- 著者: Cameron Herberts, Matti Annala, Joonatan Sipola, Sinja Taavitsainen, Nicholas K. Wong, Gillian Schreiber, Elie Ritch, Kevin Beja, Cecily Q. Bernales, Olga Sigouros, Juan Miguel Mosquera, Mark A. Rubin, Himisha Beltran, Kim N. Chi, Alexander W. Wyatt, Amina Zoubeidi, Alexander W. Wyatt
- Corresponding author: Alexander W. Wyatt (Vancouver Prostate Centre, University of British Columbia, Vancouver, Canada)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2022
- Epub日: 2022-07-20
- Article種別: Original Article
- PMID: 35859180
背景
転移性去勢抵抗性前立腺がん (mCRPC) は、多様な分子機序によって治療抵抗性を獲得し、アンドロゲン受容体 (AR) シグナルの再活性化がその中心を占める。ARアンプリケーション、AR遺伝子座エンハンサーの選択的増幅、ARスプライスバリアント (AR-V7) など複数の耐性機序が報告されているが、転移巣は多部位に存在し、腫瘍不均一性の全貌を単一の転移生検で把握することは困難であった。従来の浅い深度の液体生検 (パネルシーケンスや低被覆率WGS) では、単一ヌクレオチドバリアント (SNV)・コピー数変化 (CNA)・構造変異 (SV)・全ゲノム重複 (WGD) を同時に検出し、しかも腫瘍進化の時系列を再構築するには情報量が不足していた。例えば、Abbosh et al. Nature 2017 や Leary et al の研究では、ctDNAを用いた腫瘍進化の追跡が試みられたが、その解像度には限界があった。超深度の全ゲノムシーケンス (WGS) を血漿ctDNAに適用すれば、これらの多次元的なゲノム情報を一度に取得できる可能性があるが、当時その実現可能性は十分に検証されていなかった。特に、ctDNAが捕捉する体細胞集団の理解、同期した転移組織との関係、および治療中の時間的ダイナミクスは決定的に確立されていなかった。また、血漿cfDNAに刻まれたヌクレオソームフットプリントが腫瘍の転写プログラムを非侵襲的に反映するかどうかも未解明であった。ヌクレオソームの配置は転写因子活性と遺伝子発現を反映するが、cfDNAの断片化パターンからヌクレオソームの配置を推測できる可能性が示唆されていたものの、その臨床的有用性は不明であった。これまでの研究では、深い臨床ゲノム解像度が不足しているか、同期した転移組織を調べていないため、個々のがんの表現型を特定するcfDNAの有用性は依然として不明なままであった。これらの知識ギャップを埋めるためには、高ctDNA分率の生きた患者から連続的な臨床サンプルを深いWGSで解析することが不可欠であった。
目的
本研究は、mCRPC患者の血漿cfDNAに対して超深度WGS (中央値187×) を適用し、以下の3点を達成することを目的とした。(1) SNV・CNA・SV・WGDの多次元ゲノム解析と腫瘍進化の年代学的 (chronological) 再構築、(2) WGDおよびARシグナル増強機序の治療抵抗性における役割の解明、(3) ヌクレオソームフットプリントを用いた血漿からの転写プログラム非侵襲的推定。特に、ctDNAが複数の優勢なクローン集団を含み、全ゲノム重複 (WGD) や変異プロセスシフトが頻繁に起こる進化履歴を示すことを明らかにし、ARシグナル阻害剤治療後の連続ctDNA解析において、AR遺伝子座の増強が唯一の主要な獲得抵抗性ドライバーとして収束することを示すことを目指した。さらに、ヌクレオソームフットプリントからARシグナル活性を含む転写プログラムを推定できることを実証し、ctDNAが包括的なマルチオミクス発見のツールとして利用可能であることを示すことを目的とした。
結果
ctDNA分率・変異プロファイルの全体像: mCRPC患者 (n=33 patients) から採取した血漿61検体のctDNA分率は中央値47% (範囲17〜82%) であり、UMI補正超深度WGSにより総計687,293件のソマティック変異と16,200件の構造変異が検出された (Fig. 1d)。変異負荷の中央値は1.8変異/Mb (範囲0.34〜39.43/Mb) であり、一部の症例ではMSI様の高変異負荷が確認された。ctDNA分率の推定値は同じ検体に対して施行したターゲットシーケンスとの比較でPearson R=0.82 (p=8.87 × 10⁻¹⁶) の高い相関を示し、超深度WGSによるctDNA定量の精度が検証された (Fig. 1c)。ドライバー変異の分布はTP53不活性化73%、PTEN欠損48%、RB1欠損18%、ETS融合49%、AR遺伝子座変化95%であり、臨床的に既知のmCRPC変異スペクトラムと一致した。転移生検との比較において、組織で検出された変異の96.9%が対応する血漿ctDNAで再検出され、血漿WGSが転移生検に匹敵する変異カバレッジを持つことが示された。さらに、生検部位が寄与するctDNAの割合は平均19% (範囲1〜100%) に過ぎず、残るctDNAは生検されていない他の転移巣由来であることが示唆された。12/13例の同日採取ペアにおいて、組織で同定されたトランカル変異クラスターが血漿では亜クローン性として検出されたことも、血漿が多部位転移を包括的に反映することを裏付けた (Fig. 3a)。患者1人あたりの亜クローン集団数は平均2.9個であり、多クローン性の治療抵抗進化が血漿WGSで追跡可能であることが示された。
全ゲノム重複 (WGD) の高頻度検出と腫瘍進化における位置付け: mCRPC患者の55% (18/33 patients) に血漿ctDNA WGSによりWGDが検出された (Fig. 1d, 2b)。WGDを有する腫瘍ではゲノム変化を受けた割合が顕著に高く、二倍体腫瘍で37%、四倍体 (WGD1回) で78%、六倍体・八倍体 (WGD2回以上) で94%であり (Kruskal-Wallis p=4.6 × 10⁻¹¹)、WGDが大規模なゲノム不安定性の引き金となることが定量的に示された (Fig. 2c-e)。年代学的解析では、WGD患者の72%においてWGDがトランカルイベント (最初の共通祖先MRCA後、初期クローン拡大中) に位置づけられた。さらにトランカル変異の66%がWGDよりも前に蓄積していたことが示され、WGDは既存の変異プロファイルの上に重畳する形で生じることが確認された。変異シグネチャー解析では加齢シグネチャー (COSMIC SBS1) がサブクローン変異に8.4%含まれるのに対しMRCA前変異では24.1%であり (Mann-Whitney U test p=1.0 × 10⁻⁵)、クローン拡大後に加齢以外の変異プロセスが優位になることが示された (Fig. 2f)。Alexandrov et al. Nature 2020 で報告されたDNA修復欠陥関連シグネチャー (COSMIC 3または6+15) は、BRCA2欠陥またはミスマッチ修復欠陥患者 (n=4 patients) のサブクローンでトランカル祖先と比較して濃縮されており、サブクローン進化がトランカルDNA修復機能不全によって引き続き形成されることを示唆した (Fig. 2g)。転移生検 (n=15 tissue samples) と同日採取された血漿検体では組織のCNAプロファイルとの相関がPearson R=0.92以上を示し、WGS由来のコピー数プロファイルが組織生検を高精度に再現することが確認された。
ARシグナル増強機序の多様性と治療後の動的変化: AR遺伝子変化は95%の症例に検出され、ARコピー数は1〜91コピー (中央値11)、AR遺伝子座エンハンサーコピー数は1〜118 (中央値18) と広範な範囲にわたった (Fig. 2h)。エンハンサーのみの選択的増幅は症例の約20%に観察され、ARコピー数増加とは独立したARシグナル増強機序であることが示された。AR阻害薬投与例の62%において治療前後の縦断的解析でAR遺伝子またはエンハンサーコピー数の有意な上昇が確認され、治療選択圧下でのARシグナル増強クローンの動的な選択過程が血漿WGSで捉えられた (Fig. 4d)。ヌクレオソームフットプリント解析では、TSS周辺ヌクレオソームデプレションスコアと患者一致転移生検mRNA発現量のSpearman R=0.99 (P<0.001) という極めて高い相関が得られた (Fig. 5d)。61検体全体ではmCRPCトランスクリプトームとのSpearman R=0.97 (P<0.001) が示され、血漿からゲノムワイドな転写状態を精度よく推定できることが実証された (Fig. 5e)。AR結合部位 (ARBS) の3,224箇所を対象にしたヌクレオソームアクセシビリティ解析では、ARコピー数 (Spearman R=0.24, P=0.05) およびエンハンサーコピー数 (Spearman R=0.26, P=0.04) との有意な相関が示され、ARシグナル強度が血漿エピゲノム情報から直接評価可能であることが初めて実証された (Fig. 5h)。エンザルタミドおよびアビラテロンによる連続AR阻害中に3回のcfDNA採取を行った患者1例では、内臓転移の出現とRB1スプライス部位変異によって特徴づけられるクローン集団の時間的変化が観察された。ヌクレオソームフットプリント解析により、ARシグナル伝達の対応する喪失が同定された (Fig. 5j)。これは、治療抵抗性を獲得している生きた患者において、cfDNAを利用してゲノムとトランスクリプトームの二重進化を観察した初めての事例である。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、mCRPCにおける血漿ctDNAの超深度WGSがSNV・CNA・SV・WGD・エピゲノム情報を一括取得し、転移組織WGSに匹敵する包括的なゲノム解析を非侵襲的に実現できることを示した初の大規模実証研究である点で、従来のctDNA研究 (例えば、Murtaza et al. 2013など) が特定変異の追跡に特化していたのと異なり、年代学的解析という新たな次元を加えたことに独自性がある。また、ctDNAを構成する集団は、同期した転移巣のバルクWGSで見られるものよりも複雑で不均一であることが示された (Fig. 1e, 2)。
新規性: ARエンハンサーの選択的増幅という新規機序の発見は臨床応用上も重要である。従来のARコピー数測定では捉えられないこの耐性機序が症例の約20%に存在することは、AR標的治療の最適化において血漿WGSによるゲノム全体の評価が必要であることを示唆する。さらに、62%の患者で治療後にARシグナル増強が血漿レベルで確認されたことは、液体生検による経時モニタリングが耐性機序の早期検出に有用であることを直接的に示している。ヌクレオソームフットプリントからの転写プログラム推定は、RNA採取が困難な血漿から機能的エピゲノム情報を得るという新たなパラダイムを開いた。Esfahani et al. NatBiotechnol 2022 の研究でも同様の概念が示唆されているが、本研究はSpearman R=0.97〜0.99という高い予測精度を実証し、血漿cfDNAが実質的に腫瘍トランスクリプトームの代替情報源として機能し得ることを示す。この知見はmCRPCに留まらず、組織採取が困難な他のがん種にも適用できる可能性がある。
臨床応用: 本研究で示されたctDNAからの包括的なゲノム・エピゲノムプロファイリングは、治療抵抗性メカニズムの早期検出と治療選択の最適化に臨床的有用性を持つ。特に、ARシグナル伝達阻害剤に対する抵抗性メカニズムの検出は、治療戦略の変更を導く可能性がある。また、cfDNA断片化プロファイルによる転写因子結合活性のプロファイリングは、治療選択のための転写因子シグナル伝達への依存度を評価するのに役立ち、神経内分泌様表現型などの非ゲノム的抵抗性メカニズムの早期出現を特定するのに役立つ可能性がある。
残された課題: Limitationとして、本研究はctDNA分率中央値47%という高い血漿腫瘍分率のmCRPC集団に限定されており、早期がんや低ctDNA分率の状況での適用可能性は明示されていない。超深度WGS (>100×) はコストが高く、現時点での日常臨床導入には障壁がある。また、ヌクレオソームフットプリント解析の方法論的最適化と他がん種への外部検証が今後の課題として残る。33例というサンプル数も更なる大規模コホートでの検証が必要であり、特に異なる治療歴・人種背景での再現性の確認が求められる。Black et al. NatRevCancer 2021 が指摘するように、クローン多様性は抵抗性表現型の選択機会を増加させることで疾患予後を悪化させる可能性があるため、ctDNA WGSを用いた大規模コホートでの臨床的関連性の評価が重要である。それでも本研究は、血漿WGSが腫瘍の「歴史書」として機能し、進化・耐性・転写状態を同時に解読できることを実証した先駆的研究として、液体生検の臨床応用と技術的進歩に大きな貢献をした。
方法
Vancouver Prostate Centre/Weill Cornell Medicineに登録されたmCRPC患者33例から、複数時点の血漿cfDNAサンプル (計61検体) と転移生検15例を採取した。加えて、転移性神経内分泌前立腺がん患者2例、転移性膀胱がん患者2例、ctDNAが検出されない対照者5例から追加のcfDNAサンプルを採取した。血漿cfDNAはUMI (固有分子識別子) 付きライブラリ調製を経て超深度WGS (中央値187×、範囲24〜530×) を実施した。転移生検は腫瘍含量調整後98×でWGSした。リードのアライメントにはLangmead et al. NatMethods 2012 v.2.3.0を使用し、重複フラグメントはsamblaster v.0.1.24でマークした。ターゲット領域のリードカバレッジはQuinlan et al. Bioinformatics 2010 v.2.25.0で定量化した。SNV・CNA・SVはゲノムワイドに解析し、Mutato v.0.7を用いて候補バリアントを生成した。体細胞変異は、8リード以上の支持と10%以上の変異アレル頻度を要件とした。GNOMAD (Genome Aggregation Database) v.3.0データベースで集団アレル頻度が0.5%以上の候補は除外した。タンパク質切断型変異はIGV (Integrative Genomics Viewer) で手動で精査し、Wang et al. NucleicAcidsRes 2010 (v.20191024)を用いて変異のタンパク質レベルでの影響を予測した。変異シグネチャーはDeconstructSigs v.1.47とCOSMIC変異シグネチャー (v.2) を用いて推測した。構造変異はBreakfastソフトウェアv.0.5を用いてスプリットリード法により同定し、5つ以上のユニークなジャンクションスパンリードを要件とした。倍数性推定によりWGDを同定し、PCAWG変異シグネチャー解析で変異起源を評価した後、各変異をMRCA (Most Recent Common Ancestor) 前後・WGD前後に配置する年代学的解析を行った。ヌクレオソームフットプリント解析では、Snyder et al. Cell 2016 の手法を改変したWPS (windowed-protection score) を適用し、転写開始点 (TSS) 周辺およびAR結合部位 (ARBS) 3,224箇所のヌクレオソームデプレションスコアを算出した。WPSはローリング120bpゲノムウィンドウを完全にスパンするcfDNAフラグメント数から部分的にオーバーラップするフラグメント数を引いたものと定義された。ヌクレオソームデプレションスコアと患者一致転移生検のRNA-seq発現データとを照合した。また、血漿からのAR・FOXA1・TP53等の転写因子活性推定をヌクレオームアクセシビリティスコアとして定量化した。統計解析はPython v.3.7、Julia v.1.5.1、R v.3.6.1で行い、全ての仮説検定は両側検定で5%の有意水準を要件とした。特に、ctDNA分率の相関分析にはPearson相関分析を、群間比較にはMann-Whitney U testを用いた。