- 著者: Nissim L, Wu MR, Pery E, Binder-Nissim A, Suzuki HI, Stupp D, Wehrspaun C, Tabach Y, Sharp PA, Lu TK
- Corresponding author: Lu TK (timlu@mit.edu)
- 雑誌: Cell
- 発行年: 2017
- Epub日: 2017-10-19
- Article種別: Original Article
- PMID: 29056342
背景
がん免疫療法は複数の臨床試験で有望な治療効果を示しているが、依然として克服すべき主要な課題が残されている。第一に、CAR (chimeric antigen receptor) T細胞療法や二重特異性抗体などの細胞表面抗原標的療法は、理論上は腫瘍特異的な抗原を必要とする。しかし、真に腫瘍特異的な表面抗原は極めて希少であり、正常組織への誤標的が重篤な副作用をもたらしうることが先行研究で示されている Morgan et al. MolTher 2010。第二に、腫瘍微小環境における多様な免疫抑制機構が、免疫療法の十分な有効性を妨げることが知られている。第三に、サイトカインやケモカインなどの強力な免疫調節因子を全身投与した場合の重篤な毒性が問題となり、個別の免疫調節因子では十分な抗腫瘍効果が得られないことが多い。複合免疫療法はより強力な効果をもたらしうるが、全身投与に伴う副作用のリスクも増大する。
合成生物学は疾患の研究・診断・治療に向けた強力なツールを創出しており、合成腫瘍標的遺伝子回路の構築も試みられてきた。しかし、従来の設計は腫瘍細胞に直接細胞傷害を与える戦略が中心であり、免疫系の抗腫瘍ポテンシャルを局所的かつ多面的に活性化する設計ではなかった。腫瘍局所に限定して複数の免疫調節因子の産生を自律的に制御する遺伝子回路は、全身毒性を回避しながら複合免疫療法の効果を達成する有望なアプローチになりうるが、その具体的な設計手法やin vivoにおける治療効果は未解明であった。また、従来の天然プロモーターはサイズが大きくウイルスベクターへの搭載が困難であり、がん特異的な活性の強度と特異性も不足しているという問題があった。本研究は、これらのがん特異的プロモーターの活性不足という課題と技術的限界を克服するために行われた。
目的
本研究の目的は、腫瘍特異的に複数の免疫刺激因子を共発現させる合成遺伝子回路プラットフォームをゼロから設計・検証し、現行のがん免疫療法が抱える (1) 標的抗原の希少性、 (2) 腫瘍による免疫抑制、 (3) 全身投与による毒性、という3つの課題を克服できるproof-of-concept (概念実証) を示すことである。具体的には、de novo (新規) 設計された合成がん特異的プロモーターと、特異性を極限まで高めるRNAベースのANDゲート (論理積ゲート) を組み合わせ、STE (surface T cell engager)、CCL21、IL12 (interleukin-12)、および抗PD-1抗体からなるSCIP (STE+CCL21+IL12+抗PD-1抗体) 複合体を腫瘍特異的かつ多面的に発現させ、安全で強力な抗腫瘍効果を誘導するシステムを構築・実証することを目指した。
結果
合成プロモーターおよびRNAベースANDゲートの最適化: de novo設計された合成プロモーターのスクリーニングにおいて、E2F1結合部位を配置したS(E2F1)pは、OV8卵巣がん細胞において正常初代細胞aHDFと比較して224-fold、HOVと比較して570-foldの高い活性化比を示した (Figure 4B)。これは、既知の天然がん特異的プロモーターであるSSX1p (9〜17-fold) やH2A1p (2〜5.6-fold) を大幅に上回る特異性であった。RNAベースANDゲートの最適化では、miRNAバックボーンとスポンジ構造を系統的に検討した結果、Mv3バックボーンとSponge 7 (ZRANB1イントロン構造を利用した設計) の組み合わせが、最高のON/OFF比である約6.8-foldの活性化を達成した (Figure 3, S2A)。この最適化ゲート (G8-Pe) は、S(cMYC)pをモジュール1、S(E2F1)pをモジュール2の入力として構築され、レンチウイルス導入後のOV8細胞において、aHDFの4-fold、HOVの71-fold高い出力を示した (Figure 5C)。特に、S(E2F1)p単独では正常なヒトT細胞でも一部活性化が認められたが、S(cMYC)pがT細胞で完全に不活性であったため、ANDゲートを介することでT細胞におけるバックグラウンド出力はS(E2F1)p単独時と比較して30-fold抑制され、オフターゲット副作用のリスクが極めて低いことが実証された (Figure 5D)。in vitroトランスフェクション実験は、信頼性を担保するためn=3 replicatesの独立した実験系で評価された。
SCIP回路による複合免疫調節因子の発現と選択的T細胞殺傷の誘導: G8-Pe回路の出力としてSTEを搭載したシステムでは、OV8細胞におけるSTEの表面発現量が、正常細胞であるaHDFやHOVと比較して20〜118-fold高値を示した (Figure 6A)。ヒトT細胞との共培養において、この回路を導入したOV8細胞は特異的かつ強力に傷害され、T細胞からのIFNg産生量はaHDFやHOVとの共培養時と比較して20〜28-fold高値を示した (Figure 6B, 6C)。いずれか一方のプロモーターのみが活性化している状態を模倣したstate [1,0] 条件下では、OV8細胞における殺傷およびIFNg産生は最小限に抑えられ、ANDゲートの高い厳密性が確認された。さらに、STE、CCL21、IL12、抗PD-1抗体を同時に出力するSCIP回路を構築し、OV8細胞においてこれら4成分が同時に選択的産生されることを、ELISAおよびフローサイトメトリーにより定量的に確認した (Figure 6D-6G)。これらin vitroでの細胞傷害アッセイおよびサイトカイン測定はn=3 cellsの異なるドナー由来T細胞を用いて再現性が確認された。
In vivoモデルにおける強力な抗腫瘍効果と生存期間の延長: NSGマウス腹腔内播種性卵巣がんモデルにおいて、SCIP回路を導入したOV8腫瘍は、対照群およびSTE単独群と比較して、day 37時点で腫瘍量が顕著に減少し、多くのマウス (n=5 mice) で腫瘍が検出限界以下となった (Figure 7A, S5A)。Kaplan-Meier解析において、SCIP群は対照群と比較して有意な生存期間の延長を示した (p<0.05) (Figure 7B)。治療の現実的なデリバリー効率を模倣するため、SCIP回路を導入した細胞が腫瘍全体の15%または30%のみを占める部分導入モデルを検証したところ、T細胞存在下において、15%混在群 (n=4 mice) でも有意な腫瘍縮小と生存期間の延長が達成された (Figure 7C, 7D, S6A)。さらに、複数のレンチウイルスを用いてSCIP回路の構成成分をin vivoで直接腹腔内投与した実験 (n=5 mice) においても、対照群と比較して有意な腫瘍増殖抑制と生存期間の延長が確認された (Figure 7E, 7F, S7A)。統計学的有意差はすべてp<0.05をもって有意と判定された。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究の戦略は、腫瘍細胞に直接細胞傷害性遺伝子を導入して自壊させるこれまでの合成遺伝子回路とは異なり、腫瘍細胞を「免疫活性化のハブ」へと変換し、宿主の免疫系を局所的に動員・活性化させるという点で決定的に異なる。単一の免疫調節因子の全身投与は重篤な毒性を引き起こし、かつ十分な治療効果が得られないことがこれまで報告されているが、本研究のSCIP回路は、4つの異なる作用機序 (T細胞の標的化、動員、活性化、免疫抑制解除) を腫瘍局所に限定して同時に作動させることで、安全かつ強力な相乗効果を発揮することに成功した。
新規性: 本研究は、複数の免疫調節因子を腫瘍特異的に発現・分泌させる合成遺伝子回路プラットフォームの治療的有用性を、in vivoにおいて本研究で初めて実証した。また、de novo設計されたコンパクトな合成プロモーターと、自己抑制ループをスポンジRNAで解除する高精度なRNAベースANDゲートを組み合わせることで、単一のプロモーター制御下での発現システムと比較して、正常組織におけるバックグラウンド発現を劇的に低減できることを新規に示した。
臨床応用: 本知見は、標的抗原の希少性、全身毒性、および腫瘍微小環境における免疫抑制という、現行のがん免疫療法が直面している極めて重要な課題を克服するための、新たな臨床応用への道を拓くものである。特に、腫瘍細胞のわずか15%に遺伝子回路が導入されるだけで十分なバイスタンダー効果による腫瘍縮小が得られたことは、臨床現場における遺伝子デリバリー効率の限界を補う極めて実用的な特徴である。本設計はモジュール性が高いため、入力プロモーターや出力因子を入れ替えることで、他のがん種や疾患への応用も容易である。
残された課題: 残された課題として、本研究で用いたNSGマウスモデルの限界 (ヒト腫瘍とマウス正常組織の混在による正確な毒性評価の困難さ、ヒトT細胞のみを補充した不完全な免疫系、GvHDのリスク) が挙げられる。また、回路を構成するmiR1やスポンジRNAが宿主細胞の遺伝子発現に与えるオフターゲット影響の評価や、in vivoにおける非ウイルス性キャリア等を用いたより安全なデリバリー手法の確立が今後の検討課題である。さらに、ネオアンチゲンベースの免疫療法 Schumacher et al. Science 2015 との組み合わせによる相乗効果の検証も、今後の研究方向性として極めて重要である。
方法
- RNAベースANDゲートの設計と最適化: 2つのモジュールからなる論理積ゲートを設計した。モジュール1は、合成プロモーターP1の制御下で自己抑制性mRNAを発現する。このmRNAは、イントロン内にmicroRNA (miRNA) であるmiR1を内包し、3’非翻訳領域 (UTR) に完全マッチ結合部位 (BS[Pe]) を有するため、自己産生したmiR1によって翻訳が抑制される。モジュール2は、P2プロモーターの制御下でmiR1に対するスポンジ (デコイRNA) を発現し、モジュール1の自己抑制を解除する。両プロモーターが同時に活性化した場合のみ出力タンパク質が高発現するBoolean ANDゲートロジックを実装した。miRNAバックボーンおよびスポンジアーキテクチャの系統的な最適化を、HEK293T細胞を用いたトランスフェクション実験により実施した。
- de novo合成腫瘍特異的プロモーターの構築: 卵巣がんまたは乳がんにおいて過剰発現している転写因子 (TF) を、TCGA (The Cancer Genome Atlas) Network et al. Nature 2011 および CCLE (Cancer Cell Line Encyclopedia) Barretina et al. Nature 2012 データベースを用いて同定した。これらTFの結合モチーフを合成最小プロモーターの上流に多数タンデム配置したコンパクトな合成プロモーターを設計した。
- 多出力ANDゲート (SCIP) の構築: 出力としてモジュール1に合成転写因子GAD (GAL4 DNA結合ドメインとVP16転写活性化ドメインの融合タンパク質) を搭載し、これが下流の合成GAL4プロモーター (GALp) を活性化して、STE、CCL21、IL12、抗PD-1抗体を同時産生する多出力設計を構築し、レンチウイルスベクターにパッケージングした。
- In vitro特異性および機能アッセイ: OVCAR8 (OV8) 卵巣がん細胞、MDA-MB-453乳がん細胞、および正常初代細胞 (aHDF: 正常成人皮膚線維芽細胞、HOV: 正常卵巣上皮細胞、T細胞、HOF: 正常卵巣線維芽細胞、HOMEC: 正常卵巣微小血管内皮細胞、MCF-10A: 正常乳腺上皮細胞) を用いて、プロモーター活性、T細胞介在性細胞傷害活性 (LDHリリースアッセイ)、およびIFNg (インターフェロンガンマ) 産生量を比較した。
- In vivo有効性検証: 免疫不全NSG (NOD.Cg-Prkdc scid Il2rg tm1Wjl /SzJ) マウスの腹腔内播種性卵巣がんモデルを用いた。回路を導入したOV8細胞を腹腔内注射した後、ヒト末梢血単核球から調製・拡大培養したヒトT細胞を周期的投与し、腫瘍量 (バイオルミネセンスイメージング) および生存期間を評価した。また、腫瘍細胞の一部 (15%または30%) のみに回路が導入されたモデルや、複数レンチウイルスを用いたin vivo直接投与条件下での治療効果も検証した。統計解析には、Student t-testおよび生存曲線比較のためのlog-rank検定を用いた。