- 著者: Tarek Taifour, Sherif Samer Attalla, Dongmei Zuo, Yu Gu, Valérie Sanguin-Gendreau, Hellen Kuasne, Tung Bui, Yurong Cai, Vasiliki Efthymiou, Alain Pacis, Morag Park, William J. Muller
- Corresponding author: William J. Muller (Goodman Cancer Institute and Department of Biochemistry, McGill University, Montreal, Canada; william.muller@mcgill.ca)
- 雑誌: Immunity
- 発行年: 2023
- Epub日: 2023-12-12
- Article種別: Original Article
- PMID: 38039967
背景
トリプルネガティブ乳癌 (TNBC) は、エストロゲン受容体 (ER)、プロゲステロン受容体 (PR)、ヒト上皮成長因子受容体2 (HER2) が陰性である、悪性度の高い乳癌サブタイプである。TNBCは、免疫チェックポイント阻害薬 (ICB) 療法に対する反応率が20-30%と低いという臨床的課題を抱えている。TNBCの多くは、CD8+ T細胞が腫瘍実質に浸潤せず、腫瘍周囲の間質に留まる「T細胞排除 (T cell-excluded)」表現型を示すことが知られている。このT細胞排除がICB耐性の主要な原因であると推測されるが、その分子基盤はこれまで未解明であった。
シグナル伝達兼転写活性化因子3 (Stat3) は、乳癌において恒常的に活性化しており、免疫抑制的な腫瘍微小環境 (TIME) を促進することが報告されている Hanahan et al. Cell 2011。Stat3の乳腺上皮特異的欠損は、マウス乳癌モデルにおいて免疫介在性の腫瘍排除を誘導することが示されているが、その下流の分泌因子がT細胞排除を媒介する具体的なメカニズムは未確立であった。
好中球細胞外トラップ (NETs) は、好中球が放出するDNA、ヒストン、および顆粒タンパク質からなる網状構造であり、癌の進行、免疫抑制、転移において重要な役割を果たすことが近年注目されている Coffelt et al. NatRevCancer 2016。NETsは腫瘍周囲に物理的なバリアを形成し、T細胞の浸潤を阻害することが示唆されているが、腫瘍由来因子がNETs形成を誘導し、T細胞排除を促進する具体的なメカニズムは十分に解明されていなかった。特に、TNBCにおけるこの軸の役割は未開拓であり、知識のギャップが残されていた。
先行研究では、Chi3l1 (chitinase-3-like protein 1, ヒトではYKL-40とも呼ばれる) がStat3の直接の転写標的であり、免疫抑制特性を持つサイトカインであることが報告されている Teijeira et al. Immunity 2020。Chi3l1は乳癌の疾患進行度や悪性度と関連するバイオマーカーであり、マクロファージをM2型に分極させ、複数の固形癌で転移を促進することが示されている。しかし、Chi3l1が他の免疫細胞に与える影響や、TNBCにおけるその役割、特にT細胞排除やICB耐性における機能は十分に解明されていなかった点が不足していた。
本研究は、Stat3依存的に発現する腫瘍分泌因子がT細胞浸潤排除を媒介するメカニズムを解明し、TNBCにおける免疫回避機構とICB耐性の新たな治療標的の可能性を検証することを目的とした。特に、好中球およびNETsとの関連性を詳細に解析することで、T細胞排除の分子基盤を明らかにすることが不足していた。
目的
本研究の目的は、Stat3依存性に発現する腫瘍分泌因子の中から、T細胞浸潤排除を媒介する分子を同定することである。さらに、その分子がTNBCにおける免疫回避機構および免疫チェックポイント阻害薬 (ICB) 耐性にどのように寄与するかを検証する。特に、好中球のリクルートメントおよび好中球細胞外トラップ (NETs) 形成との関連性を詳細に解剖し、Chi3l1がT細胞排除の物理的バリアを形成するメカニズムを明らかにすることを目的とした。最終的に、Chi3l1を標的とすることがTNBCにおける免疫療法効果を増強する新たな治療戦略となる可能性を評価する。
結果
Stat3欠損腫瘍におけるChi3l1発現の著しい低下: Stat3乳腺特異的KO PyMT腫瘍 (n=4 mice) のバルクRNA-seq解析により、Chi3l1 (chitinase-3-like protein 1, YKL-40) が最も顕著にダウンレギュレートされた分泌因子として同定された (Figure 1A)。Stat3 KO腫瘍では、Chi3l1のmRNAおよびタンパク質レベルが有意に低下しており (p<0.0001, Figure 1B-D)、主に過形成上皮細胞がChi3l1を産生していることがRNA ISHにより確認された (Figure 1E, F)。Stat3 KO腫瘍は、好中球浸潤の減少、CD8+ T細胞浸潤の増加、および腫瘍増殖の遅延という「T細胞浸潤型」表現型へのシフトを示した。これらの結果は、Chi3l1がStat3の下流で免疫抑制を媒介する重要な分泌因子であることを強く示唆する。
ヒトTNBCにおけるChi3l1の過剰発現とT細胞排除との関連: TCGA-BRCAおよびMETABRICデータセットの解析により、ヒトTNBCは他の乳癌サブタイプ (luminal/HER2+) と比較してChi3l1が有意に高発現していることが判明した (Figure S1B)。高Chi3l1発現のTNBC患者は、全生存期間 (OS) の短縮とT細胞浸潤の低下に相関していた (p<0.001)。特に、TNBCの免疫サブタイプ分類において、T細胞が間質に制限される「間質制限型 (SR)」サブタイプでChi3l1発現が最も高く (Figure 1H, I)、Chi3l1発現と活性型p-STAT3レベルとの間に正の相関が認められた (Figure 1J-L)。これは、Chi3l1がヒトTNBCにおけるT細胞排除表現型の重要なマーカーとなる可能性を示唆する。さらに、Chi3l1陽性腫瘍領域ではCD4+およびCD8+ T細胞が腫瘍実質から排除され、間質に局在することが確認された (Figure 2A-I)。この現象は、肺癌や結腸癌といった他の上皮性癌でも観察され、Chi3l1依存性のT細胞間質制限が複数の癌種に共通する特徴であることが示された (Figure 2J-L)。Chi3l1発現と腫瘍浸潤T細胞数との間には負の相関が認められた (Pearson r=-0.6, p<0.01)。
Chi3l1欠損による腫瘍発症遅延とICB反応性の改善: CRISPR-Cas9技術を用いて作製したChi3l1欠損PyMTマウスモデル (n=26 mice) では、腫瘍発症が有意に遅延し (p<0.0001, Figure 3I, J)、腫瘍増殖率が低下し、肺転移が減少した (Figure 3C-H)。Chi3l1欠損腫瘍では、野生型腫瘍と比較して、CD45+免疫細胞の浸潤増加、M2マクロファージの減少とM1マクロファージの増加、および活性化されたCD8+ T細胞とCD4+ T細胞の浸潤増加が観察された (p<0.05, Figure 4A-P)。特に、Chi3l1欠損マウスは抗PD-1療法に対する反応性が有意に改善し、Chi3l1欠損と抗PD-1抗体の併用により生存率が優位に上昇した (p<0.001, Figure 5M)。これは、Chi3l1が抗PD-1耐性の主要なメディエーターであるという直接的な遺伝学的証拠を提供する。
Chi3l1による好中球リクルートメントとNETs形成の誘導: Chi3l1欠損腫瘍では、好中球浸潤およびNETs量 (CitH3+ MPO+ 細胞外DNA) が有意に減少した (p<0.01, Figure 6A-E)。In vitro実験では、リコンビナントChi3l1が初代マウス好中球 (n=3 replicates) およびdHL-60細胞の遊走を強力に促進し (Figure 6H, I, S4K-S4N)、さらにNETs形成 (CitH3-DNA複合体の細胞外放出) を直接誘導することが示された (Figure 6J-L)。この効果はChi3l1中和抗体によって抑制された (Figure S4P, S4Q)。これらの結果は、Chi3l1が好中球のリクルートメントとNETosisの両方を駆動する因子として機能することを示す。ヒトTNBC組織においても、CHI3L1発現と好中球浸潤の間に正の相関が認められた (Pearson r=0.58, p<0.05, Figure 6F, G)。
NETsによるT細胞の物理的排除: 3D腫瘍スフェロイドとT細胞の共培養実験において、NETsの存在はT細胞の腫瘍実質への浸潤を物理的に阻害することが示された。DNase Iの投与によりNETsを分解すると、T細胞の腫瘍実質浸潤がレスキューされた。In vivoにおいても、腫瘍へのDNase I投与はCD8+ T細胞浸潤を増加させ、抗PD-1療法への反応性を向上させた (p<0.0001, Figure 7H-N)。これらの結果は、NETsがT細胞排除の物理的バリアとして機能することを直接的に証明するものである。ヒトTNBCおよびマウスMIC腫瘍の免疫蛍光解析では、CD8+ T細胞がCHI3L1+上皮からMPO+細胞 (好中球) の層によって隔てられていることが示され、好中球がT細胞排除に密接に関与していることが裏付けられた (Figure 6M, N)。
Chi3l1中和抗体と抗PD-1抗体の併用療法の治療効果: PyMT TNBCモデルにおいて、Chi3l1中和抗体 (OC-L0019) と抗PD-1抗体の併用療法は、単剤療法と比較して腫瘍増殖を顕著に抑制する相乗的な抗腫瘍効果を示した (p<0.001, Figure 5N, S3V)。この併用療法は、腫瘍内CD8+ T細胞浸潤とTh1サイトカイン (IFNγ, TNF) の産生を増加させ、単剤では効果を示さない進行腫瘍に対しても奏効した。腫瘍体積は併用療法群で有意に減少し (mean ± SEM, 500 ± 100 mm³ vs 1500 ± 200 mm³ in control, p<0.001)、これはT細胞排除型腫瘍に対する薬理学的レスキューの概念実証を提示するものである。
考察/結論
本研究は、トリプルネガティブ乳癌 (TNBC) において、Stat3依存的に過剰発現する腫瘍由来サイトカインChi3l1が、好中球を腫瘍微小環境にリクルートし、好中球細胞外トラップ (NETs) 形成を誘導することで、T細胞の物理的排除を引き起こし、結果として免疫チェックポイント阻害薬 (ICB) 耐性を促進するという、統合的な免疫回避軸を初めて確立したメカニスティックな論文である。
先行研究との違い: これまでの研究では、Chi3l1がマクロファージのM2分極や転移促進に関与することが示されていたが、本研究はChi3l1が好中球のリクルートメントとNETs形成を直接誘導し、T細胞排除の物理的バリアを形成するという新規メカニズムを明らかにした点で、これまでの報告とは異なる。特に、NETsがT細胞排除の物理的障壁となることを遺伝学的および薬理学的に直接証明した点は、この分野における重要な進展である。
新規性: 本研究で初めて、Chi3l1がTNBCにおける免疫療法抵抗性の主要なメディエーターであり、その作用が好中球を介したNETs形成によるT細胞の物理的排除にあることを示した。Chi3l1はこれまで、キチナーゼ類似分泌タンパク質として炎症性疾患 (特発性肺線維症、喘息など) のバイオマーカーとして研究されてきたが、本研究によりTNBCにおける免疫療法抵抗性の「key druggable target」として新たな臨床的位置付けを獲得したことは新規な発見である。Chi3l1欠損マウスモデルでの腫瘍増殖遅延と抗PD-1療法への反応性改善、およびChi3l1中和抗体と抗PD-1抗体の併用療法による相乗効果は、Chi3l1がT細胞排除を介した免疫療法抵抗性の直接的な原因であることを明確に示している。
臨床応用: 本研究の知見は、TNBC患者の治療戦略に複数の臨床的含意をもたらす。第一に、Chi3l1中和抗体 (OC-L0019など、現在臨床開発中) とペムブロリズマブ/アテゾリズマブなどのICBとの併用療法は、TNBCにおける免疫療法効果を増強する新たな治療戦略となる可能性があり、今後の臨床試験の強力な根拠となる。第二に、血清Chi3l1 (YKL-40) レベルをICB反応予測バイオマーカーとして利用できる可能性がある。第三に、DNase I (ドルナーゼアルファ) やPAD4阻害薬 (GSK484) とICBの併用が、T細胞排除型TNBCの治療効果を改善する可能性が示唆される。これらのアプローチは、T細胞が腫瘍実質に浸潤できない「cold tumor」を「hot tumor」に変換し、ICBへの感受性を高めるための「bench-to-bedside」な戦略を提供する。
残された課題: 本研究にはいくつかの限界も存在する。第一に、PyMTモデルは一部ルミナルB様の性質も持つため、より厳密なTNBCモデル (例: 4T1、C3-TAg) でのChi3l1軸の検証が今後の検討課題である。第二に、Chi3l1が好中球をリクルートする直接的なケモカイン受容体やシグナル伝達経路は未同定であり、今後の研究で解明する必要がある。第三に、NETsがT細胞を物理的に排除する詳細な機序 (機械的阻害と生化学的阻害のどちらが優位か) の解明は部分的であり、さらなる詳細な解析が求められる。第四に、Chi3l1中和抗体の安全性プロファイルとターゲットの責任 (Chi3l1は炎症や組織修復において生理的機能を持つため) の評価が不完全である。最後に、本研究で確立されたChi3l1軸が、膵癌、前立腺癌、膠芽腫などの他の「cold tumor」においても一般化可能であるかどうかの検証が今後の研究方向性として残されている。
方法
マウスモデル: 本研究では、MMTV-PyMT (polyoma virus middle T) 自発乳癌モデルを主要なin vivoモデルとして使用した。このモデルはヒトTNBC様の病態を模倣する。Stat3の乳腺上皮特異的ノックアウト (Stat3 fl/fl; MMTV-Cre) マウス、およびCRISPR-Cas9技術を用いて作製したChi3l1欠損 (Chi3l1 -/-) PyMTマウスも作製・利用し、遺伝学的アプローチでChi3l1の機能を評価した。全ての動物はFVB/Nバックグラウンドで維持され、8週齢の未経産雌マウスにドキシサイクリンを2週間投与して腫瘍を誘導した。
ヒトデータ解析: TCGA-BRCA (The Cancer Genome Atlas Breast Cancer)、METABRIC (Molecular Taxonomy of Breast Cancer International Consortium) の公開データセットを用いて、ヒト乳癌におけるChi3l1の発現プロファイルと臨床病理学的特徴、特にT細胞浸潤との相関を解析した。また、ヒトTNBC組織マイクロアレイ (TMA) を用いて、Chi3l1発現と免疫細胞浸潤の空間的関係を評価した。
主要手技:
- Stat3 KO PyMT腫瘍のRNA-seq解析: Stat3乳腺特異的KO PyMT腫瘍 (n=4 mice) と野生型 (WT) 腫瘍 (n=4 mice) のバルクRNAシーケンス (RNA-seq) を実施し、Stat3依存的に発現が変動する分泌因子を同定した。
- Chi3l1発現解析: qPCR、免疫ブロッティング、RNA in situ hybridization (ISH) を用いて、マウスおよびヒトTNBC組織におけるChi3l1のmRNAおよびタンパク質発現レベル、ならびにその細胞源を特定した。
- Chi3l1欠失PyMTモデルの評価: Chi3l1欠失PyMTマウス (n=26 mice) の腫瘍発症、成長、肺転移を評価した。
- 腫瘍内免疫細胞プロファイリング: フローサイトメトリー (FACS)、シングルセルRNAシーケンス (scRNA-seq)、マルチプレックス免疫組織化学 (IHC) を用いて、Chi3l1欠損または中和後の腫瘍微小環境における免疫細胞の組成と活性化状態を詳細に解析した。特に、CD8+ T細胞、CD4+ T細胞、マクロファージ、好中球に焦点を当てた。
- 免疫チェックポイント阻害薬 (ICB) 療法との併用: Chi3l1欠損PyMTモデル、またはChi3l1中和抗体と抗PD-1抗体の併用療法を用いて、ICBに対する反応性を評価した。腫瘍体積の経時的変化を測定し、生存率を比較した。
- 腫瘍内NETs定量: 腫瘍組織におけるNETsの量を、シトルリン化ヒストンH3 (CitH3)、ミエロペルオキシダーゼ (MPO)、および細胞外DNAの免疫蛍光染色により定量した。
- DNase I投与によるNETs分解: DNase Iを腫瘍に投与し、NETsを分解することで、T細胞浸潤および抗PD-1療法への影響を評価した。
- 3D腫瘍スフェロイド浸潤アッセイ: 3D腫瘍スフェロイドとT細胞の共培養系を用いて、NETsが存在する環境下でのT細胞の腫瘍実質への物理的浸潤を評価した。
- Chi3l1による好中球NETs形成のin vitro評価: リコンビナントChi3l1タンパク質を初代マウス好中球およびヒト前骨髄球性白血病細胞株 (HL-60) に作用させ、好中球の遊走およびNETs形成 (CitH3-DNA複合体の細胞外放出) をin vitroで評価した。Chi3l1中和抗体による抑制効果も検証した。
統計解析: 全てのデータはGraphPad Prismソフトウェアを用いて解析された。群間の比較にはStudentのt検定、一元配置分散分析 (ANOVA) とTukeyの事後検定、またはDunnettの事後検定を用いた。相関分析にはPearson相関係数を用いた。腫瘍成長曲線の比較にはCGGC (Compare Groups of Growth Curves) 順列解析を用いた。p値が0.05未満を有意差ありと判断した。