• 著者: Paul B. Chapman, Axel Hauschild, Caroline Robert, John B. Haanen, Paolo Ascierto, James Larkin, Reinhard Dummer, Claus Garbe, Alessandro Testori, Michele Maio, David Hogg, Paul Lorigan, Celeste Lebbe, Thomas Jouary, Dirk Schadendorf, Antoni Ribas, Steven J. O’Day, Jeffrey A. Sosman, John M. Kirkwood, Alexander M.M. Eggermont, Brigitte Dreno, Keith Nolop, Jiang Li, Betty Nelson, Jeannie Hou, Richard J. Lee, Keith T. Flaherty, Grant A. McArthur (BRIM-3 Study Group)
  • Corresponding author: Paul B. Chapman (Department of Medicine, Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, New York, NY, USA)
  • 雑誌: New England Journal of Medicine
  • 発行年: 2011
  • Epub日: 2011-06-05
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 21639808

背景

転移性メラノーマ (metastatic melanoma) は極めて予後不良な疾患であり、stage IV患者における生存期間中央値は診断後わずか8-18ヶ月にとどまっていた。米国における2010年の年間死亡者数は8,700例と予測され、人口10万人あたりの死亡率は米国で2.6、オーストラリアおよびニュージーランドで3.5、西欧で1.8と報告されていた。当時、米国食品医薬品局 (FDA) に承認されていた唯一の化学療法薬は dacarbazine (DTIC) であったが、過去の第III相試験における奏効率は7-12%にすぎず、生存期間中央値も5.6-7.8ヶ月と極めて限定的であった。多剤併用化学療法による奏効率の向上は試みられたものの、全生存期間 (OS) の有意な改善には至らなかった。

このような状況下、がんゲノム解析の進展により、皮膚メラノーマの40-60%においてMAPK (mitogen-activated protein kinase) 経路を恒常的に活性化するBRAF遺伝子変異が存在することが Davies et al. Nature 2002 により発見された。この変異の約90%は codon 600 におけるグルタミン酸置換 (BRAF V600E) であり、その他にV600KやV600Rなどの活性化変異も知られている。新規の経口選択的BRAF阻害薬である vemurafenib (PLX4032) は、前臨床試験においてBRAF V600E変異を有する細胞株に対して強力な抗腫瘍効果を示す一方で、野生型 (wild-type) BRAF細胞株には影響を与えない選択性を有していた。初期の臨床試験では50%を超える高い奏効率が示され、治療パラダイムの転換が期待されていた。また、同時期には免疫チェックポイント阻害薬である ipilimumab の有用性も Hodi et al. NEnglJMed 2010 により報告され、メラノーマ治療は大きな変革期を迎えていた。

しかし、これまでの先行研究における最大の課題は、BRAF V600E変異陽性メラノーマに対する標的治療が、標準治療である dacarbazine と比較して、生存期間を統計学的に有意に延長できるかどうかが第III相ランダム化比較試験において未確立である点であった。また、大規模患者群における長期的な安全性プロファイルや、実臨床におけるコンパニオン診断薬の適用性についても検証が不足していた。すなわち、個別化医療 (precision medicine) を確立するために必要な「バイオマーカー選択に基づく標的治療の生存ベネフィットの証明」という決定的なエビデンスが足りなかった。本研究 (BRIM-3試験) は、この臨床的ギャップを解消するために計画された。

目的

本試験の目的は、未治療のBRAF V600E変異陽性切除不能 stage IIIC または stage IV メラノーマ患者を対象として、新規の選択的BRAF阻害薬 vemurafenib の有効性および安全性を、標準化学療法である dacarbazine と直接比較することである。主要評価項目 (co-primary endpoints) は全生存期間 (OS) および無増悪生存期間 (PFS) とし、副次評価項目は客観的奏効率 (ORR)、奏効期間 (DOR)、および安全性プロファイルの評価とした。これにより、遺伝子変異標的療法が従来の化学療法を凌駕する新たな標準治療となり得るかを検証した。

結果

患者背景と治療状況のバランス: 2010年1月から12月までに、12か国104施設において総数2,107例がスクリーニングされ、最終的に675例がランダム化された (vemurafenib群 n=337、dacarbazine群 n=338)。両群の患者背景は極めて良好にバランスが保たれていた (Table 1)。年齢中央値は vemurafenib群で54歳、dacarbazine群で56歳であり、男性が約60%を占めた。ECOG PS 0 の患者が約70%であり、予後不良因子である M1c ステージが約65%、LDH値上昇が約40%の症例に認められた。Sanger シークエンスによる後方視的解析により、登録患者のうち20例 (V600K変異 19例、V600D変異 1例) の non-V600E 変異が同定された。

全生存期間 (OS) の著明な改善: 中間解析時点 (死亡イベント数 n=118) において、vemurafenib群は dacarbazine群と比較して死亡リスクを 63% 有意に減少させた。算出されたハザード比は HR 0.37 (95% CI 0.26-0.55, p<0.001) であり、統計学的に極めて有意な生存ベネフィットが実証された (Fig 1A)。6ヶ月生存率は、vemurafenib群で 84% (95% CI 78-89) であったのに対し、dacarbazine群では 64% (95% CI 56-73) であった。この極めて優れた結果に基づき、独立データ安全性モニタリング委員会である DSMB (Data and Safety Monitoring Board) は、dacarbazine群から vemurafenib群へのクロスオーバーを速やかに推奨した。

無増悪生存期間 (PFS) の延長: PFS 解析対象となった549例において、vemurafenib群は dacarbazine群と比較して病勢進行または死亡のリスクを 74% 有意に減少させた。ハザード比は HR 0.26 (95% CI 0.20-0.33, p<0.001) であった (Fig 2A)。無増悪生存期間の中央値は、vemurafenib群で 5.3ヶ月 であったのに対し、dacarbazine群では 1.6ヶ月 であり、約3.3倍の延長が確認された。

客観的奏効率 (ORR) およびサブグループ解析: 評価可能患者439例における客観的奏効率は、vemurafenib群で 48% (95% CI 42-55) (完全奏効 CR 2例、部分奏効 PR 104例) であったのに対し、dacarbazine群では 5% (95% CI 3-9) (すべて PR) であり、両群間に圧倒的な有意差が認められた (p<0.001) (Fig 3)。また、事前に規定されたサブグループ解析 (年齢、性別、ECOG PS、病期、LDH値、地域) のすべてにおいて、一貫して vemurafenib群に有利な結果が示された (Fig 1B, Fig 2B)。特に予後不良とされる LDH値上昇群においても、OS のハザード比は HR 0.33 (95% CI 0.16-0.67, p<0.001) と良好な治療効果を維持していた。

安全性プロファイルと有害事象: vemurafenib群における主な有害事象 (AE) は、関節痛 (21%)、皮疹 (18%)、疲労 (13%)、脱毛 (8%)、および光線過敏症 (12%) であった (Table 2)。特徴的な有害事象として、vemurafenib群の 18% (61/336) において皮膚扁平上皮がん (cuSCC) または角化棘細胞腫の発生が報告された。これらの皮膚病変はすべて単純切除により治療可能であり、vemurafenib の投与中止や減量を必要としなかった。毒性管理のための休薬または減量を必要とした割合は、vemurafenib群で 38%、dacarbazine群で 16% であった。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、従来の標準化学療法である dacarbazine 単剤治療 (Chapman et al. JClinOncol 1999) が示してきた極めて低い奏効率 (7-12%) および短い生存期間 (5.6-7.8ヶ月) という長期的な治療成績の停滞を打破し、標的治療薬が生存期間を直接的に延長することを第III相試験において初めて証明した。この劇的な生存ベネフィットは、これまでの化学療法アプローチと異なり、遺伝子変異に基づいた精密医療の優位性を明確に示すものである。

新規性: 本研究は、BRAF V600E変異陽性の未治療転移性メラノーマ患者において、選択的BRAF阻害薬 vemurafenib が死亡リスクを 63% (HR 0.37)、病勢進行リスクを 74% (HR 0.26) 減少させることを本研究で初めて実証した。また、野生型 (wild-type) BRAF細胞におけるMAPK経路の奇異性活性化 (paradoxical activation) に起因すると考えられる皮膚扁平上皮がんの発生 (18%) という、分子標的薬特有の安全性シグナルを大規模臨床試験において新規に同定し、定量化した点も極めて新規性が高い。

臨床応用: 本試験の結果は、メラノーマ治療における個別化医療の臨床応用を決定づける歴史的マイルストーンとなった。本試験と同時に承認された Cobas 4800 BRAF V600 Mutation Test は、実臨床における必須のコンパニオン診断薬となり、治療開始前の遺伝子スクリーニングが標準治療として確立された。この bench-to-bedside の成功モデルは、その後の BRAF/MEK 阻害薬併用療法 (Atkins et al. JClinOncol 2023) などの開発基盤となり、がんゲノム医療の普及を強力に牽引した。

残された課題: 今後の検討課題として、vemurafenib 投与後に必発する獲得耐性 (acquired resistance) の克服が挙げられる。耐性機序として、MEK遺伝子変異やRTK/NRASの上流シグナル活性化が知られており、これらを抑制するためのMEK阻害薬との併用療法の確立が急務である。また、本試験では活動性の中枢神経系 (CNS) 転移症例が除外されていたため、脳転移例に対する有効性の検証が今後の課題として残されている。さらに、中間解析での早期クロスオーバー許可に伴う、長期生存データの評価におけるバイアスの影響 (dilution effect) も本試験の limitation として考慮されるべきである。

方法

患者選択と適格基準:対象は、組織学的に確認された切除不能な stage IIIC または stage IV のメラノーマ患者であり、化学療法や全身療法の治療歴がない症例とした。全症例において、中央検査施設で実施された real-time PCR (polymerase chain reaction) アッセイである Cobas 4800 BRAF V600 Mutation Test (Roche Molecular Systems) により、腫瘍組織におけるBRAF V600E変異陽性が確認された。その他の主な適格基準は、年齢18歳以上、ECOG (Eastern Cooperative Oncology Group) パフォーマンスステータス (PS) が0または1、期待余命3ヶ月以上、および十分な骨髄・肝・腎機能を有することとした。活動性の中枢神経系 (CNS) 転移を有する患者や、5年以内に他のがんの既往がある患者は除外された。

試験デザインと治療プロトコル:本試験は、国際共同オープンラベルランダム化第III相試験として実施された (ClinicalTrials.gov ID: NCT01006980)。登録された患者は、vemurafenib 群 (960 mgを1日2回経口投与) または dacarbazine 群 (1,000 mg/m² を3週ごとに静脈内投与) に 1:1 の割合でランダムに割り付けられた。ランダム化の層別化因子は、AJCC (American Joint Committee on Cancer) 病期 (IIIC、M1a、M1b、M1c)、ECOG PS (0 vs 1)、地域 (北米、西欧、オーストラリア/ニュージーランド、その他)、および血清乳酸脱水素酵素 (LDH) 値 (正常 vs 上昇) とした。治療は病勢進行 (PD) または許容できない毒性が発現するまで継続された。毒性発現時の休薬および減量規定はプロトコルにより厳格に定められた。

統計解析:主要評価項目は OS および PFS の共同主要評価項目とした。統計設計では、全体で680例のランダム化を予定し、OS におけるハザード比 (HR) 0.65 (dacarbazine 群の生存期間中央値8ヶ月を vemurafenib 群で12.3ヶ月に延長) を検出力80%、両側有意水準4.5%で検出するよう設計された。PFS については HR 0.55 を検出力90%、有意水準0.5%で検出する設計とした。生存曲線の推定には Kaplan-Meier 法を用い、群間比較には非層別 log-rank 検定を適用した。ハザード比およびその 95% 信頼区間 (CI) の算出には Cox regression (コックス比例ハザードモデル) を用いた。有効性解析は intention-to-treat (ITT) 集団を対象とし、安全性解析は治験薬を1回以上投与された全患者を対象とした。事前に規定された中間解析は、予定された総死亡数の50% (98イベント) に達した時点で実施される計画であった。