- 著者: Jiayin Tang, Gerard Pernes, Brenda Nakagaki, Nhien Tran, Laura Bokor, Fran Prenen, Mingyang Yi, Avery E. Robertson, Rachel Cronin, Mohamad Sarmini, Jacob Pierscianowski, Victoria Roberts, Birgitta A. Ryback, Carl D. Novina, Karine Auclair, Haopeng Xiao, Evanna L. Mills
- Corresponding author: Evanna L. Mills (Dana-Farber Cancer Institute / Harvard Medical School)
- 雑誌: Nature Metabolism
- 発行年: 2026
- Epub日: 2026-07-16
- Article種別: Original Article (Letter)
- DOI: 10.1038/s42255-026-01572-2
背景
褐色脂肪組織 (BAT) と米色脂肪組織 (beige) は、uncoupling protein 1 (UCP1) を介したミトコンドリアプロトン勾配の非共役化により脂肪の無効サイクル燃焼と血中グルコース取り込みを行い、肥満・代謝疾患予防に重要な役割を果たす。熱産生の主要な生理的活性化刺激は寒冷曝露によるアドレナリンシグナリングであるが、β3アドレナリン受容体作動薬 (ミラベグロン等) の臨床試験用量は心血管副作用リスクがあり、肥満・代謝機能不全患者への慢性投与に障壁がある。
BAT内マクロファージが熱産生を正・負に制御することは先行研究で示されているが (Nguyen et al. 2011; Fischer et al. 2017; Fabbiano et al. 2016; 複数報告)、正確なメカニズムは未解明であった。これまでの研究はマクロファージ由来サイトカインや細胞間シグナリングに焦点を当てており、マクロファージが分泌する代謝物が傍分泌シグナルとして機能するという仮説は検証されていなかった。TCA (tricarboxylic acid cycle; クエン酸回路) 中間体コハク酸 (succinate) は褐色脂肪細胞に取り込まれてUCP1依存性熱産生を活性化することが明らかにされており (Mills et al. 2021)、ミトコンドリア由来代謝物が細胞間シグナリングに機能し得ることが示されてきた。しかし、同じTCA回路関連代謝物であるイタコン酸 (itaconate) はマクロファージのみが高発現する酵素ACOD1 (IRG1、アコニット酸脱炭酸酵素1) により産生されることが知られるが、免疫炎症調節以外の生理的役割は不明であり、BAT熱産生制御への関与は全く示唆されていなかった。この領域における研究は著しく不足していた。
目的
本研究は、マクロファージ由来代謝物がBAT細胞外液 (EF) に傍分泌シグナルとして蓄積するかを比較メタボロミクスで同定し、特定された代謝物の熱産生制御機能と分子機構を解明すること、および免疫プロセスを超えたイタコン酸の生理的役割を明らかにすることを目的とした。
結果
イタコン酸はBAT細胞外液に選択的に蓄積する:
雄マウスから血漿・BAT全体・BAT細胞外液 (EF) のメタボロームを比較した。BAT EFと血漿の両方で豊富であり、かつBAT EFでVAT (visceral adipose tissue; 内臓脂肪組織) EFより有意に高い代謝物 (fold change >2、P<0.05) を抽出した結果、TCA回路由来のイタコン酸のみが選択された (Fig. 1b-c; n=6、雄マウス)。BAT EFにおけるイタコン酸濃度は20 μMに達したのに対し、血漿では3 μMに留まり (Fig. 1f; 血漿n=13、EF n=12)、BAT EF/血漿比は約7倍であった。この蓄積はBAT組織全体の高濃度からの単純漏出ではなく、選択的細胞外放出に依存することが示された (全組織BAT/VAT/SAT (subcutaneous adipose tissue; 皮下脂肪組織) 間に有意差なし)。
寒冷曝露によるBAT EFイタコン酸の動的変動とマクロファージ由来シグナルの調節: 4℃への寒冷曝露後1時間以内に、BAT EFのイタコン酸量は対照比で有意に低下し (P=0.0451; Fig. 1g)、24時間で熱中性温度 (29℃) レベルへ回復した。全組織では6時間での有意な低下が認められた (P=0.0468; Fig. 1h)。BAT免疫細胞のフローサイトメトリー解析では、Irg1 (immunoresponsive gene 1; ACOD1遺伝子) 発現は主にLy6C+ 単球由来マクロファージに認められ (B細胞はIrg1非発現)、この集団は寒冷曝露後に頻度が著明に減少した (Extended Data Fig. 8f)。さらにIrg1発現もLy6C+ マクロファージで寒冷後に低下することから、2重機構 (細胞頻度減少+Irg1発現低下) によってBAT EFイタコン酸が急性寒冷後に減少することが示唆された。炎症性サイトカインTNF・IFNγ・IL-33がBMDM (bone marrow-derived macrophages) からのイタコン酸分泌を有意に促進し、これらのサイトカインはいずれも急性寒冷後に発現低下することも確認された。イタコン酸の分泌にはABCG2 (ATP-binding cassette transporter G2) が部分的に関与し、Ko143 (ABCG2選択的阻害剤) による阻害でIL-33処理BMDMからの細胞外イタコン酸が有意に減少した (Extended Data Fig. 2k)。
骨髄細胞特異的Irg1 KOマウスでの熱産生亢進: 骨髄細胞特異的Irg1 KO (Irg1fl/fl LysM-Cre+; fl=floxed条件付きアレル) マウスとリターメイト対照 (LysM-Cre-) を間接熱量測定で比較した。体重・体組成は両群で同等であったが (雄n=7/6、雌n=2/3)、寒冷曝露後にIrg1fl/fl LysM-Cre+ マウスは対照と比較して有意に高いエネルギー消費量 (P=0.018 at 15℃、P=0.039 at 7℃)、VO2 (酸素消費量; P=0.0385 at 7℃) およびVCO2 (二酸化炭素産生量; P=0.0305 at 7℃) を示した (Fig. 2c-k)。直腸プローブ体温測定では、雌Irg1fl/fl LysM-Cre+ マウスが4℃曝露後に対照より有意に高い体温を維持し (P=1.43×10⁻⁸ at 0h、P=1.26×10⁻⁶ at 6h; Fig. 2l、n=7/群)、熱中性温度 (29℃) では両群間に差がなかった。この表現型が寒冷依存性であることから、内因性イタコン酸が熱産生の負の制御因子であることが示された。またIrg1fl/fl LysM-Cre+ マウスはIrg1fl/fl LysM-Cre- 比でBAT EFイタコン酸が低値であることも確認された。
外因性イタコン酸投与による体温低下とUCP1依存性の確認: 野生型マウス (Ucp1+/+) にイタコン酸 (50 mg/kg 体重、静脈内ボーラス) を投与したところ、4℃曝露後に有意な体温低下 (低体温) が誘発された (P=1.43×10⁻⁸; Fig. 2o; 雄n=16、雌n=7)。一方、UCP1欠損マウス (Ucp1-/-)、すなわち機能的BATを持たないマウスではイタコン酸投与による体温変化は認められなかった (Fig. 2p; 雄n=3、雌n=1)。さらに、コハク酸 (10 mg/kg) 単独投与は熱産生を有意に促進したが (先行研究と一致)、イタコン酸 (1 mg/kg) との共投与でこのコハク酸誘発熱産生は完全に消失した (Fig. 4h; n=7-8)。長期経口投与 (7日間、300 mg/kg ガバージュ、pH 7.4調整) では熱中性・通常食・高脂肪食条件下で熱産生・体重・体組成への効果は認められなかった。
イタコン酸はMCT1への高親和性結合でコハク酸取り込みを競合阻害する:
13C5-イタコン酸と13C4-コハク酸の同時処理実験では、イタコン酸がコハク酸過剰存在下でも褐色脂肪細胞への13C4-コハク酸取り込みを有意に抑制し (P=0.0181; Fig. 3d; n=4)、下流産物13C4-リンゴ酸も低下した (P=0.0151; Fig. 3e)。この表現型はヒト脂肪細胞でも保存されていた (n=7; Fig. 3f)。MCT1 (monocarboxylate transporter 1; モノカルボキシレートトランスポーター1) 阻害剤AZD3965 (100 nM) とイタコン酸の効果に相加性がなかったことから (Fig. 3j; n=19-20)、イタコン酸がMCT1媒介コハク酸取り込みを阻害することが示唆された。組換えMCT1-BSG2 (basigin 2; バシジン2) 複合体を用いたMST (microscale thermophoresis; 微量熱泳動) では、KD (equilibrium dissociation constant; 平衡解離定数) として、AZD3965=45 nM (既報値と一致)、L-乳酸=0.8±0.28 μMが得られた。イタコン酸のKD=1.49±0.53 μMは、コハク酸のKD=16.5±5.9 μM (約10倍低い親和性) と比べ有意に高い親和性を示し、イタコン酸がMCT1に強固に結合することが確認された (Fig. 3l)。競合実験では、イタコン酸前処置によりコハク酸のMCT1 KDが14.1 μMから27.3 μM (約2倍) に上昇し、両者の競合結合が実証された (Fig. 3n; n=4-5)。nano differential scanning fluorimetry (nanoDSF) 測定でも、イタコン酸によるMCT1熱安定性シフト (ΔTm=1.8±0.2℃) が確認され、リガンド-タンパク質相互作用が独立して検証された (Fig. 3m)。CETSA (cellular thermal shift assay) でも細胞系でイタコン酸のMCT1結合が確認された (ΔTm=7.5℃; Fig. 3o,q)。イタコン酸は乳酸・BHB (beta-hydroxybutyrate; β-ヒドロキシ酪酸) のMCT1依存性取り込みには影響せず、コハク酸特異的な阻害であることが示された (Extended Data Fig. 9n,o)。
イタコン酸はコハク酸誘発UCP1依存性熱産生を抑制する: Seahorseレスピロメトリーでは、コハク酸 (5 mM) が褐色脂肪細胞のOCR (oxygen consumption rate; 酸素消費速度) を有意に増加させ (特にoligomycin (oligo) 感受性リーク呼吸、UCP1依存性成分)、イタコン酸 (0.1 mM) 共処置でこの増加が有意に抑制された (P=0.0021; Fig. 3g; n=13-20)。ノルアドレナリン誘発呼吸には影響なく、コハク酸経路への選択性が示された。in vivoでも、13C5-イタコン酸共投与により静脈内投与した13C4-コハク酸のBAT取り込みが有意に減少した (Fig. 4a,b; n=4-11/群)。UCP1欠損マウスではBAT EFイタコン酸が有意に高く (P=0.0461; Fig. 4e)、BAT内コハク酸が有意に低く (P=8.60×10⁻⁶; Fig. 4g)、熱産生活性とイタコン酸/コハク酸の逆相関関係が示された。
考察/結論
① 先行研究との違い: これまでBAT内マクロファージが熱産生を制御するとの報告では、主にサイトカイン・ペプチドを介した機構が想定されており、マクロファージ由来代謝物の傍分泌シグナルとしての役割は未検討であった。これと異なり、本研究はイタコン酸という小分子代謝物が直接的にMCT1に結合し、コハク酸の物理的な取り込みを競合阻害するという、サイトカイン非依存性の新しい制御機構を明らかにした。また先行報告 (Yu et al.) では腸管内ガバージュによるイタコン酸投与が脂肪量減少と体表温上昇を示すとされたが、本研究はpH・浸透圧・対イオンを厳密に制御した実験デザインでこれと異なる結果を得ており、実験条件の差異 (pH未調整による毒性など) が矛盾の主因と考察された。好中球もIrg1を発現するが、頻度 (~10%) がマクロファージ (~30%) より低く寒冷後も頻度は不変で、Ly6C+ 単球由来マクロファージがBATにおける主要イタコン酸供給源であるという点でも従来の細胞型焦点と異なる。なお類似の炎症文脈では好中球由来イタコン酸が肺マクロファージのエピジェネティクス調節を介して炎症を制御することも報告されており (Lim et al. CellRep 2026)、異なる細胞起源・組織で多様な作用を持つことが対照的である。
② 新規性: 本研究はイタコン酸の役割を免疫炎症調節から生理的代謝制御へと根本的に拡張した。イタコン酸がBAT EFに選択的に蓄積し (~20 μM)、MCT1への直接・高親和性結合 (KD=1.49 μM) によってコハク酸の褐色脂肪細胞への取り込みを競合阻害するというメカニズムは、これまでに報告されていない新規な代謝制御様式である。さらに、マクロファージ由来TCA代謝物が傍分泌シグナルとして熱産生脂肪組織の機能を抑制するという概念は、免疫-代謝クロストークの新規な軸として意義深い。この視点は、コハク酸が骨格筋や脂肪組織で新規な代謝シグナルとして機能するという近年の知見と呼応し、TCA中間体の生理的シグナリング多様性を新規に示すものである。同様に、腫瘍環境においてはがん細胞由来アルギニンが腫瘍関連マクロファージのポリアミン合成を促進して免疫逃避に寄与することも示されており (Zhu et al. CancerCell 2025)、代謝物を介した細胞間クロストークが多様な生理・病理文脈で機能することが対照的である。
③ 臨床応用: 肥満状態では慢性炎症を背景にBAT内マクロファージが増加しIrg1発現が亢進することが予測されるため、イタコン酸過剰産生がBAT熱産生を慢性的に抑制し、肥満の悪循環に貢献する可能性がある。本知見の臨床応用として、IRG1薬理学的阻害はコハク酸媒介熱産生を促進し、β3作動薬に代わる抗肥満・代謝活性化療法の標的となりうる。この治療アプローチの利点として、UCP1依存性かつコハク酸特異的な機構を標的にするため、アドレナリン系への全身影響を回避できる臨床的意義がある。マクロファージが腫瘍生態系においても多様なシグナル・代謝制御を担うことが明らかになっており (Kloosterman et al. Cell 2023)、IRG1-イタコン酸軸の遮断は肥満・代謝症候群とがん悪液質に伴うBAT機能低下の両方を標的とする統合的介入戦略としても検討価値がある。
④ 残された課題: 第一に、Ly6C+ マクロファージがBAT EFイタコン酸の主要源であるという仮説は直接的なin cellulo定量が技術的に困難なため確証には至っていない。第二に、今後の研究として肥満マウス (高脂肪食・遺伝性肥満) でのBAT EFイタコン酸変動と熱産生障害との因果関係の検証が必要である。第三に、イタコン酸がBAT EF中で増加する慢性寒冷曝露後 (2週間) の意義が不明であり、慢性的な熱産生活性化に対する負のフィードバックとしてのイタコン酸機構の詳細な解析が残る課題である。第四に、イタコン酸がMCT1を介してコハク酸以外の基質の取り込みに影響しないことが示されたが、他の輸送体 (MCT4・SLC13A3) を介した褐色脂肪細胞へのイタコン酸侵入の可能性と、その下流の intracellular 作用の詳細な解明が今後の方向性として挙げられる。
方法
モデル: C57BL/6J背景の雄・雌マウス (8-12週齢)。Irg1fl/fl LysM-Cre+ (骨髄特異的Irg1 KO) とIrg1fl/fl LysM-Cre- リターメイト対照、Ucp1-/- マウスを使用。標準飼育 (22℃、12時間明暗サイクル、chow食)。研究機関承認 (Beth Israel Deaconess Medical Center / Dana-Farber Cancer Institute IACUC、protocol no. 075-2021 / 24-013)。代謝物プロファイリング: BAT・VAT・SAT、血漿、EF (20 μm ナイロンフィルター遠心)から80% HPLC methanol抽出。UHPLC-Orbitrap Exploris 120 (Luna-NH2カラム) またはUltiMate-3000 LC-Q-Exactive HF-X (Intrada organic acid) でLC-MS定量 (ネガティブモード、m/z 70-1000)。間接熱量測定: Sable Systems Promethion (16/8ケージ恒温チャンバー)、22℃→7℃段階的温度変化。細胞アッセイ: 初代マウス褐色脂肪細胞・ヒト脂肪細胞・BMDMを使用。13C同位体トレーサー実験: 13C5-イタコン酸 (10 μM) + 13C4-コハク酸 (100 μM、30分)。Seahorseレスピロメトリー (succinate誘発OCR)。タンパク質相互作用: 組換えMCT1-BSG2複合体 (Expi293細胞発現・アフィニティー精製) を用いたMST・nanoDSF。CETSA: HeLa細胞ライセートでイタコン酸-MCT1結合を確認 (ΔTm=7.5℃)。分子ドッキング: AutoDock Vina (PDB 6LZ0)。統計: 対応なし両側t検定 (Welch or Student)、one-way ANOVA (Tukey/Sidak/Dunnett補正)、two-way ANOVA (Sidak/Fisher’s LSD/Tukey補正)。平均値±SEM (standard error of mean; 標準誤差) で表示。