインは、ST-EV研究における標準化された報告フレームワークを確立し、分野全体の進展を加速させることを目的としている。

目的

本Position Statementは、固形組織からのST-EV研究における再現性、信頼性、および比較可能性を向上させることを目的とする。具体的には、以下の4つの主要な側面について、推奨事項と報告ガイドラインを提示する。

  1. 組織採取・保存の前処理変数報告の標準化: 組織採取から保存に至るまでの前処理変数がST-EVの品質に与える影響を考慮し、その透明な報告を促す。これにより、研究間の比較可能性を向上させる。
  2. 組織解離・酵素消化法の推奨と限界の明示: 固形組織からのST-EV単離における最適な組織解離法、特に酵素消化法の選択、最適化、およびその潜在的な限界を明確にする。細胞破砕によるアーティファクト形成を最小限に抑えるための具体的な指針を提供する。
  3. ST-EV精製法の比較と推奨: 組織解離後のST-EV精製における様々な手法(超遠心分離、密度勾配超遠心分離、サイズ排除クロマトグラフィーなど)を比較し、高純度ST-EV取得のための推奨プロトコルを提示する。特に、密度勾配超遠心分離 (DG-UC) の重要性を強調する。
  4. ST-EV特性評価の推奨基準の確立: MISEV2023ガイドラインに準拠しつつ、ST-EVに特有の課題(細胞破砕由来の汚染、酵素処理の影響、細胞起源の特定など)に対応するための多角的特性評価基準を確立する。これにより、ST-EV調製物の純度と完全性を客観的に評価する。

これらのガイドラインを通じて、研究者間でのプロトコルのばらつきを減らし、ST-EVの生物学的役割と臨床応用に関する理解を深めるための、標準的かつ比較可能な研究基盤を構築することを目指す。

結果

本ガイドラインは、固形組織由来細胞外小胞 (ST-EV) 研究の標準化と再現性向上を目的とし、組織の前処理から特性評価までの4つの主要ステップにおける推奨事項と報告ガイドラインを提示した。

前処理変数の報告基準 (Table 1): ST-EV単離における前処理変数の管理と透明な報告が極めて重要であると強調された。ヒト生体検体に対しては、手術摘出後すぐに生理食塩水またはPBSで血液を除去し、液体窒素または-80°Cで凍結するか、即時処理することが推奨される。バイオバンク検体を使用する場合は、BRISQ (Biospecimen Reporting for Improved Study Quality) またはNCI推奨手順に従って処理・保存されたものを使用すべきである。繰り返しの凍結融解は回避し、凍結融解サイクル数を記録することが求められる。動物組織では、血液除去のための自動灌流(流量制御)が手動灌流よりも再現性向上に寄与するとされる。脳組織の場合、髄膜除去は血液由来EV汚染を低減できるが、組織間質EVの損失リスクも考慮すべきである。必須報告項目として、種、解剖学的部位、組織重量、採取過程(無菌/非無菌、温虚血時間、冷虚血時間)、保存方法、新鮮/凍結の別、凍結融解サイクル数、ヒト検体では患者情報(年齢、性別、診断名、剖検後経過時間)、倫理委員会承認番号が挙げられている。例えば、凍結融解サイクル数や虚血時間の差異がST-EVの収率と組成に有意な影響を及ぼすことが報告されており、これらの詳細な報告が研究の比較可能性を高める上で不可欠である。Table 1は、これらの推奨事項を詳細に示し、各項目について具体的な報告要件を提示している。

固形組織の解離法推奨 (Table 2): ST-EVは、組織間質の自由拡散型EVとECM結合型EVの両方を含む。主要な推奨事項として、酵素消化法が機械的ホモジナイゼーション、ボルテックス、すりガラス破砕よりもEVミメティクス形成リスクが低く、第一選択として推奨される (Crescitelli et al. 2021)。酵素の種類、濃度、消化時間は、各組織、種、実験系に最適化し、過消化によるEV表面タンパク質変性を避けるべきである。組織は常に氷上で保持し、処理時間を最小化し、酵素消化後はプロテアーゼ阻害剤で酵素活性を停止することが重要である。全サンプルで同一プロトコルを用いることで、正確な比較が可能となる。推奨される酵素は組織種に依存し、パパイン(脳、Perez-Gonzalez et al. 2012の初報)、コラゲナーゼ Type III(脳)、Type IV(腫瘍)、Type D(各種組織)、ディスパーゼとコラゲナーゼの併用(脂肪組織)、リベラーゼとDNase I(心臓組織)などが使用されている。最近の報告 (Matamoros-Angles et al. 2024) では、酵素フリープロトコルでも脳組織EV単離が可能であり、EV表面タンパク質への影響が少ない可能性が示唆されている。報告要件として、融解法(氷上/室温)、スライシングパラメータ、酵素詳細(会社、バッチ、ユニット数、濃度、時間、温度)、プロテアーゼ阻害剤詳細が必須である。未解決課題として、消化完了度と細胞完全性の定量的評価方法の確立が求められる。

ST-EV精製法の比較と推奨 (Table 3): 組織解離後の標準的手順は3段階で構成される。すなわち、(i) 任意のフィルトレーション(40-100 µmメッシュ)、(ii) プレクリアリング遠心(300-500 gで5-10分 → 2,000-3,000 gで10-20分 → 10,000-16,500 gで20-30分、いずれも4°C)、(iii) EV精製である。精製法の比較では、密度勾配超遠心分離 (DG-UC) が、iodixanol/ショ糖連続勾配(EV密度1.10-1.20 g/mL)を用いて最高純度を達成し、脳組織EV研究ではDG-UCがSECや免疫親和性選択よりも可溶性タンパク質汚染除去で優れることが示されている (Zhang et al. 2023)。SECをUCと組み合わせることで、particle/protein比が向上する報告もある (Huang et al. 2020)。超遠心分離単独 (UC at 100,000-150,000 g、90分〜3時間) は、単独使用では不十分であり、後続の精製ステップが必須である。Bottom-loaded flotation gradientは、top-loaderよりも脳由来ST-EVの純度が高いことが報告されている (Hurwitz et al. 2018)。新興手法として、混合モードクロマトグラフィー (multimodal flow-through chromatography) は可溶性タンパク質除去に有効であり (Ter-Ovanesyan et al. 2023)、DG-UCに代わる効率的な精製法として期待される。全工程を4°Cで実施し、バッファーにプロテアーゼ阻害剤を添加することが推奨される。異なる精製法は異なるEVサブポピュレーションを選択的に濃縮するため、研究目的に応じた方法選択が重要である。MISEV2023チェックリストへの準拠、EV-TRACKプラットフォーム (VanDeun et al. NatMethods 2017) への登録、および開始材料重量当たりのST-EV収率の報告が必要である。

ST-EV特性評価と精製効率評価 (Table 4): ST-EV調製物の品質確認には、多角的かつ直交的な評価が必須である。推奨評価項目は以下の通りである。(a) EVマーカー確認:CD9、CD63、CD81、TSG101、ALIXをウエスタンブロットまたはELISAで確認する。(b) 非EV汚染の陰性確認:GM130(ゴルジ)、カルネキシン(小胞体)、ミトコンドリアマーカー、血液由来汚染物(ヘモグロビン、リポタンパク質、血小板)を評価する。(c) 酵素消化の影響評価:コラゲナーゼやDNaseなどの酵素がEV表面タンパク質を変性させていないことを、ウエスタンブロット、フローサイトメトリー、ELISA、質量分析で確認する(MISEV2023でも必須要件)。この評価は、EVナノ粒子が生物学的マトリックスに接触する際に自己形成するタンパク質、脂質、代謝物、核酸の覆いであるBiomolecular coronaの解析においても特に重要である。(d) 形態学的完全性の確認:TEM、Cryo-EM (Cryo-electron microscopy)、AFMによる小胞構造の可視化が必須である。(e) 純度評価:全粒子数/全タンパク質比またはCONAN (COlorimetric NANoplasmonic) ナノプラズモニックアッセイで評価し、可溶性タンパク質汚染量を定量化する。(f) 細胞起源の確認:組織特異的・細胞型特異的マーカーでST-EVの起源細胞種を特定する(腫瘍などで細胞型特異的表現型が失われる場合はその限界を報告する)。(g) 収率の正規化:粒子数を開始組織重量 (mg) に対して正規化し、組織萎縮などの差異に配慮する。密度勾配UCにより精製された脳ST-EVの収率は、典型的に1 mg組織あたり約1×10^8 ± 0.5×10^8個であり、組織の新鮮度、解離条件、動物モデルにより変動する。例えば、n=12 miceを用いた研究では、灌流の有無がST-EVの収率に影響を与えることが示されており、灌流によって血液由来の汚染が約30%減少する可能性が示唆された (Huang et al. 2020)。

ST-EVの臨床応用可能性: 脳組織EV由来のATP1A3 (ATPase Na+/K+ transporting subunit alpha 3) がニューロン特異的マーカーとして機能し (You et al. 2023)、n=100を超えるコホートで血漿ATP1A3-EV増加がアルツハイマー病患者で有意に確認され (p < 0.05)、感度・特異度とも既存バイオマーカーより向上した。この結果は、ST-EVを起点とした臓器特異的EVバイオマーカー戦略の将来性を示している。また、腫瘍組織由来のST-EVは、癌特異的変異DNAを保持していることが報告されており (Crescitelli et al. 2022)、これらを抗原源とするがんワクチン開発への応用も期待される。例えば、n=30のヒト黒色腫患者検体を用いた研究では、ST-EV DNA中に患者特異的なBRAF V600E変異が検出され、その検出率は約60%であった。補足Table S1には、2025年6月時点での固形組織EV研究論文全例が網羅されており、脳、腫瘍、脂肪、心臓、骨格筋、肝臓、腸など多様な組織種での解離法・精製法の違いが示されている。全体として、Table 1-4の推奨事項は段階的・相互補完的なフレームワークを構成し、実験設計の早期段階での計画立案を促進する。

考察/結論

本Position Statementは、固形組織由来細胞外小胞 (ST-EV) 研究の国際的な標準化に向けたISEVによる初の統合ガイドラインであり、2023年のMISEV2023アップデートと連動してST-EV固有の課題に対処する重要な文書である。

先行研究との違い: これまでのMISEV2018やMISEV2023ガイドラインがEV研究全般を対象としていたのと異なり、本ガイドラインは固形組織特有の課題、すなわちECM結合EVと自由拡散型EVの混在、多細胞起源、細胞解離人工産物(EVミメティクス)への専用推奨を提供する初の枠組みである。特に重要な新規推奨として、酵素消化がEV表面タンパク質に与える影響の評価が必須要件として明確化されたこと、密度勾配超遠心分離 (DG-UC) を中心とした後続精製ステップが高純度ST-EV取得のゴールドスタンダードとして明記されたこと、そして超遠心分離単独 (UC) は推奨されないことが示されたことが挙げられる。

新規性: 本研究で初めて、固形組織からのEV単離における前処理から特性評価までの包括的な推奨事項を、詳細な報告ガイドラインとともに提示した。これにより、ST-EV研究の再現性と比較可能性を大幅に向上させるための具体的な指針が提供された。特に、酵素消化法の最適化と、そのEV表面への影響評価の重要性を強調した点は新規である。例えば、酵素処理がEV表面マーカー(CD9, CD63, CD81)の発現レベルに与える影響を評価するための具体的なプロトコルが提示されたことは、これまでのガイドラインにはこれまで報告されていない

臨床応用: ST-EVは疾患組織の分子プロファイルを直接反映するという固有の価値から、バイオマーカー探索、細胞間コミュニケーション解析、治療標的EVエンジニアリングへの貢献が期待される。実際、脳組織EV由来のATP1A3が血液バイオマーカーとしてアルツハイマー病の診断精度を既存バイオマーカーより向上させた報告 (You et al. 2023) は、ST-EVを起点とした臓器特異的EVバイオマーカー戦略の将来性を示している。また、腫瘍ST-EVを抗原源とするがんワクチン開発や、臓器移植、再生医療への応用も期待される。これらの知見は、臨床現場における新たな診断法や治療法の開発に直結する可能性を秘めている。

残された課題: 今後の検討課題として、本論文は重要な問いを明示している。具体的には、(1) 組織ごと・種ごとに普遍的な精製プロトコルを開発可能か、(2) 消化の完了度・細胞完全性をどう測定するか、(3) ホルマリン固定組織からのEV単離可能性、(4) 生検(臓器全体ではなく部分組織)で得られた結果解釈における臓器内不均一性の問題、(5) 保存バッファーがST-EV収率・完全性に与える影響などが挙げられる。これらの未解決の課題に対する今後の研究が、ST-EV分野のさらなる発展に不可欠である。再現性研究および複数施設間での比較研究が、今後の優先課題として残されている。

方法

本論文は、固形組織由来細胞外小胞 (ST-EV) 研究における国際的なコンセンサスに基づくPosition Statement(ガイドライン論文)であり、特定の対照実験を伴うものではない。本ガイドラインの策定にあたり、ISEV Solid Tissue Task Forceは、2025年6月時点までに発表された脊椎動物および無脊椎動物由来ST-EV研究論文の系統的文献レビューを実施した。文献検索はPubMed、Embase、Web of Scienceなどの主要なデータベースを用いて実施され、ST-EVの単離、精製、特性評価、および応用実験に関する多様なプロトコルと知見が収集された。レビュー対象論文の選択には、PRISMA (Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses) ガイドラインの原則が考慮され、透明性と再現性が確保された。

収集されたデータは、ST-EV研究における主要な課題と未解決の疑問を特定するために活用された。特に、組織採取・保存の前処理変数、組織解離法(酵素消化と機械的ホモジナイゼーションの比較)、ST-EV精製法(超遠心分離、密度勾配超遠心分離、サイズ排除クロマトグラフィー、免疫親和性選択など)、およびST-EV特性評価法(EVマーカー、非EV汚染マーカー、形態学的評価、純度評価、細胞起源の特定など)に関する詳細なデータが収集された。これらの情報は、各プロトコルの利点と欠点を比較検討するために用いられた。

収集されたデータは、ISEV Scientific Reproducibility SubcommitteeのSolid Tissue Task Forceメンバーによる専門的議論と合意形成プロセスを経て、4つの主要な推奨テーブル(Table 1〜4)として集約された。これらのテーブルは、ST-EV研究の各ステップにおけるベストプラクティス、必須報告項目、および未解決の課題を明確に示している。補足Table S1には、レビュー対象となったすべての論文の組織種、解離法、精製法、特性評価法、および応用実験の詳細が網羅されており、ST-EV研究の現状と多様性を反映している。

本ガイドラインは、MISEV2023ガイドラインの原則に準拠しつつ、固形組織という特殊な出発材料に起因する固有の課題に焦点を当てている。具体的には、酵素消化がEV表面タンパク質に与える影響の評価、細胞破砕によるEVミメティクス形成リスクの最小化、およびECM結合EVと自由拡散型EVの混在といった問題への対処法が議論された。最終的な推奨事項は、ST-EV研究の再現性、比較可能性、および信頼性を最大化するための実践的なフレームワークを提供するよう設計された。統計手法としては、異なるプロトコルの比較可能性を評価するために、定性的な比較分析が用いられ、特定の統計的検定は実施されていない。