- 著者: Fulya Koksalar Alkan, Ahmet Burak Caglayan, Hilmi K. Alkan, Eunmi Lee, Raziye Piranlioglu, Cordarryl Jones, Max Alimadadi, Elayne Benson, Alicia Arnold, Adriana Langer Gramer, Thomas Vogl, Greg Dyson, Ahmed Chadli, Mustafa Guzel, Sabine Kasimir-Bauer, Hadeel Assad, Julie Boerner, Morhaf Al-Achkar, Asfar S. Azmi, Nouri Neamati, Gurkan Ozturk, Roni Bollag, Catherine C. Hedrick, Max S. Wicha, Huidong Shi, Hasan Korkaya
- Corresponding author: Hasan Korkaya (Karmanos Cancer Institute, Department of Oncology, Wayne State University School of Medicine)
- 雑誌: bioRxiv
- 発行年: 2026
- Epub日: 2026-06-12
- Article種別: Original Article
- DOI: 10.64898/2026.06.09.731132
背景
トリプルネガティブ乳がん (TNBC) は、早期の転移播種、不良な臨床予後、そして進行期における免疫チェックポイント阻害薬に対する限定的な治療反応性を特徴とする極めて悪性度の高い乳がんサブタイプである。がんの進行および治療抵抗性を駆動する主要な要因として、腫瘍微小環境 (TME) における免疫抑制性骨髄系細胞、特に腫瘍関連好中球 (TAN) や骨髄由来抑制細胞 (MDSC) の集積が知られている。先行研究において、G-CSF (granulocyte colony-stimulating factor) などの腫瘍由来因子が全身性の造血リプログラミングを誘導し、好中球対リンパ球比 (NLR) の上昇を招くことが予後不良と相関することが報告されている (Casbon et al. 2015)。また、別の既報では、S100A8およびS100A9のヘテロ二量体であるカルプロテクチンが炎症性骨髄系細胞の活性化や転移前ニッチ形成に関与することが示唆されている (Sinha et al. 2008)。さらに、TGF-β (transforming growth factor-beta) が好中球をプロタモジェニックな表現型へと極性化させるという報告も存在する (Fridlender et al. 2009)。
しかしながら、これら従来のハイスループット解析や単一細胞解析の多くは、すでに確立された後期転移モデルに焦点を当てており、原発腫瘍の固有の形質がどのようにして局所および全身性の免疫リプログラミングを初期段階から規定し、転移能を獲得させるのかという詳細な分子メカニズムは未解明のままであった。特に、非侵襲性腫瘍と転移性腫瘍の間で、骨髄での造血動態から遠隔臓器への好中球動員、そしてがん幹細胞 (CSC) の可塑性制御に至る一連のシグナルカスケードがどのように分岐するのかという知識ギャップ (knowledge gap) が存在し、詳細な機序は不明であった。この初期免疫リプログラミングにおける研究は不足しており、この gap を埋めることが、TNBCにおける免疫治療抵抗性を克服するための喫緊の課題となっている。
目的
本研究の目的は、転移能を有する 4T1 マウス乳がんモデルと、非侵襲性で抗腫瘍免疫を誘導可能な EMT6 (epithelial mouse tumor line 6) マウス乳がんモデルを直接比較することにより、腫瘍の転移能を決定づける特異的な免疫リプログラミングプログラムを単一細胞レベルで解明することである。具体的には、骨髄における好中球前駆細胞の分化・動員機構、原発巣および全身組織 (脾臓、肺) における好中球の転写・機能的極性化、そして好中球由来因子ががん幹細胞 (CSC (cancer stem cell)) の可塑性 (EMT/MET) や免疫抑制環境の構築に及ぼす影響を明らかにする。さらに、この経路の鍵となる S100A9 を標的とすることで、全身性免疫抑制を解除し、抗PD-L1抗体に対する治療感受性を増強できるかを検証することを目的とする。
結果
転移性TNBCにおける好中球優位の免疫リプログラミング: 単一細胞RNAシーケンシング (scRNA-seq (single-cell RNA sequencing)) および質量分析シトメトリー (CyTOF (cytometry by time-of-flight)) を用いて、転移性 4T1 腫瘍と非侵襲性 EMT6 腫瘍の免疫微小環境を比較解析した。4T1 腫瘍では骨髄系細胞、特に好中球の著しい集積が認められたのに対し、EMT6 腫瘍では CD4+ および CD8+ T細胞などのリンパ球浸潤が優位であった (Fig 1A-C)。高解像度サブクラスタリングにより、4T1 腫瘍特異的に CXCR2hi (C-X-C motif chemokine receptor 2 high) TAN サブクラスターが著しく拡大していることが同定された (Fig 1D)。差分的遺伝子発現 (DGE) 解析の結果、4T1 浸潤好中球では S100a8, S100a9, Cxcr2, Cxcl2, Csf3r の発現が選択的に上昇していた (Fig 1E-F)。臨床データ解析において、この CXCR2+ 好中球シグネチャーは、TNBC患者における有意な生存期間の短縮と相関していた (Fig 1H-I)。
非侵襲性モデルにおける細胞傷害性T細胞免疫の維持: 転移性モデルとは対照的に、非侵襲性 EMT6 腫瘍を担持するマウスでは、腫瘍局所および脾臓、肺などの全身組織において、活性化およびメモリーマーカー (Cd8b1, Ccr7, Il7r, Cd226, Nkg7) を高発現する CD8+ T細胞の頻度が高く維持されていた (Fig 2A-B)。特に、強力な細胞傷害活性を有する CD8+Ly6C+ T細胞サブセットが、EMT6 担がんマウスの脾臓および肺において、腫瘍移植後 1 週目の初期段階から 3 週目の後期段階にかけて、4T1 担がんマウスと比較して有意に高頻度で維持されていた (Fig 2E-F)。臨床的にも、T細胞活性化シグネチャーは ER- 乳がんコホートにおいて良好な無病生存率および全体生存率と強く相関していた (Fig 2C-D)。
TGF-β/S100A9軸による好中球分化運命の決定: 4T1 腫瘍では移植初期から TGF-β および G-CSF の分泌が著しく亢進していた (Fig 3G)。野生型 (WT) マウス由来の骨髄細胞を TGF-β および G-CSF で共刺激すると、CD11b+CXCR2+ および CXCR2+CXCL2+ 好中球の分化・増殖が相乗的に促進された (Fig 3I-J)。この相乗的拡大は S100A9 欠損 (S100A9-KO) 骨髄細胞において著しく阻害され、S100A9-KO 細胞は好中球への分化が抑制される代わりに、CX3CR1+ 単球/マクロファージ系統へと優先的に分化シフトを示した (Fig 3K-P)。メカニズムとして、TGF-β 刺激は S100a9, Cebpd, Cxcr2 の転写を強力に誘導し、G-CSF との協調作用によりこの発現がさらに増幅されることが示された (Fig 3O-R)。
全身性好中球動員と脾臓における免疫抑制環境の構築: 脾臓の scRNA-seq および CyTOF 解析により、4T1 担がんマウスの脾臓では未熟および炎症性好中球サブセットが著しく拡大し、リンパ球比率が低下していることが示された (Fig 4A-D)。4T1 脾臓好中球では S100a8, S100a9, Ly6g, Cxcr2, Csf3r, Il1b の発現が顕著に上昇していた (Fig 4E-F)。脾臓と腫瘍由来好中球を統合した擬時間軌跡 (pseudotime trajectory) 解析の結果、脾臓の増殖性前駆細胞 (preNeu) から始まり、腫瘍内に浸潤して terminal 状態である CXCR2hi TAN へと分化・極性化する連続的な発達経路が描出された (Fig 5A-D)。さらに、抗Ly6G抗体による好中球除去 (n=10 mice) は、原発巣切除後の 4T1 再移植において、約 60% のマウスで腫瘍拒絶を誘導し、持続的な抗腫瘍免疫メモリを回復させた (Fig 6J-L)。
S100A9欠損による免疫チェックポイント阻害薬感受性の増強とCSC可塑性制御: E0771 乳がんモデルを用いた治療実験において、野生型マウスへの抗PD-L1抗体投与は限定的な治療効果しか示さず、全身性の好中球優位な環境を逆転できなかった (Fig S5)。しかし、S100A9-KO マウス (n=6 mice) において抗PD-L1抗体を投与すると、原発腫瘍の増殖および肺・脾臓への転移播種が劇的に抑制され、転移巣形成において約 3.5-fold decrease (3.5-fold 減少) を達成した (p<0.001、Fig 7A-B)。機能解析において、好中球由来のカルプロテクチン (S100A8/A9) 刺激は、がん細胞の Ki67 陽性率を高めて増殖を直接促進し (Fig 7D)、がん幹細胞マーカー (CD24+CD29+) の発現を上昇させて EMT/MET 可塑性と遠隔転移巣形成能を活性化させた (Fig 7G-K)。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、TGF-β が腫瘍局所で好中球の極性を変化させるという従来の報告 (Fridlender et al. 2009) とは異なり、TGF-β が G-CSF と協調して骨髄レベルでの緊急造血プログラムを直接リプログラミングし、全身性の好中球動員を駆動する upstream の発生学的機構を明らかにした点で、これまでの知見と対照的であり、明確に一線を画している。
新規性: 本研究で初めて、TGF-β/C/EBPδ/S100A9 制御軸が、骨髄における CXCR2+ 好中球前駆細胞の運命決定スイッチとして機能することを新規に同定した。S100A9 の欠損が好中球分化を阻害するだけでなく、免疫監視を支持する CX3CR1+ 単球/マクロファージ系統への分化を誘導するという「骨髄分化運命の再指向 (myeloid redirection)」を実証した点は極めて新規性が高い。
臨床応用: 本知見は、好中球浸潤が高く免疫チェックポイント阻害薬に抵抗性を示す TNBC 患者に対する、新規治療戦略の臨床応用に直結する。S100A9/カルプロテクチン、あるいは CXCR2 を標的とする阻害剤と、抗PD-L1抗体などの免疫チェックポイント阻害薬との併用療法は、全身性免疫抑制を解除して治療感受性を劇的に高める translational なアプローチとして臨床現場での応用が期待される。
残された課題: 今後の検討課題として、S100A9 欠損マウスにおける表現型が、S100A9 単独の欠失によるものか、あるいは obligate なパートナーである S100A8 とのヘテロ二量体 (カルプロテクチン) の形成不全に伴う二次的なタンパク質不安定化によるものかを、より厳密に区別して評価する必要がある。また、臨床応用における最適な標的分子 (S100A9 直接阻害 vs CXCR2 阻害) の選択と、正常な生体防御機能としての好中球活性への影響を最小限に抑える安全性の検証が、今後の重要な研究方向性であり、本研究の limitation を克服するための課題である。
方法
動物モデルおよび腫瘍細胞株: 動物実験は Wayne State University の IACUC (Institutional Animal Care and Use Committee) 承認プロトコル (IACUC-23-05-5789) に従って実施した。マウス株として BALB/c, C57BL/6J, および S100A9-KO マウス (C57BL/6J 背景) を使用した。乳がん細胞株として 4T1, EMT6, E0771 を使用し、ルシフェラーゼ遺伝子を安定導入 (4T1-Luc, EMT6-Luc, E0771-Luc) して orthotopic 移植モデルおよび尾静脈注入による肺転移モデルを構築した。
in vivo 治療および抗体投与: 好中球除去のために抗Ly6G抗体 (Clone: 1A8, 200 μg/mouse) を、マクロファージ除去のために抗CD115抗体 (Clone: AFS98, 250 μg/mouse) を、免疫チェックポイント阻害のために抗PD-L1抗体 (Clone: 10F.9G2, 200 μg/mouse) を、それぞれ 3 週間にわたり隔日または週 3 回腹腔内投与 (i.p.) した。腫瘍増殖および転移動態は、D-luciferin (150 mg/kg) を腹腔内投与後、IVIS Spectrum を用いた生物発光イメージング (BLI) により経時的に定量評価した。
骨髄細胞分化アッセイ (ex vivo): 野生型および S100A9-KO マウスの大腿骨および脛骨から骨髄細胞をフラッシュして回収した。1x10^6 cells/well で 6ウェルプレートに播種し、GM-CSF (20 ng/ml) 存在下で、G-CSF (100 ng/ml), TGF-β (5 ng/ml), S100A9 (50 ng/ml) などの各種サイトカイン刺激を加え、7 日間培養した。分化した細胞を回収し、フローサイトメトリーおよび RT-qPCR 解析に供した。
単一細胞解析 (scRNA-seq & CyTOF): 腫瘍および脾臓組織を Collagenase/Hyaluronidase および DNase I で酵素消化し、70 μm ストレーナーを通過させて単一細胞懸濁液を調製した。scRNA-seq では、10X Genomics Chromium 3’ Reagent Kit v3 を用いてライブラリを調製し、Illumina NextSeq500 でシーケンスした。データ解析は Seurat v5.0 を用いて品質管理、CCA 統合、および UMAP 次元削減を行った。CyTOF 解析では、金属標識抗体パネル (Table 1) を用いて細胞を染色し、Helios 質量分析計で測定後、CATALYST および FlowSOM アルゴリズムを用いて解析した。
統計解析: 2群間の比較には Student’s t-test または Welch’s t-test を、多群間比較には 1元配置分散分析 (one-way ANOVA) の後に Tukey’s 複数比較検定を実施した。生存曲線は Kaplan-Meier 法により作成し、log-rank 検定で有意差を評価した。統計的有意性は p<0.05 をもって有意と判定した。