- 著者: J.M. Heuckmann, R.K. Thomas
- Corresponding author: R.K. Thomas (Department of Translational Genomics, University of Cologne, Germany)
- 雑誌: Annals of Oncology
- 発行年: 2015
- Epub日: N/A
- Article種別: Review / Expert Perspective
- PMID: 25899787
背景
がんゲノム医療は、EGFR変異型肺腺がんへのEGFR-TKI (tyrosine kinase inhibitor) 投与という臨床的成功から始まり (Mok et al. NEnglJMed 2009)、続いてALK再配列型NSCLCへのcrizotinib投与 (Kwak et al. NEnglJMed 2010)、BRAF V600E変異型メラノーマへのvemurafenib投与 (Chapman et al. NEnglJMed 2011) と、「oncogene addiction (腫瘍が遺伝的に活性化したオンコジーンの持続的活性に依存して生存する現象)」概念が固まった。ROS1・RET再配列、KIT/PDGFRA変異 (GIST: gastrointestinal stromal tumor)、BCR-ABL融合 (CML: chronic myelogenous leukemia) にも標的療法が確立し、肺がん以外の多くの腫瘍タイプでも分子標的療法が治療の軸となった。さらに、EGFR T790M変異・ALK二次変異・MET増幅・BRAF阻害後のMEK経路再活性化など、治療中に耐性機序が出現することも明確となり、耐性獲得後の再生検・ゲノム再解析の必要性が高まった。検査対象ドライバー遺伝子・変異タイプが急速に増加する一方、従来用いられていた単一遺伝子ごとの逐次検査 (サンガー法・FISH: fluorescence in-situ hybridization) では、以下の根本的なgap in knowledgeが存在した: (1) 変異アレル頻度が低い少量生検・低腫瘍含有率検体での感度不足、(2) 点突然変異・コピー数変化・遺伝子融合という全変異タイプを単一アッセイで網羅できる技術の手薄さ、(3) 逐次検査による診断遅延と検体消耗。こうした技術的課題の多くは未解明のまま残存しており、あらゆる変異タイプを単一アッセイで網羅する包括的な診断フレームワークの整備が不足していた。
目的
がんゲノム診断が日常臨床に広く普及する上での技術的・実装的障壁を明確化し、その解決策として現在利用可能な3世代の分子診断アプローチ (第1世代: ジデオキシシーケンシング+FISH、第2世代: PCRアンプリコン多重NGS: next-generation sequencing+FISH、第3世代: ハイブリッドキャプチャーベース大規模並列NGS) の技術的特性・利点・限界を体系的に解説し、第3世代アプローチが臨床への包括的ゲノム診断導入を加速できることを示すこと。
結果
臨床ゲノム診断に対する5つの根本的障壁:著者らはまず、あらゆる分子診断技術が対峙しなければならない5つの主要な技術的・実装的課題を整理した。第一は生検組織量の制限である。肺がんでは腫瘍の局在や患者の併存疾患からFNA (fine needle aspiration) が頻用されるが、こうした検体では腫瘍細胞が30%、残りの70%が浸潤性非腫瘍細胞 (線維芽細胞・リンパ球等) という状況が典型例として生じる (Fig 1)。二倍体ゲノムにおける典型的なヘテロ接合性変異では、純粋腫瘍で変異アレル頻度50%が期待されるが、腫瘍含有率30%の検体では実質的に約15%まで希釈される。この希釈効果がバックグラウンドノイズとの識別を困難にする。第二はFFPE検体由来のDNA品質問題である。ホルマリン固定による架橋形成・脱アミノ化がDNA断片化とシーケンシングアーティファクトをもたらし、特にPCR増幅を伴う手法では偽陽性変異コールのリスクが増大する。第三は変異タイプの多様性に対する検出技術の不統一性であり、点突然変異・small indel・SCNA・遺伝子融合/再配列という本質的に異なる変異形式を単一アッセイで網羅する手法が従来存在しなかった。第四はmatched normal DNAなしでのドライバー・パッセンジャー変異の鑑別困難性である。診断的シーケンシングでは通常matched normal組織が利用できないため、稀な生殖細胞系列多型 (rare germline variant) と真の体細胞変異の区別が困難であり、カルシノゲン誘発型の高変異量腫瘍 (SCLC・扁平上皮がん等) では特に課題となる。第五はコストとスケーラビリティの問題で、新規ドライバー遺伝子の発見に伴いパネルを継続的に拡張する必要があるが、遺伝子数増加に比例してコストが上昇しない技術的設計が求められる。
第1世代 (ジデオキシシーケンシング+FISH) の技術的特性と根本的限界:サンガー法は点突然変異・small indelを検出する標準的手法として数十年使用されてきた実績を持つが、感度上の問題が大きい。変異アレル頻度が15%前後 (腫瘍含有率30%の典型的臨床検体) では、バックグラウンドノイズとの識別が困難となり信頼性ある変異コールが不可能となる (Fig 1)。SCNAおよび遺伝子融合の検出には各ゲノム異常に対して個別のFISHプローブセットを用いた顕微鏡検査を別途実施する必要があり、それぞれ追加の組織切片を消費する。視覚的解析・判定が主体のFISHは標準化が困難でもある。たとえばNSCLCで、EGFR変異→ALK再配列 (ALK-FISH)→ROS1再配列 (ROS1-FISH)→KRAS変異という逐次的検査フローを取ると、検体組織を次々消費しながら報告遅延が積み重なり、治療開始の目安となる2週間以内という臨床的タイムフレームを超過するリスクが高まる (Fig 2)。また各変異を個別に検査するため、新規ドライバー遺伝子が発見されるたびに検査追加が必要でスケーラビリティに本質的に欠ける。これらの理由から第1世代は包括的・スケーラブルなゲノム診断の要件を満たさない。
第2世代 (PCRアンプリコン多重NGS+FISH) の特性と残存課題:第2世代アプローチは複数遺伝子のホットスポット変異を並行して高感度に解析可能であり、massively parallel sequencing (各塩基を独立して数百回解読する高スループット法) により変異アレル頻度5%前後まで腫瘍含有率の低い検体でも統計的に信頼性高く変異を検出できる。すなわち、第1世代の感度問題は大幅に改善された。各塩基位置の「coverage (シーケンシングリード数)」を診断的なレベル (数百倍) に設定することで、変異アレルと野生型アレルを統計的に有意義に区別できるようになった (Fig 1、Fig 2)。しかし重大な残存課題が複数ある。PCRによる前増幅に依存するため、入力DNA量が極めて少ない検体ではFFPEアーティファクトやポリメラーゼエラーが過剰に表現されて偽陽性・偽陰性リスクが増す。genotyping approach (質量分析・real-time PCR) では事前定義されたホットスポット変異のみが検出対象となり、同一アミノ酸変化をもたらす異なるヌクレオチド変異や稀な位置の変異は捕捉されない。最も重要な限界は遺伝子融合/再配列の検出であり、融合の多くはイントロン領域のゲノム再配列に起因するが、PCRによるイントロン領域の増幅は技術的に極めて困難または不可能なため、ALK再配列・ROS1再配列・RET再配列等の検出には依然としてFISHを別途実施する必要があり追加の組織切片が必要となる (Fig 2中段)。すなわち、多様な変異タイプを単一アッセイで網羅するという根本課題は解決されていない。
第3世代 (ハイブリッドキャプチャーベース大規模並列NGS) の技術的優位性と臨床的意義:本アプローチの核心は、PCR増幅ではなくショットガンライブラリーをオリゴヌクレオチドとのハイブリダイゼーションにより選択的に濃縮 (hybrid capture) し、その後に数百倍の深いシーケンシングカバレッジを実施する点にある。この設計により以下の固有の優位性が実現される (Fig 2下段)。
第一の優位性は、点突然変異・small indel・SCNA・遺伝子融合/再配列というすべての臨床関連ゲノム変異タイプを単一アッセイで検出可能となる点である。融合の生じるイントロン領域 (通常PCRで増幅困難) を含む大きなゲノム領域をキャプチャーできるため、PCRなしに直接シーケンシングにより遺伝子融合を検出できる。これによりFISHが不要となり、貴重な腫瘍組織と時間を節約できる。
第二の優位性は、既知・未知の遺伝子融合を同様に検出可能な点である。例えばCD74 (CD74-ROS1融合のnon-kinase partner) をターゲットにキャプチャーすることで、CD74-NRG1 (neuregulin 1 fusion) のような以前は未知であった新規融合パートナーも同定できる。長鎖オリゴヌクレオチドをプローブとして使用するため、塩基配列変化があっても効率的なキャプチャーが維持される。
第三の優位性はSCNA検出能である。ショットガンライブラリーでは各ゲノム領域のシーケンシングリード数がそのコピー数と直接比例するため (これはPCRベースの手法では原理的に不可能)、リード数の相対的比較によりコピー数増幅・欠失を定量的に検出できる。これにより、遺伝子増幅の検出でもFISHが不要となる。
第四の優位性はFFPE検体への高い適合性と低い入力DNA要求量である。現在の技術では100ng未満の入力DNAで対応可能であり、少量・低品質のFFPE日常検体でも実用可能で、診断的感度での数百倍カバレッジを全ターゲット領域で均一に確保できる。
第五の優位性はスケーラビリティとコスト安定性である。シーケンシングコストはカバレッジ (シーケンシング深度) と解析領域サイズに依存するが、解析対象遺伝子数が増えても同じカバレッジを維持する限りコストはほとんど増加しない。新規ドライバー遺伝子をパネルに追加しても既存遺伝子へのコストが上昇しないため、がんゲノム研究の進展に合わせて臨床パネルを継続的に拡張できる。
臨床運用上は大規模な計算インフラが必要となる。(a) 多量データの高速処理・バージョン管理・サンプルトラッキング、(b) 全変異タイプを検出するアルゴリズムの臨床レベルでの開発・検証、(c) 解析領域全体から検出される多数のバリアント候補の既知SNP (single nucleotide polymorphism) データベースとの照合と臨床的意義評価、がそれぞれ課題となる。正常対照DNAが利用できない診断シーケンシングでは稀な生殖細胞系列変異の完全除外は不可能であり、精緻な計算アルゴリズムで管理するものの残存課題として認識が必要である。臨床的に意義ある変異が同定された後は、承認薬・適応外使用・臨床試験参加という治療オプションを包括的に提示でき、逐次検査による診断遅延が回避される。液体生検 (ctDNA) への同技術の応用可能性も本稿執筆時点 (2015年) の最新成果として言及されており (Newman et al., Nat Med 2014)、再生検不要の治療効果モニタリング・耐性出現の早期検出・早期発見への応用が期待された。
全ゲノムシーケンシング (WGS) の限界と近未来の日常臨床応用困難:WGSはexome sequencingとは異なり遺伝子融合も信頼性高く検出できるという理論的長所があるが、日常臨床への応用には以下の理由から困難が多いと結論された。診断的感度のためには標的領域も含む全ゲノムで数百倍カバレッジが必要となり、膨大なシーケンシングコストと計算インフラコストが発生する。WGSで検出される変異の大多数は非コード領域のパッセンジャー変異であり臨床的意義を持たないため、情報ノイズが非常に多い。また標的キャプチャーとは異なりカバレッジが領域間で不均一となるため、EGFR exon 21 (L858R等の臨床的重要変異を含む) などの特定臨床重要領域が、研究用に一般的な30-fold程度のカバレッジしか得られない場合、診断的信頼性が確保できない (Fig 1中段)。診断レベルでは各患者のこの領域を数百倍カバレッジで解析することが絶対的に必要であり、30-foldのカバレッジでは許容されない。さらに、塩基数の増加により固定アーティファクト・シーケンシングエラー・アラインメントエラーに起因する偽陽性候補が増加し、フィルタリング困難度が上昇する。これらの理由から、標的ハイブリッドキャプチャーNGSが近未来の日常臨床ゲノム診断の実用的標準手法であるとの結論が導かれた。
バリアントアノテーションとデータ解釈の課題:正確なゲノム変異アノテーションはすべてのシーケンシング技術に共通する根本的課題である。Matched normal DNAなしでは稀な生殖細胞系列多型 (未アノテーションのものを含む) と真の体細胞変異を確実に区別することは不可能であり、既知SNPデータベースや腫瘍-正常ペアのシーケンシングデータを組み合わせたフィルタリングが必要となる。ドライバー変異とパッセンジャー変異の区別には、前向き臨床試験エビデンス > 後向き研究・細胞株データの信頼度序列での総合評価が求められる。特に稀な変異では症例ごとの臨床反応データの系統的蓄積が不可欠であり、同一変異が翌日別の患者で診断された場合に参照できるデータベース整備の重要性が強調されている。米国CDC主導のNex-StoCTワーキンググループは診断的NGSの検証・品質管理手順を勧告しており、第3世代アプローチの標準化に向けた国際的な取り組みが進んでいることも示された。
考察/結論
本稿は2015年の時点で、がんゲノム診断技術を3世代に整理し第3世代ハイブリッドキャプチャーNGSの臨床的優位性を包括的に論じたエキスパートレビューである。これまでの研究では個別技術 (サンガー法・FISH・PCRアンプリコンNGS) の性能評価や個別疾患への応用は報告されていたが、3世代を横断して技術的障壁と臨床的ニーズとの対応関係を整理した既報は手薄であり、本稿は診断技術選択の意思決定フレームワークを新規に提供した点で重要性を持つ。第1・第2世代と異なる最大の点は、すべての臨床関連ゲノム変異タイプを単一アッセイ・単一DNA検体から検出できるという統一性にあり、これが「1回の検査で包括的な情報を得る」という個別化医療の実装要件を初めて技術的に満たした。
臨床応用への橋渡しという観点では、本稿が提示した技術的枠組みはその後のcomprehensive genomic profiling (CGP) 開発を直接導いた。100ng未満のFFPE由来DNAで動作可能・FISH不要・遺伝子融合まで網羅という要件は、FoundationOne CDx・MSK-IMPACT・OncoGuide NCC Oncopanel等の承認CGP検査の設計原理と完全に一致する。日本では2019年にNCC OncopanelおよびFoundationOne CDxが保険承認され、本稿の臨床的意義と予測は実証された形となった。また液体生検への応用として示唆されたctDNA-NGSは、Guardant360 CDx・FoundationOne Liquid CDxとして商用化され、再生検の代替・耐性モニタリングの手段として実臨床に実装されており、本稿の先見性が確認されている。
残された課題として、ハイブリッドキャプチャーNGSでも解決しきれない問題が複数存在する。今後の検討課題として最も重要なのは、matched normal DNAなしでの稀な生殖細胞系列変異と体細胞変異の鑑別精度向上であり、より大規模な生殖細胞系列多型データベースの整備とアルゴリズムの継続的改良が求められる。次に、希少変異に対する系統的な臨床反応データの蓄積が不可欠であり、国際的なデータ共有基盤の整備とregulatory frameworkの確立が今後の展望として指摘されている。さらに大規模な計算インフラコストが依然として障壁であり、特に医療資源の限られた環境での普及には技術的コスト低減が必要である。腫瘍内不均一性 (intratumor heterogeneity) や空間的・時間的クローン進化の観点から単点生検の代表性に関するlimitationも認識されており、液体生検への応用やマルチ生検解析がこれに対する更なる検討として位置付けられる。本稿は、がんゲノム診断の技術的選択肢とその障壁を俯瞰的に整理した先駆的なレビューとして、個別化医療の実装に向けた技術選択の指針を示した重要な貢献である。
方法
本稿は、J.M. Heuckmann (New Oncology/Blackfield AG、Cologne) およびR.K. Thomas (ケルン大学) による専門家の視点に基づくナラティブレビュー兼エキスパートオピニオンであり、系統的な文献検索プロトコル (PubMedにおけるMeSH term検索・PRISMAフローチャート等) は明示されていない。PubMedデータベースを中心に関連論文を収集し、計59件 (n=59) の参考文献を包括的に引用した。引用研究の変異検出感度・特異度比較において各著者らが用いたROC解析・95% CI推定の結果を参照しながら、以下の観点から3世代の分子診断技術を比較評価した: (1) 変異検出感度 (特に腫瘍含有率30%前後の低品質検体での変異アレル頻度検出能)、(2) 検出可能な変異タイプ (点突然変異・small indel: insertion and deletion・SCNA: somatic copy number alteration・遺伝子融合/再配列の各カバレッジ)、(3) 入力DNAの量・質に対する要求 (FFPE: formalin-fixed, paraffin-embedded 検体適合性)、(4) マルチプレックス能と新規遺伝子追加時のスケーラビリティ、(5) ターンアラウンドタイムとコスト、(6) 計算生物学的処理とバリアントアノテーションの複雑性。また全ゲノムシーケンシング (WGS: whole-genome sequencing) と標的パネルシーケンシングの日常臨床応用における優劣についても考察した。米国CDC (Centers for Disease Control and Prevention) 主導のNex-StoCT (Next-Generation Sequencing Standardization of Clinical Testing) ワーキンググループの検証・品質管理勧告も参照した。主要な引用論文として、Frampton et al. (Nat Biotechnol, 2013) のハイブリッドキャプチャーNGSの開発・検証研究、Gnirke et al. (Nat Biotechnol, 2009) のsolution hybrid selection法、Newman et al. (Nat Med, 2014) の超高感度ctDNA (circulating tumor DNA) 定量法を含む。