• 著者: Mary-Kate Hayward, Jason J. Northey, Valentina Opazo-Mellado, Connor Stashko, Ori Maller, Alastair J. Ironside, Xuchu Que, Jonathon N. Lakins, E. Shelley Hwang, Joseph L. Witztum, Hugo Gonzalez, Valerie M. Weaver
  • Corresponding author: Valerie M. Weaver (Department of Surgery, University of California, San Francisco; valerie.weaver@ucsf.edu)
  • 雑誌: Cancer Cell
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-04-30
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 42066761

背景

慢性炎症は、膵炎、肝炎、大腸炎など組織特異的な形で多くのがん種において発がんリスクを高めることが知られている。炎症性反応は活性酸素種 (reactive oxygen species: ROS) を上昇させ、DNA損傷と発がん変異を惹起する要因となる。同時に、慢性炎症は細胞外マトリックス (extracellular matrix: ECM) の過剰沈着、架橋、リモデリングによる線維化と間質硬化を促進する。硬化したECMは細胞の運命を再編成し、悪性化、攻撃的表現型、治療抵抗性を進めることが報告されている。実際、がんはECM硬度が高い部位で発生しやすく、組織線維化はがん発症の先行因子とされてきた。乳がんにおいては、最も線維性で硬いサブタイプが最悪の予後を示し、マクロファージ浸潤も最も高いことが知られている。同様に、高乳腺密度 (mammographic density: MD) — 確立された乳がんリスク因子 — の組織は、架橋が強化された硬い間質と高密度のマクロファージを示すことが報告されている。

これまでの先行研究において、炎症とがんの関連性 Inflammation and cancer や、マトリックス架橋がインテグリンシグナルを介して腫瘍進展を促進すること Matrix crosslinking forces tumor progression by enhancing integrin signaling、さらには組織張力の恒常性維持機構の破綻が悪性表現型を誘導すること Tensional homeostasis and the malignant phenotype などが示されてきた。しかし、硬化した線維性間質がマクロファージを介してどのようにDNA損傷を誘発し、悪性化を駆動するのかという具体的な分子機序は依然として 未解明 であった。特に、物理的な組織張力の上昇が免疫細胞の動員や活性化を介して上皮細胞のゲノム不安定性を引き起こす詳細な経路については、研究データが著しく 不足 しており、機械生物学とゲノム変異学を繋ぐミッシングリンクとして大きな 課題が残されている。本研究はこの知識ギャップを埋めることを目的とする。

目的

本研究の目的は、組織硬さ (tissue tension) が、上皮細胞のSTAT3 (signal transducer and activator of transcription 3) を活性化し、ケモカインを介してマクロファージをリクルートするメカニズムを解明することである。さらに、リクルートされたマクロファージが組織張力に応答して脂質過酸化を誘導し、それによって生成されるアルデヒドが周辺上皮細胞のDNAに損傷を与え、変異負荷と腫瘍進展に寄与する因果軸を、ヒト乳がんコホート、自然発症マウス乳腺腫瘍モデル、およびハイドロゲル系を統合したアプローチを用いて機械論的に実証することを目指す。具体的には、脂質過酸化由来のアルデヒドがDNA二本鎖切断 (double-strand break: DSB) やフレームシフト挿入・欠失 (frameshift insertion/deletion: FS InDel) を引き起こし、KMT2D (lysine methyltransferase 2D) などの重要な遺伝子の機能喪失変異を誘導することで、腫瘍の悪性化と転移を促進するメカニズムを明らかにすることを目的とする。

結果

組織張力とヒト乳がんの変異負荷相関: Kaplan-Meier Plotter (n=313 patients) の解析により、線維化遺伝子シグネチャーが高値の患者群は低値の患者群と比較してOSが有意に短縮することが示された (Figure 1A)。TCGA-BRCAデータでは、高TMB群 (n=377 patients) が低TMB群 (n=363 patients) よりも有意に高い線維化シグネチャーを示し、PAM50サブタイプ、TP53変異状態、腫瘍純度で補正後もこの関連性は有意であった (p=0.04) (Figure 1B)。病理医分類による高線維化群 (n=12 patients) は、AFM測定で間質硬度が有意に上昇しており (Figure 1C)、硬度の不均一性も増大していた。STIFMap解析により、予測される局所間質弾性率とpFAK+/pMLC+上皮細胞の間に正の相関が認められた。さらに、予測される間質弾性率とDNA二本鎖切断のマーカーであるγH2AX+上皮細胞の間にも正の相関が確立された (Figure 1D)。Ki67+/cyclin A+増殖マーカーとの相関はわずかであり、γH2AX+上皮細胞は主にKi67-画分で観察されたことから、DNA損傷が細胞増殖とは独立して組織張力と関連することが示唆された。

マウスモデルでの組織張力とDNA損傷の因果検証: 自然発症MMTV-PyMTマウス (n=5 mice) にLOX阻害剤 (BAPN) を投与した結果、PSR染色による線維性コラーゲン量、AFMによる間質硬度、および硬度不均一性が減少した (Figure 1E, 1F)。これに伴い、pFAK+/pMLC+上皮細胞が減少し、γH2AX+上皮細胞も減少したが (Figure 1G)、Ki67+上皮細胞は変化しなかった。LOX阻害剤投与により肺転移負荷も低減した。p53null乳腺断片とハイドロゲルを用いた系では、硬いハイドロゲル群 (n=6 mice) で線維化、間質硬度、pFAK+/pMLC+/γH2AX+上皮細胞、および肺転移が増大したが (Figure 1H, 1I, 1J)、Ki67+/cyclin A+上皮細胞は変化しなかった。これらの結果は、組織硬さが細胞増殖非依存的かつp53非依存的にDNA損傷と転移を促進することを実証した。

硬い腫瘍におけるDNA修復経路とフレームシフト変異の拡張: 硬いp53null腫瘍 (n=21 samples) のバルクRNA-seq解析では、DSBセンシング/修復およびNER経路を含むグローバルなDNA修復経路が転写レベルで上方制御されていることが明らかになった (Figure 1K, 1L)。γH2AX+/53BP1+およびγH2AX+/pATM+の共染色増加は、DNA損傷応答の活性化を裏付けた。WES解析では、硬い腫瘍 (n=3 samples) において遺伝子レベルのFS InDelがより広範な遺伝子セットに分布拡張していることが示された (Figure 1M)。総InDel数およびTMBはp53欠損を反映して有意差はなかったが (Figure 1N)、この広範な分布は硬さが変異の多様性を促進する可能性を示唆する。TCGA-BRCAで再発変異 (1%以上) する遺伝子セット内のフレームシフト変異は、硬い群で濃縮されており、特にKMT2Dのフレームシフト切断変異が硬い群に限定して観察された。KMT2D+上皮細胞は、硬いp53null腫瘍で減少し、LOX阻害剤投与PyMT腫瘍で増加したことから、KMT2Dの機能喪失が転移表現型に寄与する可能性が示唆された。

STAT3駆動のケモカインによるマクロファージ動員: TCGA-BRCAデータでは、線維化シグネチャーとTAMシグネチャー、およびCD163発現の間に強い正の相関が認められた (Figure 2A)。この免疫微小環境の解析は、がん種横断的な免疫アーキタイプを定義した Combes et al. Cell 2022 の知見とも整合する。STIFMap解析により、予測される乳腺腫瘍間質弾性率とCD163+ TAMs、およびpSTAT3+上皮細胞の間に正の相関が確立された (Figure 2B)。空間解析では、γH2AX+上皮細胞がCD163+マクロファージにより近く、隣接頻度も高いことが示された。抗CSF1抗体によるTAM枯渇は、PyMT腫瘍のF4/80+マクロファージを減少させ、線維化と間質硬度を軽減した (Figure 2D, 2E)。さらに、γH2AX+上皮細胞の減少と肺転移負荷の低減も観察され (Figure 2F)、TAMがDNA損傷と腫瘍進展に因果的に関与することが確立された。上皮特異的Stat3遺伝子欠損は、硬さ駆動のケモカイン分泌 (CCL2など) とTAM動員を抑制し、tension-STAT3-chemokine-macrophage軸を機械論的に実証した。

マクロファージの張力応答性脂質過酸化とDNA損傷誘導: In vitroのポリアクリルアミドハイドロゲルを用いた実験では、硬い基質上で培養されたマクロファージ (n=3 replicates) は NOX (NADPH oxidase) 依存性のROS産生を 2.5-fold 亢進し、多価不飽和脂質の過酸化により4-HNE、MDA、OxPLを産生することが示された。この過程にはミトコンドリア機能不全とFe2+依存性過酸化が伴う。マクロファージ特異的Gpx4遺伝子欠損は、アルデヒド産生をさらに増加させ、隣接する上皮細胞のDNA損傷を悪化させた。共培養系およびin vivoの双方で、硬い条件下ではマクロファージ周辺の上皮細胞においてγH2AX+ DSBの増加と8-OHdG (酸化的損傷) の上昇が観察された。抗酸化剤 (ferrostatin-1、ビタミンE) またはアルデヒドスカベンジャーによる処理はDNA損傷を抑制し、脂質アルデヒドを介したDNA-タンパク質架橋および酸化的損傷が機序であることを確認した。高MD乳腺組織においても、硬度の上昇、炎症性マクロファージ浸潤に加え、脂質アルデヒドとγH2AXのレベルが上昇していることが確認された。

考察/結論

先行研究との違い: これまでの研究では、慢性炎症と線維化が発がんリスクを高めることは知られていたが、硬化した線維性間質がマクロファージを介してどのようにDNA損傷を誘発し、悪性化を駆動するのかは詳細に解明されていなかった。本研究は、この因果関係を組織張力、STAT3、ケモカイン、脂質過酸化、アルデヒドという具体的な分子メカニズムで結びつけ、これまで断片的に理解されていた現象を統合的な軸として提示した点で、先行研究と異なる。

新規性: 本研究で初めて、組織張力の上昇が上皮STAT3を活性化し、ケモカインを介してマクロファージをリクルートすること、およびリクルートされたマクロファージが張力に応答して脂質過酸化を誘導し、その産物であるアルデヒドが上皮細胞のDNA損傷を引き起こすという新規なメカニズムを同定した。特に、KMT2D遺伝子のフレームシフト切断変異が硬い腫瘍に限定して観察され、その機能喪失が転移表現型に寄与する可能性を示唆した点は、これまで報告されていない新規な知見である。これは Alexandrov et al. Nature 2020 などが示すゲノム変異シグネチャーの多様性獲得プロセスに、物理的環境が直接寄与することを示すものである。

臨床応用: 本知見は、線維性乳腺腫瘍におけるDNA損傷と腫瘍進展を標的とする新たな治療戦略の臨床応用に直結する。例えば、抗線維化治療薬による組織張力低減、STAT3阻害剤によるケモカインカスケードの上流遮断、マクロファージ標的治療 (抗CSF1抗体、CSF1R阻害剤) によるTAM動員阻害、および抗酸化剤やアルデヒドスカベンジャーによる脂質過酸化阻害が考えられる。また、AFMやエラストグラフィーに基づく硬度イメージングバイオマーカーは、特に高MD乳腺における乳がんリスク層別化と予防的介入に有用である可能性がある。

残された課題: 今後の検討課題として、組織張力閾値の組織別キャリブレーション、TAMサブセットの特異性 (M1/M2分極、組織常在性マクロファージとリクルートされた単球由来マクロファージとの関係)、アルデヒドの組織内拡散半径と空間的範囲、抗酸化治療の臨床における脂質過酸化抑制効率と治療域、フェロトーシスと本メカニズムの重複、KMT2D機能喪失が転移を促進する下流メカニズム、およびヒト前向きコホートにおける本因果連鎖の検証が残されている。

方法

ヒトコホート解析: Kaplan-Meier Plotter (n=313 patients) を用いて、線維化遺伝子シグネチャーと全生存期間 (overall survival: OS) の関係を評価した。TCGA-BRCA (The Cancer Genome Atlas Breast Cancer) のWES (whole-exome sequencing) およびRNA-seqデータ (低TMB群 n=363 patients、高TMB群 n=377 patients) を解析し、TMB (tumor mutational burden) と線維化シグネチャーの相関を、PAM50 (Prediction Analysis of Microarray 50) サブタイプ、TP53変異状態、腫瘍純度で補正した多変量線形回帰を用いて検証した。病理医によるH&E (hematoxylin and eosin) 染色に基づく線維化分類 (低線維化群 n=12 patients、高線維化群 n=12 patients) と連続切片のAFM (atomic force microscopy) 測定により、組織学的線維化と機械的硬さの対応を確認した。STIFMap (Spatially Transformed Inferential Force Map) を用いて、局所間質弾性率とpFAK+ (phospho-focal adhesion kinase)、pMLC+ (phospho-myosin light chain 2)、γH2AX+ (phospho-histone H2AX)、CD163+ (cluster of differentiation 163)、pSTAT3+ (phospho-signal transducer and activator of transcription 3) 上皮細胞の空間相関を解析した。

マウスモデルおよび細胞実験: 自然発症MMTV-PyMT (p53 wild-type) 乳腺腫瘍モデルマウス (C57BL/6J 背景) に、コラーゲン架橋と硬さを低減するLOX (lysyl oxidase) 阻害剤である BAPN (β-aminopropionitrile) を投与した。p53null乳腺断片と、軟らかい (対照) または硬い (非代謝性L-リボース架橋) Col1/BM (collagen 1/basement membrane) ハイドロゲルを同所性移植する系を用いて、硬さを独立変数として評価した。TAM (tumor-associated macrophage) 枯渇のために抗CSF1 (colony stimulating factor 1) 抗体を投与し、上皮特異的Stat3遺伝子欠損マウス、およびマクロファージ特異的Gpx4 (glutathione peroxidase 4) 遺伝子欠損マウスを用いて、因果関係を検証した。in vitroの実験では、マクロファージとして RAW264.7 細胞株および一次培養マクロファージを用い、上皮細胞株として MCF-10A および EpH4 を使用した。

測定と統計解析: AFMにより上位10%の弾性率を測定し、偏光顕微鏡と PSR (picrosirius red) 染色で線維性コラーゲンを定量した。γH2AX、53BP1 (tumor protein p53 binding protein 1)、pATM (phospho-ataxia-teleangiectasia mutated) の共染色によりDSBを評価した。バルクRNA-seqによるDNA修復経路のGSVA (gene set variation analysis) を Hanzelmann et al. BMCBioinformatics 2013 の手法に基づき実施し、遺伝子セット富裕化解析 (gene set enrichment analysis: GSEA) を Subramanian et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005 の手法に準拠して行った。バルクWESによるFS InDel数、TMB、遺伝子レベル多様性を解析した。脂質omicsにより 4-HNE (4-hydroxynonenal)、MDA (malondialdehyde)、OxPL (oxidized phospholipid) を測定し、8-OHdG (8-hydroxy-2’-deoxyguanosine) で酸化的DNA損傷を評価した。統計解析には GraphPad Prism を用い、群間比較には Student t-test、非パラメトリックデータには Mann-Whitney U test、多群比較には one-way ANOVA を使用して有意差を判定した。