- 著者: The Cancer Genome Atlas Research Network
- Corresponding author: The Cancer Genome Atlas Research Network (NCI / NHGRI multi-center; data coordination at NCI Center for Cancer Genomics, Bethesda, MD)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2011
- Epub日: 2011-06-29
- Article種別: Original Article
- PMID: 21720365
背景
卵巣癌は米国女性における癌死因の第5位であり、2010年には21,880の新規症例と13,850の死亡が推定されたJemal et al. Cancer 2010。これらの死亡の約70%は、進行期高悪性度漿液性卵巣癌 (HGS-OvCa) の患者に起因する。HGS-OvCaの標準治療は、積極的な減量手術に続くプラチナ製剤とタキサン系薬剤による化学療法である。しかし、治療後約25%の患者が6ヶ月以内にプラチナ抵抗性再発を経験し、全体の5年生存率は31%に留まる。HGS-OvCaの約13%はBRCA1/2遺伝子の生殖細胞系列変異に起因することが報告されているPal et al. Cancer 2005が、大部分の卵巣癌は体細胞ゲノム異常によって駆動されると考えられていた。これまで、HGS-OvCaの治療標的は確立されておらず、その分子病態の理解と、それに基づく効果的な治療戦略の開発が急務であった。特に、BRCA1/2変異以外の相同組換え修復 (Homologous recombination repair pathway, HR) 経路の欠損が、PARP阻害剤への感受性をもたらす可能性がFarmer et al. Nature 2005で示唆されていたが、HGS-OvCa全体におけるHR経路異常の頻度と多様性は未解明であった。また、HGS-OvCaの分子サブタイプ分類も不十分であり、個別化医療への応用にはさらなる詳細なゲノム解析が不足していた。これらの知識ギャップを埋めることが、HGS-OvCaの治療成績向上に不可欠であった。
目的
本研究は、The Cancer Genome Atlas (TCGA) プロジェクトの一環として、ステージII~IVの高悪性度漿液性卵巣癌 (HGS-OvCa) 患者489例の検体を対象に、多次元的なゲノム、エピゲノム、および発現プロファイルの統合解析を実施することを目的とした。具体的には、driver変異、コピー数異常、DNAメチル化パターン、mRNAおよびmiRNA発現プロファイルを包括的に解析し、HGS-OvCaの分子病態に影響を与える新規治療標的および予後バイオマーカーを同定することを目指した。これにより、HGS-OvCaの生物学的多様性を明らかにし、個別化された治療戦略の開発に貢献する基盤情報を提供することを意図した。
結果
症例構成と治療成績: 解析対象の489例のHGS-OvCa患者は、全例がプラチナ製剤を、94%がタキサン系薬剤を受領していた。本コホートの無増悪生存期間 (PFS) および全生存期間 (OS) の中央値は、先行研究で報告された値と同等であり、研究集団の外的妥当性が確認された。追跡期間中央値30ヶ月 (範囲0~179ヶ月) において、25%の患者が無病状態を維持し、45%が生存中であった。一方、31%の患者はプラチナ製剤治療完了後6ヶ月以内に病勢進行 (platinum-resistant) を経験した。
TP53変異の普遍性と新規driver遺伝子の同定: 316例のHGS-OvCa検体のエクソームシーケンス解析により、TP53遺伝子変異が303例 (96%) で検出され、HGS-OvCaの定義的な特徴であることが決定的に確立された。BRCA1遺伝子には9%の症例で生殖細胞系列変異が、3%で体細胞変異が認められた。BRCA2遺伝子には8%の症例で生殖細胞系列変異が、3%で体細胞変異が認められた。これらを合わせると、BRCA1/2のdriver変異は全体の22%の症例に存在した。さらに、新規の有意なdriver遺伝子として、CDK12 (9例)、RB1 (6例)、NF1 (13例)、FAT3 (19例)、CSMD3 (19例)、GABRA6 (6例) が同定された。CDK12変異は、5例がナンセンスまたは挿入/欠失変異であり、4例のミスセンス変異はプロテインキナーゼドメインに集中しており、RNAスプライシング制御における機能喪失を示唆した。
稀なdriver変異とコピー数異常: COSMICおよびOMIMデータベースとの比較により、低頻度ながら重要なdriver変異として、BRAF N581S、PIK3CA E545K/H1047R、KRAS G12D、NRAS Q61Rなどが確認された。これらの変異は癌原性活性を有することが知られている。コピー数異常 (SCNA) 解析では、HGS-OvCaゲノムは膠芽腫を上回る高頻度のSCNAを示した (Fig. 1a)。8つの再発性ゲインと22の再発性ロスが同定され、そのうち5つのゲインと18のロスが50%以上の腫瘍で認められた (Fig. 1b)。焦点性増幅領域は63箇所同定され、CCNE1、MYC、MECOMがそれぞれ20%以上の腫瘍で高頻度に増幅していた。新規の増幅ピークとしてZMYND8、IRF2BP2、ID4、PAX8、TERTが同定された。治療標的となりうる22の増幅遺伝子 (MECOM, MAPK1, CCNE1, KRASなど) が10%以上の症例で確認された。50の焦点性欠失領域では、PTEN、RB1、NF1が2%以上の症例でホモ接合性欠失を示した。
mRNA発現に基づく4つのサブタイプ: 489検体の統合mRNA発現データを用いたNMFコンセンサスクラスターリングにより、HGS-OvCaに4つの堅牢な発現サブタイプが同定された (Fig. 2a)。これらは「免疫反応性 (Immunoreactive)」、「分化型 (Differentiated)」、「増殖型 (Proliferative)」、「間葉系 (Mesenchymal)」と命名された。免疫反応性サブタイプはT細胞ケモカインリガンド (CXCL11, CXCL10) および受容体 (CXCR3) の高発現を特徴とし、増殖型サブタイプはMKI67などの増殖マーカーの高発現を示した。これらのサブタイプはTothillら (2008) の公開データセットでも再現性が確認された。サブタイプ間の生存差は限定的であったが、HGS-OvCaの生物学的多様性を反映している。また、miRNA発現データを用いたNMFコンセンサスクラスターリングにより3つのサブタイプが同定され、miRNAサブタイプ1はmRNA増殖型サブタイプと、miRNAサブタイプ2はmRNA間葉系サブタイプとそれぞれ重複が認められた (Fig. 2d)。miRNAサブタイプ1の患者群は、他のサブタイプと比較して有意に長い生存期間を示した (Fig. 2e)。
相同組換え修復 (HR) 経路異常の頻度: BRCA1/2の生殖細胞系列および体細胞変異が22%の症例で認められた。さらに、BRCA1プロモーターのメチル化によるエピジェネティックサイレンシングが11%の症例で確認され、BRCA1/2変異とは相互排他的であった (p=4.4 × 10⁻⁴)。CDK12変異 (3%)、EMSY増幅/変異 (8%)、PTEN焦点性欠失/変異 (7%)、RAD51C過剰メチル化 (3%)、ATM/ATR変異 (2%)、Fanconi貧血関連遺伝子変異 (5%) など、他のHR経路関連遺伝子の異常を含めると、HGS-OvCaの約50%の症例でHR経路に欠損が存在することが示された (Fig. 3c)。BRCA1/2変異陽性群は野生型群と比較してOSが良好であったが、BRCA1エピジェネティックサイレンシング群のOSは野生型群と同程度であった (中央値41.5ヶ月 vs 41.9ヶ月, p=0.69)。
FOXM1経路活性化と細胞周期異常: 統合経路解析により、FOXM1転写因子ネットワークがHGS-OvCaの87%の症例で有意に活性化していることが同定された (Fig. 3d)。これは、CCNB1、CCNB2、CDC25、AURKBなどの細胞周期駆動遺伝子の協調的な過剰発現を伴っていた。RB経路の異常 (RB1変異/欠失、CCNE1/CCND1/CCND2増幅、CDKN2A欠失) は67%の症例に存在し、PI3K/RAS経路の異常は45%の症例で確認された。NOTCH経路の異常は22%の症例で認められた (Fig. 3b)。
考察/結論
本TCGA研究は、HGS-OvCaのゲノム異常を大規模かつ統合的に解析し、その分子病態を包括的に理解するための重要な知見を提供した。
先行研究との違い: これまでの研究ではTP53変異の重要性が示唆されていたものの、本研究はHGS-OvCaのほぼ全ての症例 (96%) でTP53変異が普遍的に存在することを決定的に確立した点で、これまでの報告と異なり、HGS-OvCaをTP53変異を共通基盤とする単一の分子疾患として再定義した。また、BRCA1/2変異に加えて、BRCA1プロモーターメチル化やその他のHR経路関連遺伝子の異常を含めると、HGS-OvCaの約50%がHR欠損 (HRD) 表現型を示すことを明らかにし、これは従来のBRCA1/2変異のみに焦点を当てた理解を大きく拡張するものである。
新規性: 本研究で初めて、HGS-OvCaのmRNA発現プロファイルに基づき、「免疫反応性」「分化型」「増殖型」「間葉系」の4つの堅牢な分子サブタイプを新規に同定した。これらのサブタイプは、HGS-OvCaの生物学的多様性を反映しており、将来的な層別化治療の基盤となる可能性がある。さらに、CDK12遺伝子がHGS-OvCaにおける新規のdriver変異遺伝子として同定され、その機能喪失型変異がRNAスプライシング制御を介してHR経路に影響を与える可能性が示唆された。FOXM1転写因子ネットワークがHGS-OvCaの87%で活性化しているという発見も、本研究で初めて包括的に示された重要な新規知見である。
臨床応用: HR経路欠損がHGS-OvCaの約50%に存在するという発見は、PARP阻害剤 (例: オラパリブ、ニラパリブ、ルカパリブ) の治療標的としての科学的根拠を強力に提示する。この知見は、その後のPARP阻害剤の臨床試験 (SOLO-1、PRIMA、ARIEL3など) における承認に直結し、HGS-OvCa治療パラダイムを大きく変革した。BRCA変異を超えたHRDバイオマーカー (Myriad myChoice、FoundationFocusなど) の開発も、本データに依拠して進められた。また、CCNE1増幅 (約20%) はHR経路異常と相互排他的であり、PARP阻害剤抵抗性のバイオマーカーとなる可能性が示唆され、WEE1阻害剤 (アダボセルチブ) の標的としての臨床的意義も期待される。
残された課題: 今後の検討課題として、免疫反応性サブタイプと免疫チェックポイント阻害剤の効果との関連をさらに詳細に解析する必要がある。これまでの臨床試験では限定的な効果しか示されていないが、特定の免疫細胞浸潤パターンや遺伝子発現プロファイルを持つ患者群における効果を探索することが重要である。また、間葉系サブタイプが示す予後不良要因と治療抵抗性メカニズムの解明、およびそれらを標的とする治療戦略の開発も残された課題である。PI3K/RAS経路異常が45%の症例に認められるにもかかわらず、PI3K阻害剤の効果が限定的である理由の解明も今後の研究で必要とされる。さらに、プラチナ抵抗性再発におけるBRCA1/2の二次変異や復帰変異といった機構の臨床的克服も重要な課題である。
方法
本研究では、臨床情報が付与されたステージII~IVのHGS-OvCa検体489例(腫瘍細胞含有率70%以上、壊死組織20%未満)を対象とした。解析は複数の分子プラットフォームを用いて実施された。(1) 全エクソームシーケンスは316例で実施され、Illumina GAIIx (Illumina Genome Analyzer IIx) およびABI SOLiD (Applied Biosystems SOLiD System) プラットフォームが用いられた。平均して、コード領域の76%が十分な深度でカバーされ、体細胞変異が検出された。(2) DNAコピー数および遺伝子型解析は、Agilent 244K/415K/1M、Illumina 1MDuo、およびAffymetrix SNP6アレイを用いて実施された。(3) mRNA発現プロファイリングは、Affymetrix U133A/ExonおよびAgilent 244Kアレイを用いて実施された。(4) miRNA発現はAgilentアレイを用いて解析された。(5) DNAメチル化解析は519検体でIllumina 27Kアレイを用いて実施された。(6) 一部の検体では逆相プロテインアレイ (RPPA) 解析も行われた。
体細胞変異の同定にはMutSigアルゴリズムと手動レビューが併用され、有意な変異遺伝子が特定された。焦点性体細胞コピー数異常 (SCNA) はGISTICアルゴリズムを用いて同定された。driver変異の予測にはCHASM (Cancer-specific High-throughput Annotation of Somatic Mutations) およびMutationAssessorが用いられた。mRNA発現データに基づくサブタイプ同定には、非負行列因子分解 (NMF) コンセンサスクラスターリングが適用された。経路解析には、既知の癌関連経路における変異、コピー数変化、遺伝子発現変化の頻度分析、およびHOTNET (High-throughput Omics Network Explorer) を用いた大規模タンパク質間相互作用ネットワークにおけるサブネットワークの同定、PARADIGM (Pathway Recognition Algorithm using Data Integration on Genomic Models) を用いた患者特異的経路活性の推定が行われた。統計解析には、生存解析にKaplan-Meier法とログランク検定が用いられ、遺伝子発現シグネチャーの予測能はCox回帰分析により評価された。