- 著者: Rossella Crescitelli, Cecilia Lässer, Jan Lötvall
- Corresponding author: Rossella Crescitelli (University of Gothenburg, Sweden)
- 雑誌: Nature Protocols
- 発行年: 2021
- Epub日: 2021-01-25
- Article種別: Protocol
- PMID: 33495626
背景
細胞外小胞(EV)は、細胞間コミュニケーションにおいて重要な役割を担う脂質二重膜構造体である。EV研究の多くは細胞株培養上清や血液・尿などの体液を用いて実施されてきたが、in vivoでの腫瘍微小環境を反映したEV研究には、組織直接由来のEV解析が不可欠である。組織間質・細胞外空間にEVが豊富に存在することは透過型電子顕微鏡(TEM)観察で確認されているが (Figure 1)、組織からのEV単離は細胞培養上清や体液からの単離と比較して技術的に困難であった。細胞株はin vivoの腫瘍像を完全に再現せず、高継代では細胞の性質が変化しEV組成にも影響が生じる可能性がある。また、組織の細胞外マトリクス(ECM)にEVが捕捉されており、従来の酵素処理なしプロトコルではEV収率が低く(<60 µg/g腫瘍)、再現性に課題が残されていた。例えば、Valadi et al. NatCellBiol 2007はEVがmRNAやmiRNAを介した遺伝子交換を媒介することを示したが、これらの研究は主に細胞培養上清由来のEVに焦点を当てていた。また、Raposo et al. JCellBiol 2013やColombo et al. AnnuRevCellDevBiol 2014もEVの生合成や細胞間相互作用について詳細に報告しているが、組織由来EVの多様なサブポピュレーションを効率的に分離し特性評価する標準化されたプロトコルは未解明であり、この分野における課題が残されている。
目的
本研究の目的は、ヒトメラノーマ転移組織を対象として、コラゲナーゼDとDNase Iによる組織解離、差次超遠心分離、およびヨージキサノール密度勾配分離を組み合わせた最適化されたプロトコルを確立することである。これにより、EV表面分子の完全性を保持しつつ、最大6種類のEVサブポピュレーション(lEV(large EV)/sEV(small EV)の低密度(LD)および高密度(HD)EV)を再現性よく単離し、多様な特性解析手法(TEM、RNAプロファイリング、ExoView、プロテオーム解析、ウェスタンブロット)との接続性を示すことを目指した。本プロトコルは、ヒトメラノーマ転移組織だけでなく、他のヒトおよびマウスの複数のがん種および健常組織にも適用可能であることを実証し、組織由来EV研究の基盤を強化することを目指した。
結果
プロトコル最適化によるEV収率の向上: 2018年の酵素処理なしプロトコルでは、ECMからのEV抽出効率が低く、EV収率は<60 µg/g腫瘍であった。2019年の粗ペレット後に酵素処理を行うプロトコルでは改善が見られたものの不十分であった。本研究で確立した最終プロトコル(組織への最初の酵素処理)により、最高のEV収率を達成した (Extended Data Fig. 2)。コラゲナーゼD処理がEV表面のCD81、CD63、CD9発現に与える影響を評価した結果、フローサイトメトリーおよびExoViewでCD81が若干低下したが、CD63とCD9は保持されており、実用上問題ないと判断された (Extended Data Fig. 3)。
EVの可視化と組織内存在の確認: ヒト結腸がん組織のTEM断面において、細胞間隙に多数のEV(異なるサイズ・形状)が観察され、組織中にEVが実際に細胞外空間に豊富に存在することが視覚的に確認された (Figure 1)。高倍率画像ではEVの二重膜構造が明瞭に示された。さらに、ヒトおよびマウスの複数がん種(マウスメラノーマ、マウス結腸がん)および健常組織(ヒト結腸粘膜)のTEM画像(Extended Data Fig. 1)により、本プロトコルの汎用性が実証された。
分離EVサブポピュレーションの詳細な特性解析: TEM解析により、各サブポピュレーションに典型的なEV形態(二重膜・カップ形状)が確認された。lEVの平均サイズは142 nm、sEVの平均サイズは75 nmであった (Figure 3a)。RNAプロファイリングでは、サブポピュレーション間で異なるRNA組成が検出され、特にlEVには小分子RNAと18Sおよび28SリボソームRNAが含まれる一方、sEVには主に小分子RNAが検出された (Figure 3b)。プロテオーム解析では、EV特異的タンパク質(CD63/CD81/CD9、ALIX、TSG101など)のサブポピュレーション間分布が特定された。メラノーマ由来EVから合計6,870種類のタンパク質が検出され、ADAM10はsmall LD EVに、ミトフィリンはlarge LD EVに濃縮されていることが示された (Extended Data Fig. 4)。ExoViewによる三重蛍光ラベルでは、単一EV上での複数テトラスパニン共発現パターンが可視化され、large HD EVがCD63に対して最も強い陽性を示した (Figure 3c)。
他組織への応用性: 本プロトコルは、ヒトメラノーマ転移組織以外にも、複数の他がん種およびマウス組織(Extended Data Fig. 1a,b)やヒト結腸がん組織、結腸粘膜組織(Extended Data Fig. 1c,d)にも適用可能であることが示された。簡略版プロトコルであるヨージキサノールクッション分離法も、マウスメラノーマ組織(Extended Data Fig. 1a3)やヒト結腸がん組織(Extended Data Fig. 1c1)から高品質なEVを効率的に単離できることがTEMにより確認された (Figure 4)。
考察/結論
本プロトコルは、組織由来EVを最大6種類のサブポピュレーションまで分離可能とした最初の標準化された手順であり、腫瘍微小環境およびin vivoでのEV生物学研究に新たな基盤を提供した。
先行研究との違い: これまでの細胞培養モデルの限界(高継代、単一細胞種)を超え、腫瘍間質細胞や免疫細胞との相互作用を内包した生体に近いEV組成の研究が可能となる点で、既存のプロトコルとは対照的である。特に、組織からのEV単離は技術的に困難であり、従来の酵素処理なしプロトコルではEV収率が<60 µg/g腫瘍と低く、EV表面分子の完全性保持も課題であったが、本プロトコルでは酵素処理の最適化によりこれらの問題を克服した。
新規性: 本研究で初めて、組織から酵素処理と密度勾配分離を組み合わせることで、EVの表面分子の完全性を保ちつつ、lEVとsEVの低密度(LD)および高密度(HD)サブポピュレーションを効率的に分離する新規なプロトコルを確立した。これにより、EVの多様な生物学的役割の解明に貢献できる。lEVとsEVの平均サイズがそれぞれ142 nmと75 nmであること、およびRNAプロファイリングやプロテオーム解析によりサブポピュレーション間で異なる分子組成が示されたことは、EVの不均一性を理解する上で重要な知見である。
臨床応用: 本知見は、組織由来EVのバイオマーカーとしての臨床応用に直結する。特に、腫瘍由来EVが循環系に到達し、疾患バイオマーカーとして利用できる可能性が示唆されたことは、将来的ながん診断ツールの開発や個別化医療の臨床現場への導入に向けた重要な一歩となる。例えば、特定のEVサブポピュレーションに濃縮されるADAM10やミトフィリンといったタンパク質は、新たな診断マーカーや治療標的となる臨床的意義を持つ可能性がある。
残された課題: 今後の検討課題として、EV収率のさらなる向上、複数がん種間での比較標準化、および腫瘍間質細胞特異的EV分離法の開発が挙げられる。また、凍結組織からのEV単離の可能性や、凍結融解がEVの品質に与える影響についても今後の研究で明らかにする必要がある。本プロトコルは骨組織のような複雑な組織への適用にはさらなる最適化が必要となる可能性があり、これがlimitationである。
方法
ヒトメラノーマ転移組織(Gothenburg大学倫理委員会承認 096-12, 995-16)を回収直後に約2×2×2 mm片に切断した。その後、コラゲナーゼD(ECM消化)とDNase I(DNA除去)を用いてPBS中37°C、30分間、24 rpmのナッテーションミキサーで酵素処理を行った。0.70 µmフィルターで濾過後、300 gで10分間、次いで2,000 gで20分間遠心分離し、細胞やデブリを除去した。上清を16,500 gで20分間遠心分離してlEV粗分画を、さらに118,000 gで2.5時間遠心分離してsEV粗分画をそれぞれ収集した。続いて、lEVとsEVをそれぞれ60%ヨージキサノール(OptiPrep)に溶解し、段階的不連続密度勾配(35/30/28/24/22×2/20% wt/vol; 186,000 g、16時間)で4つのEVサブポピュレーションを分離した。具体的には、lEV-LDおよびsEV-LDは20〜22%層境界(約1.111〜1.121 g/cm³)から、lEV-HDおよびsEV-HDは30〜35%層境界(約1.163〜1.189 g/cm³)から収集した。単離されたEVの特性解析として、TEM(Step 40A)、RNAプロファイリング(Step 40B)、ExoView(Step 40C; CD63/CD81/CD9多重検出)、プロテオーム質量分析(Step 40D)、およびウェスタンブロット(Step 40E)を実施した。簡略版プロトコル(8時間)では、lEVとsEVの混合物をヨージキサノールクッション(30%単層; 186,000 g、3.5時間)に負荷し、高純度EVを迅速に単離したが、サブポピュレーションの識別は行わなかった。統計解析については、特に言及されていないが、各測定は複数回実施され、結果は平均値として示された。本研究では、ヒトメラノーマ組織の他、マウスメラノーマ(B16F10細胞由来)およびマウス結腸がん(CT26細胞由来)組織も使用された。