• 著者: Natacha Rocks, Céline Vanwinge, Coraline Radermecker, Silvia Blacher, Christine Gilles, Raphael Marée, Alison Gillard, Brigitte Evrard, Christel Pequeux, Thomas Marichal, Agnes Noël, Didier Cataldo
  • Corresponding author: Didier Cataldo (Laboratory of Tumor and Development Biology, GIGA Research Center, University of Liège; Department of Respiratory Diseases, CHU Liège, 4000 Liège, Belgium; didier.cataldo@uliege.be)
  • 雑誌: Thorax
  • 発行年: 2019
  • Epub日: 2019-05-29
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 31142617

背景

大気汚染は、粒子状物質、二酸化窒素 (NO2)、オゾン (O3) などを含み、世界的な死亡の主要な環境要因の一つである。特に心血管疾患、呼吸器疾患、肺癌の罹患率上昇との関連が繰り返し報告されている Lim et al。国際がん研究機関 (IARC) は、大気汚染をヒトに対する発癌性グループ1に分類している。オゾンは光化学スモッグの主要成分であり、肺の好中球性炎症と気道酸化ストレスを誘導することが知られている (Pryor et al. Annu Rev Physiol 1995)。疫学的には、産業地域や高速道路近傍の住民において肺癌発症率が高いことが示されており、NO2曝露マウスモデルでは黒色腫の肺結節増加が報告されている (Richters et al. Environ Health Perspect 1983)。これらの知見は大気汚染が肺転移を促進することを示唆しているが、その分子メカニズムは未解明な点が多かった。

近年、好中球細胞外トラップ (NET) が癌転移を促進することが確立されてきている。例えば、G-CSF誘導性のNETが癌転移を促進すること Park et al. SciTranslMed 2016、敗血症誘導性のNETが癌転移に関与すること (Cools-Lartigue et al. J Clin Invest 2013)、炎症時に産生されるNETが休眠中の癌細胞を覚醒させること Albrengues et al. Science 2018、癌細胞が転移を支持するNETを誘導すること (Yang et al. Nature 2020) などが報告されている。また、慢性閉塞性肺疾患 (COPD) 患者は好中球性慢性炎症を特徴とし、肺癌の高発症率が観察されていることから (de Torres et al. Am J Respir Crit Care Med 2011)、好中球のプライミングとNETを介した転移の関連が強く示唆されていた。しかし、大気汚染物質であるオゾン曝露が肺の好中球をプライミングし、NET産生を亢進させることで腫瘍細胞の肺転移初期段階を促進するメカニズムについては、これまで報告されておらず、この知識ギャップが残されていた。本研究は、この知識ギャップを埋めることを目的とした。

目的

本研究の目的は、大気汚染物質であるオゾン曝露が腫瘍細胞の肺転移に与える影響とそのメカニズムを解明することである。具体的には、以下の点を検証した。

  1. オゾン曝露が肺の好中球性炎症、肺損傷、血管透過性亢進、および肺微小環境のプライミングを誘導するかを特徴づける。
  2. オゾン曝露が、4T1乳癌、B16K1黒色腫、およびMDA-MB-231ヒト乳癌細胞を用いた複数のマウスモデルにおいて、実験的転移および自発転移の両方で肺転移を促進するかを検証する。
  3. 抗Ly6G抗体による好中球除去が、オゾン誘導性の転移促進効果を抑制するかを検証し、好中球の必須性を確立する。
  4. オゾン曝露によってプライミングされた好中球の養子移入、またはその培養上清の投与が、ナイーブマウスにおいて転移を再現するかを検証し、因果関係を確立する。
  5. BALF中のdsDNA、シトルリン化ヒストンH3 (cit-H3)、およびNET形成を定量し、PAD4阻害剤、好中球特異的Pad4欠損マウス (Mrp8-Cre Pad4^fl/fl)、またはDNase I処理を用いて、NET依存性を確立する。
  6. オゾン曝露好中球によるCXCL1、CXCL2、およびG-CSFの産生亢進を同定し、転移促進におけるサイトカインの役割を明らかにする。
  7. これらの知見に基づき、大気汚染と癌転移におけるNETの役割を提唱し、DNase IやPAD4阻害剤などの治療戦略の可能性を提案する。

結果

オゾン曝露は肺の好中球性炎症と血管透過性亢進を誘導: マウスを2 ppmのオゾンに3時間/日、3日間連続で曝露させた結果、気管支肺胞洗浄液 (BALF) 中の好中球数が対照群の6.34 ± 2.05 × 10^3 cells/mLに対し、133.70 ± 28.09 × 10^3 cells/mLと有意に増加した (p<0.001, n=10 mice) (Figure 1D)。これは21倍以上の増加に相当する。また、気管支壁の炎症スコアおよびBALF中の総タンパク質レベルも著明に上昇した (p<0.05)。Rhodamine-dextranを用いた肺血管透過性試験では、オゾン曝露群で肺実質におけるデキストラン密度が増加し、BALF中のアルブミンレベルも有意に上昇した (p<0.01, n=8 mice) (Figure 1I)。フローサイトメトリー解析により、肺組織中のGR-1+ Ly6B.2+好中球の浸潤がオゾン曝露により著明に増加していることが確認された (p<0.01, n=9-10 mice) (Figure 1F)。これらの結果は、オゾン曝露が肺に好中球を主体とする炎症と血管内皮バリア機能不全を引き起こすことを示している。

オゾン曝露は複数の腫瘍モデルにおいて肺への腫瘍細胞定着を促進: オゾン曝露マウスに4T1乳癌細胞を静脈内注射した実験的転移モデルでは、肺のバイオルミネッセンスが24時間後には有意に増加し (p<0.05, n=15 mice)、48時間後には著明に増加した (p<0.001, n=10 mice) (Figure 2C, E)。H&E染色による組織学的評価でも、転移巣と好中球性炎症の増強が確認された。B16K1黒色腫細胞を静脈内注射したモデルでも、肺への腫瘍細胞定着が顕著に亢進した (p<0.001, n=10 mice) (Figure 2H, I)。さらに、NOD-ScidマウスにMDA-MB-231ヒト乳癌細胞を静脈内注射したモデルでは、24時間後 (p<0.001, n=9-10 mice)、7日後 (p<0.05)、28日後 (p<0.01) のいずれの時点でも肺転移が増加し、ヒト癌細胞においても同様の効果が確認された (Figure 4C, E, G)。自発転移モデルとして4T1細胞を皮下注射した実験では、一次腫瘍の増殖速度に差はなかったものの (p=0.99)、肺転移病巣数がオゾン曝露群で著明に増加した (p<0.001, n=8-9 mice) (Figure 2L, M)。これらのデータは、オゾン曝露が一次腫瘍の増殖とは独立して、腫瘍細胞の肺への移行および定着の初期段階を特異的に促進することを示唆している。

オゾン曝露は腫瘍細胞の肺転移の初期段階を加速: CMTPX赤色標識4T1細胞を静脈内注射し、30分後に肺組織を解析したところ、オゾン曝露肺においてCMTPX陽性細胞数が有意に増加していた (p<0.01, n=5 mice) (Figure 3H, I)。これは、オゾン曝露が腫瘍細胞の血管外遊出 (extravasation) を早期に促進することを示している。バイオルミネッセンスによるモニタリングでも、30分後 (504,000 vs 902,000 photons/s/cm^2/sr, p=0.15)、2時間後 (p=0.42)、24時間後 (p<0.05)、48時間後 (p<0.001) と、早期から転移促進効果が観察された (Figure 3B-G)。

好中球除去と養子移入による因果関係の確立: 抗Ly6G抗体 (1A8) を腹腔内投与して好中球を除去したマウスでは、BALF中の好中球数が著減し (p<0.01, n=9-10 mice)、4T1細胞の肺転移が24時間後および7日後において有意に低下した (p<0.01) (Figure 5C, D, E, G)。この結果は、オゾン誘導性の肺転移に好中球が必須であることを明確に示している。さらに、オゾン曝露マウスから分離した好中球 (5 × 10^6個) をナイーブマウスに養子移入すると、対照群と比較して4T1細胞の肺定着が有意に増加した (p<0.01, n=6 mice) (Figure 5H, I)。同様に、オゾン曝露好中球の培養上清を注入することでも転移促進効果が再現された (p<0.01, n=6 replicates) (Figure 5J, K)。これらの結果は、オゾン曝露によってプライミングされた好中球が産生する可溶性因子が、転移促進に十分であることを示している。

NET形成のPAD4およびDNase I依存性: BALF中のdsDNAレベルはオゾン曝露により有意に増加し (p<0.01, n=6 mice)、さらに腫瘍細胞の注射により増加した (p<0.05-0.01) (Figure 6A)。このdsDNAの増加は、抗Ly6G抗体による好中球除去、PAD4阻害剤 (Cl-amidine) 処理、またはDNase I投与により著減した (p<0.01)。Hoechst、cit-H3、MPOの免疫蛍光染色により、オゾン曝露好中球がNETを形成していることが多数確認された (Figure 6D, F, G)。好中球特異的PAD4欠損マウス (Mrp8-Cre Pad4^fl/fl) では、4T1細胞の肺転移 (バイオルミネッセンスおよび組織学的腫瘍面積) が24時間後および7日後において有意に低下した (p<0.05, n=5-8 mice) (Figure 7A, B, C)。これは、PAD4依存性のNETosisがオゾン誘導性転移に必須であることを示している。また、DNase Iを8時間間隔で静脈内投与したマウスでは、4T1細胞の肺転移が24時間後および7日後において有意に抑制され (p<0.05-0.01, n=9 mice)、組織学的腫瘍面積も著減した (p<0.01) (Figure 7D, E, F)。

CXCL1、CXCL2、G-CSFのフィードフォワードサイトカインカスケード: オゾン曝露好中球の培養上清中では、CXCL1、CXCL2、およびG-CSFのレベルが有意に上昇していた (p<0.01, n=5 replicates) (Figure 6I, J, K)。これらのサイトカインは好中球の自己動員や顆粒球産生を促進するフィードフォワードループを形成する可能性がある。オゾン曝露肺組織の免疫ブロット解析では、cit-H3レベルの上昇が確認され (p<0.01, n=7 samples)、生体内でのNET形成が直接的に示された (Figure 6H)。

考察/結論

本研究は、大気汚染物質であるオゾン曝露が肺の好中球をプライミングし、PAD4依存性のNET形成を亢進させることで、腫瘍細胞の肺への移行、血管外遊出、および定着といった転移の初期段階を促進するという新規メカニズムを初めて解明した。この知見は、4T1乳癌、B16K1黒色腫、MDA-MB-231ヒト乳癌の3つの異なる腫瘍モデル、実験的転移および自発転移モデル、好中球の養子移入実験、好中球特異的Pad4欠損マウス、およびDNase Iによる治療介入という多角的なアプローチによって決定的に確立された。これは、大気汚染、癌転移、およびNET軸の分子連関を初めて実証した画期的な報告である。先行研究では、腫瘍由来G-CSFによるNET誘導 Park et al. SciTranslMed 2016 や、敗血症誘導性NETによる癌転移促進 (Cools-Lartigue et al. J Clin Invest 2013) が報告されているが、本研究は環境毒性物質であるオゾンがNETプライミングを介して転移を促進するという新たな側面を加えるものである。これまで、大気汚染物質であるオゾン曝露がNET産生を亢進させることで腫瘍細胞の肺転移初期段階を促進するメカニズムについては報告されておらず、本研究で初めてその新規メカニズムを明らかにした。

臨床的含意: 本研究の知見は、いくつかの重要な臨床的含意を持つ。第一に、産業地域や交通量の多い都市部に居住する肺癌患者において、肺転移のリスクを個別化する上で、大気汚染曝露が重要な因子となり得る。第二に、PAD4阻害剤 (Cl-amidine, GSK484, JBI-589など) や、嚢胞性線維症治療薬として既に承認されているDNase I (Pulmozyme)、好中球エラスターゼ阻害剤 (シベレスタット、アルベレスタット) などが、癌転移予防のための薬剤再利用 (repurposing) の候補となり得る。特に、乳癌、黒色腫、肺癌患者の周術期において、NETを標的としたアジュバント治療の可能性が示唆される。第三に、COPDや喫煙など、好中球性慢性炎症を伴う肺癌患者においても、同様のNET関連転移促進メカニズムが関与している可能性があり、治療戦略の拡張が期待される。第四に、環境衛生政策において、大気質の改善が癌転移予防に与える具体的な利益を定量化する根拠となる。最後に、血漿中のcit-H3やMPO-DNA複合体などのNET関連バイオマーカーが、NET負荷の高い患者を識別し、個別化医療に貢献する可能性がある。

残された課題と限界: 本研究にはいくつかの限界も存在する。第一に、本研究で用いた2 ppmのオゾン曝露濃度は、WHO基準の環境レベル (0.07-0.1 ppm) よりも高濃度であり、実際の環境におけるヒトへの影響を直接的に翻訳するには制限がある。第二に、長期的な慢性低濃度曝露や加齢マウスにおける影響については未検証である。第三に、ヒトの疫学データ (大気汚染曝露と肺転移の臨床データ) による直接的な検証は今後の課題である。第四に、PM2.5、NO2、二酸化硫黄などの他の大気汚染物質がNETプライミングに与える影響や、それらの複合的な作用については未解明である。第五に、NET形成に関与する好中球のサブタイプ (成熟好中球 vs 低密度好中球) の特異性については、さらなる研究が必要である。第六に、DNase Iの吸入投与と静脈内投与の比較や、肺転移予防における臨床試験は今後の検討課題である。最後に、タバコ煙や喫煙によるCOPD関連NETについても、同様のメカニズムが関与している可能性があり、さらなる解明が望まれる。

Field内での位置付け: 本研究は、Papayannopoulos et al. NatRevImmunol 2018 によるNETの発見、敗血症誘導NETによる癌転移促進 (Cools-Lartigue et al. J Clin Invest 2013)、腫瘍誘導NETとDNase Iナノ粒子による治療 Park et al. SciTranslMed 2016、NET-DNA受容体CCDC25と肝転移 (Yang et al. Nature 2020)、NO2曝露と黒色腫転移 (Reymen et al. Environ Health Perspect 2017) など、大気汚染、NET、癌転移に関する先行研究の知見に、オゾンが肺好中球をプライミングし、PAD4依存性のNETを介して転移の初期段階を促進するという新規メカニズムを初めて実証した点で、極めて重要な位置を占める。ベルギーのリエージュ大学Didier Cataldo研究室の気道炎症、MMP、肺癌に関する長年の専門知識が統合された成果である。本論文は、2019年以降の大気汚染、肺転移、環境毒性による癌発症、および抗NET治療の開発に関する研究において、重要な参照論文となるであろう。

方法

オゾン曝露プロトコル: マウスを2 ppmのオゾンに3時間/日、3日間連続で曝露させ、実験4日目に屠殺した。これは環境レベルよりも高濃度であるが、生態学的に関連する濃度である。

動物モデル: Balb/cマウスを4T1乳癌モデルに、C57BL/6マウスをB16K1黒色腫モデルに、NOD-ScidマウスをMDA-MB-231ヒト乳癌モデルに用いた。また、好中球特異的にペプチジルアルギニンデイミナーゼ4 (PAD4) を欠損させたMrp8-Cre Pad4^fl/flマウスとその野生型 (WT) 対照を用いた。

腫瘍モデル:

  1. 実験的転移モデル: 4T1-luc細胞 (5 × 10^5個)、B16K1-luc細胞 (2 × 10^5個)、またはMDA-MB-231細胞 (5 × 10^5個) を尾静脈から静脈内注射した。
  2. 自発転移モデル: 4T1細胞を皮下注射し、28日間観察した。

イメージングと組織学的評価: IVIS Xenogen IVIS 200バイオイメージングシステムを用いてルシフェラーゼ活性を測定した。肺組織はH&E染色により組織学的評価を行い、CMTPX赤色標識腫瘍細胞を用いて腫瘍細胞のトラッキングを行った。

好中球操作: 好中球除去には抗Ly6G抗体 (クローン1A8) を腹腔内投与した。オゾン曝露マウスまたは対照空気曝露マウスから分離した好中球 (5 × 10^6個) をナイーブマウスに静脈内養子移入し、または好中球培養上清を注入した。

NET検出と阻害: BALF中のdsDNAレベルをPico Greenアッセイで定量した。NET形成はHoechst染色、シトルリン化ヒストンH3 (cit-H3) 免疫蛍光染色、ミエロペルオキシダーゼ (MPO) 染色、および免疫ブロット法により評価した。NET形成の阻害には、デオキシリボヌクレアーゼI (DNase I) (1 mg/kgを8時間間隔で静脈内投与) およびPAD4阻害剤 (Cl-amidine 20 mg/kgを腹腔内投与) を用いた。また、Mrp8-Cre Pad4^fl/flマウスを用いてPAD4依存性を検証した。

サイトカイン測定: BALFおよび好中球培養上清中のCXCL1、CXCL2、および顆粒球コロニー刺激因子 (G-CSF) レベルをELISAにより測定した。

血管透過性評価: Rhodamine-dextranを静脈内注射し、肺組織中の蛍光強度を測定した。また、BALF中のアルブミンレベルを測定した。

統計解析: データはWilcoxon検定、Mann-Whitney U検定、またはKruskal-Wallis検定を用いて解析した。p値が0.05未満を有意とした。