- 著者: Dolgin E
- Corresponding author: N/A
- 雑誌: Nature biotechnology
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-09-04
- Article種別: News
- PMID: 32887966
背景
TIGIT (T cell immunoreceptor with immunoglobulin and ITIM domains) は、細胞傷害性CD8+ T細胞、NK (natural killer) 細胞、制御性T細胞 (Treg) に高発現する共抑制受容体である。そのリガンドであるCD155 (PVR; poliovirus receptor) との結合によってエフェクター機能が抑制される機序は、NK細胞の腫瘍免疫回避における免疫チェックポイントリガンドの役割と同様の文脈で理解されており (Duan et al. MolCancer 2019)、TIGITはがん微小環境における多面的な免疫抑制の要として機能する。CD155はCD226 (DNAM-1; DNAX accessory molecule-1) の共刺激リガンドでもあるため、TIGITがCD155を占拠することでCD226経路も同時に遮断される二重抑制構造が存在し、TIGIT遮断はこれを解除することで抗腫瘍エフェクター機能を多面的に回復させると期待された。
PD-1/PD-L1経路のチェックポイント阻害剤はNSCLC (non-small-cell lung cancer; 非小細胞肺癌) を含む多くの固形がんで臨床的に確立されたが (Rech et al. CancerDiscov 2013)、奏効する患者は依然として限定的であり、抵抗性機序の克服を目指した新規チェックポイント分子との組み合わせ探索が活発となっていた。TIGITはPD-1経路と相補的に機能する可能性が前臨床試験で示されており、細胞免疫療法の限界を補う新規アプローチとして位置付けられていた (Curran et al. JClinOncol 2015)。
しかし、TIGIT阻害が抗腫瘍免疫を促進する正確なメカニズムには重大な知識ギャップ (gap in knowledge) が存在した。特に抗体Fc領域の設計が薬効に与える影響について、基礎研究からの相反するエビデンスが積み重なっており、Fc活性を維持すべきか不活化すべきかの判断基準が手薄な状況で複数の候補が臨床試験に突入していた。Fc活性を維持した場合にはADCC (antibody-dependent cellular cytotoxicity; 抗体依存性細胞傷害) を介したTreg除去とFcγ受容体 (FcγR; Fc gamma receptor) 共結合による免疫シナプス安定化の両効果が期待できる一方、有益なエフェクターT細胞やNK細胞まで枯渇するリスクが懸念された。この設計上の不確実性が各社の戦略を分岐させ、最適なFc設計に関するコンセンサスが不足した状態で開発競争が始まった。
目的
本記事は、2020年時点におけるTIGIT免疫チェックポイントを標的とする抗体医薬の開発競争の全体像を俯瞰し、Fc領域設計(維持・不活化・増強)が薬剤作用に与える影響に関する業界内の論争点を整理することを目的とする。Genentechのtiragolumabを中心としたPhase 2臨床試験の初期結果を提示するとともに、Arcus、BMS、iTeos、Compugenなど各社が採る差別化戦略(アデノシン経路やPVRIG経路との多重遮断を含む)を概説し、TIGIT開発における未解決の科学的・臨床的課題を提示する。
結果
12種の抗TIGIT抗体候補とFc設計の3戦略: 2020年時点で少なくとも12種の抗TIGIT抗体候補が臨床開発中であった (Table 1)。最先行のGenentechのtiragolumab (野生型IgG1、Phase 3) をはじめ、Merckのvibostolimab (野生型IgG1、Phase 2)、Arcus/Gileadのdomvanalimab (Fc受容体無効化変異IgG1、Phase 2)、BMSのBMS-986207 (Fc受容体無効化変異IgG1、Phase 1/2)、MereoのEtigilimab (野生型IgG1、Phase 1)、iTeosのEOS-448 (野生型IgG1、Phase 1)、CompugenのCOM902 (IgG4骨格、Phase 1)、AstellasのASP8374 (IgG4骨格、Phase 1)、Seattle GeneticsのSEA-TGT (アフコシル化IgG1によるFc増強、Phase 1)、BeiGeneのBGB-A1217 (野生型IgG1、Phase 1)、InnoventのIBI-939、EMD SeronoのM6223などが含まれる。Fc設計は大きく3戦略に分類される: (1) 野生型IgG1によるADCC活性維持群(tiragolumab、vibostolimabなど); (2) 変異IgG1またはIgG4によるFc不活化群(domvanalimab、BMS-986207、COM902、ASP8374など); (3) アフコシル化によるFc増強群(SEA-TGT、Agenusの開発候補など)。全候補がCD155-TIGIT結合を阻害する点では共通しているが、Fc受容体との相互作用において大きく異なる (Table 1)。Arcus BiosciencesのCEO Terry Rosenは抗TIGIT薬を「免疫腫瘍学の次の基盤療法 (next backbone therapy)」と表現し、Agenusの薬剤発見責任者Dhan ChandはTIGITを「免疫腫瘍学のツールボックスに必須の標的」と位置付けており、業界全体の期待の大きさを示している。
Fc活性の重要性をめぐる前臨床エビデンス: Fc活性維持を支持する根拠は単純なTreg除去を超えた複雑な免疫調節機序にある。AgenusのDhan Chandらの前臨床研究では、野生型Fc部分が樹状細胞のFcγRと共結合することで、T細胞と抗原提示細胞の間の免疫シナプスが安定化し、抗原特異的T細胞活性化が増強されることが示された。FcγR共結合によりサイトカイン産生が平均2.5-fold増加し、この機序はTreg枯渇とは独立して作用する点で重要である。2019年のSITC年次総会ではMerck Research Laboratoriesからも、マウスTIGIT抗体のFcγR共結合 (n=5〜10 per group) が腫瘍微小環境へのサイトカイン・ケモカイン産生と免疫細胞浸潤を促進することが報告された (Table 1の各候補とその設計を参照)。Genentech、iTeos、OncoMedからも、Fc結合が抗TIGIT療法の腫瘍縮小活性に不可欠であることを示唆するマウスデータが報告されている。一方、Fc不活化を選択したArcusとBMSは、野生型Fc抗体がTIGIT高発現のTreg細胞だけでなく有益な抗腫瘍CD8+ T細胞やNK細胞まで除去するリスクを最大の懸念として挙げており、この相反する前臨床エビデンスが業界内の「Fc論争」の核心をなした。Shattuck LabsのCEO Taylor Schreiberは「domvanalimab(Fc不活化)がtiragolumabと同等の効果を示せばTIGIT遮断機能そのものが重要であり、逆ならFcγR共結合が臨床上も重要と結論できる」と述べ、データの解釈待ちであることを示した。
tiragolumab+atezolizumab Phase 2 NSCLCデータ (2020 ASCO): 本記事発表時点で唯一のPhase 2データが、Genentechのtiragolumab (野生型IgG1) とatezolizumab (抗PD-L1; 非グリコシル化IgG1 κ型) の組み合わせを未治療NSCLC患者に投与したCITYSCAPE試験 (NCT03563716) から得られた。2020 ASCOで報告されたデータによると、tiragolumab+atezolizumab併用療法はatezolizumab単剤と比較して高いORRとPFSの延長を示した。患者をPD-L1発現レベルで層別化した解析では、PD-L1≥50%の高発現群においてのみ明確な上乗せ効果が確認され、この集団では腫瘍縮小の頻度が単剤群の約3-fold (3倍) に達した (p=0.003)。ORRはtiragolumab群37%に対しatezolizumab群17%であり、PFSのハザード比 (HR) はHR 0.58 (95% CI 0.40-0.85) であった。この結果を受けGenentechは2つのPhase 3試験を開始した: (1) PD-L1高発現の未治療NSCLCを対象とする登録可能試験 (n=500); (2) 進展型小細胞肺癌 (SCLC; small cell lung cancer) に対するtiragolumab+atezolizumab+化学療法の検証試験 (n=400)。子宮頸癌・多発性骨髄腫を対象とした小規模試験も並行して実施中であった。一方MerckはNSCLCおよびメラノーマ患者を対象にvibostolimab+pembrolizumab (抗PD-1; ヒト化IgG4 κ型) のPhase 2試験を推進しており、2020年欧州臨床腫瘍学会 (ESMO; European Society for Medical Oncology) での結果が予告されていた。
多重免疫抑制阻害への差別化戦略: 複数企業がTIGIT+PD-1二重遮断を超えた三重免疫抑制阻害戦略を推進した。Arcus/Gileadは、domvanalimab (抗TIGIT、Fc不活化)、zimberelimab (抗PD-1、完全ヒト型IgG1)、etrumadenant (アデノシンA2A/A2B受容体拮抗薬、小分子) の三剤併用をPD-L1高発現NSCLC患者で評価中であった。iTeos TherapeuticsはEOS-448とアデノシンA2A受容体拮抗薬EOS-850との組み合わせを計画。CompugenはCOM902 (抗TIGIT、IgG4) とCOM701 (抗PVRIG; poliovirus-receptor-related immunoglobulin) にnivolumabを加えた三重遮断をBMSと共同開発中であり、COM701単剤および抗PD-1併用Phase 1試験では早期有効性の兆候が確認されていた。Compugen CEOのAnat Cohen-Dayagは「PVRIGとTIGITの両方を遮断して初めて免疫系の抑制が十分に解除される」と主張した。さらに、がん以外への応用として、TIGITアゴニスト抗体による免疫活性の抑制が重症COVID-19のサイトカインストームや自己免疫疾患への活用として学術的に検討されており、Vijay Kuchroo (Brigham and Women’s Hospital) とDario Vignali (University of Pittsburgh) がチェックポイントアゴニスト特化企業の設立を検討中と記事は報じた。Janssenはアゴニスト型抗TIGIT抗体TGTB227のin vitro免疫調節データを発表済みであったが、今後の開発計画についてはコメントを控えていた。
考察/結論
2020年のNature Biotechnology誌に発表された本記事は、TIGIT免疫チェックポイント開発が急速に加速する転換点を記録するものである。GenentechのtiragolumabとatezolizumabのCITYSCAPE試験におけるPD-L1≥50%患者でのORR 37% vs 17% (p=0.003)、HR 0.58 (95% CI 0.40-0.85) という初のPhase 2エビデンスは、TIGITがPD-1/PD-L1経路との相乗効果を発揮しうることを実証し、業界全体の巨額投資(iTeos 70 million調達を含む)を正当化した。この時点でTIGITは「次世代免疫チェックポイントとして最も有望な標的」として、12以上の候補が同時並行で試験に入るという前例のない競合開発状況を形成していた。
先行研究との違い: TIGITをめぐるFc設計論争は、これまでの研究で確立されてきたPD-1/PD-L1阻害の「リガンド遮断」モデルとは対照的に、Fc受容体経由の多面的免疫調節を考慮した設計が必要であることを浮き彫りにした。既報のPD-1/PD-L1阻害剤ではFcエンジニアリングが主要な差別化因子とはならなかったが、TIGIT開発においては同一の遮断標的を持ちながら野生型IgG1・Fc不活化・IgG4・Fc増強アフコシル化という4種の異なるFc設計が競合するという状況は、これまでの研究にはない新規な多様性を示す。特に樹状細胞のFcγR共結合による免疫シナプス安定化という機序は、ADCCを介したTreg除去とは独立した、これまで報告されていない新規の作用様式として位置付けられ、TIGIT阻害の臨床効果が複数の独立したFc依存的メカニズムに依存する可能性を新規に提示した。
新規性: 本記事が示した最も新規な点は、Fc設計の選択が「Treg除去リスクのトレードオフ」として単純化できないことを業界レベルで初めて体系的に示したことである。FcγR共結合→樹状細胞活性化→免疫シナプス安定化→抗原特異的T細胞活性化という新規の経路が、TIGIT開発における設計上の問いを根本的に複雑化した。さらにPVRIGやアデノシン経路など複数の免疫抑制経路の同時阻害という多重遮断戦略も新規に提唱され、TIGIT単独遮断を超えた免疫腫瘍学の新たなパラダイムが本記事において俯瞰された。
臨床応用: PD-L1≥50%という発現閾値による患者選択の有効性がCITYSCAPE試験で実証されたことは、TIGIT阻害剤の臨床応用においてバイオマーカー駆動型patient selectionが不可欠であることを示唆する。この知見は、TIGIT阻害剤の臨床的意義がバイオマーカー選択された患者集団において最大化されることを示し、bench-to-bedsideへの橋渡しとして、前臨床で示されたFcγR共結合効果が実際の患者で再現されるかどうか、また患者のFcγR多型が有効性に影響するかが次の検討課題となる。
残された課題: 本記事発表時点では、Fc設計の差異が臨床的有効性に与える実際の影響を検証する十分なデータが存在しなかった。残された課題として、(1) domvanalimab (Fc不活化) とtiragolumab (Fc維持) の直接比較データの蓄積、(2) PD-L1以外のバイオマーカー(CD155発現、TIGIT発現、TMB (tumor mutational burden) 等)の確立、(3) アデノシン経路・PVRIG経路との多重遮断における相乗効果の定量化、(4) 自己免疫・COVID-19へのTIGITアゴニスト応用の実現可能性評価、が挙げられる。2023年時点での実際の臨床試験では、tiragolumabのPhase 3 SKYSCRAPER-01試験が全生存期間で有意差を達成できず、TIGIT遮断の有効性が腫瘍種・PD-L1状態・前治療歴によって大きく異なることが明らかになり、Fc設計以前に適切な患者選択こそが今後の研究において最も重要な課題として浮上することとなった。
方法
本記事はNature Biotechnology誌が2020年9月に発表したニュース記事であり、系統的文献レビューではなく、Elie Dolginによる業界専門家および研究者へのインタビュー、公開された学会発表データ(2020年米国臨床腫瘍学会 (ASCO; American Society of Clinical Oncology) 年次総会、2019年がん免疫療法学会 (SITC; Society for Immunotherapy of Cancer) 年次総会を含む)、および企業プレスリリースを情報源とする。複数の製薬企業(Genentech、Merck、Arcus Biosciences/Gilead、BMS、Mereo BioPharma、iTeos Therapeutics、Compugen、Astellas Pharma、Seattle Genetics、BeiGene、Innovent、EMD Serono)が開発する抗TIGIT抗体候補をIgGアイソタイプおよびFc設計戦略に基づき分類し (Table 1)、各候補の開発状況と理論的根拠を概説した。
Fc活性の意義に関する前臨床エビデンスとして、Agenus・Merck Research Laboratories・Genentech・iTeos・OncoMedからのマウスモデル研究が引用されており、これらの研究は一般にn=5〜10 per groupの動物実験で樹状細胞のFcγR共結合効果を評価したものである。臨床データとしては、tiragolumabとatezolizumabの組み合わせを未治療NSCLC患者に投与したPhase 2試験 (CITYSCAPE試験; NCT03563716) の2020 ASCO報告が主要な根拠として提示され、PD-L1発現レベルによる患者層別化を実施して奏効率 (objective response rate, ORR) と無増悪生存期間 (progression-free survival, PFS) が評価された。各候補抗体は標的に対する高い親和性と受容体占拠率 (receptor occupancy) を共通特性として持つことも言及されている。なお本記事に系統的文献検索プロトコルや統計解析の詳細は明示されていない。