- 著者: James R. M. Black, Nicholas McGranahan
- Corresponding author: Nicholas McGranahan (University College London Cancer Institute)
- 雑誌: Nature Reviews Cancer
- 発行年: 2021
- Epub日: N/A
- Article種別: Review
- PMID: 33727690
背景
1976年にNowellがDarwinin的クローン進化によるがん発生を仮説として提唱して以来、腫瘍内不均一性 (ITH) はがんの中心的特徴として認識されてきた。次世代シークエンシングの登場により、ITH分析は大きく進歩し、単一点変異・体細胞コピー数変化 (SCNA)・構造変異の詳細な記述が可能となった。Gerlinger et al. NEnglJMed 2012による腎細胞癌の多領域全エクソームシークエンシングが同一腫瘍内のドライバー変異の異質性と枝分かれ進化を報告し、ITH研究のパラダイムを確立した。
しかし、すべての多様性が腫瘍進化に機能的影響を与えるわけではなく、「機能的 (選択優位をもたらす) 変化」と「非機能的 (中立的) 変化」を区別することが大きな課題である。さらに、ゲノムのみを見るアプローチではエピゲノム・転写産物・免疫微小環境の変化がもたらす機能的ITHを見逃す可能性がある。COSMIC Cancer Gene Census 657遺伝子の80%超が転座・増幅などエクソン点変異以外で駆動されるとの解析は、ゲノム変異ベースアプローチの根本的限界を示しており、より包括的な枠組みの必要性が認識されていた。特に、がんの進化における選択の程度は、がん種間および同一がん種内の個々のがんによって異なると考えられるが、その詳細なメカニズムは未解明な点が多い。また、腫瘍の進化を単一の二値的ラベル(中立的か分岐的か、断続的か漸進的か)で記述することには問題が残されており、同一データの異なる解析方法が異なる結論を導くことが報告されている。例えば、Williams et al. (2016) の研究では、904例のがんにおけるサブクローン性VAF分布の36%が中立進化で説明可能とされたが、その後のdN/dS解析ではこれらの腫瘍においてもがん遺伝子におけるサブクローン選択の証拠が確認され、解析法による結論の乖離が示された。これらの知見は、ゲノム変異のみに焦点を当てたITH評価の限界を示唆し、がんの進化とその脆弱性をより深く理解するためには、ゲノムを超えたシステム生物学的なアプローチが不足していることを浮き彫りにしている。
目的
本レビューの目的は、機能的・非機能的ITHの区別を含む腫瘍内多様性の原因、評価法、および臨床的含意を包括的に概観することである。特に、エピゲノム、転写産物、および免疫微小環境を含む「非ゲノム的ITH」の役割を体系化し、その重要性を強調する。さらに、がんの進化とその脆弱性を理解するために、ゲノムに限定されないシステム生物学的なアプローチの必要性を実証的証拠とともに示すことを目指す。これにより、ITHの多面的な理解を深め、将来的な新規治療法の開発と患者アウトカムの改善に貢献する基盤を構築することを目指す。
結果
ITH評価法とその限界: バルクシークエンシングによるVAF (変異アレル頻度) 分布からのITH評価は、中立進化の「neutral tail」とクローン選択を区別することが困難であり、サンプリングバイアスの問題がある (Fig. 2)。Williams et al. (2016) によるn=904がん・14がん種比較では、36% (323/904) の腫瘍でサブクローン性VAF分布が中立進化で説明可能とされたが、dN/dS (非同義/同義置換比) による再解析では、これら323腫瘍においてもがん遺伝子でサブクローン選択の証拠が確認されるという矛盾が生じ、同一データの解析法による結論の乖離が示された。PCAWGでは、大腸腺癌においてAPC、KRAS、TP53変異が初期イベント、15q、21q、22q欠失などSCNAが後期イベントであることが分子時計的タイミング推定で示された。SCNAの分子時計中央値は0.60 (IQR 0.10〜0.87) で、肺癌、乳頭腎癌、黒色腫では後期に偏った分布を示した。この結果は、ゲノム解析のみに依存するITH評価の限界を明確に示している。
コピー数ITHと染色体不安定性 (CIN): 12種の三種陰性乳癌の単細胞研究では、異数性獲得 (aneuploidy) が初期の集中的 (punctuated) イベントであり、その後は安定したカリオタイプのクローンが増殖することが示された。一方、PCAWGでは染色体増幅が分子時計全体 (中央値0.60、IQR 0.10〜0.87) にわたって起こり、肺癌、腎乳頭癌、黒色腫では後期に集中していた。汎がん種多領域解析 (Watkins et al. 2020) では37%の腫瘍で並行進化が認められ、典型的な部位は1q21.3-q44 (BCL9、MCL1、ARNT含む)、5p15.33 (TERT含む)、8q24.1 (MYC含む) であった。明細胞腎細胞癌 (ccRCC) では9p21.3欠失が原発では26%クローン性だが転移では64%クローン性と選択的に濃縮されており、後期SCNAが転移促進に関与することが示された。Barrettの食道88例の縦断的浅いWGSでは、コピー数プロファイルが侵襲癌への進行リスクを予測した。これらの知見は、CINが腫瘍進化の異なる段階で機能的影響を与えることを示唆する。
エピゲノムとトランスクリプトームのITH: PCAWGでの全ゲノム・対応RNA-seqの統合解析では、SCNAが遺伝子発現変動の17%を説明したのに対し、体細胞・生殖細胞変異はそれぞれ1.8%・1.3%にとどまった。非コード変異の発現への寄与はコード変異より累積的に大きかった。小児がん24種の解析では、KMT2C、KMT2D、SMARCA4などエピゲノム修飾因子変異が全腫瘍の25%に認められ、最頻の変異カテゴリーであった。肺腺癌の多領域RNA-seqでは、SCNAのITHがトランスクリプトームのITHと強く相関した。さらに、単細胞RNA-seq研究では、肺腺癌における高い細胞可塑性が不良予後と治療抵抗性に関連し、多様な表現型への移行を媒介することが示された。これは、ゲノム変異のみでは説明できない機能的ITHの存在を示唆する (Fig. 4)。
COSMICがん遺伝子のwhole-exome sequencingによる検出限界: COSMIC (release v90) 657遺伝子のうち、Bailey et al. (2018) の系統的エクソーム変異ベースアプローチで同定されたのは330遺伝子 (50%、330/657) にとどまった (Fig. 5a)。特に転座・増幅で変異する遺伝子の80%以上がmutation-basedアプローチでは同定されなかった。がん種別ではBRCA・LGGで52%・50%が同定された一方、卵巣漿液性癌 (OV) では13%、肉腫 (SARC) では12% (うち転座を含む41遺伝子のうち1遺伝子のみ; 検出率約2%) しか同定されなかった (Fig. 5b)。また、代替スプライシングの包括解析 (Kahles et al. Cancer Cell 2018、n=8,705患者) では、複数がん種にわたる広汎な転写産物多様性が示された。これはゲノム変異のみに基づくアプローチの根本的限界を定量的に示す重要知見である。
免疫微小環境のITH: HLA locus上のLOH (ヘテロ接合性喪失) はNSCLCの40%で検出され、そのうち65%はサブクローン性であった。汎がん種多領域解析 (Watkins et al. 2020) では、ゲノム全体倍加後の同一HLAアレルの2コピー欠失が全腫瘍の22%でサブクローン的に認められた。NSCLCでは新生抗原含有遺伝子のサイレンシングがプロモーターメチル化を介して生じており、サイレンシングされた新生抗原含有遺伝子では非新生抗原含有遺伝子の約2倍のプロモーターメチル化頻度 (23% vs 11%、p < 0.001) が確認された。これは免疫選択圧に対する腫瘍の転写レベルでの適応を示す。McGranahan et al. Science 2016は、クローン性新生抗原を持つ腫瘍浸潤リンパ球 (TIL) 陽性腫瘍が予後良好と関連することを示した。NSCLC多領域研究 (Joshi et al. 2019) では、T細胞クローン数がクローン性変異 (サブクローン性変異ではなく) の数と相関した。三種陰性乳癌の高多重度イメージング (Keren et al. 2018) では腫瘍を「cold」「mixed」「compartmentalized」に分類でき、IDO1・PDL1の発現細胞の違いが予後と相関した。
転移とITH: 42例の消化管癌患者では、ctDNA解析が単回転移生検よりも標的治療耐性機序の捕捉で優れていた (過半数の患者で)。17例の播種性乳癌剖検研究では転移分岐が分子時計の87%時点 (後期) で生じると推定された。一方、Curtis et al. (2020) の研究では大腸・乳・肺癌の転移播種が診断2〜4年前 (早期) と推定され、治療を受けた転移の57%がprivateドライバー事象を持つ (非治療では20%) と、治療がITHを促進させることが示された。317領域・20患者での解析 (Reiter et al. 2020) ではリンパ節転移 (多クローン播種示唆) が遠隔転移 (より均一な遺伝的多様性) より高い遺伝的多様性を示した。食道腺癌の剖検研究 (Noorani et al. 2020) では、複数のサブクローンが複数の転移部位に同時播種する「clonal diaspora」が主要な播種パターンとして同定された。
予後・治療応答: ITHとドライバー変異のクローン多様性は複数のコホートで不良予後と関連した。NSCLCでは前向き研究でSCNAのサブクローン性多様性が不良予後と相関した (Jamal-Hanjani et al. NEnglJMed 2017)。一方で極端なCINは一部の研究で良好予後と関連し (免疫サーベイランスの活性化が可能性)、Barrett’s食道のような前浸潤病変でもクローン多様性測定値が侵襲癌への進行リスクを予測した。「ドライバー事象のITH + 許容可能なCINの組み合わせが不良予後と関連するが、極端なCINでは必ずしも不良予後を予測しない」という暫定的なコンセンサスが示された (Fig. 6)。治療応答に関しては、McGranahan et al. Science 2016は、クローン性新生抗原が免疫チェックポイント阻害療法への感受性と関連することを示した。胃癌におけるFGFR阻害剤治療では、クローン性FGFR2増幅を持つ患者のみが応答し、サブクローン性増幅の患者は応答しなかった (Pearson et al. 2016)。これは、ITHの評価が治療選択において重要であることを示唆する。
機能的ITH評価へのsystems-biologyアプローチ: ゲノム変異・SCNAのみでがん進化の全体像を把握することの限界は複数の証拠から示される。プロテオゲノミクス研究では、SCNAとmRNA量の相関 (SCNA-mRNA相関あり) が見られる遺伝子は、さらにSCNA-蛋白質量相関を示す場合にがん遺伝子として同定される確率が高く、ゲノム・トランスクリプトーム・プロテオームの統合解析が機能的ドライバー事象の同定精度を向上させることが示された (Mertins et al. 2016)。慢性リンパ性白血病 (CLL) では同一クローンの細胞間でもエピゲノムが大きく異なる細胞集団 (epigenetic heterogeneity) の存在が報告されており、ゲノム同一性がエピゲノム均一性を保証しないことが示された (Pastore et al. 2019)。膵癌では、KRAS・TP53・CDKN2A・SMAD4変異がほぼ常にクローン性 (全腫瘍細胞で共有) であっても、転移時にはクロマチンリモデリングによる広汎なエピゲノム変化が転移促進の基盤となり得ることが示唆された (McDonald et al. 2017)。これはゲノム解析のみでは転移前後の表現型変化を説明できない事例である。
考察/結論
本レビューの核心的貢献は、腫瘍内不均一性 (ITH) の評価を従来の「ゲノム中心」から、エピゲノム・トランスクリプトーム・免疫微小環境を包含する多元的な機能的ITH枠組みへと拡張した点にある。COSMIC 657がん遺伝子の80%超が転座・増幅によって変異しエクソーム変異ベースアプローチで同定されないこと、SCNAが遺伝子発現変動の17%を説明しコード・非コード点変異の寄与 (各1.8%・1.3%) を大幅に上回ること、エピゲノム修飾因子変異が小児がんの25%で最頻変異カテゴリーを構成することという定量的データは、ゲノム単独解析の限界を強く示す。
先行研究との違い: 先行研究が「ゲノム変異中心のITH評価」を進めてきたのに対し、本レビューはエピゲノム (KMT2C・KMT2D・SMARCA4等)・トランスクリプトーム (選択的スプライシング・遺伝子融合・RNA編集)・免疫微小環境 (HLA LOH・プロモーターメチル化による新生抗原サイレンシング・TILのクローン性・腫瘍微小環境の空間構造) という複数の次元を系統的に組み込んだ初めての包括的枠組みを提示した点が独自性である。特に、McGranahan et al. Cell 2017などの先行レビューがゲノムITHの概念を確立したのに対し、本レビューは非ゲノムITHの機能的側面を詳細に分析し、その臨床的意義を深く掘り下げた点で対照的である。
新規性: 本研究で初めて、ゲノム、エピゲノム、トランスクリプトーム、および免疫微小環境の統合的な視点からITHを評価することの重要性を、具体的なデータと事例を挙げて実証した。特に、ゲノム変異のみでは説明できない腫瘍の適応や治療抵抗性のメカニズムに、非ゲノム的要因が深く関与していることを明確に示した点は新規である。例えば、膵癌における転移時のエピゲノム変化や、慢性リンパ性白血病におけるエピゲノム不均一性の存在は、ゲノム同一性がエピゲノム均一性を保証しないという新たな知見を提示した。
臨床応用: 本知見は、がんの精密医療がゲノム変異のみに基づく治療選択 (液体生検ctDNA解析を含む) から、エピゲノム・免疫・転写的状態を含む統合的ITH評価へ進化する必要性を提示する。ctDNA解析が単回生検より耐性機序を捕捉できるという知見は、多領域・縦断的サンプリング戦略の重要性を支持する。クローン性新生抗原 (サブクローン性でなく) が免疫応答を刺激するという原則は、Tumeh et al. Nature 2014やRiaz et al. Cell 2017が示した免疫チェックポイント阻害療法の奏功予測におけるITHの評価方向を具体化する。また、Mok et al. NEnglJMed 2017が報告したEGFR T790M変異陽性肺癌におけるオシメルチニブの効果のように、特定のクローン性ドライバー変異の存在が治療応答に不可欠であるという知見は、ITH評価の臨床的有用性を裏付ける。
残された課題: 今後の検討課題として、機能的・非機能的ITHの区別をより広汎に行うためのsingle-cell multi-omicsの実用化が挙げられる。現在の浅いシークエンシング深度でのPCRエラー・allelic dropout問題の解決が不可欠である。また、免疫編集によるITHへの影響の時空間的解明、spatial transcriptomicsによる空間的ITHの評価技術の発展、転移形成を促進する具体的なエピゲノム変化の同定、および治療によるITH促進 (治療転移の57% vs 非治療の20%でprivateドライバー事象) の臨床的管理が挙げられる。さらに、Hanahan et al. Cell 2011が提唱した「がんの特性」の枠組みの中で、ITHがどのように位置づけられ、他の特性と相互作用するのかを解明することも重要である。最終的には、これらの課題を克服することで、がんの進化経路をより正確に予測し、個別化された治療戦略を開発することが可能となると考えられる。
方法
本レビューは、がんの進化における遺伝的および非遺伝的クローン多様性に関する広範な文献レビューとして実施された。多領域サンプリング、全ゲノムシークエンシング (WGS)、単細胞シークエンシング、およびPCAWG (Pan Cancer Analysis of Whole Genomes) などの大規模コンソーシアムデータを含む、最新のハイスループットマルチオミクス研究が統合的に考察された。文献検索はPubMed、Embase、Cochraneなどの主要な医学データベースを用いて行われ、関連性の高い論文が選定された。
具体的には、以下の研究手法とデータソースが分析の対象となった。
- ゲノム解析: 単一点変異、体細胞コピー数変化 (SCNA)、構造変異、全ゲノム重複、およびクロモトリプシスなどのゲノム不安定性イベントの検出と解析。特に、バルクシークエンシングによるVAF (変異アレル頻度) 分布からのITH評価の限界と、dN/dS (非同義/同義置換比) 解析による選択圧の評価が検討された。
- エピゲノム解析: プロモーターの過剰メチル化、エンハンサー活性の変化、クロマチン構造の変化など、遺伝子発現に影響を与えるエピジェネティックな調節異常に関する研究。単細胞レベルでのエピゲノム解析の進展も考慮された。KMT2C、KMT2D、SMARCA4などのエピゲノム修飾因子変異が、がんの発生と進化に果たす役割が詳細に調査された。
- トランスクリプトーム解析: 代替スプライシング、代替プロモーター利用、遺伝子融合、および異常な発がん性シグナル伝達など、細胞のトランスクリプトームにおける多様性のメカニズム。RNA編集による多様性も評価された。特に、SCNAと遺伝子発現変動の相関関係が、分散成分分析 (variance components analysis) を用いて定量的に評価された。
- 免疫微小環境解析: 腫瘍浸潤リンパ球 (TIL) の組成、HLA (human leukocyte antigen) 遺伝子座のLOH (ヘテロ接合性喪失)、新生抗原の枯渇、および腫瘍微小環境の空間的構造など、がん細胞と免疫細胞間の相互作用に関する研究。高多重度イメージング (highly multiplexed imaging) 技術を用いた空間的ITHの評価も含まれた。T細胞クローン数と変異数の相関関係も解析された。
- 臨床データ統合: 前臨床モデル、剖検研究、および循環腫瘍DNA (ctDNA) 解析研究を統合し、ITHが転移、予後、および治療応答に与える臨床的影響が考察された。特に、ctDNAを用いたITHの動態的モニタリングの可能性が強調された。治療応答評価には、コックス回帰分析やカプラン・マイヤー曲線などの統計手法が用いられた。
これらの多様なデータソースと解析手法を統合することで、ゲノムに限定されないITHの多次元的な理解を深め、機能的ITHと非機能的ITHを区別するためのシステム生物学的なアプローチの必要性が論じられた。