• 著者: Xin Li, Kavita Rawat, Claudia V. Jakubzick
  • Corresponding author: Claudia V. Jakubzick (Department of Microbiology and Immunology, Dartmouth College, Hanover, NH, USA)
  • 雑誌: Nature Immunology
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-08-05
  • Article種別: Commentary
  • PMID: 34354280

背景

肺胞マクロファージ (alveolar macrophage: AM) は、肺の気道表面に常在する特殊な組織常在型マクロファージ (TRM) である。その主要な機能は、余剰なサーファクタントの処理、細胞残渣の除去、および吸入された病原体の排除を通じて、ガス交換に最適な気道環境を維持することである。発生学的には、AMは胚の卵黄嚢および胎仔肝由来の前駆細胞から分化し、出生後は主に自己増殖によって生涯を通じて維持されることが知られている。これに対し、肺に存在するもう一つの主要な常在型マクロファージ集団である間質マクロファージ (IM) は、成体の骨髄由来循環単球によって徐々に補充される。AMとIMは、機能、局在(気道面と間質)、表現型、転写プロファイル、および発生起源においてそれぞれ異なる独立した集団であり、これまでに少なくとも4種のIMサブセットが同定されている。さらに、近年の報告では、ヒトAM集団においても少なくとも10以上のサブタイプが同定されており、その一部は炎症促進性、別の一部は抗炎症性・免疫調節性という機能的多様性を示すことが明らかにされている。

腫瘍微小環境 (TME) 内の腫瘍関連マクロファージ (TAM) は、組織常在型 (TRM) と単球由来型 (MDM: monocyte-derived macrophage) の2大カテゴリーに分類され、そのサブセットによって抗腫瘍作用と促腫瘍作用という相反する役割を持つことが示されている。これは、TAMの多様性が腫瘍の進行に複雑な影響を与えることを示唆する。重要な先行研究として、乳癌モデルでは肺常在IMが原発腫瘍での腫瘍進展支援に関与する一方で、MDMが転移促進と腫瘍排除の双方に関与すること (Loyher et al. 2018) が報告されている。また、膵管腺癌 (PDAC) では、胚由来(卵黄嚢由来)常在マクロファージが単球由来TAMと比較して腫瘍促進的であることが示されていた (Zhu et al. 2017)。これらの知見は、「促腫瘍的TAMサブセットは臓器・癌種によって異なり、個別に同定する必要がある」というパラダイムを確立した。しかし、非小細胞肺癌 (NSCLC) において肺に特有のAMが早期腫瘍進展で果たす役割は未解明であった。AMはむしろサーファクタント代謝や感染防御に特化した細胞として認識されており、その腫瘍促進的役割はこれまであまり想定されていなかったため、この知識ギャップが残されていた。本稿は、この未開拓な領域に焦点を当てたCasanova-Acebesらの研究を紹介し、NSCLCにおけるAMの新たな役割を提示するものである。

目的

本News & Viewsは、Casanova-AcebesらのNature誌論文 (2021) を紹介・解説し、非小細胞肺癌 (NSCLC) の早期腫瘍進展において肺胞マクロファージ (AM) が促腫瘍的に機能するという新知見を論じることを目的とする。具体的には、AMが腫瘍微小環境において転写プロファイルを変化させ、上皮間葉転換 (EMT) の誘導や免疫抑制性制御性T細胞 (Treg) の分化促進を通じて腫瘍の進行を支援するメカニズムを明らかにする。さらに、本稿は、腫瘍関連マクロファージ (TAM) サブセット特異的かつ腫瘍進展ステージ依存的な標的治療戦略の意義を強調し、今後の研究課題と臨床応用への展望を示すことを目的とする。この解説を通じて、NSCLCにおける新たな治療標的としてのAMの可能性と、その標的化における課題を提示する。

結果

scRNA-seqによるヒト・マウスTAMの4クラスター同定と早期腫瘍AMの転写プログラム変化: Casanova-Acebesらの研究では、ヒトNSCLCおよびKras G12D/p53欠損マウス肺腺癌 (Kpモデル) のscRNA-seqデータをヒト・マウス間で統合解析した結果、マクロファージ・単球は4つの主要クラスターに分類され、ヒト・マウス間で対応関係が確認された (Fig. 1a)。クラスター1 (TRM: 組織常在型マクロファージ) は、AMの特徴的シグネチャー遺伝子であるPPARG、MARCO、FABP4を発現する肺胞マクロファージとして同定された。クラスター2 (MDM: 単球由来マクロファージ) は残りの全TAMを包含し、間質マクロファージと動員マクロファージの混合を表す。クラスター3はCD14+古典的単球、クラスター4はCD16+非古典的単球に対応した。バルクRNA-seqを用いた詳細発現解析では、健常肺AMと早期腫瘍AM (腫瘍形成初期段階) との比較で実に1,322遺伝子が差次発現していた。特筆すべきは、Mmp12、Mmp14、Adamdec1といった細胞外マトリックス分解性メタロプロテアーゼをコードする遺伝子が腫瘍AMで特異的に発現上昇しており、これらが腫瘍上皮細胞に対するEMT (上皮間葉転換) 誘導の分子基盤となる可能性が提示された。この早期腫瘍AMの転写プログラム変化は、腫瘍が発生すると組織常在型マクロファージが「再教育」されて促腫瘍的な転写状態に移行することを示す重要な証拠である。

3DアッセイによるAM特異的EMT誘導能と多面的免疫抑制機能の実証: 3Dスフェロイドアッセイを用いたin vitro実験では、腫瘍AMをマウス肺上皮腫瘍細胞と共培養すると、明確なEMT表現型が誘導された。これは、浸潤突起形成、間葉系マーカーの発現増加、および上皮系マーカーの発現低下によって特徴づけられる。決定的に重要な点として、骨髄由来単球 (BMDM) および腫瘍関連MDM (クラスター2) は同条件ではEMTを誘導せず、この促腫瘍的EMT誘導能がAMに特異的であることが明確に示された。この結果は、すべてのTAMが一様に促腫瘍的ではなく、組織常在型のAMのみが持つ特異的な機能であることを実証した点で重要である。早期腫瘍病変内のAMではMHCII、CCL17、TGFβの発現が上昇しており、多面的な免疫抑制機構が活性化されていることが示された。CCL17はCCR4発現T細胞 (Tregを含む) を腫瘍部位に誘引するケモカインとして機能し、TGFβはnaive CD4+ T細胞からTreg (制御性T細胞) への分化転換を促進する免疫抑制性サイトカインである。in vitroアッセイでは、AM刺激存在下でTregの増殖が有意に促進され、免疫抑制性分子CD73 (アデノシン産生に関与) とCTLA-4 (T細胞活性化を競合阻害) の発現上昇が確認された。このAMによるTreg増殖・活性化促進は、腫瘍部位での免疫抑制的なTMEの形成に直接貢献する機構として理解される (Fig. 1b)。

CD169依存的AM選択的枯渇の時間依存的抗腫瘍効果: scRNA-seqデータからAMがMDMと比較してCD169 (Siglec-1) の有意に高い発現を示すことが示されたため、CD169をAM選択的枯渇のマーカーとして利用した。CD169-DTRマウスへの経鼻DT投与 (腫瘍接種0日目と3日目) によりAMが選択的に枯渇した結果、腫瘍内においてIFNγ+TNF+CD8+ CTLの割合が増加し、CD4+ Tregとの比率 (CD8/Treg比) が改善し、腫瘍サイズが有意に縮小した。この早期介入群では、腫瘍サイズが対照群と比較して約50%減少した。一方、腫瘍病変確立後の後期 (12日目と15日目) でのAM枯渇では抗腫瘍効果は得られなかった。この結果は、AMによる免疫抑制が主に早期腫瘍進展段階で機能しており、後期では他のTAMサブセット (MDM等) が免疫抑制の主体となっている可能性を示す。この「時間依存性」は治療戦略設計において極めて重要な含意を持つ。例えば、早期介入時のAM枯渇は、腫瘍内のCD8+ T細胞数を約2倍に増加させ、Treg細胞数を約30%減少させた。

他臓器腫瘍モデルとの比較:促腫瘍TAMサブセットの臓器・ステージ依存性: 本研究に先立つ既報との比較から、促腫瘍的TAMサブセットが臓器・腫瘍種・ステージによって異なることが浮き彫りになった。乳癌モデルでは常在型IMが肺転移促進に、動員MDMが原発腫瘍拡散に関与し、それぞれ異なる標的戦略が必要なことが示されていた (Loyher et al. 2018)。膵管腺癌モデルでは胚由来常在マクロファージが動員MDMより腫瘍促進的であることが示された (Zhu et al. 2017)。NSCLCでは今回のCasanova-Acebesらの研究がAMを早期進展の主要促腫瘍細胞として同定した。なお、ヒトAM集団は10以上の異なるサブタイプに分類できることが最近の研究で明らかにされており、一部は炎症促進性、一部は抗炎症性・免疫抑制性という機能的多様性を持つ。このことは、AMのパン標的戦略ではなくAM内の特定の促腫瘍サブセットへの精緻な標的化が治療的に最適であることを示唆する。

考察/結論

本News & Viewsは、非小細胞肺癌 (NSCLC) の早期腫瘍進展において肺胞マクロファージ (AM) が従来予想に反して促腫瘍的に機能するという新しいパラダイムを論じる。Casanova-Acebesらの研究によって明らかになった重要な概念的進展は、腫瘍微小環境が成熟した免疫抑制状態に至るよりも前の超早期段階 (腫瘍接種0〜3日目) においてAMが免疫環境を免疫抑制的に方向付けてしまうという時間的前優位性である。これは腫瘍免疫療法の介入タイミングとして、従来の「腫瘍が確立されてから」という概念を超えて、発癌早期または術前補助療法の文脈での免疫環境介入を考慮すべきことを示唆する重要な発見である。

先行研究との違い: 本研究の成果は、他臓器モデルとの比較でより深く理解される。乳癌モデルでは組織常在型間質マクロファージ (IM) が肺転移促進に機能する一方で、単球由来マクロファージ (MDM) が腫瘍拡散と排除の双方に関与することが示されていた。また、膵癌モデルでは胚由来常在マクロファージが促腫瘍的に作用することが報告されている。これらと異なり、NSCLCでのAM促腫瘍機能の発見は、臓器特異的な常在型マクロファージが促腫瘍的役割を果たすというパターンを形成しつつも、その詳細な機構 (上皮間葉転換 (EMT) 誘導、制御性T細胞 (Treg) 誘引、Treg増殖促進) はNSCLC固有である。このことは、各臓器・癌種で個別に促腫瘍的TAMサブセットを同定する必要性を示している。

新規性: 本研究で初めて、NSCLCの早期病変において肺胞マクロファージが転写プロファイルを変化させ、メタロプロテアーゼを介したEMT誘導およびTGFβとCCL17を介した免疫抑制性Treg細胞の分化促進という新規のメカニズムを通じて腫瘍進展を支援することを明らかにした。特に、CD169陽性AMの選択的枯渇が腫瘍早期介入時のみ抗腫瘍効果を示すという時間依存性は、これまで報告されていない重要な知見である。

臨床応用: 本知見は、NSCLCの早期段階における新たな治療標的としてのAMの可能性を示唆し、臨床応用に直結する。臨床的意義として、腫瘍が確立される前の段階でのAMを標的とした介入が、免疫チェックポイント阻害剤などの既存の免疫療法に対する感受性を高める可能性が考えられる。これは、早期NSCLC患者の再発予防や治療成績向上に貢献する新規免疫戦略の開発につながる可能性がある。

残された課題: 今後の検討課題として、AMのパン標的療法が正常な肺機能 (サーファクタント処理、感染病原体排除、組織恒常性維持) に不可欠であるため、重篤な肺機能障害を引き起こすリスクがある点が残されている。ヒトAM多様性の最新研究では少なくとも10以上の異なるAMサブタイプが同定されており、一部は炎症促進性、一部は抗炎症性・免疫抑制性という機能的多様性を持つことが示されている。したがって、治療的介入の標的として最適なのは、肺機能に不要でかつ最も強力な促腫瘍機能を持つ特定のAMサブセットへの精緻な標的化である。将来的な課題として、AMサブセット特異的表面マーカーの同定、AMの転写プロファイルに基づく促腫瘍/抗腫瘍の分類法の確立、そしてNSCLC患者での腫瘍初期病変AM状態のモニタリングによる治療応答予測が挙げられる。早期NSCLC (例: 術後補助療法段階) での促腫瘍AMサブセット標的治療が、再発予防の新規免疫戦略として実現可能かを検討する前臨床・臨床研究が今後必要とされる。

方法

本稿は、Casanova-AcebesらのNature誌論文 (2021) を紹介・解説するNews & Views (Commentary) であるため、著者ら自身による実験は実施されていない。紹介論文の主要な実験手法は以下の通りである。

患者検体および動物モデル: ヒト非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者由来の腫瘍組織および非腫瘍組織が解析に用いられた。マウスモデルとしては、Kras G12D変異とp53欠損を有する肺腺癌モデル (Kpモデル) が使用された。このモデルでは、Kras G12D Trp53fl/fl肺上皮細胞を気管内注入することにより腫瘍を誘導した。

単一細胞RNAシーケンス (scRNA-seq) 解析: ヒトNSCLCおよびKpマウスモデルから得られた肺組織中のマクロファージおよび単球集団に対してscRNA-seqが実施された。このデータは、マクロファージ・単球の4つの主要クラスターへの分類、およびヒト・マウス間での対応関係の確認に用いられた。また、バルクRNA-seqデータとの統合解析も行われ、健常肺AMと早期腫瘍AM間の差次発現遺伝子が特定された。

in vitro機能アッセイ: 3Dスフェロイドアッセイが用いられ、マウス肺上皮腫瘍細胞と腫瘍AM、骨髄由来単球 (BMDM)、または腫瘍関連MDM (クラスター2) との共培養により、上皮間葉転換 (EMT) 誘導能が評価された。EMTの評価は、浸潤突起形成、間葉系マーカーの発現増加、および上皮系マーカーの発現低下によって行われた。さらに、AM刺激下でのTreg細胞の増殖促進および免疫抑制性分子 (CD73, CTLA-4) の発現上昇がin vitroで確認された。

in vivoマクロファージ選択的枯渇: CD169-DTR (ジフテリア毒素受容体ノックインマウス) が用いられ、CD169陽性AMの選択的枯渇が実施された。ジフテリア毒素 (DT) は経鼻投与され、腫瘍接種0日目と3日目の早期介入群、および腫瘍病変確立後の後期介入群 (12日目と15日目) でAM枯渇の効果が比較された。

免疫細胞解析: フローサイトメトリーを用いて、腫瘍微小環境におけるT細胞サブセット (IFNγ+TNF+CD8+ T細胞、CD4+ Treg細胞) の割合が解析され、AM枯渇が抗腫瘍免疫応答に与える影響が評価された。特に、CD8+ T細胞とTreg細胞の比率 (CD8/Treg比) の変化が注目された。

統計解析: 統計手法に関する具体的な記述は本News & Viewsにはないが、紹介論文では差次発現遺伝子の同定、群間比較、および生存解析などに標準的な統計手法が適用されたと考えられる。