- 著者: Tony S. Mok, Yi-Long Wu, Sumitra Thongprasert, et al.
- Corresponding author: Tony S. Mok (Department of Clinical Oncology, Chinese University of Hong Kong, Prince of Wales Hospital, Hong Kong)
- 雑誌: New England Journal of Medicine
- 発行年: 2009
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 19692680
背景
進行非小細胞肺癌 (NSCLC) の第一選択治療は、2009年時点でプラチナ製剤とタキサン系薬剤を組み合わせた化学療法が標準であった。しかし、特定の患者群、特に非喫煙者、女性、腺癌患者、および東アジア人において、上皮成長因子受容体 (EGFR) チロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) であるゲフィチニブやエルロチニブが高い奏効率を示すことが、複数の先行研究によって示唆されていた。具体的には、EGFR遺伝子の活性化変異(エクソン19欠失やL858R点変異)を有するNSCLC患者がゲフィチニブやエルロチニブに高い感受性を示すことは、Lynch et al. NEnglJMed 2004 および Paez et al. Science 2004 によって報告されていた。これらの変異は、非喫煙者、女性、腺癌患者、および東アジア人において高頻度で認められることも、Shigematsu et al. JNatlCancerInst 2005 や Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004 によって示されていた。
エルロチニブの既治療NSCLCにおける全生存期間 (OS) 延長効果は、Shepherd et al. NEnglJMed 2005 のBR.21試験で示されていたが、第一選択治療としてのTKIが標準化学療法を上回ることを無作為化第III相試験で実証したエビデンスは当時存在しなかった。特に東アジアの非喫煙者または軽喫煙者の肺腺癌患者は、EGFR変異陽性率が高い(60〜70%)ことが知られており、この集団における第一選択TKIの有効性を検証する大規模な比較試験の必要性が高まっていた。
先行する第II相試験(例えばIDEAL試験)では、ゲフィチニブ単剤の客観的奏効率 (ORR) が約18%であり、東アジアの非喫煙肺腺癌患者で高い奏効が確認されていた。しかし、どのような患者集団でTKIが化学療法を上回るか、またEGFR変異状態が治療効果を予測するバイオマーカーとなりうるかを明確に実証した無作為化第III相試験のデータが不足しており、第一選択TKIの適切な適応を裏付ける強力な根拠が確立されていなかった。この知識のギャップを埋めることが、本研究の重要な背景であり、この点が未解明であった。
目的
本研究 (IPASS試験) の目的は、東アジアの非喫煙者または軽喫煙者の進行肺腺癌患者を対象に、ゲフィチニブ (250mg/日) とカルボプラチン・パクリタキセル併用療法を第一選択治療として比較し、その有効性、安全性、および生活の質 (QOL) を評価することである。主要評価項目は無増悪生存期間 (PFS) とし、副次評価項目として全生存期間 (OS)、客観的奏効率 (ORR)、QOL (FACT-LスコアおよびTOI (Trial Outcome Index) スコア)、および安全性プロファイルを比較検討した。さらに、EGFR変異状態がゲフィチニブまたはカルボプラチン・パクリタキセルの治療効果を予測するバイオマーカーとして機能するかどうかを探索的に評価することも目的とした。
結果
ITT集団の無増悪生存期間 (PFS): 全ITT (intention-to-treat) 集団 (n=1217) における主要評価項目であるPFSの中央値は、ゲフィチニブ群で5.7ヶ月、カルボプラチン・パクリタキセル群で5.8ヶ月であった。ゲフィチニブ群はカルボプラチン・パクリタキセル群と比較して、PFSにおいて統計的に有意な優越性を示した (HR 0.74; 95% CI 0.65-0.85; p<0.001)。12ヶ月PFS率は、ゲフィチニブ群で24.9%、カルボプラチン・パクリタキセル群で6.7%であった。PFSのKaplan-Meier曲線は、治療開始後約6ヶ月の時点で交差しており、初期の期間ではカルボプラチン・パクリタキセル群が優位であったが、その後はゲフィチニブ群が優位となるパターンを示した (Figure 2A)。この交差は、ITT集団全体でのHR 0.74という優越性が、特定のサブ集団に集中している可能性を示唆した。
ITT集団の客観的奏効率 (ORR): ITT集団におけるORRは、ゲフィチニブ群で43.0%、カルボプラチン・パクリタキセル群で32.2%であり、ゲフィチニブ群が有意に高かった (オッズ比 1.59; 95% CI 1.25-2.01; p<0.001)。
EGFR変異陽性サブグループのPFSとORR: EGFR変異状態が評価可能であった患者のうち、EGFR変異陽性であった261名のサブグループでは、ゲフィチニブ群のPFSがカルボプラチン・パクリタキセル群と比較して著しく延長した (HR 0.48; 95% CI 0.36-0.64; p<0.001)。中央値PFSはゲフィチニブ群で9.5ヶ月、カルボプラチン・パクリタキセル群で6.3ヶ月であった (Figure 2B)。このサブグループにおけるORRは、ゲフィチニブ群で71.2%、カルボプラチン・パクリタキセル群で47.3%と、ゲフィチニブが標準化学療法を大きく上回る奏効率を達成した (p<0.001)。病勢コントロール率 (DCR) もゲフィチニブ群で84.6%、カルボプラチン・パクリタキセル群で75.0%と良好であった。
EGFR変異陰性サブグループのPFSとORR: EGFR変異陰性であった176名のサブグループでは、PFSにおいてカルボプラチン・パクリタキセル群が有意に優越した (ゲフィチニブのHR 2.85; 95% CI 2.05-3.98; p<0.001)。中央値PFSはゲフィチニブ群で1.5ヶ月、カルボプラチン・パクリタキセル群で5.5ヶ月と、ゲフィチニブは統計的に有害であった (Figure 2C)。このサブグループにおけるORRは、ゲフィチニブ群で1.1% (1例のみ)、カルボプラチン・パクリタキセル群で23.5%と、化学療法が圧倒的に優位であった。EGFR変異陽性群でのHR 0.48と変異陰性群でのHR 2.85という全く対照的な結果は、EGFR変異状態がゲフィチニブの治療効果を予測する強力なバイオマーカーとして機能することを明確に示した。
全生存期間 (OS) の早期解析: OSの早期解析では、ITT集団において両群間に統計的に有意な差は認められなかった (HR 0.91; 95% CI 0.76-1.10; p=0.35)。中央値OSはゲフィチニブ群で18.6ヶ月、カルボプラチン・パクリタキセル群で17.3ヶ月であった (Supplementary Appendix Figure 2A)。このOS解析は追跡期間が不十分であり、また、ゲフィチニブ群の38.9%がカルボプラチン・パクリタキセルを、カルボプラチン・パクリタキセル群の39.5%がEGFR-TKIを後続治療として受けていたため、クロスオーバーの影響が大きく、OSへの影響を評価するにはさらなる追跡が必要であると考えられた。
生活の質 (QOL) および症状の改善: QOL関連エンドポイントでは、FACT-Lスコアの臨床的に意義のある改善レスポンダーの割合は、ゲフィチニブ群で48.1%、カルボプラチン・パクリタキセル群で41.3%であり、ゲフィチニブ群で有意に高かった (オッズ比 1.34; 95% CI 1.06-1.69; p=0.01)。同様に、TOIスコアの改善レスポンダーの割合も、ゲフィチニブ群で53.1%、カルボプラチン・パクリタキセル群で37.0%と、ゲフィチニブ群で有意に優越した (オッズ比 1.78; 95% CI 1.40-2.26; p<0.001) (Figure 3)。LCSスコアに基づく症状改善率は両群間で類似していた (オッズ比 1.13; 95% CI 0.90-1.42; p=0.30)。これらのQOLの優越性は、ゲフィチニブ群の副作用プロファイルが化学療法群よりも良好であったことに起因すると考えられる。
安全性プロファイル: 最も一般的な有害事象は、ゲフィチニブ群で皮疹またはざ瘡 (66.2%) および下痢 (46.6%) であった。一方、カルボプラチン・パクリタキセル群では、神経毒性 (69.9%)、好中球減少症 (67.1%)、および脱毛症 (58.4%) が高頻度で認められた (Table 2)。グレード3または4の有害事象の発生率は、ゲフィチニブ群で28.7%、カルボプラチン・パクリタキセル群で61.0%と、化学療法群で顕著に高かった。特に、グレード3または4の好中球減少症はゲフィチニブ群で5.6%、カルボプラチン・パクリタキセル群で30.8%であり、血液毒性全般において化学療法群が高頻度であった。間質性肺疾患 (ILD) の発生率は、ゲフィチニブ群で2.6% (16例中3例が死亡)、カルボプラチン・パクリタキセル群で1.4% (8例中1例が死亡) であった。治療中止に至った有害事象の発生率は、ゲフィチニブ群で6.9%、カルボプラチン・パクリタキセル群で13.6%であった。
考察/結論
IPASS試験は、東アジアのEGFR変異陽性肺腺癌患者に対する第一選択治療として、ゲフィチニブが標準化学療法(カルボプラチン・パクリタキセル)と比較して有意にPFSを延長することを、無作為化第III相試験として初めて明確に示したランドマーク研究である。EGFR変異陽性患者におけるゲフィチニブのPFS延長効果は顕著であり (HR 0.48; 95% CI 0.36-0.64; p<0.001)、ORRも71.2%と非常に高かった。
先行研究との違い: ゲフィチニブを非選択的に使用した先行試験(例えばISEL (Iressa Survival Evaluation in Lung Cancer) 試験 Thatcher et al. Lancet 2005 やINTEREST試験 Kim et al. Lancet 2008)では、全生存期間の延長が示されなかったり、PFSの優越性が限定的であったりした。本研究は、これらの先行研究とは異なり、EGFR変異陽性という分子選択された集団において、第一選択TKIの有効性を第III相レベルで初めて確立した。特に、EGFR変異陽性群でHR 0.48、変異陰性群でHR 2.85という正反対の結果が得られたことは、未選択集団への一律TKI投与が有害となりうることを明確に示しており、これは既存の臨床知見と本質的に異なる重要な知見であった。
新規性: 本研究で最も新規な発見は、EGFR変異状態という「バイオマーカーによる患者選択」の必要性を大規模無作為化試験で明確に示した点である。ITT集団でのPFSの優越性 (HR 0.74; 95% CI 0.65-0.85; p<0.001) が示されたのは、東アジアの非喫煙者または軽喫煙者の肺腺癌という「EGFR変異富化集団」であったためであり、この結果は欧米の一般集団へは直接適用できないことを示唆している。この知見は、個別化医療の重要性を強調するものであった。
臨床応用: 本試験の結果は、EGFR変異検査を前提とした第一選択EGFR-TKI投与を、EGFR変異陽性NSCLC患者に対する世界的標準治療として確立する強力な根拠となった。この臨床的意義は非常に大きく、後続のMaemondo et al. NEnglJMed 2010、Mitsudomi et al. LancetOncol 2010、およびZhou et al. LancetOncol 2011がIPASSの知見を発展・確証し、第一世代EGFR-TKIの臨床応用の基盤を固めた。
残された課題: OS解析は早期段階であり (HR 0.91; p=0.35)、統計的有意差は認められなかった。これは、ゲフィチニブ群および化学療法群の双方で後続治療としてのクロスオーバーが頻繁に発生した影響が大きいと考えられ、クロスオーバー補正後の長期OS解析が残された課題であった。また、EGFR変異検査が全患者の約36% (437/1217例) でしか実施できなかったという体制上の問題も提起された。さらに、EGFR-TKI治療後のT790M耐性変異出現後の後続治療戦略、中枢神経系転移への有効性、およびEGFR変異検出感度の向上といった課題も残されていた。これらの課題は、後のオシメルチニブ (FLAURA試験など) や二次耐性に関する研究群へと引き継がれることになった。
方法
本研究は、国際多施設共同、非盲検、非劣性から優越性を検証する無作為化第III相試験 (IPASS: IRESSA Pan-Asia Study; ClinicalTrials.gov NCT00322452) として実施された。対象患者は、東アジア8カ国(中国、香港、インドネシア、日本、マレーシア、フィリピン、シンガポール、台湾、タイ)の87施設から登録された。適格基準は、18歳以上、組織学的または細胞学的に確認されたステージIIIBまたはIVの肺腺癌、非喫煙者(生涯喫煙本数100本未満)または軽喫煙者(15年以上前に禁煙し、喫煙歴が10パックイヤー以下)、WHOパフォーマンスステータス (PS) 0〜2、および化学療法未施行であった。
合計1217名の患者が無作為に2群に割り付けられた。ゲフィチニブ群には609名の患者が割り付けられ、ゲフィチニブ250mgを1日1回経口投与された。カルボプラチン・パクリタキセル群には608名の患者が割り付けられ、カルボプラチン (AUC 5または6 mg/mL/min) とパクリタキセル (200mg/m²を3時間かけて静脈内投与) を3週間ごとに最大6サイクル投与された。無作為化は、PS (0または1 vs 2)、喫煙歴 (非喫煙者 vs 軽喫煙者)、性別、および施設を層別化因子として動的バランス法を用いて行われた。治療は病勢進行、許容できない毒性、患者または医師の判断による中止、プロトコル不遵守、または化学療法6サイクル完了まで継続された。ゲフィチニブ群で病勢進行した患者には、カルボプラチン・パクリタキセルへの切り替え機会が提供された。
主要評価項目はPFSであり、無作為化日から初回病勢進行またはあらゆる原因による死亡までの期間と定義された。PFSの評価はRECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) ガイドラインに従い、6週間ごとに腫瘍評価が行われた。副次評価項目には、OS (無作為化日からあらゆる原因による死亡までの期間)、ORR、QOL (Functional Assessment of Cancer Therapy-Lung [FACT-L] questionnaireおよびTOIスコア)、および安全性プロファイルが含まれた。QOLの臨床的に意義のある改善は、FACT-LおよびTOIスコアで6点以上、または肺癌サブスケール (LCS) スコアで2点以上の改善が21日以上維持された場合と定義された。安全性および忍容性は、NCI Common Terminology Criteria for Adverse Events (CTCAE) version 3.0に従って評価された。
EGFR変異検査は、同意を得た患者の腫瘍生検検体から後方視的に実施された。EGFR変異状態は、増幅抵抗性変異システム (ARMS) とDxS EGFR29 (EGFR29変異検出キット) を用いて、29種類のEGFR変異のいずれかが検出された場合に陽性とされた。統計解析では、主要評価項目であるPFSはCox比例ハザードモデルを用いて解析され、ハザード比 (HR) と95%信頼区間 (CI) が算出された。非劣性を示すためには、HRの95% CIの上限が事前に定義された非劣性マージン1.2を下回る必要があった。さらに、95% CIの上限が1を下回る場合は優越性が結論付けられた。サブグループ解析として、EGFR変異状態別のPFSが比較された。OS、ORR、QOLの解析には、それぞれ同様の統計手法が用いられた。