• 著者: Bruno Costa-Silva, Nicole M. Aiello, Allyson J. Ocean, Swarnima Singh, Haiying Zhang, Basant Kumar Thakur, Annette Becker, Ayuko Hoshino, Milica Tešić Mark, Henrik Molina, Jenny Xiang, Tuo Zhang, Till-Martin Theilen, Guillermo García-Santos, Caitlin Williams, Yonathan Ararso, Yujie Huang, Gonçalo Rodrigues, Tang-Long Shen, Knut Jørgen Labori, Inger Marie Bowitz Lothe, Elin H. Kure, Jonathan Hernandez, Alexandre Doussot, Saya H. Ebbesen, Paul M. Grandgenett, Michael A. Hollingsworth, Maneesh Jain, Kavita Mallya, Surinder K. Batra, William R. Jarnagin, Robert E. Schwartz, Irina Matei, Héctor Peinado, Ben Z. Stanger, Jacqueline Bromberg, David Lyden
  • Corresponding author: Ben Z. Stanger (University of Pennsylvania); Jacqueline Bromberg (Memorial Sloan Kettering Cancer Center); David Lyden (Weill Cornell Medical College, USA)
  • 雑誌: Nature Cell Biology
  • 発行年: 2015
  • Epub日: 2015-05-18
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 25985394

背景

膵管腺癌 (PDAC) は、その高い転移能と早期診断の困難さから、5年生存率が約6%、中央生存期間が約6ヶ月と極めて予後不良な疾患である。特に肝臓はPDACの主要な転移部位であり、転移が成立する前の段階で肝臓の微小環境がどのようにして腫瘍細胞を受け入れる準備を整えるのか、その分子メカニズムの解明は、転移の超早期予測と効果的な介入戦略を開発する上で重要な臨床課題であった。近年、腫瘍由来エクソソームが、メラノーマにおける転移前ニッチ (pre-metastatic niche; PMN) 形成に関与することがPeinado et al. NatMed 2012Hood et al. CancerRes 2011によって報告され、その概念が確立されつつあった。エクソソームは、30〜150 nmの膜小胞であり、タンパク質、DNA、mRNA、miRNAなどのカーゴを介して細胞間コミュニケーションを媒介し、遠隔臓器の微小環境を変化させることが示唆されていた(Valadi et al. NatCellBiol 2007Thakur et al. CellRes 2014Andaloussi et al. NatRevDrugDiscov 2013)。

しかし、PDACの肝転移におけるエクソソームの臓器特異的ターゲティング機構や、肝臓PMN形成に至る具体的な分子カスケードは未解明なままであった。特に、PDACが肝臓に高頻度に転移するにもかかわらず、その初期段階で肝臓の微小環境がどのように変化し、転移を促進する「教育」を受けるのかという知識には大きなギャップが残されていた。Lydenらのグループは以前のメラノーマ研究で、エクソソームが骨髄前駆細胞を転移促進表現型に「教育」するという概念を確立していたが(Peinado et al. NatMed 2012)、肝臓におけるニッチ形成の詳細な段階的メカニズム、特にどの肝内細胞がエクソソームの主要な標的となり、どのようなシグナル伝達経路が活性化されるのかについては、具体的な情報が不足していた。このため、PDACの肝転移を効果的に予防・治療するためには、エクソソームを介したPMN形成の初期段階における分子イベントを詳細に解明することが喫緊の課題であった。

目的

本研究の目的は、膵管腺癌 (PDAC) 由来エクソソームが肝臓へ選択的にターゲティングされるメカニズムと、それに続く肝臓転移前ニッチ (PMN) 形成の段階的な分子カスケードを詳細に解明することである。具体的には、エクソソームが肝臓内のどの細胞種に優先的に取り込まれるかを同定し、その細胞活性化が肝臓の線維化および炎症性微小環境の構築にどのように寄与するかを明らかにすることを目指した。さらに、PDAC由来エクソソームに高発現するマクロファージ遊走阻止因子 (MIF) が、このPMN形成カスケードにおける機能的役割を持つかを評価し、その阻害が転移に与える影響を検証する。最終的に、エクソソーム搭載MIFがPDAC肝転移の予後バイオマーカーとして、また新たな治療標的としての臨床的意義を持つ可能性を評価することを目的とした。本研究は、PDACの肝転移を予測し、早期に介入するための新たな戦略開発に貢献することを目指す。

結果

PDACエクソソームがクッパー細胞 (KC) を選択的に標的化し肝転移を増強する: PDAC細胞株 (PAN02、PKCY、R6560B) 由来エクソソームで教育したマウス (n=8 mice) は、PBS教育群 (n=9 mice) と比較して、mCherry発現PAN02細胞の肝転移が有意に増加した (p<0.01, t検定)。肝臓重量も有意に増加し、対照群と比較して約2倍であった (p<0.001, ANOVA)。正常膵 (NP) 由来エクソソームでは転移の増加は認められず、臓器特異性が確認された。retroorbital注射後、PDAC由来エクソソームは肺よりも肝臓に高頻度で取り込まれることが示された (Supplementary Fig. 1c)。肝臓内でエクソソームを取り込む細胞の80%以上がF4/80+CD11b+のKCであり、PDACエクソソームは他の肝内細胞 (SMA+hStC、S100A4+線維芽細胞、CD31+内皮細胞、EpCAM+上皮細胞) には取り込まれなかった (Figure 1c, d)。この結果は、KCがPDACエクソソームの主要な標的細胞であり、肝臓PMN形成の初期段階を促進する役割を担うことを強く示唆する。

KC-TGFβ-肝星細胞 (hStC) フィブロネクチン (FN) 産生カスケードがPMN形成を駆動する: in vitroでKCをPAN02エクソソームと共培養したmRNAシーケンス解析では、300以上の経路のうち、肝臓線維症関連経路、特にCTGF (connective tissue growth factor)、EDN (endothelin)、IGF (insulin-like growth factor)、PDGF (platelet-derived growth factor)、TGFβ (transforming growth factor beta) などの可溶性因子をコードする遺伝子の上方制御が最も高発現かつ濃縮された経路として同定された (Figure 1e)。in vivoエクソソーム教育肝では、FN発現が著明に上昇し、ビトロネクチンとテナスキンCは低下、コラーゲンIは安定した発現を示した (Figure 2a)。FNが豊富な領域はSMA+FN+の活性化hStCと共局在し、活性化hStCがFNの主要な産生源であることが示された (Figure 2b)。時系列解析では、FNの上昇 (第2週) がF4/80+細胞の増加 (第3週) に先行し、PMN形成の経時的カスケードが明確に示された (Figure 3a)。TGFβ受容体I型阻害薬A83-01の投与は、hStCのSMA+化、FN沈着、F4/80+マクロファージ動員の全ステップを有意に抑制し (p<0.001, ANOVA)、TGFβがFN誘導とマクロファージ動員を繋ぐ中間シグナルであることを確認した (Figure 4)。さらに、FN条件付きノックアウトマウス (n=8 mice) では、FNの枯渇によりF4/80+マクロファージの増加が消失し、肝転移が対照レベルに回復した (p<0.01)。この結果は、FNがマクロファージ動員と肝転移に因果的に関与することを証明した (Figure 5a, b)。

骨髄由来マクロファージの肝臓への動員がPMN形成に不可欠である: GFP発現骨髄細胞を移植したマウス (n=4 mice) を用いた実験では、PAN02エクソソーム教育後にGFP+F4/80+細胞 (骨髄由来マクロファージ) が肝臓内で約67%を占めて増加した。一方、GFP-F4/80+の肝常在KCは変化しなかった (Figure 3b)。また、GFP+Gr-1+好中球も約30%増加した。ジフテリア毒素 (DT) 誘導性DTRモデルを用いたCD11b+細胞 (マクロファージおよび好中球) の一時的除去実験では、SMA+hStCやFNレベルには影響を与えずにF4/80+マクロファージを除去するだけで、エクソソーム教育による肝転移促進効果が消失した (p<0.05)。このことは、骨髄由来マクロファージがPDACエクソソームによって誘導される肝臓PMN形成とそれに続く転移に不可欠な細胞集団であることを示している (Figure 5d, e)。

マクロファージ遊走阻止因子 (MIF) がKC活性化とPMN形成の主要なオーケストレーターである: PDACエクソソームのプロテオーム解析により、MIF (macrophage migration inhibitory factor) がエクソソームに高発現する因子として同定された (Supplementary Table 3)。MIF siRNAによるノックダウンPAN02細胞由来エクソソームを用いた実験では、KC内TGFβ発現 (F4/80+細胞)、SMA+hStCの活性化、FN沈着、F4/80+マクロファージ動員の全カスケードが著明に抑制された (Figure 6a)。これにより、肝転移率も対照PAN02エクソソーム群と比較して有意に低下した (p<0.05)。これらの結果は、エクソソーム搭載MIFがPMN形成の各段階を統合的に制御する主要な因子であることを示している (Figure 6b, c)。

エクソソームMIFはPDAC進行の早期段階で上昇し、臨床的予後バイオマーカーとなる可能性を秘める: PKCYマウスモデル (n=5 mice) を用いた解析では、血漿エクソソームMIFレベルはPanIN早期病変の段階から上昇し始め、PDAC期でさらに高値を示した (Figure 7b)。ヒトPDAC患者コホートでは、診断後に肝転移が進行したPOD患者群 (n=12 patients) は、5年間無疾患であったNED患者群 (n=10 patients) および健常対照群 (n=15 patients) と比較して、診断時の血漿エクソソームMIFレベルが有意に高値を示した (p<0.01, ANOVA)。このことは、エクソソームMIFがPDACの肝転移リスクを予測する早期バイオマーカーとして有用である可能性を示唆している (Figure 6d)。

考察/結論

本研究は、膵管腺癌 (PDAC) 由来エクソソームが肝臓の転移前ニッチ (PMN) 形成を開始させる詳細な分子カスケードを初めて解明した。PDAC由来エクソソームは肝臓のクッパー細胞 (KC) に選択的に取り込まれ、TGFβの分泌を誘導する。このTGFβシグナルは肝星細胞 (hStC) を活性化し、フィブロネクチン (FN) の産生を増加させる。FNの沈着は骨髄由来マクロファージの肝臓への動員を促進し、最終的に転移前ニッチが形成されるという段階的なプロセスが明らかになった。このカスケードの各ステップは、FN条件付きノックアウトマウスやジフテリア毒素誘導性マクロファージ除去モデルといった独立した遺伝的モデルを用いて検証されており、本研究の知見の堅牢性を際立たせている。

新規性: 本研究で初めて、エクソソームに高発現するマクロファージ遊走阻止因子 (MIF) が、このPMN形成カスケードの主要なオーケストレーターであることを同定した。MIFの阻害は、KCの活性化からhStCのFN産生、骨髄由来マクロファージの動員、そして最終的な肝転移に至る全カスケードを有意に抑制した。このMIFの機能的役割の解明は、PDACの肝転移生物学における新規な知見である。

先行研究との違い: 従来のPMN研究では、骨髄由来細胞の動員や血管透過性の変化が注目されてきたが、本研究はエクソソームが遠隔臓器の常在免疫細胞 (KC) を直接標的とし、その活性化を介して線維化と炎症を誘導するという、より初期段階のメカニズムを提示した点でこれまでと異なる。特に、Kaplan et al. Nature 2005が骨髄由来前駆細胞がPMNを形成することを示したのに対し、本研究はエクソソームがその前駆細胞を動員する微小環境を準備する役割を強調している。

臨床応用: ステージI PDAC患者の血漿エクソソーム中のMIFレベルが、後に肝転移を発症した患者で有意に高かったという発見は、エクソソームMIFがPDAC肝転移の早期予測バイオマーカーとなる可能性を示唆する。これは、PDACの診断と治療戦略に大きな臨床的意義をもたらし、転移リスクの高い患者を早期に特定し、予防的介入を行うための新たな道を開く。MIF阻害剤は、膵癌の転移予防を標的とした介入戦略の分子的根拠を提供する可能性がある。

残された課題: 今後の検討課題として、エクソソームMIFがKCに選択的に取り込まれる具体的な分子メカニズムの解明が残されている。また、MIF阻害剤の全身投与が肝臓PMN形成に与える影響と、その治療的潜在能力を評価するためのさらなるin vivo研究が必要である。TGFβシグナル阻害はPMN形成に有益である可能性が示唆されたが、TGFβが腫瘍抑制機能も持つという文脈依存的な役割を考慮すると、その全身阻害の安全性と抗腫瘍効果を臨床応用前に慎重に評価する必要がある。さらに、本研究で確立されたエクソソームMIFのバイオマーカーとしての有用性を、より大規模な前向きコホート研究で検証することが今後の重要な方向性である。

方法

本研究では、PDAC由来エクソソームによる肝臓転移前ニッチ (PMN) 形成のメカニズムを解明するため、多角的なアプローチを用いた。

エクソソームの分離と特性評価: マウスPDAC細胞株 (PAN02、KPC由来R6560B、PKCY) およびヒトPDAC細胞株 (BxPC-3、HPAFII) から標準差速遠心法によりエクソソームを精製した。精製されたエクソソームは、電子顕微鏡により典型的な構造と約100 nmのサイズが確認された。エクソソームの粒子数とサイズ分布は、NanoSight LM10またはDS500ナノ粒子特性評価システムを用いて分析された。MIFレベルはELISA法により測定された。

in vivo教育モデル: ナイーブなC57BL/6マウスに、PDAC由来エクソソーム (5 μg/回) または正常膵 (NP) 由来エクソソームを隔日で3週間、眼窩後静脈から投与した。この「教育」期間後、mCherry蛍光タンパク質を発現するPAN02細胞を脾臓内注射 (門脈経路転移) し、21日後に肝転移の程度をmCherry免疫蛍光と肝臓重量測定により評価した。対照群 (n=9 mice) とPAN02エクソソーム教育+腫瘍細胞移植群 (n=8 mice) の間で比較が行われた (p<0.001, ANOVA)。

エクソソームの生体内分布と細胞取り込み: PKH67蛍光色素で標識したエクソソームをマウスに投与し、24時間後に肝臓および肺におけるエクソソーム陽性細胞の頻度をフローサイトメトリー (FACS) および免疫蛍光染色により分析した。肝臓内でエクソソームを取り込む細胞種は、F4/80+CD11b+ (クッパー細胞; KC)、SMA+ (肝星細胞; hStC)、S100A4+ (線維芽細胞)、CD31+ (内皮細胞)、EpCAM+ (上皮細胞) の各マーカーを用いて同定された。

KC活性化機序の解析: ヒトクッパー細胞 (KC) をin vitroでPAN02またはNP由来エクソソームと共培養し、mRNAシーケンス解析により遺伝子発現プロファイルを比較した。特に、肝臓線維症関連経路の活性化に焦点を当て、CTGF、EDN、IGF、PDGF、TGFβなどの遺伝子の上方制御を評価した。in vivo教育肝では、フィブロネクチン (FN)、ビトロネクチン、テナスキンC、コラーゲンI、SMAの発現変化を免疫蛍光で確認した。

時系列解析: PAN02エクソソーム教育後7日、14日、21日目の肝臓におけるFN発現とF4/80+細胞レベルを経時的に追跡し、PMN形成の段階的イベントを解析した。

骨髄移植実験: GFP発現骨髄細胞を移植したC57BL/6マウスにPAN02エクソソームを教育し、肝臓内におけるGFP+F4/80+細胞 (骨髄由来マクロファージ) およびGFP+Gr-1+細胞 (好中球) の動態を免疫蛍光とフローサイトメトリーで確認した。

TGFβシグナル阻害実験: TGFβ受容体I型阻害薬A83-01を3週間投与し、SMA+hStCの活性化、FN沈着、F4/80+マクロファージの動員に対する効果を評価した (p<0.001, ANOVA)。

FN条件付きノックアウトモデル: タモキシフェン誘導性CreER;Fn fl/fl マウスを用いて、エクソソーム教育期間中にFNを枯渇させ、その後の肝転移およびF4/80+マクロファージ動員への影響を評価した (p<0.01)。

マクロファージ除去実験: ジフテリア毒素 (DT) 誘導性DTRモデルを用いて、エクソソーム教育の第2週にCD11b+細胞 (マクロファージおよび好中球) を一時的に除去し、肝転移促進効果への影響を分析した (p<0.05)。

MIF機能解析: PDACエクソソームのプロテオーム解析により、マクロファージ遊走阻止因子 (MIF) を高発現因子として同定した。MIF siRNA (small interfering RNA) によりノックダウンしたPAN02細胞由来エクソソームを用いて、PMN形成の全カスケード (KC内TGFβ発現、SMA+hStC、FN沈着、F4/80+マクロファージ動員) および肝転移への影響を評価した (p<0.05)。また、PKCYマウスの血漿エクソソームMIFレベルをPanIN病変からPDAC進行期まで追跡した。

ヒト患者コホート研究: ステージI PDAC患者のうち、診断後に肝転移を発症した症例 (POD群、n=12 patients)、5年間無疾患であった症例 (NED群、n=10 patients)、および健常対照者 (n=15 patients) の血漿エクソソームMIFレベルを比較した (p<0.05)。MIFレベルはELISA法により測定された。統計解析にはStudent’s t-testまたはANOVAが用いられた。