• 著者: William Putzbach, Maria P. Zappia, Ahmed Magdy, Jing Li, Veronique Nogueira, Kevin Lou, Kevan M. Shokat, Abul B. M. M. K. Islam, Maxim Frolov, Nissim Hay
  • Corresponding author: Nissim Hay (University of Illinois Cancer Center, University of Illinois at Chicago)
  • 雑誌: Science Advances
  • 発行年: 2026
  • Epub日: 2026-01-01
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 42455928

背景

好中球は哺乳類の先天性免疫応答における第一線となる最も数多い顆粒球系細胞であり、水解顆粒の放出、活性酸素種 (ROS) の産生、および NETosis によるクロマチンの放出を通じて病原体と戦う。骨髄 (BM) において好中球は厳密に制御された転写イベントを経て成熟するが、腫瘍形成や全身性感染などの病理的条件下では、「緊急顆粒球形成 (emergency granulopoiesis)」を通じてこのプロセスが大幅に拡大することが報告されている。

近年の研究により、好中球は抗腫瘍的な N1 サブタイプと前腫瘍的な N2 サブタイプをとり得ることが示されており、腫瘍負荷が増大するとバランスが N2 へとシフトすることが報告されている (Xie et al. 2020)。特に乳がんの臨床例では、好中球対リンパ球比 (NLR: neutrophil-to-lymphocyte ratio) の上昇が予後不良と相関することが知られている。また、好中球は転移開始細胞の物理的なエスコート、成長促進代謝物やシグナル分子の放出、および好中球細胞外トラップ (NETs) による循環腫瘍細胞の捕捉などを介して、マウスモデルにおいて転移を促進することが報告されている (Sutherland et al. 2017)。さらに、抗腫瘍 T 細胞を抑制する骨髄由来抑制細胞 (MDSC: myeloid-derived suppressor cells) という特殊な好中球サブグループの存在と、その前転移的な役割についても多くの証拠が提示されている (Alshetaiwi et al. 2020)。

しかしながら、腫瘍形成過程における好中球のリプログラミングが単一細胞レベルでどのように進行するのか、その詳細なメカニズムは依然として未解明である。既存の臨床試験では CXCR2 阻害剤などを用いて好中球を全般的に標的とするアプローチが試みられているが、これらは正常な好中球機能まで抑制してしまい、腫瘍によってリプログラミングされた好中球のみを選択的に標的とする手法は確立されていない。したがって、正常な免疫機能を温存しつつ、前転移的なリプログラミング好中球のみを特異的に除去する戦略の開発という大きな knowledge gap が残されており、この分野の知見は著しく不足している。

目的

本研究の目的は、単一細胞 RNA シーケンシング (scRNA-seq) を用いて、腫瘍負荷に伴う好中球の転写リプログラミング過程を詳細に解明し、リプログラミングされた好中球に特有の脆弱性を同定することで、正常好中球を温存したまま前転移的な好中球のみを選択的に除去し、肺転移を抑制する新規治療戦略を構築することである。具体的には、MMTV-PyMT (mouse mammary tumor virus-polyoma middle T antigen) マウスモデルを用いて、骨髄から血流、腫瘍微小環境 (TME: tumor microenvironment)、および肺の転移ニッチに至るまでの好中球の分化・分化後の状態を追跡し、リプログラミングを駆動するシグナル分子および転写因子を特定することを目的とした。

結果

腫瘍による骨髄好中球の転写リプログラミング: MMTV-PyMT マウスの骨髄 (BM) において scRNA-seq を実施したところ、好中球系譜は成熟度に応じて N0 から N5 まで 7 つのクラスターに分類された。正常マウスでは成熟好中球は N5_N クラスターに分布するが、PyMT マウスでは N5_N がほぼ消失し、代わりに腫瘍特異的な N5_P クラスターが著しく増加していた (Fig. 1A-E)。この転写シフトは未熟な N3 段階から始まり、成熟した N5 段階で最も顕著となる。N5_P クラスターでは、IFITM (interferon-induced transmembrane protein) 家族遺伝子、Wfdc17 (WFDC domain containing 17)、Igfbp6 (insulin-like growth factor binding protein 6)、Prok2 (protein kinase R-like endoplasmic reticulum kinase 2)、Il-1β、JunB が特異的に高発現していた。擬似バルク解析により、Ifitm1, 2, 3, 6 および Tspo (translocator protein)、Upp1 (uridine phosphorylase-1) の顕著なアップレギュレーションが確認され、qRT-PCR および Western blot でも検証された (Fig. 2A-D)。具体的に Ifitm1 は PyMT マウスで有意な上昇を示し、E0771 細胞の正位移植モデルにおいても同様に N5_P の増加と N5_N の減少が認められ、この現象が乳がんモデル間で共通することが示された (fig. S3)。

G-CSF によるリプログラミングの駆動: 血漿中のサイトカイン解析により、PyMT マウスでは G-CSF (granulocyte colony-stimulating factor) が最も強力に誘導されていることが判明した (Fig. 3A)。G-CSF の必要性と十分性を検証するため、PyMT マウスに抗 G-CSF 抗体を投与したところ、BM 好中球の分布は N5_P から N5_N へと正常マウスに近い状態に回帰した。逆に、正常マウスに recombinant G-CSF (2 g/mouse/day, 5日間) を投与したところ、PyMT マウスと同様に N5_P クラスターが支配的となった (Fig. 3B-D)。さらに、抗 G-CSF 抗体投与群では PyMT 誘導性のシグネチャー遺伝子の発現が抑制され、G-CSF 投与群ではこれらの遺伝子がアップレギュレーションされた (Fig. 3E-G)。これにより、遠隔の腫瘍から放出される G-CSF が好中球を直接的にリプログラミングする主因であることが証明された。

組織横断的なリプログラミングの維持と TME 特異的変化: BM で生じたリプログラミングが他組織で維持されるかを確認したところ、血流、肺、および原発腫瘍内の好中球においても、PyMT マウスでは N5_P クラスターが支配的であり、正常マウスの N5_N と明確に区別された (Fig. 4A-B)。特に、腫瘍関連好中球 (TANs: tumor-associated neutrophils) はほぼ完全に N5_P クラスターで構成されていた。また、TANs と肺好中球は転写的に高い類似性を示し、これらは共通のシグナルを受けているか、あるいは TANs が腫瘍細胞と共に肺へ移行して肺好中球となる可能性が示唆された。一方で、N5_P クラスター内をさらに解析すると、TANs 特異的、肺特異的、血流特異的、BM 特異的な 4 つのサブクラスターが存在し、組織滞在による追加的なリプログラミング層が存在することが明らかになった (fig. S11D)。

IFITM 介在性の Rapalink-1 による選択的除去: リプログラミング好中球の共通特徴である IFITM 家族の高発現に着目し、IFITM タンパク質によって細胞内取り込みが促進される mTOR (mechanistic target of rapamycin) 阻害剤 Rapalink-1 (rapamycin と sapanisertib の結合体) を適用した。蛍光アナログ RapaTAMRA-PEG8 (100 nM) の取り込み能を評価したところ、PyMT マウスの好中球は正常マウスよりも有意に高い取り込みを示した (Fig. 5B)。in vivo で Rapalink-1 (1.5 mg/kg, i.p., 3日間) を投与した結果、PyMT マウスの血流および肺における Ly6G HIGH 好中球が劇的に減少したが、正常マウスの好中球数には影響しなかった (Fig. 5D-F)。また、血中好中球数の減少に伴い、予後不良指標である NLR が有意に改善した (Fig. 5G)。この際、n=6 mice の解析において、PyMT マウスのみで特異的な好中球減少が確認された。

Rapalink-1 による肺転移の抑制: Rapalink-1 の効果が原発腫瘍への直接作用ではなく、リプログラミング好中球の除去によるものであるかを検証するため、Fkbp12 をノックアウト (KO) して Rapalink-1 に耐性を持たせた E0771 細胞を用いた正位移植モデルを作製した。この耐性腫瘍モデルにおいて Rapalink-1 を投与したところ、原発腫瘍の増殖抑制は限定的であったが (fig. S13E)、肺への肉眼的および顕微鏡的な転移数は有意に減少した (Fig. 5H-I)。具体的に肉眼的転移数は Rapalink-1 投与群で有意に低下し (n=14 mice)、肺組織の IHC 解析でも Ly6G+ 細胞の顕著な減少が確認された (Fig. 5J, n=5 mice)。これにより、Rapalink-1 は腫瘍自体に作用せずとも、リプログラミングされた前転移的好中球を選択的に排除することで肺転移を抑制することが示された。

ヒトがんにおける IFITM 発現の保存性: ヒトの scRNA-seq データセットを用いて検証したところ、トリプルネガティブ乳がん (TNBC) 患者の TANs では、正常乳腺好中球と比較して IFITM1, 2, 3 および TSPO が有意にアップレギュレーションされていた (Fig. 6A-C)。また、別の乳がんデータセット (n=8 patients) では、MDSC 特異的なシグネチャーを持つクラスターが最も高い IFITM mRNA 発現を示した (Fig. 6D-F)。さらに、膠芽腫 (glioblastoma) のデータセットにおいても、正常脳組織と比較して腫瘍内好中球で IFITM 発現が高い集団が存在することが確認された (Fig. 6G)。これらの結果から、腫瘍誘導性の IFITM 発現上昇はヒトのがんにおいても保存された現象であることが示唆された。

考察/結論

先行研究との違い: 従来の好中球標的治療(CXCR2 阻害剤など)は、正常な好中球機能まで抑制してしまうという課題があった。これと異なり、本研究では腫瘍誘導性のリプログラミングによって生じる IFITM 高発現という「脆弱性」を利用することで、正常好中球を温存したまま前転移的な好中球のみを選択的に除去できることを示した。これは、全般的な好中球抑制ではなく、腫瘍によって「書き換えられた」細胞のみを狙い撃ちにするという点で、従来のアプローチとは対照的な戦略である。

新規性: 本研究で初めて、腫瘍由来の G-CSF が骨髄段階で好中球を N5_P という特異的な転写状態へリプログラミングし、その状態が血流や肺などの他組織へ移行後も維持されることを単一細胞レベルで証明した。また、IFITM タンパク質をキャリアとして利用する Rapalink-1 が、このリプログラミング好中球を特異的に標的とし、腫瘍自体の感受性に関わらず肺転移を抑制することを新規に同定した。特に、腫瘍耐性細胞を用いたモデルにより、抗腫瘍効果とは独立した好中球除去による転移抑制を実証した点は極めて独創的である。

臨床応用: 本知見は、がん患者への G-CSF 製剤投与が好中球数を回復させる一方で、意図せず前転移的なリプログラミングを促進し、転移リスクを高めている可能性を示唆しており、臨床的に極めて重要な意味を持つ。IFITM を標的とした薬剤輸送システムや Rapalink-1 のような linked chemotypes の活用は、MDSC を選択的に排除する次世代の translational な治療戦略となり得る。これにより、好中球減少症の治療と転移抑制という相反するニーズを両立させる新たな治療パラダイムの構築が期待される。

残された課題: 今後の検討課題として、G-CSF がどのような転写因子ネットワークを介して IFITM 発現を誘導するのか、その詳細な分子メカニズムの解明が挙げられる。また、本研究では乳がんと膠芽腫で IFITM の上昇を確認したが、他のがん種における普遍性の検証や、ヒトでの臨床試験における安全性と有効性の評価が limitation として残されている。特に、IFITM が他の正常組織でどの程度発現しており、Rapalink-1 のオフターゲット効果がどの程度生じるかについての詳細なプロファイリングが必要である。

方法

本研究では、MMTV-PyMT マウスおよび C57BL/6J マウスを用いた。MMTV-PyMT マウスは腫瘍径の合計が 2 cm に達した時点をエンドポイントとして解析した。骨髄細胞は脛骨および大腿骨から回収し、血流細胞は下大静脈から採取した。腫瘍および肺組織は Miltenyi Biotec の腫瘍解離キットを用いて単一細胞懸濁液とした。

scRNA-seq は 10x Genomics Chromium Single Cell Library および Gel bead kit v3 を用い、NovaSeq 6000 SP flow cell でシーケンシングした。データ解析には Seurat (v4.3.0) を使用し、RPCA integration による統合および unsupervised clustering を実施した。好中球の同定には Elane, Mpo, Ly6G, S100a8, S100a9 などのマーカーを用いた。分化段階の同定には Xie et al. (2020) のモジュールスコアを適用した。擬似時間解析には Monocle3 を用い、転写軌跡と遺伝子モジュールの同定を行った。

転写因子の活性推論には decoupleR パッケージの ULM (univariate linear model) 解析を用い、CollecTri データベースのターゲット遺伝子セットに基づきスコア化した。GSEA は fgsea パッケージを用い、Hallmark GO 遺伝子セットを対象とした。

in vivo 治療として、recombinant G-CSF (2 g/mouse, subcutaneous, 5日間) または抗 G-CSF 抗体 (50 g/mouse, i.p., 1週間) を投与した。Rapalink-1 は 1.5 mg/kg を i.p. で 3 日間投与した。E0771 細胞の Fkbp12 KO は lentiCRISPRv2-puro を用いた CRISPR/Cas9 システムで構築し、Western blot で KO を確認した。

統計解析には GraphPad Prism 8 を使用し、2 群間の比較には Student’s t-test (one-tailed または two-tailed) または Mann-Whitney 検定を用いた。scRNA-seq の差分的発現解析では edgeR パッケージを用い、quasilikelihood F test (glmQLFTest) を実施し、Benjamini-Hochberg 法で p 値を補正した。