• 著者: Alanna E. Sedgwick, James W. Clancy, M. Olivia Balmert, Crislyn D’Souza-Schorey
  • Corresponding author: Crislyn D’Souza-Schorey (Department of Biological Sciences, University of Notre Dame, Notre Dame, IN)
  • 雑誌: Scientific reports
  • 発行年: 2015
  • Epub日: 2015-10-13
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 26458510

背景

腫瘍細胞の浸潤と転移には、細胞と微小環境双方の分子レベルおよび物理的適応が不可欠である。腫瘍細胞は、間葉系(扁平で伸長した形態)とアメーバ様(丸みを帯び、高頻度にブレブを形成する形態)の2つの相互変換可能な表現型を切り替えることで、周囲組織に侵入することが先行研究で示されている (Wolf et al. 2003, Sahai & Marshall 2003)。これらの異なる表現型が、それぞれどのようなメカニズムで組織浸潤を促進するのか、また細胞がこれらの表現型をどのように切り替えるのかは、腫瘍の転移において極めて重要な要素であると考えられている。

インバドポディアは、浸潤性腫瘍細胞の接着面に形成されるプロテアーゼに富む膜突起であり、局所的なマトリクス分解の焦点としてその役割が十分に特徴づけられている (Murphy & Courtneidge 2011)。インバドポディアの形成にはRac1 (Ras関連C3ボツリヌス毒素基質1) の活性化とその下流シグナル伝達が必要であることが知られている (Chuang et al. 2004, Nakahara et al. 2003)。一方、近年、細胞外腫瘍細胞由来マイクロベシクル (TMV) もマトリクス分解能を持つ可能性が注目されている。TMVは原形質膜のブレブから形成され、プロテアーゼを含む分子カーゴが選択的に濃縮されており、ARF6 (ADP-Ribosylation Factor 6) 媒介性のアクトミオシン収縮によって細胞膜から放出されることが報告されている (Muralidharan-Chari et al. CurrBiol 2009)。かつては単なる細胞残屑と見なされていたTMVは、マトリクス分解を介して細胞浸潤を促進するなど、様々な方法で腫瘍微小環境を調整することが現在では理解されている (D’Souza-Schorey & Clancy 2012, Cocucci et al. TrendsCellBiol 2009)。

TMVは、腫瘍細胞や他の細胞種から放出される別の細胞外小胞であるエキソソームとは異なる。エキソソームの直径が50~80 nmであるのに対し、TMVは数百nmから数µmとサイズがより不均一で大きい。TMVは原形質膜の外部出芽によって形成されるが、エキソソームは多胞体(MVB)の限界膜が細胞表面と融合することによって放出される (Muralidharan et al. 2010, Colombo et al. AnnuRevCellDevBiol 2014)。

しかし、TMVが選択的にプロテアーゼを搭載して細胞外マトリクス (ECM) をリモデリングする一方で、インバドポディアと同一細胞内で競合的に調節されるか、またその制御メカニズムについては未解明な点が多かった。特に、ECMの物理的特性、すなわち硬さやコンプライアンスが、これら2つの侵入様式の選択にどのように影響し、Rac1とRhoA (Ras相同遺伝子ファミリーメンバーA) の競合的シグナル伝達がどのように関与するのか、その詳細な分子メカニズムは不足していた。本研究は、これらのギャップを埋めることを目的としている。

目的

本研究の目的は、細胞外マトリクス (ECM) の硬さ(コンプライアンス)が腫瘍細胞由来マイクロベシクル (TMV) 産生とインバドポディア形成の選択をどのように規定するかを検証することである。特に、Rac1とRhoAによる相互排他的なシグナル伝達が、これら2つの質的に異なる侵入様式をどのように制御するのかを明らかにすることを目指す。さらに、RhoAの下流に位置するROCK (Rhoキナーゼ)-MLCP (ミオシン軽鎖ホスファターゼ) 不活性化-MLC (ミオシン軽鎖) 活性化経路がTMV生合成にどのように関与するのかという新規機序を解明することも重要な目的である。これらの知見を通じて、腫瘍細胞が多様な微小環境に適応して浸潤する能力の分子基盤を理解し、将来的な治療戦略の設計に貢献することを目指す。

結果

ECM硬さがTMV産生とインバドポディア形成を相互排他的に規定する: LOX細胞を>20 µm厚(コンプライアント)ゼラチン基質上で培養すると、アメーバ様で丸い形態を示し、豊富なβ1インテグリン陽性TMVを周囲マトリクス内に放出した (Fig 1a)。この条件下ではインバドポディアは検出されなかった。一方、≤5 µm厚(硬質)基質では、コルタクチン陽性インバドポディア形成と点状のマトリクス分解が認められ、TMV放出は最小限であった (Fig 1b)。TMVの定量は、顕微鏡による細胞あたりカウント (Fig 1e) とNTA (Fig 1f) の両手法で確認された。NTAでは、厚いゼラチン基質上の細胞から分離されたTMV粒子数は、薄い基質上の細胞と比較して有意に多かった (p<0.05)。同様の相互排他的なパターンは、大腸癌SW480細胞および前立腺癌PC-3細胞でも再現された (Fig 1g)。ゼラチン濃度変化実験では、1%から2%ゼラチン(軟質)でアメーバ様形態とTMV産生が観察された。ゼラチン濃度が2.5%から5%に増加し基質硬度が急上昇すると、細胞は扁平で伸長した形態に移行し、TMV産生は消失した (Fig 2c)。この結果は、基質厚さよりも基質硬さ(コンプライアンス)が細胞の侵入様式選択の決定因子であることを示唆する。

Rac1活性がTMV産生を拮抗抑制し、RhoA活性がTMV産生を促進する: コンプライアント基質上の細胞ではRhoA-GTPが高値を示し、硬質基質上の細胞ではRac1-GTPが高値であった (Fig 4a)。構成活性型Rac1 (Rac1 G12V) を発現させると、コンプライアント基質上でのTMV産生が消失し、細胞は扁平で伸長した形態を示した (Fig 3a,b)。NSC23766 (50 µM) によるRac1阻害、またはドミナントネガティブ型Rac1 (Rac1 T17N) の発現により、コンプライアント基質でのTMV産生が劇的に増加した (Fig 3b,c)。Rac1阻害によりTMV放出は最大で約3.5-fold増加した (Fig 3b)。ただし、硬質基質上ではRac1阻害後でも細胞表面に小さな膜ブレブが形成されるが、TMVとして放出されなかった (Fig 3d)。硬質基質上でのRac1阻害細胞は、インバドポディア媒介性マトリクス分解をほとんど示さなかった (Fig 3e,f)。構成活性型RhoA (RhoA G14V) の発現は、コンプライアント基質でのTMV産生を劇的に増加させ、ドミナントネガティブ型RhoA (RhoA T19N) は約50%のTMV産生抑制をもたらした (Fig 5a,b)。ROCK阻害剤Y-27632 (10 µM) はアメーバ様形態とTMV産生を抑制する一方、硬質基質でのインバドポディア形成比率を有意に増加させた (p<0.05) (Fig 5e,f)。NSC23766処置によりRhoA-GTPプールが内因性に増加することも確認され (Fig 5g)、Rac1とRhoAが相互に競合的に調節されることが示された。

RhoAはARF6下流で機能しTMV放出を制御する: 構成活性型ARF6 (ARF6 Q67L) を安定発現するLOX細胞では、RhoA-GTP量が増加していた (Fig 6a)。これらの細胞にY-27632(ROCK阻害剤)を添加すると、ARF6活性化によるTMV増加が顕著に抑制された (Fig 6b)。また、ドミナントネガティブ型ARF6 (ARF6 T27N) 発現によるTMV産生阻害を、RhoA G14Vの共発現が救済した (Fig 6c)。これらの結果は、ARF6→RhoA→ROCKという直列シグナル伝達経路がTMV放出に関与することを示す。さらに、NSC23766によるRac1阻害がRhoA-GTPの内因性増加を伴うことから、Rac1とRhoAが相互に競合的に調節されることが改めて確認された。

ROCK-MYPT1-MLC経路によるTMV生合成の新規機序: NSC23766 (Rac1阻害) またはRhoA G14V発現によりTMV産生が増加する条件下で、pMLC Ser18/19とpERK Thr202/Tyr204の増加が認められた (Fig 7a)。MEK1/2阻害剤U0126 (20 µM) 処置により、両条件でのTMV産生が有意に減少し (p<0.05) (Fig 7b,c)、ERK活性がTMV産生に必要であることが示された。一方、MLCK阻害剤ML-7 (10 µM) は、同条件でのTMV産生を有意に抑制しなかった (Fig 7c)。さらに、Rac1阻害 (NSC23766) により、MLCP標的サブユニットMYPT1のThr696とThr853のリン酸化が顕著に増加した (Fig 7d)。ERK阻害はpMYPT1 Thr853とThr696の両方を低下させ、ROCK阻害はThr853を選択的に低下させた。ERKまたはROCKの阻害でTMV産生は有意に減少した (p<0.05)。これらの結果から、Rac1阻害→RhoA活性化→ROCK/ERK活性化→MYPT1 (Thr696/Thr853) リン酸化→MLCP不活性化→MLC活性化→TMV産生という、MLCK非依存的な新規経路が確立された (Fig 7f)。

考察/結論

本研究は、腫瘍細胞がECM硬さに応じてRac1活性化(硬質基質→インバドポディア形成)とRhoA活性化(コンプライアント基質→TMV放出)という相互排他的なシグナル伝達を介して、質的に異なる侵入様式を選択することを体系的に示した初の研究である。同一細胞においてTMVとインバドポディアが互いを排除するという知見は、腫瘍が密な結合組織(硬質・線維化)から軟らかい腫瘍実質・腹膜に至る多様な組織環境に適応し、最適な侵入モードを切り替える能力を持つことを示唆する。

先行研究との違い: これまでの研究では、Rac1がインバドポディア形成に必要であること (Chuang et al. 2004, Nakahara et al. 2003) や、ECM剛性がインバドポディア活性を制御すること (Alexander et al. 2008) が報告されてきた。本研究は、これらの知見と整合しつつ、Rac1-RhoA競合シグナルによる腫瘍細胞移動の可塑性というSanz-Moreno et al. (Cell 2008) の枠組みを、MVsとインバドポディアという構造的侵入様式の選択として拡張した点で独自である。また、RhoAが細胞外小胞形成に関与するというLi et al. (Oncogene 2012) の報告があるが、本研究ではRhoAがTMVに豊富に含まれることを示し、その生合成における役割を詳細に解明した点で、これまでの報告と異なり、より具体的なメカニズムを提示した。

新規性: 本研究で初めて、RhoA→ROCK→MLCP-MYPT1経路によるTMV産生という、MLCK非依存的な新規シグナル伝達軸を解明した。これは、既知のARF6→ERK→MLCK経路と並行して機能するものであり、ミオシン軽鎖の活性化がMLCK非依存的に起こるという新たな生合成メカニズムを確立した。このMYPT1のThr696およびThr853リン酸化がRac1阻害によって顕著に増加し、ERKとROCKがそれぞれ異なるリン酸化部位を制御することを示した点は、TMV生合成の複雑な調節機構に対する新規な洞察を提供する。

臨床応用: 本知見は、腫瘍細胞の浸潤能を標的とした治療戦略の臨床応用において重要な含意を持つ。TMVとインバドポディアの両方を同時に阻害する治療戦略が、単一の標的を狙うよりも有効である可能性を示唆する。例えば、Rac1活性化はTMVを抑制するが同時にインバドポディアを誘導するため、単一の標的では不十分である。RhoA/ROCKとARF6を組み合わせた阻害が、複数の微小環境に適応した腫瘍細胞の侵入能を包括的に制御する可能性がある。臨床現場において、腹膜播種(軟質基質)では主にTMV経路が、原発腫瘍周囲の線維化基質(硬質基質)では主にインバドポディア経路が腫瘍浸潤を担うという新たな転移モデルが示唆され、各局所環境に最適化した治療戦略の設計根拠となり得る。

残された課題: 今後の検討課題として、(1) 細胞がRac1/RhoA活性比を腫瘍内でどのように動的に切り替えるか、そのGAP (GTPase activating protein)/GEF (guanine nucleotide exchange factor) 制御機構の詳細な解明、(2) ERKとROCKによるMYPT1の協調リン酸化の詳細な機序、特にERKがROCKと独立してThr696/853双方を制御する経路の解明、(3) in vivoでの転移プロセスにおける2種の侵入様式の時空間的分布と、それらが転移カスケードのどの段階で優勢となるのか、が残されている。これらの課題を解決することで、腫瘍細胞の浸潤・転移メカニズムの全体像がより明確になり、より効果的な治療法開発に繋がるだろう。

方法

メラノーマ細胞株LOX、大腸癌SW480、前立腺癌PC-3を使用し、細胞培養およびトランスフェクションを行った。特に、ARF6(Q67L)またはARF6(T27N)を安定発現するLOX細胞株も用いた。FITC標識ゼラチン基質(>20 µm厚=コンプライアント;≤5 µm厚=硬質)上で浸潤実験を実施した。ゼラチン濃度を1%から5%まで変化させることで基質硬さを調整し、細胞形態とTMV産生の関係を検討した。TMVはβ1インテグリン陽性、インバドポディアはコルタクチン陽性かつ基質分解パターンで同定した。TMVの定量は、顕微鏡による細胞あたりTMV計数(140 cells/条件、3独立実験)とナノ粒子トラッキング解析 (NTA)(50,000 cellsの培養上清)の両手法で行った。

Rac1-GTPおよびRhoA-GTP活性は、エフェクタープルダウンアッセイ(PAK-PBD/Rhotekin-RBD)で測定した。構成活性変異体(Rac1 G12V、RhoA G14V)とドミナントネガティブ変異体(Rac1 T17N、RhoA T19N)を過剰発現させ、その影響を評価した。薬理学的阻害剤として、ROCK阻害剤Y-27632 (10 µM)、Rac1阻害剤NSC23766 (50 µM)、MEK1/2阻害剤U0126 (20 µM)、MLCK阻害剤ML-7 (10 µM) を使用した。MLC、ERK、MYPT1のリン酸化状態(pMLC Ser18/19、pERK Thr202/Tyr204、pMYPT1 Thr696/Thr853)をウェスタンブロットで解析した。

細胞浸潤アッセイでは、FITC結合ゼラチンでコーティングされたカバースリップを使用し、薄い(≤5 µm)層は硬質、厚い(>20 µm)層はコンプライアントなコーティングとした。インバドポディア媒介性分解の定量では、マトリクス分解上に局在する細胞数を顕微鏡で可視化し、総細胞数に対する割合として算出した(100 cells/条件、3独立実験)。TMV放出の定量では、遊離マイクロベシクル数を顕微鏡でカウントした。無作為に選択された視野で、細胞から明確に分離し、細胞周囲1細胞直径以内に存在するβ1インテグリン陽性マイクロベシクルを、マトリクス全層にわたって焦点を合わせて計数した(140 cells/条件、3独立実験)。

統計解析にはMicrosoft ExcelとGraphPad Prismソフトウェアを用い、両側非対照t検定、Kruskal-Wallis H検定(Dunnの検定を併用)、およびMann-Whitney U検定を使用して統計的有意性を評価した。p値が0.05未満を有意とした。