- 著者: Serizawa M, Koh Y, Kenmotsu H, Isaka M, Murakami H, Akamatsu H, Mori K, Abe M, Hayashi I, Taira T, Maniwa T, Takahashi T, Endo M, Nakajima T, Ohde Y, Yamamoto N
- Corresponding author: Yasuhiro Koh (Drug Discovery and Development Division, Shizuoka Cancer Center Research Institute, Shizuoka, Japan)
- 雑誌: Cancer
- 発行年: 2014
- Epub日: 2014-04-03
- Article種別: Original Article
- PMID: 24700479
背景
肺癌は世界的にがん関連死亡原因の第1位であり、その中で最も頻度の高い組織型である肺腺癌では、近年、複数のドライバー遺伝子異常が同定され、分子標的治療の開発が急速に進展している。特に、EGFR活性化変異(エクソン19欠失、L858R点変異)は、EGFR-TKI(ゲフィチニブ、エルロチニブ)に対する奏効を予測する標準的なバイオマーカーとして確立されている。これらのTKIは、奏効率58%〜83%、無増悪生存期間(PFS)9〜13ヵ月という優れた臨床成績を示している。また、ALK融合遺伝子は非小細胞肺癌(NSCLC)の1%〜7%に認められ、ALK-TKIであるクリゾチニブは、奏効率60%超、PFS 8〜10ヵ月という有望な効果を示すことが報告されている Kwak et al. NEnglJMed 2010、Shaw et al. LancetOncol 2011。これらの進歩は、肺腺癌治療における個別化医療の重要性を強調している。
EGFR変異の頻度は東アジア人(30%〜40%)が北米人(10%〜20%)の2〜3倍高いことが知られており、民族差が遺伝子変異の頻度に影響を与えることが示されている。しかし、これまでドライバー遺伝子変異の検出は、個別遺伝子を逐次的に解析する方法が主流であり、複数の遺伝子を一度に効率的に解析する包括的なアプローチは不足していた。近年、多遺伝子を一度に解析できるマルチターゲットジェノタイピングプラットフォームが登場し、包括的な変異プロファイリングが可能となった。欧米では、Lung Cancer Mutation Consortium (LCMC) やフランスのFrench Cooperative Group on Thoracic Oncology (FCCPS) などの大規模コンソーシアムが、このようなプラットフォームを用いて大規模な前向き研究を実施し、多くの知見を蓄積してきた。しかし、日本人患者を対象とした大規模かつ前向きなマルチターゲットジェノタイピング研究のデータは乏しく、日本人集団におけるドライバー遺伝子変異の包括的なプロファイルや臨床病理学的特徴との関連は未解明な点が多かった。例えば、Pao et al. LancetOncol 2011やOxnard et al. JClinOncol 2013といった先行研究は、新たなドライバー遺伝子変異の同定に貢献しているものの、日本人集団における網羅的なプロファイリングに関する情報は不足している。
このような背景から、日本人肺腺癌患者におけるドライバー遺伝子変異の包括的なプロファイルを明らかにすることは、個別化医療の推進と新たな分子標的治療薬の開発において極めて重要である。特に、欧米と異なる遺伝子変異頻度を持つ日本人集団において、多遺伝子解析による詳細な変異プロファイリングは、最適な治療戦略の選択に不可欠な情報を提供する。本研究は、この知識ギャップを埋めることを目的として、日本人肺腺癌患者を対象とした前向き単施設研究を実施した。
目的
本研究の目的は、静岡がんセンターにおける前向き単施設試験「Shizuoka Lung Cancer Mutation Study」として、日本人肺腺癌患者の包括的遺伝子変異プロファイリングを実施し、以下の点を明らかにすることである。第一に、EGFR、KRAS、ALK、ROS1、RET、HER2、BRAF、PIK3CA、METなどの主要なドライバー遺伝子変異および増幅の頻度を詳細に評価すること。第二に、これらの各ドライバー遺伝子変異と患者の臨床病理学的特徴(性別、年齢、病期、喫煙歴など)との相関関係を明らかにすること。第三に、複数のドライバー遺伝子異常が同時に存在する複合遺伝子異常の実態とその臨床的意義を解明すること。これらの知見を通じて、日本人肺腺癌患者における個別化医療の推進に資する分子標的治療の選択肢を拡大するための基盤データを提供することを目指す。
結果
ドライバー変異の全体検出頻度——54.3%に少なくとも1異常を検出: 411例中223例(54.3%)で少なくとも1つのドライバー遺伝子異常が検出された。遺伝子変異の検出率は、新鮮凍結組織、FFPE組織、および体腔液間で有意差は認められなかった(P = 0.0940)。最も頻繁に検出された遺伝子異常はEGFR変異であり、全患者の35.0%(n=144/411 patients)に認められた。EGFR変異の内訳は、エクソン19欠失とL858R点変異が大部分を占めた。次いで、KRAS変異が8.5%(n=35 patients)、ALK融合遺伝子が5.0%(n=12/238 patients、ALK融合は238例でのみ検査)であった。その他の遺伝子異常の頻度は以下の通りであった:PIK3CA変異3.4%、MET増幅2.8%、HER2エクソン20挿入1.7%、PIK3CA増幅1.7%、KIF5B-RET融合1.1%(182例でのみ検査)、BRAF V600E変異0.7%、CD74-ROS1融合0.5%(182例でのみ検査)、NRAS変異0.5%、MEK1変異0.5%、AKT1変異0.5%、EGFR増幅2.4%、FGFR1増幅0%。これらの結果は、日本人肺腺癌患者におけるドライバー遺伝子変異のプロファイルを明確に示した(Figure 1A, Supporting Table 4)。ALK融合、HER2挿入、MEK1変異、KIF5B-RET融合、CD74-ROS1融合は、他のドライバー遺伝子異常と相互排他的であることが示された(Figure 1B)。
喫煙歴別変異検出率——非喫煙者で70.5%と著明に高率: 喫煙歴別の遺伝子変異検出率を解析した結果、heavy smoker(Brinkman index ≥ 600、n=179 patients)では39.7%(n=71 patients)、light smoker(Brinkman index < 600、n=98 patients)では58.2%(n=57 patients)、非喫煙者(n=132 patients)では70.5%(n=93 patients)であった。非喫煙者において最も高い変異検出率が示され、喫煙状況が遺伝子変異プロファイルに有意な影響を与えることが示唆された(Figure 2)。EGFR変異は非喫煙者で著明に高い検出率を示し、非喫煙者における変異検出率70.5%の大部分を占めた。一方、KRAS変異は喫煙者に有意に多く検出された(多変量解析によるオッズ比 [OR] 6.26 [95% CI 1.76-29.89]、p = 0.0036)。この結果は、非喫煙者がEGFR-TKIを中心とした分子標的療法からより多くの恩恵を受ける可能性を示している。
臨床病理学的特徴との相関——EGFRは女性・非喫煙者、ALKは若年・進行期: 各遺伝子型と臨床病理学的特徴との関連を解析した(Table 1, Table 2)。EGFR変異は女性に有意に多く(OR 1.99 [95% CI 1.14-3.45]、p = 0.0156)、非喫煙者と有意に相関した(喫煙者 vs 非喫煙者 OR 0.36 [95% CI 0.21-0.63]、p = 0.0004)。ALK融合陽性患者はALK野生型患者と比較して有意に若年であった(中央年齢52歳 vs 68歳、p = 0.0052)。また、ALK融合は進行ステージとの関連も示した(早期ステージ vs 進行ステージ OR 0.15 [95% CI 0.01-0.80]、p = 0.0235)。HER2エクソン20挿入は早期ステージに多く(OR 5.54 [95% CI 1.11-41.14]、p = 0.0371)、非喫煙者と相関した(OR 0.07 [95% CI 0.01-0.52]、p = 0.0101)。KRAS変異はheavy smokerに多く認められた(Brinkman index中央値820 vs 全体440)。これらの臨床病理学的相関は、多変量ロジスティック回帰分析によっても確認され、既報の知見と一致していた。
複合遺伝子異常——22例(5.4%)に認め高齢者に有意に多い: 全患者の22例(5.4%)で2つ以上のドライバー遺伝子異常の共存が確認された(Figure 1B, Supporting Table 5)。複合異常の最多パートナーはEGFR変異であり、16例で他の遺伝子異常と共存していた。これは、EGFR変異が必ずしも他のドライバー遺伝子異常と相互排他的ではないことを示唆する。PIK3CA遺伝子異常(変異11例+増幅7例 = 18例)のうち、11例(61%)がEGFR、KRAS、METのいずれかの遺伝子異常と複合的に存在していた(Figure 1B, Supporting Table 5)。複合遺伝子異常は70歳超の高齢患者に有意に多く認められた(中央年齢71歳 vs 68歳、p = 0.0450; 70歳超の患者におけるOR 2.81 [95% CI 1.16-7.13]、p = 0.0223)。これは、ゲノム不安定性の経年蓄積を反映している可能性がある。特筆すべき症例として、74歳男性の非喫煙者患者で、EGFR exon 19欠失、AKT1変異、PIK3CA増幅(手術検体)に加え、EGFR増幅、FGFR1増幅(胸水細胞)の計5つの遺伝子異常が同定された例があった(Figure 3A-C)。この患者は、第5ライン治療としてエルロチニブを投与されたところ、肺および肝腫瘍で6ヵ月間持続奏効を示した(Figure 3D, Supporting Table 6)。この症例は、多重変異を持つ患者におけるマルチジェノタイピングの臨床的意義を強く示唆するものである。
欧米コホートとの比較——EGFR変異頻度差の主因は喫煙歴: 本研究のデータと米国Lung Cancer Mutation Consortium (LCMC) のデータとの比較では、全体的な変異検出率は本研究が52%、LCMCが54%と有意差はなかった(p = 0.4272)。しかし、EGFR変異頻度は本研究が35%に対し、LCMCが22%と本研究で有意に高かった。本研究コホート(喫煙者68%)とLCMCコホート(喫煙者66%)の喫煙割合はほぼ同等であるため、このEGFR変異頻度の差は民族差(日本人 vs 北米人)に起因すると考えられる。Sequist et al. (2011 Ann Oncol) との比較でも同様にEGFR変異頻度およびKRAS変異頻度に差が認められた。中国人非喫煙者コホート(Li et al. 2011)では89%と極めて高い変異検出率が報告されているが、本研究コホートの非喫煙者サブセットと比較すると有意差は認められなかった。BRAF変異頻度は本研究で0.7%と欧米の報告(1.8%〜3%)より低く、本研究では喫煙者のみに検出された。
考察/結論
本研究は、日本人肺腺癌患者411例を対象とした当時最大規模の前向きマルチターゲットジェノタイピング研究であり、包括的変異プロファイリングの単施設実装可能性を示した点で新規性がある。また、変異頻度の人種差の主因が喫煙歴の分布差であることを統計的に明確化した点が主な貢献である。先行研究との比較でEGFR変異頻度(本研究35% vs 欧米11%〜22%)の差が大きいが、喫煙割合を統制すると変異頻度差の多くが消失することが示された。これは、EGFR変異多発のメカニズムが非喫煙者における変異蓄積経路の違いを反映することを示唆しており、これまでの知見と異なり、民族差だけでなく喫煙歴が遺伝子変異プロファイルに与える影響の大きさを強調する。
臨床的意義として、マルチターゲットジェノタイピングは逐次的単遺伝子検査と同等の感度を持ちながら、効率、コスト、組織消費量の観点で優れている。本研究の発表は、その後の包括的ゲノムプロファイリング(CGP)検査の保険収載(日本では2019年)の先駆的根拠の一つとなった。特に、非喫煙者では変異検出率が70.5%と高く、複数の分子標的治療の候補となる変異が同定される確率が高いことから、非喫煙者でのマルチジェノタイピングの臨床的有用性を明示した。本研究で初めて、多様な検体種(手術切除組織、生検、体腔液)を統合解析し、いずれの検体種間でも変異検出率に有意差がないこと(P=0.0940)を示した点は、実臨床への移行を促進する重要な知見である。高齢者(70歳超)で複合遺伝子異常が有意に多い(OR 2.81 [95% CI 1.16-7.13]、p=0.0223)という発見は、ゲノム不安定性の経年蓄積を反映し、高齢患者での包括的ゲノム解析の意義を示す。
残された課題として、(1) ドライバー変異未同定例(45.7%、188例)の遺伝的基盤の解明と最適治療の確立が挙げられる。これらの患者に対する治療戦略は今後の検討課題である。(2) NTRK融合、MET exon 14 skipping、BRAF V600E以外のBRAF変異、ERBB2変異などの新規ドライバーを含む次世代シーケンシング(NGS)によるより包括的なプロファイリングへの移行が必要である。(3) 複合遺伝子異常を持つ患者(5.4%)の最適治療戦略の確立も重要である。例えば、EGFR-TKI単剤で有効な例と組み合わせ療法が必要な例の選別基準は未確立である。(4) 液体生検(ctDNA)を用いた経時的変異モニタリングの実装も今後の研究方向性として重要である。本研究は、日本のオンコロジーゲノミクスにおける礎石となった重要な研究であり、分子標的治療の個別化を促進するためのマルチターゲットジェノタイピングの価値を強調するものである。
方法
本研究は、2011年7月から2013年1月にかけて静岡がんセンターに入院した肺腺癌患者411例を前向きに登録した単施設前向き研究である(倫理審査番号 22-34-22-1-7)。患者の書面によるインフォームドコンセントを取得した。
患者背景: 対象患者の中央年齢は68歳(範囲29〜89歳)で、女性が38%を占めた。病期の内訳は、ステージIが25%、IIが7%、IIIが21%、IVが46%であった。喫煙歴に関しては、非喫煙者が32%(n=132)であった。
検体採取と処理: 患者から得られた検体は、手術切除組織、腫瘍生検組織、および体腔液(胸水、心嚢液など)であり、合計502検体を取得した(73例が複数検体)。手術切除組織は病理医により腫瘍含有率を高めるためにマクロ解剖され、腫瘍生検組織はヘマトキシリン・エオジン染色により10%以上の腫瘍含有率が確認されたものを使用した。検体は採取後直ちにドライアイスで急速凍結され、-80℃で保存された。ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)検体は10μm厚で切片化された。体腔液からの細胞は、密度勾配遠心分離法により分離され、-80℃で保存された。
マルチターゲットジェノタイピング: 腫瘍ジェノタイピングパネルは、以下の遺伝子異常を評価するために設計された。
- 点変異および挿入: EGFR(エクソン18、19、20、21)、KRAS(コドン12、13)、BRAF(V600E)、PIK3CA(エクソン9、20)、NRAS、MEK1(MAP2K1)、AKT1、PTEN、HER2(エクソン20挿入)の23ホットスポットサイトを、ピロシーケンシングおよびキャピラリー電気泳動を用いて解析した。
- コピー数異常: EGFR、MET、PIK3CA、FGFR1、FGFR2の遺伝子増幅を、定量的PCR(qPCR)および蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)を用いて検討した。
- 融合遺伝子: ALK、ROS1、RET融合遺伝子を、逆転写PCR(RT-PCR)およびFISHを用いて解析した。ALK融合遺伝子については、免疫組織化学(IHC)も実施した。ROS1およびRET融合遺伝子は、新鮮凍結組織または体腔液が利用可能な182例でのみRT-PCRで検査された。
統計解析: 各遺伝子型と臨床的特徴との関連は、両側Student t-testおよびFisher’s exact testを用いてGraphPad Prism 5(GraphPad Software, Inc., San Diego, Calif)で解析された。また、多変量ロジスティック回帰分析はJMP 9.0(SAS Institute, Cary, NC)を用いて実施された。統計的有意水準はP < 0.05と設定された。