- 著者: I-Hsuan Chen, Liang Xue, Chuan-Chih Hsu, Juan Sebastian Paez Paez, Li Pan, Hillary Andaluz, Michael K. Wendt, Anton B. Iliuk, Jian-Kang Zhu, W. Andy Tao
- Corresponding author: Jian-Kang Zhu (jkzhu@purdue.edu, Purdue University, USA); W. Andy Tao (watao@purdue.edu, Purdue University, USA)
- 雑誌: PNAS
- 発行年: 2017
- Epub日: 2017-03-07
- Article種別: Original Article
- PMID: 28270605
背景
血漿中の循環エクソソーム (exosomes) やマイクロベシクル (microvesicles) を含む細胞外小胞 (EVs) は、腫瘍由来のタンパク質、核酸、脂質を含有し、非侵襲的なバイオマーカー源として近年注目を集めている (Melo et al. Nature 2015; Kowal et al. ProcNatlAcadSciUSA 2016; Boukouris et al. Proteomics Clin Appl 2015)。これまでのEVプロテオミクス研究は主に総タンパク質の発現量変化に焦点を当ててきたが、がん細胞においては、総タンパク質発現量の変化を伴わずに、リン酸化修飾(活性化状態)のみが変化するシグナル分子が多数存在することが知られている。タンパク質リン酸化は、細胞機能のほぼ全ての側面を制御する最も重要かつ広汎な分子調節機構であり、がんなどの疾患状態を直接的に反映すると考えられる (Hunter T, Cell 2000; Kabuyama Y et al. Curr Opin Genet Dev 2004)。
しかし、血液中のリン酸化タンパク質を安定的に同定・定量することは、従来技術では極めて困難であった。その主な理由として、血漿・血清中にはリン酸化を破壊する活性型ホスファターゼが高濃度に存在すること、また、少数の高度発現タンパク質が血漿質量の95%以上を占めるため、低存在量のリン酸化タンパク質の検出が困難であることが挙げられる (Iliuk et al. Electrophoresis 2014)。これらの課題により、生体液中のリン酸化タンパク質を疾患診断マーカーとして開発する試みは、これまで成功に至っていないのが現状である。この領域は依然として未開拓のままであり、リン酸化状態の安定的な検出と定量は未解明な部分が多く残されている。
一方で、EVは膜で封入されたナノ粒子またはマイクロ粒子であり、内部のリン酸化ペプチドを外部ホスファターゼから保護し、長期間安定に保存できるという独自の特性を持つ (Sokolova et al. Colloids Surf B Biointerfaces 2011; Palmisano et al. Mol Cell Proteomics 2012)。この特性は、EVをリン酸化バイオマーカーの安定した供給源として利用する可能性を示唆する。EVはまた、がんの生物学や転移において重要な細胞機能を持つことが示されており、変異、活性型miRNA、転移性シグナル分子など、がん細胞由来の多様なカーゴを含有する (Zhang et al. Nat Cell Biol 2015; Costa-Silva et al. NatCellBiol 2015)。これらのEVベースの疾患マーカーは、症状の発現や腫瘍の生理学的検出よりも早期に同定できる可能性があり、早期がんやその他の疾患の有望な候補となる (Saraswat et al. Mol Cell Proteomics 2015)。
本研究は、血漿中のEVからリン酸化タンパク質を分離・同定する戦略を開発し、乳がんの新規バイオマーカーとしての可能性を探ることを目的とした。既存のプロテオミクス研究では、リン酸化状態の変化ではなく総タンパク質発現量の変化に焦点を当てており、疾患特異的なリン酸化シグナルの検出には限界があった。特に、血漿中のリン酸化タンパク質の安定的な同定・定量は未解明な部分が多く、この領域は未開拓のままであった。本研究は、この知識ギャップを埋め、EVリン酸化プロテオミクスが非侵襲的な疾患スクリーニングおよびモニタリングに貢献する可能性を検証するものである。
目的
本研究の目的は、血漿EV(マイクロベシクルとエクソソーム)から効率的にリン酸化ペプチドを濃縮・同定する新規戦略を開発することである。この戦略を用いて、乳がん患者と健常対照者の血漿EV間で有意に異なるリン酸化タンパク質を同定し、乳がんの新規バイオマーカー候補を特定することを目指した。さらに、Parallel Reaction Monitoring (PRM) 法を用いて、独立した患者コホートでこれらの候補マーカーのリン酸化レベルを検証し、EVリン酸化プロテオミクスが液体生検として臨床的に成立する可能性を実証することを目的とした。これにより、タンパク質発現量変化ではなく、リン酸化修飾状態の変化を捉えることで、より早期かつ特異的な疾患診断・モニタリング手法を確立することを目指した。
結果
過去最大規模のEVリン酸化プロテオーム同定とリン酸化部位分布の特性: 本研究で開発された戦略により、血漿EV(マイクロベシクルとエクソソーム)から合計9,643種のユニークリン酸化ペプチドが同定された。内訳はマイクロベシクルから9,225種(1,934タンパク質)、エクソソームから1,014種(479タンパク質)であり、1 mLのヒト血漿から平均約7,000種のユニークEVリン酸化ペプチドが得られた。これは、これまでの血漿リン酸化プロテオミクス研究と比較して、大幅に多い同定数である。エクソソームとマイクロベシクルのリン酸化残基分布は顕著に異なり、マイクロベシクルではリン酸化チロシン (pY) が2.0%、リン酸化トレオニン (pT) が14.1%、リン酸化セリン (pS) が83.9%であったのに対し、エクソソームではpYが13.7%、pTが16.1%、pSが69.6%と、チロシンリン酸化の相対的割合が約7倍高かった (Fig 2C)。この差は、エクソソームに受容体型チロシンキナーゼや非受容体型チロシンキナーゼが相対的に富化されることを反映すると考えられる。定量プロテオーム解析では1,996タンパク質が同定されたが、このうち862タンパク質はリン酸化濃縮でのみ同定されており、EVトータルプロテオームでは検出されない低発現リン酸化タンパク質の検出にリン酸化濃縮が必須であることが示された。位相移動界面活性剤を用いた改良トリプシン消化法は、従来のin-solution消化法よりも大幅に高い配列カバレッジとリン酸化ペプチド同定数を可能にし、本プラットフォームの技術的要点であることが確認された。
乳がん患者に特異的に上昇するリン酸化タンパク質の同定: ラベルフリー定量解析により、乳がん患者と健常対照者間で有意に異なるリン酸化部位が多数同定された。リン酸化部位の確率スコアが0.75を超えるものについて、マイクロベシクルで156部位、エクソソームで271部位が有意な変化(FDR < 0.05、S0 = 0.2)を示した (Fig 3A, B)。乳がん患者で有意に上昇するリン酸化タンパク質は計144種であり、197種のユニークリン酸化ペプチドが乳がんで有意に増加した。重要なことに、対応するEVトータルプロテオームでは乳がんと健常人の間でタンパク質発現量はほぼ同等であったのに対し、リン酸化レベルでは有意な差が多数検出されており、リン酸化変化がタンパク質発現変化とは独立した疾患特異的情報を提供することが実証された。これら197種のリン酸化ペプチドのうち60%以上が、105例の乳がん患者組織を用いたNCI CoPTAC包括的プロテオゲノミクス研究 (Mertins et al. Nature 2016) でも同定されており (Fig 4A)、EV由来液体生検バイオマーカーが組織バイオマーカーと高い対応関係にあることが確認された。発見フェーズに使用したバイオバンク保存検体は採取から5年以上経過したものであったが、有効なリン酸化シグナルが検出され、EVの膜保護によるリン酸化ペプチドの長期安定性が実証された。
SRCキナーゼを中枢とするネットワーク解析と生物学的含意: STRINGネットワーク解析により、乳がん特異的リン酸化タンパク質144種の相互作用ネットワークの中心にSRCチロシンキナーゼが位置することが判明した (Fig 4B)。SRCは発見された197ペプチドの中でも高い接続性を示し、上皮間葉転換、浸潤経路、および他のシグナル伝達経路との強い関連が示唆された。Gene Ontology解析では「がん転移」「膜再構成」「細胞間通信」が過剰富化しており、EVリン酸化プロテオームが腫瘍浸潤・転移シグナルを反映することが示された。乳がんで上昇したリン酸化タンパク質のうちメンブレンタンパク質が16%を占め、細胞外タンパク質の増加もエクソソーム分画で認められた。ネットワーク中のクラスタリングにより、インテグリンシグナル、増殖因子受容体下流、細胞骨格再構成の3つの機能モジュールが同定された。
PRMによる候補マーカー検証と統計的評価: 発見フェーズで同定した4候補(RALGAPA2、PKG1、TJP2、NFX1)を独立コホート(乳がん n=13 patients、健常 n=7 donors)でPRM法を用いて絶対定量検証した (Fig 5)。RALGAPA2 (p<0.05)、PKG1 (p<0.05)、TJP2 (p<0.05) は、いずれも乳がん患者血漿EVで有意に上昇し、独立コホートでの再現性が確認された。RALGAPA2のリン酸化レベルは健常対照群と比較して約1.5-foldの増加を示した。NFX1は乳がん患者検体のみに検出されたが、個人差が大きく統計的有意差には達しなかった。PRM定量値のfold differenceは発見フェーズのラベルフリー定量値より小さく、マトリクス効果や動的抑圧 (dynamic suppression) の影響が示唆された。RALGAPA2はRalシグナルGAP、PKG1はcGMP依存性プロテインキナーゼ、TJP2は密着結合タンパク質ZO-2であり、いずれも細胞接着、増殖、バリア機能に関わり、乳がん研究での先行報告 (Peri et al. BMC Med Genomics 2012; Gong et al. Cell Death Dis 2014; Nam et al. Cancer Lett 2015; Yi et al. Proc Natl Acad Sci USA 2014) と整合する候補マーカーである。
考察/結論
本研究は、血漿EVのリン酸化プロテオームが乳がん特異的シグナリング情報を含み、液体生検バイオマーカーとして有望であることを実証した。
新規性: 本研究の最大の独自性は、タンパク質発現量ではなくリン酸化修飾状態に着目した点にある。EVトータルプロテオーム解析(1,996種タンパク質同定)では差を検出できなかった疾患特異的シグナルを、リン酸化プロテオミクス(9,643種ペプチド同定)によって捉えた点は方法論的に重要である。また、862種のリン酸化タンパク質はトータルプロテオームでは同定できず、リン酸化濃縮が低発現タンパク質の検出に不可欠であることも本研究で初めて示された。9,643種というリン酸化ペプチド同定数は先行研究を大幅に上回り、位相移動界面活性剤とTi(IV)-IMAC濃縮を組み合わせた本戦略の技術的優位性を示す。
先行研究との違い: 従来の血漿リン酸化プロテオミクス研究では、血漿中のホスファターゼの存在により少数のリン酸化タンパク質しか同定できず、そのレベルと生物学的状態との関連性も不明瞭であった (Jaros et al. J Proteomics 2012; Hu et al. Anal Chem 2009)。と異なり、本研究は、EVの膜保護機能がリン酸化ペプチドを外部ホスファターゼから長期間保護し、5年以上前に採取されたバイオバンク検体からも有効なリン酸化シグナルが得られたことを実証した点で、これまでの研究とは異なるアプローチの有効性を示した。これは、EVを液体生検に利用する実用的な優位性を確立するものである。
臨床応用: SRCキナーゼを中心とするネットワーク構造は、乳がんにおけるSRCシグナルの中心的役割と整合し、疾患メカニズム解明に貢献する。また、197種のリン酸化ペプチドの60%以上が組織プロテオゲノミクス研究 (NCI CoPTAC、乳がん組織 n=105) と重複することは、EVリン酸化プロテオミクスが液体生検として組織生検を代替しうる可能性を示唆し、非侵襲的な疾患スクリーニングおよびモニタリングへの臨床応用が期待される。PRMによる検証フェーズでは、RALGAPA2、PKG1、TJP2の3候補が独立コホート(乳がん n=13 patients、健常 n=7 donors)で有意に上昇していることが再現され、これらのリン酸化タンパク質パネルが乳がんのバイオマーカーとして有望であることが示された。
残された課題: 今後の検討課題として、超遠心によるEV分離法の標準化が必要なこと、リン酸化特異抗体の不足によりELISAベースの検証が困難なこと、個人間変動の大きさが挙げられる。特に、現在の超遠心分離法は完全に特異的ではなく、マイクロベシクルとエクソソームの混在の可能性が指摘されている。今後は、サイズ排除クロマトグラフィー (SEC) や非変性SECなどによるEV精製法の標準化が重要である。また、本研究の発見フェーズでは健常 n=6 donors、乳がん n=18 patients、独立検証コホートでは健常 n=7 donors、乳がん n=13 patientsとサンプルサイズが限られており、今後、乳がんサブタイプ別の大規模前向きコホートでRALGAPA2、PKG1、TJP2パネルの感度・特異度と臨床ステージ相関を評価する必要がある。チロシンリン酸化がエクソソームで相対的に富化されているという本研究の発見は、エクソソームが受容体型チロシンキナーゼのシグナル状態を特異的に反映する診断サブタイプであることを示唆し、EV分画別の疾患特異的リン酸化シグナルのさらなる解析が求められる。本戦略は、他のがん種(肺がん、卵巣がん、大腸がん等)、神経変性疾患、自己免疫疾患など多様な疾患へも拡張可能であり、EVリン酸化プロテオミクスという新次元の液体生検プラットフォームとして広汎な応用が期待される。
方法
本研究では、健常対照者(発見フェーズ: n=6 donors、検証フェーズ: n=7 donors)および乳がん患者(発見フェーズ: n=18 patients、検証フェーズ: n=13 patients)の血漿サンプルを用いた。EVの分離は、先行研究 (Jayachandran et al. J Immunol Methods 2012; Kowal et al. ProcNatlAcadSciUSA 2016; Kalra et al. Proteomics 2013) と同様に、マイクロベシクルを高速遠心分離(10,000 × g, 30分)で、エクソソームを超高速遠心分離(100,000 × g, 70分)で分離した。EVの溶解後、タンパク質を抽出し、位相移動界面活性剤 (phase transfer surfactant) を用いた改良トリプシン消化法 (Masuda et al. Mol Cell Proteomics 2009) を適用することで、消化効率と配列カバレッジの向上を図った。
リン酸化ペプチドの濃縮には、Ti(IV)固定化金属アフィニティクロマトグラフィー (IMAC) を用いた (Olsen et al. Cell 2006; Tsai et al. Anal Chem 2014; Rappsilber et al. Nat Protoc 2007)。濃縮されたリン酸化ペプチドは、高分解能LC-MS/MSシステム(Thermo Scientific Q Exactive HF質量分析計)を用いて分析された。発見フェーズでは、ラベルフリー定量プロテオミクス (Cox et al. Nat Biotechnol 2008) を実施し、乳がん患者と健常対照者間のリン酸化レベルの差を評価した。各リン酸化ペプチドサンプルについて、3回の技術的繰り返し測定 (n=3 replicates) を行った。
データ解析には、MaxQuantソフトウェア (Cox et al. Nat Biotechnol 2008) を用いてペプチド同定とラベルフリー定量を行い、Perseusソフトウェア (Tyanova et al. Nat Methods 2016) を用いて統計解析を実施した。有意差のあるリン酸化部位は、偽発見率 (FDR) < 0.05およびS0 = 0.2の基準で特定された。同定されたリン酸化タンパク質については、STRING (Snel et al. Nucleic Acids Res 2000) を用いたネットワーク解析により、関連するシグナルネットワークとGene Ontology (GO) カテゴリーの濃縮を評価した。統計的有意差の検定には、permutation-based FDR t-testが用いられた。
候補バイオマーカーの検証フェーズでは、RALGAPA2、PKG1、TJP2、NFX1の4つのリン酸化タンパク質を対象に、Parallel Reaction Monitoring (PRM) 法 (Bourmaud et al. Proteomics 2016) を用いて独立コホート(乳がん患者 n=13 patients、健常対照者 n=7 donors)で絶対定量検証を行った。PRMデータはSkylineソフトウェア (MacLean et al. Bioinformatics 2010) を用いて解析された。