• 著者: Christopher Abbosh, Alexander M. Frankell, Thomas Harrison, Judit Kisistok, Aaron Garnett, Selvaraju Veeriah, Kevin Litchfield, Clare Puttick, Dhruva Biswas, Takahiro Karasaki, James R. M. Black, Carlos Martínez-Ruiz, Maise Al Bakir, et al. (TRACERx Consortium)
  • Corresponding author: Christopher Abbosh, Nicholas McGranahan, Charles Swanton (Cancer Research UK Lung Cancer Centre of Excellence, UCL Cancer Institute; The Francis Crick Institute, London, UK)
  • 雑誌: Nature
  • 発行年: 2023
  • Epub日: 2023-02-22
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 37055640

背景

切除可能早期 NSCLC (non-small-cell lung cancer, 非小細胞肺癌) において、術後微小残存病変 (minimal residual disease, MRD) の非侵襲的な検出と転移播種のクローン構造評価は、補助療法選択および予後層別化に直結する未解決課題であった。循環腫瘍 DNA (circulating tumor DNA, ctDNA) を超高感度に定量するアンカード多重 PCR 法は早期 NSCLC での有用性が示されつつあり (Newman et al. NatMed 2014)、TRACERx 研究における多領域全エクソームシーケンス (whole-exome sequencing, WES) は腫瘍内不均一性 (intratumor heterogeneity, ITH) を詳細に解析したが (Jamal-Hanjani et al. NEnglJMed 2017)、血漿 ctDNA を介した転移細胞の縦断的・系統発生的追跡は小規模コホート (n=14) に留まっており大規模前向き検証が手薄であった。無細胞 DNA (cell-free DNA, cfDNA) フラグメンテーション解析が全身性腫瘍シグナルを反映し得ることも示されているが (Cristiano et al. Nature 2019)、早期 NSCLC では ctDNA 分率が通常 1% 未満という低腫瘍含量環境下でサブクローン構造を推定するバイオインフォマティクスツールが不足しており、転移播種の多クローン性パターンと長期生存との関連を前向きに定量化した研究は存在しないという gap in knowledge があった。

目的

TRACERx 大規模前向き観察コホート (n=197 例、1,069 血漿サンプル) を用いて、(1) 術前・術後ランドマーク ctDNA 陽性の予後的意義および腺癌における分子生物学的基盤を定量化すること、(2) 低腫瘍含量 cfDNA からサブクローナルアーキテクチャを推定する新規バイオインフォマティクスツール ECLIPSE (Estimation of Clones in Plasma from Input of Sequencing data from Exomes) を開発・検証すること、(3) ECLIPSE で同定された多クローン性転移播種が全生存期間 (overall survival, OS) および FFR (freedom from recurrence, 無再発生存期間) に与える影響を評価すること。

結果

術前ctDNA陽性の組織学的特性と腺癌での全生存層別化: 術前 cfDNA 解析を行った 187 例 (単発原発腫瘍 178 例) のうち、非腺癌では腺癌より著明に高い ctDNA 陽性率が観察された (非腺癌 78/85 [92%] vs 腺癌 39/93 [42%])。腺癌において術前 ctDNA 陽性は潜在的縦隔リンパ節転移と強く関連し、病理的 N2 アップステージ例の 11/14 (79%) が ctDNA 陽性であったのに対し、非アップステージ例では 19/66 (29%) にとどまった (χ2 検定、P=0.001; Fig 1b)。腺癌 n=88 例の OS は ctDNA 量三分位で明確に層別化され、ctDNA 陰性群 (52/88 例、59%) の 2 年 OS は 90% (95% CI 82-99%)、低値群は 63% (95% CI 46-85%)、高値群は 24% (95% CI 8-74%) であった (log-rank 検定、P=5×10^-6; Fig 1c)。多変量解析では病理 TNM ステージ・補助療法・年齢から独立して ctDNA 状態が FFR および OS に寄与した。体外転移再発の 90% (18/20) が術前 ctDNA 陽性例で発生し (χ2 検定、P=0.008)、ctDNA 陰性腺癌の生物学的良性度を支持した。

ctDNA低放出腺癌の染色体不安定性と転写プログラム異常: 腫瘍体積 10 cm3 以上の腺癌 42 例のうち 41% (17/42) が術前 ctDNA 陰性を示し、腫瘍体積から期待される ctDNA 量を放出しない低放出 (low-shedder) 表現型が明らかとなった。ctDNA 陽性腺癌 34 例と低放出腺癌 28 例の多領域トランスクリプトームを比較した GSVA 解析では、ctDNA 陽性群で M 相・細胞周期・DNA 修復関連 Hallmark 遺伝子セットが有意に富化された (Fig 2b-d)。染色体不安定性指標の wGII (weighted genome integrity index) と FLOH (fraction of loss of heterozygosity) はいずれも ctDNA 陽性腺癌で有意に高く (P=0.0286 および P=0.00443)、全ゲノム倍加 (whole-genome doubling, WGD) 頻度も ctDNA 陽性群で高かった (86% vs 61%、P=0.0400; Fig 2f,g)。GISTIC2 解析では ctDNA 放出と関連する 20 増幅サイトバンドが同定され (偽発見率 FDR q<0.05)、CCND1 (11q13.3)・CDK4 (12q14.1)・MDM2 (12q15)・CCNE1 (cyclin E1) を含む COSMIC (Catalogue of Somatic Mutations in Cancer, がん体細胞変異カタログ) 収載 21 遺伝子を含む 966 遺伝子が位置していた (Fig 2h,i)。

術後ランドマークMRD解析と再発予測能: 術後 120 日以内に血漿採取が可能であった n=108 例を対象としたランドマーク解析では、27/108 (25%) がランドマーク時点で ctDNA 陽性を示し、そのうち 25/27 例が臨床再発を来した (陽性予測値 PPV 93%、陰性予測値 NPV 68%、感度 49%)。ランドマーク陽性患者は OS で HR 5.3 (95% CI 2.9-9.7、P=1×10^-9)、FFR で HR 6.8 (95% CI 3.7-12.3、P=6×10^-13) と極めて不良な予後を示した (Fig 3)。ランドマーク陽性患者の術後中央値 ctDNA 量は 0.08% (範囲 0.002-2.41%)。ランドマーク陰性 n=81 例のうち 16 例 (20%) がサーベイランス中に ctDNA 陽性となり臨床再発前に検出された (術後中央値 359 日時点、ctDNA 量中央値 0.02%)。ctDNA による再発の先行検出期間 (lead time) は全体中央値 119 日 (範囲 0-1,137 日、n=63) で、ランドマーク陽性患者の中央値 228 日 (範囲 0-1,137 日、n=23) に対しランドマーク陰性患者では 76 日 (Kruskal-Wallis 検定、P=0.006)。equivocal リンパ節陰影出現前に ctDNA 陽性であった 14 例中 11 例 (79%) がリンパ節再発を来したのに対し ctDNA 陰性 20 例では 6/20 (30%) のみで (Fisher 検定、P=0.013)、ctDNA が画像よりリンパ節再発を先行検出することが示された。

ECLIPSEによる多クローン性転移播種の同定と全生存への影響: クローン ctDNA ≥0.1% かつ cfDNA 投入量 ≥10 ng の高サブクローン感度サンプルを有する再発患者 n=44 例で ECLIPSE によるクローナルアーキテクチャ解析を実施した結果、32/44 (73%) が単一クローン性、12/44 (27%) が多クローン性播種 (多クローン単一系統 3 例・多クローン多系統 9 例) に分類された (Fig 5a)。マッチドケースでの比較では ctDNA は組織生検より高率に多クローン性播種を検出した (24% vs 10%)。多クローン性播種患者は単一クローン性と比較して OS が有意に短く (HR 3.49, 95% CI 1.57-7.77, P=0.001; Fig 5b)、この差異は術後最大 ctDNA 量・病理 TNM ステージ・術前 ctDNA 陽性・組織型を調整した多変量解析でも維持された。さらに患者 CRUK0484 の縦断追跡 (Fig 5c) では、補助化学療法によりサブクローン a が消退し免疫療法下でサブクローン b が拡大するクローン進化が可視化され、治療依存的な選択圧の変化を非侵襲的に捉えることができた。

ECLIPSEの技術的検証とクローナル拡大の転移予測能: スパイクイン検証実験 (n=659 サンプル、変異 DNA 量 0.003-0.1%、DNA 投入量 2-80 ng) により、50 変異 PSP・変異 DNA 量 0.01%・DNA 投入量 ≥20 ng の条件で検出感度 90% 以上、健常人 48 例での特異度 100% が確認された。ECLIPSE の CCF 推定値は術前組織多領域シーケンスによる CCF と高相関を示した (Pearson R=0.78; Extended Data Fig 9a)。TRACERx 421 コホートで変異の中央値 12% にクローナル錯覚 (clonal illusion; 1 領域ではクローナルに見えるが他領域に存在しない変異) が観察され、ECLIPSE による clonal illusion 予測の AUC (area under the curve, 受信者操作特性曲線下面積) は 0.81 (95% CI 0.79-0.82; Fig 4a) に達し、単一生検では見落とされる ITH を ctDNA が補完できることを実証した。術前血漿では、術後 ctDNA で検出された転移サブクローンが非転移サブクローンより有意に大きな CCF を示し (Wilcoxon 検定、P<0.001、n=26 腫瘍 247 サブクローン; Fig 4b)、原発腫瘍でのクローナル拡大が転移能の非侵襲的な先行指標となることが実証された。患者 CRUK0050 では再発化学療法下で KRAS G12R (84% VAF) を含む染色体不安定性クローンの急速な拡大が観察され (Fig 5d)、PSP に含まれない新規サブクローンが治療耐性の起源となり得ることを示した。

考察/結論

本研究は TRACERx コホート NSCLC 197 例において、新規 ECLIPSE ツールを用いた縦断 ctDNA 系統発生解析により転移播種のクローン構造を本研究で初めて大規模前向きコホートで体系的に定量化し、多クローン性転移播種が独立した予後不良因子 (HR 3.49, 95% CI 1.57-7.77) であることを示した先駆的な研究である。これまでの研究では腫瘍含量 >10% の高分率 ctDNA サンプルでのみサブクローン解析が可能であったが、本アプローチは既報の高分率依存法と異なり 0.1% クローン ctDNA レベルで 94% 検出感度を達成し、低 ctDNA 環境への実用的適用を新規に実現した。

新規な生物学的知見として、腺癌の ctDNA 陽性表現型が染色体不安定性 (wGII 上昇、WGD 86% vs 61%) および CCND1・CDK4・MDM2・CCNE1 の増幅と連動すること、術前血漿中の転移サブクローン CCF が非転移サブクローンより有意に高く (P<0.001) クローナル拡大が転移能の先行指標となることが、これまで報告されていない規模で明らかとなった。ctDNA による多クローン性播種検出率が組織生検と対照的に高い (24% vs 10%) ことは、液体生検が転移多様性の捕捉において本質的な優位性を持つことを示す novel な知見である。

臨床的有用性として、ランドマーク MRD 陽性は術後早期介入の対象選定に直接活用でき、臨床的意義が高い (OS HR 5.3、PPV 93%)。ctDNA サーベイランスによる追加的な先行検出 (ランドマーク陰性患者の 20%、lead time 中央値 76 日) は標準 CT サーベイランスの補完として臨床現場での実装が期待され、equivocal 画像所見を ctDNA で確認する bench-to-bedside 応用も実証された。多クローン性播種の予後不良度 (HR 3.49) は、播種した複数クローンを単一療法で制御することの困難さを示唆し、クローン網羅的多剤設計や補助療法試験 (臨床応用に向けたランドマーク陽性患者への強化療法介入等) への橋渡しを促す。

残された課題として、本研究は切除可能早期 NSCLC に限定されており、他がん種・進行がんへの外挿には更なる検討が必要である。ECLIPSE の前提として原発腫瘍の多領域シーケンスが必要であり、単一生検の場合のアルゴリズム対応が臨床実装に向けた今後の研究課題である。ctDNA 分率 <0.1% 条件での感度向上と、多クローン性播種を標的とした介入試験の前向き評価が今後の展望として不可欠であり、PSP に含まれない新規サブクローンの台頭を捉える次世代アッセイの開発も limitation を克服するための future research の対象である。

方法

本研究は TRACERx 前向き観察コホート研究 (ClinicalTrials.gov: NCT01888601) の登録患者を対象とした。197 例から術前・術後ランドマーク (術後 120 日以内)・定期サーベイランスの計 1,069 血漿サンプルを採取した。各患者の腫瘍多領域 WES から同定した変異 (中央値 200、範囲 72-201) を追跡するアンカード多重 PCR (anchored-multiplex PCR, AMP) 法のPSP (patient-specific panel, 患者特異的パネル) を設計した。中央値 126 クローナル変異と 64 サブクローナル変異を追跡し、cfDNA 中央値 23 ng (四分位範囲 15-37 ng) をアッセイに投入した。新規開発 ECLIPSE は腫瘍組織由来コピー数情報とライブラリエラーレート推定を組み合わせ、低腫瘍含量 cfDNA (≤1%) からサブクローン癌細胞分率 (cancer cell fraction, CCF) を算出するアルゴリズムで、in silico 76,263 サブクローンを用いた検証を実施した。転移播種は単一クローン性 (monoclonal; 播種クローン n=1) と多クローン性 (polyclonal; n≥2) に分類した。生存解析には log-rank 検定・Cox 比例ハザードモデルを用い、グループ間比較には Wilcoxon 順位和検定・χ2 検定・Kruskal-Wallis 検定を適用した。転写プログラム解析には遺伝子セット変動解析 (gene set variation analysis, GSVA) を Hallmark gene sets に適用し、コピー数変異の評価には GISTIC2 (Genomic Identification of Significant Targets in Cancer, version 2.0) を使用した。差次的遺伝子発現は linear mixed-effects model で解析した。アッセイ検証はスパイクイン実験 (n=659 サンプル、変異 DNA 量 0.003-0.1%、DNA 投入量 2-80 ng) で実施し、健常人 48 例で特異度を評価した。