- 著者: Volker Brinkmann, Britta Laube, Ulrike Abu Abed, Christian Goosmann, Arturo Zychlinsky
- Corresponding author: Volker Brinkmann (Microscopy Core Facility, Max Planck Institute for Infection Biology, Berlin, Germany); Arturo Zychlinsky (Department of Cellular Microbiology, Max Planck Institute for Infection Biology, Berlin, Germany)
- 雑誌: Journal of Visualized Experiments
- 発行年: 2010
- Epub日: 2010-02-24
- Article種別: Protocol
- PMID: 20182410
背景
好中球は末梢血中に最も豊富に存在する白血球であり、食細胞として細菌を貪食し、抗菌顆粒とファゴソームの融合により細胞内で殺傷する。2004年にBrinkmannらがBrinkmann et al. Science 2004で報告した好中球細胞外トラップ (Neutrophil Extracellular Traps; NETs) は、好中球が活性化されると放出するクロマチン骨格と顆粒タンパク質(好中球エラスターゼ (NE)、ミエロペルオキシダーゼ (MPO)、カテプシンG、LL-37、ラクトフェリンなど)からなる細胞外の網状構造である。NETsは病原体を物理的に捕捉・殺傷する新規の抗菌機構であり、細菌、真菌、寄生虫に対して有効であることが示されている。例えば、Urbanら (2006) はNETsがカンジダ・アルビカンスを捕捉・殺傷することを報告し、Guimaraes-Costaら (2009) はリーシュマニア原虫に対するNETsの作用を示した。NETsの構造的骨格はDNAであり、DNaseの存在下では速やかに分解されるため、DNaseを発現する細菌はより病原性が高いことがBuchananら (2006) によって示されている。
NETsの発見から6年が経過し、NET研究は世界中で急速に拡大していたが、標準化された好中球単離、NETosis誘導、および可視化プロトコルの欠如が、論文間の再現性における主要な課題として浮上していた。特に、好中球をプライミングせずに静止状態で単離する技術、PMA (phorbol 12-myristate 13-acetate) 濃度を最適化する手法、および光学顕微鏡と電子顕微鏡によるNETsの明確な同定基準の確立が、この分野の標準化には不可欠であった。Fuchsら (2007) はNETosisがアポトーシスやネクローシスとは異なる細胞死プログラムであり、NADPHオキシダーゼによる活性酸素種 (ROS) の産生に依存することを示したが、その形態学的変化を詳細に追跡し、再現性高く可視化する手法は未確立であった。これらの背景から、NETs研究の信頼性と比較可能性を向上させるための、詳細かつ実践的なプロトコルの不足が強く認識されていた。このため、NETs研究の再現性を確保し、研究間の比較を可能にするための包括的なガイドラインの確立が急務であった。
目的
本論文の目的は、NETsの発見者であるMax Planck InstituteのBrinkmann/Zychlinskyグループが、ヒト末梢血好中球の活性化を伴わない単離方法、PMA誘導による自殺性NETosisの標準条件、および光学顕微鏡(3色免疫蛍光染色)と走査型電子顕微鏡 (SEM)、透過型電子顕微鏡 (TEM) を用いたNETs可視化の完全なワークフローをビデオプロトコル形式で提供することである。これにより、NET研究への参入障壁を低減し、世界中の研究室における実験の標準化を推進することを目指した。具体的には、高純度で静止状態の好中球を効率的に単離する手法、NETs形成を誘導するためのPMAの最適濃度と刺激時間、そしてNETsの形態学的特徴を明確に識別するための多角的な可視化技術を詳細に解説し、NETs研究の再現性と信頼性を向上させるための基礎的なガイドラインを確立することを意図した。このプロトコルは、好中球と病原体の相互作用を解析する上で重要なツールであり、今後の研究における残された課題解決に貢献する可能性を秘めている。
結果
高純度 quiescent 好中球の効率的単離: HistopaqueとPercollを用いた2段階密度勾配遠心法により、95%以上の純度を持つ活性化前の好中球が単離された。フローサイトメトリーによるCD16⁺CD15⁺表面マーカーの確認と、生存率98%以上、プライミングマーカー(CD11bアップレギュレーション、CD62Lシェディング)の未発現により、これらの細胞が「静止状態 (resting state)」であることが確認された。低温操作と無血清条件が細胞の活性化を回避するために重要であり、温かい環境への曝露がプライミングを引き起こし、偽陽性のNETs形成につながる落とし穴が指摘された。単離された好中球は、平均で2×10⁷ cells/mlの濃度が得られた。
PMA濃度-時間依存性NETosisの動態: PMA刺激によるNETs形成は、濃度と時間に依存して進行した。PMA 25 nMでは2時間、100 nMでは3-4時間で、最大NETs形成が達成され、細胞の60-80%がNETsを形成した。DPIを共添加すると、NETs形成は95%以上阻害され、NADPHオキシダーゼ依存性が確認された (p<0.001)。UV照射細胞はSYTOX陽性を示したが、NE/ヒストン放出は認められず、壊死性細胞死とは明確に区別できることが示された。刺激濃度と時間の最適化が、NETs定量化の再現性確保に不可欠であることが強調された。
3色免疫蛍光染色によるNETsの明確な同定: DAPIによるDNA染色、抗ヒストン抗体、および抗NE抗体による共局在する線維状パターンがNETsの決定的な定義として確立された (Figure 1)。静止状態の好中球はコンパクトな核内DNAを持つが、NETosis初期(1時間)には核葉の消失とクロマチン脱凝縮が観察された。2-3時間で細胞外への線維状構造の突出が始まり、3-4時間で完全なNETsネットワークが形成されるという4段階の形態学的ステージングが確立された。細胞質顆粒成分が核クロマチンと混合する「核-顆粒ブレンド (nuclear-granule blend)」がNETsに特異的な特徴として同定された。この観察は、n=3回の独立した実験で再現された。
SEM/TEMによる三次元構造の解像: SEM観察により、NETsは直径15-17 nmのスムーズな繊維と25 nmの球状の密なドメインからなる「ビーズ・オン・ア・ストリング (bead-on-a-string)」構造を直接観察することができた (Figure 2)。TEM観察では、ルテニウムレッド固定法を用いることで、脱凝縮したクロマチンが約3倍に体積膨張し、顆粒成分が密接に隣接している様子が高解像度で可視化された。これらの電子顕微鏡による観察は、蛍光顕微鏡による所見を補完し、NETsの超微細構造を検証するゴールドスタンダードとして機能した。
細菌捕捉のライブイメージング: GFP標識したグラム陽性菌である黄色ブドウ球菌とグラム陰性菌である赤痢菌の両方が、PMA刺激好中球によって形成されたNETs繊維上に直接テザリングされる様子がライブイメージングで証明された (Figure 3)。SEMでも細菌とNETsの接点における直接的な物理的捕捉が確認され、NETsが細菌を「受動的にろ過する (passive filter)」だけでなく、「能動的に殺傷する (active killing)」という既往の議論に対し、両方のメカニズムが形態学的に支持されることが示唆された。このアッセイでは、n=5回の異なる実験で同様の結果が得られた。
考察/結論
本ビデオプロトコルは、NETs発見者自身による標準的な方法論の権威あるリファレンスとして、2010年以降のNETs研究室のセットアップにおける事実上の標準 (de facto standard) となった、方法論的に画期的な論文である。Max Planck InstituteのBrinkmannグループの高度な顕微鏡技術とZychlinskyグループのNETs発見の歴史が融合し、好中球単離からPMA刺激、3色免疫蛍光染色、そして電子顕微鏡観察に至る4段階のワークフローをビデオ形式で提供したことは、新規NETs研究室の参入障壁を劇的に低減した。このプロトコルは、2016年のde Buhr/von Köckritz-BlickwedeによるJ Immunol Resレビューや2018年のPapayannopoulosによるNat Rev Immunolのメソドロジーセクションにおける基本的なリファレンスとしても頻繁に引用されている。
本研究の新規性は多岐にわたる。(i) 活性化を伴わない好中球単離のための低温操作技術、(ii) PMAの用量反応性最適化による再現性の確保、(iii) H2A-H2B-DNA複合体に特異的な抗ヒストンPL2-6抗体というユニークな試薬の使用、(iv) SEMとTEMによる超微細構造の検証、(v) 細菌相互作用のライブイメージングの可能性が挙げられる。特に、本研究で初めて、NETosisにおける形態学的変化を詳細なタイムコースで追跡し、その過程を光学および電子顕微鏡で明確に可視化した点は新規性が高い。これまでの研究では、NETsの存在は示されていたものの、その形成過程における細胞形態の変化をこれほど詳細に、かつ再現性高く追跡した報告はこれまで報告されていない。
先行研究との違い: 本プロトコルは、Fuchs et al. JCellBiol 2007が示したNETosisがNADPHオキシダーゼ依存性であるという知見をさらに発展させ、その形態学的変化を詳細に可視化する手法を提供した点で、これまでの研究と異なるアプローチである。
しかし、いくつかの残された課題と限界も存在する。(i) Pillayら (2012) やYippら (2012) が報告したバイタルNETosis (Vital NETosis) は、5-15分という急速な放出を特徴とし、本PMAプロトコルの2-4時間という動態とは全く異なるため、バイタルNETsの検出には別のプロトコルが必要である。(ii) PAD4 (Protein-arginine deiminase type 4) 触媒によるヒストンシトルリン化 (Cit-H3) は、本プロトコル発表時にはまだ広く認識されていなかったが (Wangら 2009)、現代の標準では抗Cit-H3抗体の追加が推奨される。(iii) 懸濁条件とガラスカバースリップ上でのNETs形態には差異が生じる可能性がある。(iv) ヒト血液に依存する本プロトコルは、マウス好中球(骨髄由来)への適用には別途プロトコルが必要である (Ermertら 2009, Swamydasら 2013)。(v) フィブリンネットワークがNETsを模倣する可能性があり、固定アーチファクトの検証が求められる。(vi) NETsの定量化が観察者ベースであるため、自動画像解析ツールの併用が推奨される。
本研究の知見は、COVID-19重症化におけるNETsの役割、癌転移におけるNETsの関与、自己免疫疾患におけるNETsの病態生理など、様々な疾患におけるNETs研究の臨床応用を技術的に可能にした礎石である。このJoVEビデオフォーマットにより、世界中の研究室がこの技術を直接習得できるようになったことは、その影響力をさらに高めている。
方法
好中球単離プロトコル: 健常ドナーから採取したEDTAまたはヘパリン (10 U/ml) 処理された末梢血24 mlを材料とした。まず、Histopaque-1119を用いた密度勾配遠心により、単核細胞と血漿成分を除去した。この際、800 x gで20分間の遠心分離を行った。次に、Percoll 85%/65%の不連続密度勾配遠心(800 x g、20分)を適用し、85%と65%Percoll層の界面に存在する多形核顆粒球画分を採取した。細胞の活性化を避けるため、全ての操作は4°Cの低温で行い、Ca²⁺/Mg²⁺フリーのHBSS (Hank’s Balanced Salt Solution) を使用した。単離された好中球の純度は、May-Grünwald-Giemsa (MGG) 染色とフローサイトメトリー(CD16⁺CD15⁺表面マーカーの発現確認)により評価され、通常95%以上の純度を達成した。細胞数は血球計算盤を用いてカウントした。
NETosis誘導条件: 単離された好中球は、ポリ-L-リジンでコートされた13 mmガラスカバースリップ上に2×10⁵ cells/mlの密度で播種された。培養液はRPMI 1640に10 mM HEPESと0.5% BSA(無血清条件)を添加したものを使用した。NETosisの誘導には、PMAを25-100 nMの最適濃度で2-4時間、37°C、5% CO₂インキュベーター内で刺激した。NADPHオキシダーゼ依存性を確認するため、DPI (diphenyleneiodonium) を共添加した陰性対照も併用した。NETs形成の経時変化を評価するため、Sytox Greenなどの非透過性DNA色素を非固定細胞に添加し、細胞外DNAの検出を行った。
固定と染色: NETsは非常に脆弱であるため、慎重な操作が求められた。細胞は4%パラホルムアルデヒド (PFA) で30分間固定後、0.5% Triton X-100で1分間透過処理された。ブロッキング後、一次抗体として抗ヒストン抗体(H2A-H2B-DNA複合体に特異的なPL2-6クローン)、抗好中球エラスターゼ抗体、抗MPO抗体を使用し、37°Cで1時間インキュベートした。その後、蛍光標識二次抗体とDAPI (4’,6-diamidino-2-phenylindole) でDNAを染色した。
光学顕微鏡: 染色されたサンプルは共焦点顕微鏡 (Leica TCS SP) を用いて観察された。NETsは、DAPIによるDNA染色、抗ヒストン抗体、および抗NE抗体による蛍光シグナルが共局在する線維状構造として定義された。z-スタック画像取得により、NETsの三次元構造が解析された。統計解析には、Mann-Whitney U testが用いられた。
電子顕微鏡: SEM観察のため、細胞は2.5%グルタルアルデヒドで後固定され、オスミウム酸とタンニン酸で処理された後、エタノール系列で脱水され、クリティカルポイント乾燥機で乾燥された。その後、5 nmの白金/カーボン層で表面をコートし、SEMで観察した。TEM観察では、ルテニウムレッド固定法を用いることで、脱凝縮したクロマチン構造が保持され、顆粒成分との混合状態が高解像度で可視化された。
細菌相互作用アッセイ: GFP標識した黄色ブドウ球菌 (Staphylococcus aureus) または赤痢菌 (Shigella flexneri) をPMA刺激好中球と30分間共培養し、NETsと細菌の物理的結合をライブイメージングにより観察した。SEMでも細菌とNETsの直接的な物理的捕捉が確認された。