• 著者: Yinghua Zhu, Ziwei Zhou, Xin Du, Xiaorong Lin, Zhi-Mei Liang, Si Chen, Yiwei Sun, Yue Wang, Zhenkun Na, Zhiyong Wu, Jiaxin Zhong, Beinan Han, Xiangping Zhu, Wenkui Fu, Hongde Li, Man-Li Luo, Hai Hu
  • Corresponding author: Hai Hu (Zhejiang Cancer Hospital, Hangzhou Institute of Medicine, Chinese Academy of Sciences, Hangzhou, China); Man-Li Luo (Sun Yat-Sen Memorial Hospital, Sun Yat-Sen University, Guangzhou, China); Hongde Li (Hangzhou Institute of Medicine, Chinese Academy of Sciences, Zhejiang Cancer Hospital, Hangzhou, China)
  • 雑誌: Cancer Cell
  • 発行年: 2025
  • Epub日: 2025-04-10
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 40185095

背景

腫瘍微小環境(TME)における代謝再プログラミングは、腫瘍の進行と免疫回避の主要なドライバーとして認識されている。アルギニンは、癌細胞の増殖に必須である一方で、T細胞のエフェクター機能を増強し、逆に腫瘍関連マクロファージ(TAM)のプロ腫瘍性極性化にも寄与するという、一見矛盾した役割が報告されてきた。例えば、Geiger et al. Cell 2016は、L-アルギニンがT細胞の代謝を調節し、生存と抗腫瘍活性を高めることを報告している。しかし、TME内のアルギニン代謝の全体的な正味の効果を決定する主要な細胞間クロストークは未解明であり、特に「アルギニンを介したT細胞の活性化」と「アルギニンを燃料とするTAMの極性化」のどちらが優位な結果を支配するのかが中心的な課題として残されていた。また、マクロファージの生物学に関する研究(Wynn et al. 2013)では、その多様な機能が示されているが、TMEにおけるアルギニン代謝がマクロファージの極性化にどのように影響し、それが免疫回避にどのように寄与するのかについては、詳細なメカニズムが不足していた。さらに、代謝とエピジェネティクスが癌において双方向的な関係を持つことが示唆されている(Izzo et al. 2021)が、アルギニン代謝産物がマクロファージのエピゲノムを再構築する具体的な経路については、知識ギャップが残されている。従来のパラダイムでは、腫瘍細胞によるアルギニン消費がT細胞の飢餓を引き起こし、免疫抑制を誘導すると考えられてきた(Rodríguez et al. 2004)。しかし、本研究は、癌細胞がアルギニンドナーとして機能する可能性を探ることで、この理解をさらに深めることを目指す。本研究は、この複雑な代謝クロストークを解明し、乳癌の進行におけるアルギニンの役割を深く理解することを目的とした。

目的

乳癌TMEにおけるアルギニン代謝の正味のプロ腫瘍効果を解読し、癌細胞とマクロファージ間の代謝クロストークを介してアルギニンが免疫回避を駆動する分子経路を同定すること。これにより、標的化可能な治療ノードを提示することを目的とする。具体的には、癌細胞がTMEにおけるアルギニンの主要な供給源であるという仮説を検証し、癌細胞由来のアルギニンが腫瘍関連マクロファージ (TAM) のポリアミン生合成を促進し、プロ腫瘍性M2極性化を誘導するメカニズムを明らかにすることを目指した。さらに、このメカニズムがCD8+T細胞の抗腫瘍活性を抑制し、免疫回避を促進する経路を、特にポリアミン、p53シグナル伝達、チミンDNAグリコシラーゼ(TDG)依存性のDNA脱メチル化、およびPPARγの発現上昇という観点から詳細に解明する。最終的に、このアルギニン-ポリアミン-TDG軸を標的とすることが、乳癌の増殖を有意に抑制できる治療戦略となり得るかをin vivoモデルで評価する。

結果

患者血清アルギニン濃度とTNM病期の正相関: 608例の乳癌患者血清を解析した結果、アルギニン濃度はTNM病期の進行と有意に正相関し(p < 0.0001)、特にステージIVの患者で顕著であった (Figure 1A-C)。この傾向はER/PR/HER2サブタイプを横断して共通して認められた。これは、アルギニン代謝の異常が乳癌の進行に重要な役割を果たす可能性を示唆する。血清アルギニン濃度はステージ0で平均70 µMであったのに対し、ステージIIIでは平均138 µMと有意に高値を示した (Figure 1H)。

癌細胞がTMEにおけるアルギニンの主要な供給源であることの同定: scRNA-seq解析により、アルギニン生合成の主要酵素であるASS1(argininosuccinate synthetase 1)は、癌上皮細胞、特に基底細胞に最も強く発現していることが明らかになった(ASS1hi集団)(Figure 1E, F)。TME内のアルギニン産生の約48.5%を癌細胞が担っており、TAM、線維芽細胞、内皮細胞よりも優位であった (Figure 1G)。免疫組織化学(IHC)染色では、原発腫瘍におけるASS1陽性上皮細胞の割合が高いほど予後不良と関連していた (Figure 1H-J)。これらの結果は、癌細胞由来のアルギニンが乳癌の進行に寄与する可能性を示唆する。

アルギニン投与の免疫細胞依存的な腫瘍促進効果: BALB/c免疫適格マウス (n=6 mice/group) にアルギニンを腹腔内投与すると、4T1腫瘍の増殖が有意に促進された(p < 0.05)(Figure 2A-C)。しかし、ヌードマウス (n=6 mice/group) ではこの効果が消失した (Figure 2G-I)。同様の結果はEO771マウス乳癌同種移植モデルでも観察された。この逆説的な発見は、アルギニンの腫瘍促進効果がT細胞の存在下で発揮されることを示唆し、免疫回避機構の介在を示唆する。

Ass1 KDによる癌細胞-TAMクロストークの減弱: 4T1細胞におけるAss1のノックダウン(KD)は、TAMのプロ腫瘍性極性化(Arg1、Mrc1、PPARγ標的遺伝子の発現)を有意に減弱させ、WT腫瘍と比較してM2様TAMの比率を低下させた。アルギニンを補充すると、この極性化表現型は回復した (Figure 2D-F)。scRNA-seqに基づくリガンド-レセプターおよび代謝フラックス解析により、癌細胞とマクロファージ間のアルギニン-ポリアミン代謝経路が、他の細胞ペア(癌細胞-T細胞、癌細胞-線維芽細胞)を上回る主要なクロストークとして特定された (Figure 2M)。この解析では、癌細胞とマクロファージ間の相互作用強度が最も高く、特にアルギニン代謝において顕著であった。

スペルミン-p53-TDG-DNA脱メチル化-PPARγ経路の同定: 癌細胞由来のアルギニンを取り込んだTAMは、オルニチン脱炭酸酵素 (ODC) を介してスペルミジン、さらにスペルミンへと至る経路を活性化させた (Figure 5A-C)。スペルミンは、p53シグナル伝達を介してTDG(thymine DNA glycosylase)の発現を上方制御し、TDGを介した5mCから5caCへの変換により、PPARγプロモーター領域のDNA脱メチル化を誘導した (Figure 6E-H)。これにより、PPARγの発現と下流のM2遺伝子群(Arg1、Mrc1、Cd163)の活性化が駆動された (Figure 6I-K)。TAM特異的Pparg KOマクロファージでは、アルギニン/スペルミン処理を行ってもプロ腫瘍性極性化は起こらず、PPARγがこの経路のボトルネックであることが示された。スペルミン処理により、TAMにおけるCD163+細胞の割合は42.4%から69.1%に有意に増加した (Figure 5I, J)。

アルギニンによるT細胞活性化効果とTAM極性化効果の比較: アルギニンによるCD8+T細胞活性化の増強は測定可能であったが、in vivoでは同じアルギニンによるTAMを介した免疫抑制が量的に優位であり、正味の効果は免疫回避であった (Figure 4I-N)。ASS1高発現腫瘍では、疲弊したCD8+T細胞が有意に多く、活性化CD8+T細胞が減少していた (Figure 4L-N)。

アルギニン-ポリアミン-TDG軸の標的化による治療効果: オルニチン脱炭酸酵素 (ODC) 阻害剤DFMOとTDG shRNAの併用により、4T1/EO771腫瘍の増殖が著明に抑制され(p < 0.001)、CD8+T細胞の浸潤が増加し、M2/M1比が逆転した (Figure 7H-N)。DFMO単独投与群では腫瘍体積が対照群と比較して約50%減少した (Figure 7I)。これは、この軸の標的化が乳癌治療の有望な戦略であることを示唆する。

考察/結論

本研究は、TMEにおけるアルギニン代謝の矛盾した正味の効果を「癌細胞からTAMへのポリアミンクロストーク」の量的優位性によって説明した決定的なメカニズム研究であり、アルギニン補充が免疫療法のアジュバントになり得るかという長年の議論に否定的な証拠を提供した。

先行研究との違い: 従来、「腫瘍によるアルギニン消費によるT細胞飢餓」というパラダイム(Rodríguez et al. 2004)とは異なり、本研究は癌細胞がASS1を高発現することでアルギニンドナーとして機能することを明らかにした。これは、TMEにおけるアルギニン代謝の役割に関するこれまでの理解を覆す新規な知見である。また、Geiger et al. Cell 2016の「アルギニンがT細胞の生存と抗腫瘍性を促進する」という報告と対照的な結果を示し、文脈依存的な正味の効果の違いを初めて調停した。

新規性: 本研究で初めて、代謝シグナルがマクロファージのエピゲノムを再構築するメカニズム的リンク、すなわちポリアミン、特にスペルミンがp53シグナル伝達を介してTDGの発現を上昇させ、PPARγプロモーターのDNA脱メチル化を誘導するという、これまでに報告されていないエピジェネティック経路を新規に同定した。これは、従来のIL-4/IL-13 - STAT6経路とは異なる、マクロファージ極性化の新たな制御メカニズムである。さらに、p53がTAM内においてTDGの発現上昇を介してプロ腫瘍性極性化を駆動するという非典型的な機能を持ち、PPARγのエピジェネティックなアクセス可能性がM2極性化の律速段階であることも明らかにした。

臨床応用: 本知見は、乳癌治療におけるいくつかの臨床的含意を有する。第一に、免疫療法や悪液質で提案されてきたアルギニン補充は、乳癌において禁忌となる可能性が示唆される。第二に、神経芽腫で臨床試験中のポリアミン阻害薬DFMO(エフロルニチン)を、乳癌のTAM標的療法として再利用する可能性が考えられる。第三に、現在前臨床段階にあるTDG特異的阻害剤を免疫腫瘍学領域に応用する道を開く。第四に、血清アルギニンを層別化バイオマーカーとして利用し、高値の患者に対してポリアミン経路阻害剤を優先的に投与する層別化戦略が考えられる。これらの知見は、乳癌の精密医療戦略への臨床応用を促進する可能性がある。

残された課題: 今後の検討課題として、本研究が主に原発腫瘍に焦点を当てているため、転移性ニッチ(肺、骨、肝臓など)での同様の経路の関与は未検証である。また、ヒトTAMのex vivo極性化実験は限定的であり、臨床検体由来TAMでのPPARγ-TDG軸の確認にはさらなるコホート研究が必要である。p53野生型系統を中心に研究が行われたため、p53変異型(トリプルネガティブ乳癌に多い)での経路依存性は要検証である。ポリアミン生合成はマクロファージ以外の細胞(癌細胞自身、線維芽細胞)にも存在するため、その特異性は完全ではないというlimitationも存在する。アルギニンの他の代謝経路(一酸化窒素、プロリン、クレアチンなど)への寄与は定量されていない。

方法

本研究は、608例の乳癌患者血清コホート、ヒトおよびマウス乳癌のシングルセルRNAシーケンス(scRNA-seq)データ(Wu et al. NatGenet 2021および本研究)、ならびに4T1(BALB/cマウス)およびEO771(C57BL/6マウス)同種移植モデル(免疫適格マウスおよびヌードマウス)を用いたトランスレーショナル癌研究としてデザインされた。

主要な実験手技は以下の通りである。

  1. 患者血清解析: 608例の乳癌患者の血清アミノ酸をターゲット質量分析法で測定し、TNM病期との相関を評価した。
  2. scRNA-seqによる代謝源マッピング: 既存のヒトおよびマウス乳癌scRNA-seqデータを用いて、アルギニン生合成の主要酵素であるASS1(argininosuccinate synthetase 1)を含むアルギニン代謝酵素の細胞型分布を解析し、代謝フラックスを推定した。細胞クラスタリングと統合にはHao et al. Cell 2021のSeuratパイプラインとKorsunsky et al. NatMethods 2019のHarmonyアルゴリズムが用いられた。
  3. In vivoアルギニン投与試験: BALB/c免疫適格マウスとヌードマウスにアルギニンを腹腔内投与し、4T1腫瘍の増殖を比較した。
  4. Ass1遺伝子介入: 癌細胞におけるAss1のshRNAによるノックダウン(KD)とアルギニン補充を行い、腫瘍増殖とTAMの極性化を評価した。CRISPR-Cas9システムを用いてMDA-MB-231細胞のAss1遺伝子を標的とした。
  5. 癌細胞-マクロファージ共培養: 骨髄由来マクロファージ(BMDM)と4T1細胞のコンディショニング培地(CM)を用い、ポリアミン(プトレシン、スペルミジン、スペルミン)の添加または阻害がM1(Nos2, Il1b)対M2(Arg1, Mrc1)マーカーの発現に与える影響を評価した。
  6. エピジェネティック経路の解明: TDG(thymine DNA glycosylase)のshRNAによるKDと過剰発現、p53の活性化、およびPPARγの発現制御(ChIP、DNAメチル化のRRBS解析)を詳細に解析した。TDG活性はEpigenase™ Thymine DNA Glycosylase (TDG) Activity assay kitを用いて測定した。
  7. 薬理学的介入: TDG阻害剤とポリアミン生合成阻害剤(DFMO、オルニチン脱炭酸酵素 (ODC) 阻害剤)のin vivoでの治療効果を評価した。

エンドポイントは、血清アルギニンとTNM病期の相関、TAM極性化マーカー、CD8+T細胞機能、腫瘍増殖、およびPPARγ標的遺伝子発現であった。統計解析にはExcelソフトウェアとGraphPad Prism 9を使用し、p < 0.05を有意差ありと判断した。細胞株としてMDA-MB-231、4T1、EO771、THP-1、293T細胞を使用し、マウスモデルにはNOGマウス、BALB/cヌードマウス、C57BL/6マウス、BALB/cマウスを用いた。ヒト乳癌組織サンプルおよび血液は、中山大学孫逸仙記念病院および汕頭市中心病院から収集した。