- 著者: Yuxiao Zheng, Qi Wang, Chen Dong, Qiong Wang, Mingshun Han, Haiqing Zhao, Shuang Wang, et al.
- Corresponding author: Huiru Tang, Bin Wei, Hongyan Wang (Fudan University / Shanghai Institute of Biochemistry and Cell Biology, CAS)
- 雑誌: Nature Cancer
- 発行年: 2026
- Epub日: 2026-05-19
- Article種別: Original Article
- PMID: 42303776
背景
腫瘍微小環境(TME: tumor microenvironment)における腫瘍関連マクロファージ(TAM: tumor-associated macrophage)の免疫抑制機能は癌治療の主要な障壁である。TMEは乳酸・グルコース・グルタミン・脂肪酸・コレステロールといった代謝物に富み、これらがマクロファージの機能的可塑性を規定する(Arner et al. 2023)。コレステロールはT細胞増殖やマクロファージ炎症を調節し、さらにオキシステロールに代謝されることで免疫細胞機能に多面的に作用することが知られている。先行研究では、コレステロールエフラックスの遮断(Abcg1欠損)がTAMを炎症性表現型へと誘導して腫瘍増殖を抑制すること(Sag et al. 2015)、また25-ヒドロキシコレステロール(25-OHC)がコレステロール25-水酸化酵素(CH25H)依存的に産生されてARG1発現を亢進させ、TAMの免疫抑制機能を強化することが示されていた(Xiao et al. 2024)。さらに骨髄由来マクロファージ(BMDM: bone marrow-derived macrophage)の免疫代謝再プログラミングが抗腫瘍免疫調節の鍵を握ることが近年明らかにされている(Lin et al. 2023)。しかしながら、TMEにおいてコレステロールが抗腫瘍性オキシステロールを産生し得るかどうか、またその分子機序については未解明であり、TMEが誘導する脂質代謝スイッチと免疫制御の関係は手が及んでいなかった。PID1(ホスホチロシン相互作用ドメイン含有タンパク質1: phosphotyrosine-interaction domain-containing protein 1)は肝細胞・脂肪細胞・グリア細胞において低密度リポタンパク受容体(LDLR: low-density lipoprotein receptor)発現およびリポタンパク取り込みを制御することが知られていたが(Fischer et al. 2018)、TAMにおけるPID1の機能は不明であった。本研究では、TAMに高発現するPID1が脂質代謝を制御し、異なるオキシステロール種の産生を規定するという仮説を検証した。
目的
ヒト汎癌scRNA-seqデータおよびマウス腫瘍モデルを用いてTAMにおけるPID1の発現と機能を解析し、PID1欠損がLDLR-コレステロール-ROS-オキシステロール軸を介してTAMの表現型をどのように転換させるか、そのメカニズムとともに抗腫瘍効果を明らかにする。また、PID1欠損の模倣として産生されるオキシステロール(5α,6α-EC)と化学療法の相乗効果を検証する。
結果
所見1 - PID1発現のTAM特異性とTME誘導:
単一細胞RNA-seq(scRNA-seq)データ解析により、大腸癌(CRC: colorectal cancer)患者10例(10,694細胞)・肝細胞癌(HCC: hepatocellular carcinoma)患者6例(7,074細胞)のTAMがPID1を高発現することが示された(Fig. 1a)。MC38皮下腫瘍モデル(マウス12匹、51,252細胞)でも同様の結果が得られた(Fig. 1b)。HCC患者のscRNA-seqデータ(n=584例 血液/n=598例 腫瘍)では、腫瘍浸潤単球/マクロファージの血液対応細胞と比べてPID1発現が有意に高く(p<0.0001、Mann-Whitney検定、Fig. 1e)、傍腫瘍組織のマクロファージに比べてTAMでPID1タンパク質発現が上昇していた(n=7例、two-sided paired t検定、Fig. 1f)。骨髄由来マクロファージ(BMDM)をMC38・Hepa1-6・B16-F10・LLCの腫瘍細胞馴化培地(C.M.: conditioned medium)で処理すると36時間以内にPID1発現が顕著に上昇し(n=3、one-way ANOVA、Fig. 1h)、pH 6.6の酸性条件でも同様であった(Fig. 1i)。腫瘍壊死因子(TNF)およびNF-κB阻害剤JSH-23によるPID1誘導の阻止により、酸性pH・TNF・NF-κBがPID1発現を駆動する主要シグナルと同定された(Fig. 1j,k)。
所見2 - Pid1骨髄条件ノックアウトマウスでの多癌種腫瘍抑制:
LysM-CreによるPid1条件ノックアウト(CKO: conditional knockout)マウスではMC38皮下腫瘍の増殖が有意に抑制され(Pid1野生型(WT)マウスn=10 vs. Pid1 CKOマウスn=9、robust ANOVA、Fig. 2a,b)、腫瘍内CD8+ T細胞の割合が増加し(n=7、p<0.05、Fig. 2d)、インターフェロンγ(IFNγ)産生CD8+ T細胞の割合も増加した(n=7、Fig. 2e)。抗CD8抗体による全身CD8+ T細胞除去により腫瘍増殖差が消失したことから(n=6/8、Fig. 2f)、CD8+ T細胞依存的な機序が確認された。Hepa1-6(n=9/11)・B16-F10(n=8)の皮下腫瘍モデルでも同様の腫瘍抑制が認められた(Fig. 2g)。さらに直腸・肝臓・皮膚の同所性腫瘍モデル(MC38/プラスミド誘発/YUMM1.7)でもPid1 CKOマウスで腫瘍増殖が有意に抑制され、全3モデルでCD8+ T細胞浸潤増加とIFNγ産生亢進が確認された(Fig. 2l-n)。
所見3 - PID1欠損によるmTOR-STAT6-ARG1軸の抑制とマクロファージ表現型転換:
Pid1 CKO TAMでは、MC38・B16-F10・Hepa1-6皮下腫瘍および4種類の同所性腫瘍モデルすべてでARG1タンパク・mRNA発現が低下した(Fig. 3a,b)。in vitroでもC.M.またはIL-4/IL-13刺激Pid1 CKO BMDMでArg1 mRNA・タンパク発現が低下した(n=3-4、Fig. 3c,d)。Pid1 CKO腫瘍内では腫瘍間質液(TIF: tumor interstitial fluid)中L-アルギニン濃度が有意に高く(n=5-6、two-sided unpaired t検定、Fig. 3e)、ARG1依存的な免疫抑制の解除が示された。RNA-seq KEGG解析により、JAK-STAT・PI3K-AKT・mTOR経路の有意な変化が同定された(Fig. 3f)。Pid1 CKO TAMではSTAT6・AKTのリン酸化が低下し(Fig. 3g)、STAT6阻害剤AS1517499によってArg1発現が両群で同等レベルまで低下した(n=4-6、robust ANOVA、Fig. 3h)。Pid1 CKO TAMではIl1b・Il6が上昇しIl10が低下した(n=7-10、Fig. 3i)。ARG1阻害剤CB-1158によってPid1 WT-CKO間の腫瘍増殖差が消失し(n=6、Fig. 3m)、siRNA Arg1ノックダウンBMDMとのCD8+ T細胞共培養でIFNγ産生が増加し両群差が消失した(n=4、two-way ANOVA、Fig. 3n)。ヒトHBMC由来マクロファージのPID1 siRNAノックダウンでもARG1低下・IL1B上昇・IL10/MRC1低下が確認された(n=4、Fig. 3o,p)。
所見4 - LDLR上昇→遊離コレステロール蓄積→活性酸素種(ROS)増加→オキシステロール産生:
RNA-seqのKEGG代謝経路解析では脂質代謝関連遺伝子が最も多く変動していた(25遺伝子、Fig. 4a)。Pid1 CKO TAMでは細胞膜LRP1が低下しLDLRが上昇し(n=3、Fig. 4b,c,d)、scRNA-seqデータでもPID1陰性TAMでLDLR発現が高かった(CRC n=18、HCC n=14、Fig. 4e)。質量分析(MS: mass spectrometry)ではPid1 CKO TAMでコレステロールエステル(CE: cholesterol ester)含量が有意に低下し(n=3、Fig. 5a)、遊離コレステロール含量が増加した(MS n=5・filipin III染色 n=3、Fig. 5b)。CE加水分解酵素(Lipa・Nceh1)の発現上昇とエステル化酵素(Acat2)の発現低下が確認された(Fig. 5c)。オキシステロールプロファイルでは、25-OHCは変化せず、5α,6α-エポキシコレステロール(5α,6α-EC: 5α,6α-epoxycholesterol、n=4)と7α/7β-ヒドロキシコレステロール(7α/7β-OHC、n=5)が有意に上昇した(Fig. 5i)。CM-H2DCFDAアッセイにより、Pid1 CKO TAMで活性酸素種(ROS: reactive oxygen species)上昇が確認された(n=5-7、Fig. 6a,b)。H2O2処理によってArg1発現がPid1 WTとCKOで同等レベルに低下し(n=4、robust ANOVA、Fig. 6c)、ROS産生関連遺伝子(Cybb・Gsr・Acox1)が上昇していた(n=4-5、Fig. 6d)。7β-OHC(300 nM)・5α,6α-EC(1 μM)処理でARG1 mRNA・タンパクが用量依存的に低下し(Fig. 6g,h)、STAT6リン酸化が抑制された(Fig. 6i)。ラパマイシン(100 nM)によるmTOR阻害でArg1低下効果が消失し(Fig. 6k,l)、mTOR-STAT6軸の関与が確認された。
所見5 - 5α,6α-ECと5-フルオロウラシル(5-Fu)の相乗的抗腫瘍効果:
5α,6α-EC単独でもMC38皮下腫瘍の増殖を有意に抑制し(Extended Data Fig. 7a)、5-Fu(40 mg/kg i.p. day10,12,15,18)との併用では5-Fu単独より腫瘍縮小効果が相乗的に増強した(n=5-7、robust ANOVA、Fig. 7a,b)。腫瘍内CD8+ T細胞割合とIFNγ産生も増加した(Fig. 7c)。抗CSF1Rにより腫瘍内マクロファージを除去するとオキシステロールによる腫瘍抑制効果が消失し(n=6、Fig. 7d)、マクロファージ依存性が証明された。
考察/結論
本研究はこれまでに報告されてきたコレステロール-オキシステロール代謝とTAM免疫機能の関係に対して重要な新知見を加えた。先行研究では、コレステロールエフラックス阻害によるABCG1欠損がTAMを炎症性表現型へ誘導すること(Sag et al. 2015)、また25-OHC(CH25H酵素依存性)がIL-4/IL-13を介してARG1発現を上昇させTAM免疫抑制を促進することが示されており(Xiao et al. Immunity 2024)、コレステロール-オキシステロール軸は免疫抑制方向に作用するとされていた。これと異なり、本研究で初めて、同じコレステロールを起点とする別の経路、すなわちROS依存的な酵素非依存的経路で産生される5α,6α-ECと7β-OHCが、免疫抑制性TAMを抗腫瘍性TAMへと転換させることが示された。この新規な発見は、TAMにおけるオキシステロール産生経路の二重性という概念を確立するものであり、本研究で初めて明らかにされた重要な生物学的知見である。
PID1欠損の分子カスケードとしては、PID1→LRP1の相互作用消失→細胞膜LRP1低下(シェディング)→LDLR上昇→LDL取り込み増加→CE減少と遊離コレステロール蓄積→ROS増加(Cybb/Acox1/Gsr活性化、Gpx1低下)→コレステロール非酵素的酸化→5α,6α-ECおよび7β-OHC産生→mTOR-STAT6-ARG1軸の阻害という一貫したメカニズムが解明された。この経路はPID1陽性TAMが免疫抑制的である一方、PID1陰性TAMが抗腫瘍的である(C1QC+/SPP1+クラスタ vs. NLRP3+/ISG15+クラスタ)ことと整合的である。ARG1はTME内アルギニンを枯渇させてCD8+ T細胞増殖・活性化を抑制するが(Zhu et al. CancerCell 2025)、PID1欠損によってTIF中アルギニン濃度が回復し免疫監視機能が再活性化された。さらに、Kloosterman et al. Cell 2023が指摘するTAMの可塑的エコシステム内での役割に照らし合わせると、PID1はTAMの免疫表現型を規定する新たなスイッチとして位置付けられる。加えて、マクロファージ除去実験により5α,6α-ECの抗腫瘍効果がマクロファージ依存的であることが証明されており、腫瘍免疫制御におけるマクロファージ中心性を強調するChow et al. CancerCell 2021の知見と符合する。
臨床応用の観点では、NCT03689192・NCT02903914・NCT05759923など複数のARG1標的臨床試験が進行中であり、PID1-ARG1軸への介入は既存の免疫療法と補完的に作用しうる。特に、脂質ナノ粒子封入siRNAによるTAM特異的PID1標的デリバリーは全身毒性を最小化した治療戦略として有望である。また、5α,6α-ECと5-Fuの相乗効果はPID1を標的とする免疫代謝的アプローチが化学療法の効果を増強し得ることを示しており、bench-to-bedsideへの移行を加速させる根拠となる。
残された課題として、5α,6α-ECおよび7β-OHCの直接的結合パートナーとmTORシグナルへの影響の詳細な分子機序(サブセルラー局在の追跡プローブが未開発であるため)、PID1欠損によるROS上昇がマクロファージ貪食能や宿主-病原体防御にどう影響するか、また男女差・がん腫瘍サブタイプによるARG1療法の奏効予測バイオマーカーの同定が挙げられる。さらに今後の検討として、複数の臨床試験で蓄積されるデータをもとに、PID1低発現TAMの割合を予測的バイオマーカーとして活用する層別化戦略の開発が求められる。
方法
本研究はC57BL/6バックグラウンドのPid1フロックスドマウスをLyz2-Creマウスと交配した骨髄特異的Pid1 CKOマウス(雌雄、7-25週齢)を主要動物モデルとして使用し、IACUC(プロトコルIBCB0057)の承認下で実施された。皮下腫瘍モデルにはMC38(5×10^5/100μl)・B16-F10(5×10^5/100μl)・Hepa1-6(5×10^6/100μl)・YUMM1.7(5×10^5/100μl)を用い、同所性モデルとしてAOM/DSS誘発大腸腫瘍・MC38直腸移植・プラスミド誘発肝臓腫瘍(myr-AKT1/N-RasV12/トランスポゼース)を採用した。BMDM分化にはRPMI 1640+10% FBS+M-CSF(20 ng/ml)で5-6日間の培養を行った。5-Fu(40 mg/kg i.p.)および5α,6α-EC(70 mg/kg)はday10以降に投与した。CD8+ T細胞除去には抗CD8α抗体(200μg i.p.)、マクロファージ除去には抗CSF1R抗体(500μg i.p.)を使用した。脂質・オキシステロールのプロファイリングはQTRAP MS(QTRAP 6500+、ダイナミックスケジュールドMRM)で行い、オキシステロールはピコリン酸誘導体化後に定量した。RNA-seqはBGIseq500プラットフォーム(ペアエンド100 bp)で実施し、HISAT2(v2.0.4)でマッピング、DESeq2(v1.4.5)でDEG解析を行った。統計解析はPrism v10またはR v4.5.1を使用し、Shapiro-Wilk検定で正規性を確認した上で、two-sided paired/unpaired t検定、one-way/two-way ANOVA、robust ANOVA(Welch’s one-way ANOVA・ランクベース two-way ANOVA・White’s不均一分散共分散行列推定)、Mann-Whitney検定、Welch’s t検定、Spearman相関解析を適用した。細胞内ROS測定にはCM-H2DCFDA(5μM)、遊離コレステロールにはFilipinIII(50 μg/ml)、脂質ドロップレットにはBODIPY 493/503(2μM)を使用した。フローサイトメトリーはLSRFortessaまたはFACSAria Fusionで実施した。