- 著者: Barbora Špačková, Henrik Klein Moberg, Joachim Fritzsche, Johan Tenghamn, Gustaf Sjösten, Hana Šípová-Jungová, David Albinsson, Quentin Lubart, Daniel van Leeuwen, Fredrik Westerlund, Daniel Midtvedt, Elin K. Esbjörner, Mikael Käll, Giovanni Volpe, Christoph Langhammer
- Corresponding author: Barbora Špačková (spackova@chalmers.se); Christoph Langhammer (clangham@chalmers.se) (Department of Physics, Chalmers University of Technology, Göteborg, Sweden)
- 雑誌: Nature Methods
- 発行年: 2022
- Epub日: 2022-05-30
- Article種別: Original Article
- PMID: 35637303
背景
蛍光顕微鏡は生化学・生物物理学の主力技術であるが、蛍光ラベルの付加という根本的な制約を持つ。ラベルが標的分子の性質を変える可能性、同時使用可能な色数の制限、光退色による長期測定の困難、そして細胞分泌物研究での標識困難という4つの問題が既報の研究によって提起されてきた (Walker-Daniels & Faklaris 2012; Skylaki et al. Nat Biotechnol 2016)。
これを補完するラベルフリー単一生体分子検出法として、誘電マイクロ共振器、プラズモニクス手法、およびiSCAT (interferometric scattering microscopy、干渉散乱顕微鏡) が開発されてきた。とくにiSCATは散乱信号が物体の質量に比例することを利用した定量的な分子量 (MW、molecular weight) 測定を可能にし (Young et al. Science 2018)、単一細胞の分泌ダイナミクス (McDonald et al. Nano Lett 2018) や支持脂質膜上のタンパク質運動の追跡にも適用されてきた。しかし、これらの既存ラベルフリー手法はすべて被分析分子を表面に固定化しなければ検出できないという本質的な手薄があった。
表面固定化の問題点は3つある。第一に、固定化が分子の結合部位アクセス性を変え、相互作用研究での誤解釈につながること。第二に、実際に固定化できた分子のみが検出されるため試料中の大部分の分析対象が未検出のまま残ること。第三に、ウイルス・細胞外小胞 (EV、extracellular vesicle) より小さなタンパク質・核酸は散乱断面積が体積の2乗に比例して極めて小さく、かつ高速ブラウン運動が光を1点に積算できる時間を著しく制限するため、溶液中を自由に拡散する状態での直接観察が未達成であったことである (Colombo et al. AnnuRevCellDevBiol 2014)。これが単一生体分子のラベルフリー・溶液内定量計測に向けた知識上の gap in knowledge として長年存在してきた。
目的
SiO₂ナノ流体チャネル内に生体分子の拡散を閉じ込めることで暗視野散乱コントラストを数桁増強し、表面固定化なしで拡散中の単一生体分子・ナノ粒子の分子量と流体力学半径 (Rs、hydrodynamic radius) をリアルタイム同時測定可能なNSM (Nanofluidic Scattering Microscopy、ナノ流体散乱顕微鏡) 技術を開発・実証する。
結果
NSMの光学原理:ナノチャネルを参照光とした干渉増強:ナノチャネル (高屈折率SiO₂、n≈1.46) は水 (n≈1.33) より高い屈折率を持つため、チャネルの分極率α_c<0となる。チャネル内に生体分子 (α_m>0) が存在すると、チャネル散乱強度Icと分子散乱強度Imの干渉項ΔIt ≈ −2√(Ic·Im) が生じ、分子単独の散乱信号Imより数桁大きな負の微分シグナルが得られる (Fig 1)。この増強は、レーザー干渉計のホモダイン検出と類似した機構であり、ナノチャネルが参照光源として機能することによる。200 fpsの高速CMOSカメラと0.005%の低ノイズ水準の組み合わせにより、BSA (66 kDa) からthyroglobulin (669 kDa) に至る単一タンパク質のナノチャネル内拡散をキモグラフ形式で時系列可視化することに成功した (Fig 2)。ナノチャネルの閉じ込めにより、通常は焦点面から瞬時に拡散して逃げる分子が焦点面内に長時間留まるため、散乱信号の積算効率が根本的に向上する仕組みである。
タンパク質・DNAライブラリーによる定量的検証:Channel I (100×27 nm²) で測定したタンパク質ライブラリー (n=18-695 trajectories per species) について、iOC vs MWの線形性 (理論式との高い一致) および¯D vs Rsの一致を確認した (Fig 3e, f)。MW分解能はChannel IでFWHM評価により20-30 kDa、Channel IIで30-40 kDaと算出された。これはiSCATの最先端法 (thyroglobulinで約90 kDa) と比較して3-fold向上に相当し、ナノチャネル内での分子の焦点面内滞留時間延長による信号積算効率の優位性を反映している (Fig 3c)。タンパク質と同MW帯のDNA (1 kb、400 bp、200 bp) は、球状タンパク質の経験的MW-Rs関係 (Rs ≈ 0.88 nm·Da⁻¹/³) から大きく外れた低D値を示し (細長い形状のため)、iOC-D二次元平面上でタンパク質集団とは明確に区別された (Fig 3b)。ML解析はSA法と高い一致 (¯D・iOCの平均値・分布ともに一致) を示し、以後ML解析を単独使用することで計算時間を大幅に短縮した。
分子サブポピュレーションの識別:thyroglobulinとBSA (66 kDa) において、MW約2倍・Rs約1.3倍高い第2集団 (二量体) を単一分子レベルで同定した (Fig 3c inset)。さらにferritinでは、モノマー (440 kDa) と二量体の間に複数の中間集団が存在し、配位鉄原子数の異なるサブポピュレーションに対応すると解釈された。このような分子内部構造の不均一性を、ラベルや表面固定化なしに単一分子解像度で定量分解できることは、これまでのラベルフリー技術では実現できなかった能力であり、ferritinの鉄貯蔵ダイナミクス研究への応用が期待される。
SLBパッシベーションによる荷電タンパク質への適用拡張:陰性荷電SiO₂チャネル壁への非特異的吸着を防ぐため、POPCを主成分とするSLBコーティングを導入した。SLB形成プロセス自体をリアルタイムNSMで追跡し (Channel Vでの散乱強度の漸減)、均一な脂質二重膜形成を確認した (Fig 4a, b)。陽性荷電タンパク質aldolase (158 kDa、pI=8.16) は未コートChannel VIでは壁面への強い静電吸着のため測定不可能だったが、SLBコーティング後のChannel VI (82×40 nm²) では、MW 158 kDa・Rs 4.6 nmという公称値 (参照値: Rs=4.6 nm) に高い一致を示す測定値が得られた (Fig 4d, e)。SLBコーティングにより、陽性・陰性いずれの荷電タンパク質にも対応できる普遍的なNSM適用範囲の拡張が実証された。
複合バイオサンプル中のEVとリポタンパク質の非標識識別:SH-SY5Y神経芽細胞腫のconditioned mediumをSLBコーティングChannel V (225×200 nm²) に0.25 Paの圧力差を印加して流通させ (スループット最大10粒子/分)、iOCとDをRsに変換したスキャッタープロットに2つの明確な集団を同定した (Fig 5b)。細胞に接触していない培地対照との比較から、小iOC/Rs集団 (Rs=10-13 nm) は血清由来の低密度リポタンパク質 (LDL、low-density lipoprotein) に、大iOC/Rs集団 (Rs=20-70 nm) は細胞分泌EVに帰属させた (Fig 5c-e)。対照培地では小集団のみが存在し大集団は不在であったことが帰属の根拠となった。EVのサイズ分布 (Rs=20-70 nm、中央値Rs=38 nm、95% CI: 31-46 nm) はNTAによる独立測定と良好な一致を示し、NSMの複合生体サンプル解析への妥当性が確認された。
考察/結論
NSMは、単一生体分子を表面固定化なしにラベルフリーで溶液中を拡散させながら分子量と流体力学半径を同時リアルタイム測定できる点において本研究で初めて実証された新規な技術基盤である。既報のiSCATを含む既存ラベルフリー単一分子検出法と異なり、NSMは表面固定化を必要とせず、固定化に起因する分子構造変化・結合部位遮蔽・選択的検出バイアスを原理的に排除できる。MW分解能においても、iSCATと比較して3-fold向上 (iSCAT thyroglobulin: 約90 kDa vs NSM Channel I: 20-30 kDa) を達成しており、この差はナノチャネル内で分子の焦点面内滞留時間が大幅に延長されることによる根本的なメカニズム的相違に由来する。
新規性の観点から特に重要なのは、ferritinの異なる鉄配位数サブポピュレーションをラベルフリー単一分子解像度で識別したことである。これまでの報告されていない測定として、サブポピュレーション間のMW・Rs差を単一分子レベルで定量化できることを示した。また、SLBコーティングにより陽性荷電タンパク質にも適用範囲を拡張した点も、生理的条件下で重要な多くの分子 (ヒストン・抗菌ペプチド等) への適用を可能にする新規な実証である。
細胞外小胞研究への橋渡し研究の観点からは、NSMによる複合バイオサンプル中でのEVとリポタンパク質の非標識・リアルタイム識別の実証が重要な臨床的意義を持つ。既存のNTAやDLS (dynamic light scattering、動的光散乱) は複合混合物中での亜集団識別が困難であるが (Guo et al. JExtracellVesicles 2018)、NSMのiOC-D二次元情報はEVとリポタンパク質を一次元サイズ情報だけでなく光学コントラスト (組成情報を反映) との組み合わせで分離できる。さらに、ナノチャネル壁面に受容体を固定化すれば特定マーカー陽性EVのアフィニティー検出への展開も理論的に可能であり、液体生検・バイオマーカー研究における臨床応用への道筋が開かれる。単一細胞のsecretome (secretome: cell-secreted protein/vesicle output) リアルタイム解析は、NSMのサンプル最小希釈という特性と組み合わせることで、個々の細胞の分泌ダイナミクスを定量的に把握する新たな研究手段となり得る。
残された課題と今後の研究として、現行NSMの検出下限は66 kDa (BSA) であり、より小さな生体分子 (転写因子・サイトカイン・一本鎖核酸等、10-50 kDa) への拡張はさらなる検討を要する。スループット向上 (現状: 拡散のみで0.7-2分子/視野) は流量印加や数百本の並列ナノチャネルによる2桁向上が期待される。また、iOCからEV等のBNP (bionanoparticle、バイオナノ粒子) のMW換算は、構成分子の光学特性の多様性のため単一タンパク質より精度が低く、多成分系への理論拡張が limitation として残る。さらに、Špačková・Fritzsche・LanghammerはEnvue Technologies ABを設立して本研究の知財を保有しており、商業展開を含む実用化パスが開かれているが、実際の生体試料 (血清・尿等の複合バイオフルイド) への適用および臨床的有用性の確立に向けたさらなる検討が必要となる。
方法
ナノ流体デバイスの設計と作製: SiO₂基板 (4インチシリコンウェーハ、熱酸化で2,000 nm酸化膜形成) への電子線リソグラフィー (JBX-9300FS、1 nA、600 μC/cm²) ・イオンビームエッチング・反応性イオンエッチング (RIE) ・Pyrexガラス (175 μm厚) との融合接合 (550°C、5時間、N₂雰囲気) により、断面積の異なる6種のナノチャネルを作製した (Channel I: 100×27 nm²、Channel II: 110×72 nm²、Channel III: 100×15 nm²、Channel IV: 145×27 nm²、Channel V: 225×200 nm²、Channel VI: 82×40 nm²)。チャネル長は30 μm (Channel I-IV、VI) または200 μm (Channel V) で、断面形状はSEM (scanning electron microscopy、走査型電子顕微鏡) で確認した。
光学系と撮像: 暗視野顕微鏡プラットフォーム (Mad City Labs RM21)、超連続スペクトルレーザー (NKT Photonics SuperK EXTREME EXB-6) から450-750 nmに波長選択したビーム (合計出力250 mW) を対物レンズ (NA=1.49、Nikon) の背焦点面に集光し、マイクロミラーで斜め入射させる暗視野構成を採用した。散乱光は高速CMOSカメラ (Andor Zyla) で収集し、200 fpsの撮像フレームレートと平均ノイズ0.005%を達成した。フレームごとに機械的・強度変動補正、空チャネル背景差分処理 (微分暗視野画像) および照明不均一性補正を実施し、単一分子の散乱シグナルを抽出した。
MW・Rs算出: iOC (integrated optical contrast、積分光学コントラスト) からMWを定量 (分極率α_m ≈ a·MW、a=0.46 ų·Da⁻¹、タンパク質の屈折率増分から導出)。拡散係数DからStokes-Einstein式 (ナノチャネル閉じ込め効果を補正するhindrance factor Kを含む) でRsを算出した。MW分解能はGaussianフィッティングによるFWHM (full-width-at-half-maximum、半値全幅) で評価した。解析はSA (standard analysis、標準解析法; Matlab) とML (machine learning、機械学習) の2系統で並行実施し、iOC・D両パラメータで相互検証した。
生体分子試料: タンパク質ライブラリー (thyroglobulin 669 kDa、ferritin 440 kDa、ADH [alcohol dehydrogenase] 150 kDa、BSA (bovine serum albumin、ウシ血清アルブミン) 66 kDa、aldolase 158 kDa) をPBS (phosphate-buffered saline、リン酸緩衝生理食塩水、pH 7.4) 中28 nMで使用。DNA (1 kb、400 bp、200 bp) を0.05× TBE (Tris-borate-EDTA buffer) 中28 nMで使用した。この濃度はChannel I・IIでそれぞれ視野内平均0.7・2分子に相当し、個別分子の識別が可能な条件である。SH-SY5Y (ヒト神経芽細胞腫) 細胞株を1.2×10⁶個/T25フラスコにMEM/F12 (Minimum Essential Medium/Ham’s F-12 培地混合) + 10% FBS (fetal bovine serum、ウシ胎児血清) + 1% NEAA (non-essential amino acids)培地で37°C・5% CO₂の条件下48時間培養し、conditioned mediumを収集した。EV単離: 0.22 μm膜ろ過後、4,000 rpm・20分・4°Cで大きな細胞デブリを除去し、Amicon Ultra-15 100 kDa限外ろ過膜で6,350 rpm・4°C・2時間遠心してEV・タンパク質粒子を濃縮後、PBS 5 mlで同条件の洗浄を1回行い、PBS で130倍希釈してNSM測定に供した。NSM法による粒子径のEV同定はNTA (nanoparticle tracking analysis、ナノ粒子トラッキング解析; Malvern NanoSight LM10、488 nmレーザー、1,000倍希釈、5本×60秒動画) で検証した。なお本研究ではEV表面タンパク質マーカー (CD9/CD63/CD81等のテトラスパニン) による同定は実施しておらず、サイズ基準による characterization を採用している (Thery et al. JExtracellVesicles 2018)。
表面パッシベーション: POPC (palmitoyloleoylphosphatidylcholine)/Marina Blue DHPE (99/1 mol%) LUV (large unilamellar vesicle、大型単層小胞) を液体窒素/37°C熱ブロックで5回凍結融解後、100 nm孔径ポリカーボネートフィルターを用いたエクストルーダーで調製し、ナノチャネル内に2 bar加圧流通させてSLB (supported lipid bilayer、支持脂質二重膜) を形成させた (Channel V: 30分、Channel VI: 12時間)。