• 著者: William Pao, Nicolas Girard
  • Corresponding author: William Pao (Vanderbilt-Ingram Cancer Center, Nashville, TN, USA)
  • 雑誌: The Lancet Oncology
  • 発行年: 2011
  • Epub日: 2010-10-12
  • Article種別: Review
  • PMID: 21277552

背景

肺癌は世界で最も多い癌関連死亡原因であり、年間100万人以上が死亡し、5年生存率は15%にとどまるのが現状である Schiller et al. NEnglJMed 2002。肺癌は小細胞肺癌と非小細胞肺癌 (NSCLC) に大別され、NSCLCは腺癌、扁平上皮癌、大細胞癌の3亜型からなる。特に腺癌は全肺癌の50%超を占め、現在も増加傾向にある。従来の治療選択は主に腫瘍の組織型に基づいて行われてきたが、その効果は限界に達しており、新たな治療戦略が強く求められている。例えば、進行NSCLCに対する標準的なプラチナベースの二剤併用化学療法は、奏効率の面で頭打ちの状態であった Scagliotti et al. JClinOncol 2008

EGFR変異を標的としたゲフィチニブやエルロチニブの臨床的成功は、個別化医療の可能性を大きく広げた。これらの薬剤は、EGFR変異陽性患者において70%以上の高い奏効率を示し、プラチナベースの化学療法と比較して無増悪生存期間 (PFS) を有意に延長することが複数の第3相臨床試験で報告された Mitsudomi et al. LancetOncol 2010。この成功により、ドライバー変異に基づく分子サブセット分類とそれに対応する標的治療の概念が注目されるようになった。ドライバー変異は、癌細胞の増殖と生存に不可欠なシグナル伝達タンパク質をコードする遺伝子に発生し、腫瘍形成と維持を駆動する。この「癌遺伝子嗜癖 (oncogene addiction)」の概念は、複雑な遺伝子異常を持つ腫瘍であっても、特定のドライバー遺伝子に依存することで治療的脆弱性を生み出す可能性を示唆している。

しかし、EGFRおよびKRAS以外のドライバー変異については、その生物学的特徴、腫瘍における頻度、臨床的意義、および対応する標的治療薬の開発状況に関する包括的な整理が不足しており、個別化医療のさらなる進展に向けた知識のギャップが残されていた。NSCLCのドライバー変異は、PIK3CA変異を除き、一般的に相互排他的であると報告されており、それぞれの変異が異なる治療的脆弱性を形成すると考えられる。これらの新規ドライバー変異の同定と特性評価は、NSCLCの分子基盤をより深く理解し、患者の遺伝子構成に応じたテーラーメイド治療を実現するための重要なステップとなるが、これらの新規ドライバー変異に関する包括的なレビューはこれまで手薄であった。

目的

本総説の目的は、非小細胞肺癌 (NSCLC) において新たに同定された臨床的に関連性のあるドライバー変異、特にALK、HER2 (ERBB2)、BRAF、PIK3CA、AKT1、MAP2K1、およびMETに焦点を当て、その現状の知見を包括的にレビューすることである。具体的には、各変異の生物学的特徴、NSCLC腫瘍における検出頻度、臨床的意義、およびこれらの変異を標的とする薬剤の初期開発状況を整理し、個別化医療への応用可能性を評価する。本レビューは、EGFRおよびKRAS変異に関する既存の広範なレビューを補完し、NSCLCの分子サブセット分類の全体像を提示することで、治療戦略の最適化に貢献することを目指す。本レビューは、これらの新規ドライバー変異が個別化医療のパラダイムシフトをどのように推進し、患者の治療成績向上に寄与しうるかを考察する。

結果

ALK融合遺伝子:発見から臨床開発への進展: EML4-ALK融合遺伝子は、NSCLC全体の3〜7%に認められるドライバー変異である。この融合は、染色体2番短腕内の逆位 (inv(2)(p21p23)) によって生じ、少なくとも9種類の異なるバリアントが同定されている。生物学的には、EML4とALKの融合によりALKキナーゼドメインの恒常的活性化が誘導され、細胞の多量体化が促進される。EML4-ALK融合遺伝子を発現させたマウスモデル (n=12 mice) では、多発性の肺腺癌腫瘍が形成され、この融合タンパク質が腫瘍形成に十分であることが実証された。臨床的には、非喫煙者、腺癌患者、若年者に頻度が高く、EGFRおよびKRAS変異とは相互排他的である。ALK陽性肺癌はEGFR-TKIに耐性を示すため、ALK特異的阻害薬が必要とされる。PF-02341066 (crizotinib) は、第1/2相試験においてALK融合陽性患者81名中47名 (58%) で病勢制御を達成し、その後のALK陽性NSCLCにおける初の標準治療薬としての地位を確立する先進的データを示した。ALK陽性患者を対象としたPF-02341066とペメトレキセドまたはドセタキセルの比較第3相試験 (NCT00932845) が進行中であることも報告された (Table 2)。

HER2変異:稀な腺癌特異的サブセットとその標的治療: HER2 (ERBB2) はEGFR受容体ファミリーの一員であり、NSCLCの約2%に遺伝子変異が認められる。これらの変異は主にexon 20のインフレーム挿入であり、コドン776周辺のTyr-Val-Met-Ala (YVMA) 配列挿入が代表的である。HER2変異は非喫煙者、女性、アジア人、腺癌患者に多く、EGFRやKRAS変異とは共存しない。生物学的には、HER2 exon 20挿入変異は受容体を恒常的に活性化し、EGFRとHER2双方を標的とする阻害薬 (例: lapatinib、HKI-272) に感受性を示すが、EGFR選択的阻害薬には感受性がない。トランスジェニックマウスモデルでは、HER2 YVMA変異の発現により肺腺扁平上皮癌が急速に発症し、BIBW 2992 (afatinib) とsirolimus (mTOR阻害薬) の併用により顕著な腫瘍縮小が観察された。また、BIBW 2992単独でもHER2変異陽性肺腺癌に有望な活性が確認されており、HER2変異 Gly776Leu保有の化学療法難治性肺腺癌患者においてtrastuzumabとpaclitaxelの併用療法への反応例も報告された。

BRAF変異:メラノーマとは異なる変異スペクトラムと治療薬開発: BRAFはRAS GTPaseと下流のMAPKファミリーを結合するSer-Thrキナーゼであり、NSCLCの1〜3% (主に腺癌) に変異が認められる。メラノーマでは約80%がV600E変異であるのに対し、NSCLCでは非V600E変異が88%を占め、Leu596ValやGly468Alaなどが報告されている。BRAF変異はEGFRおよびKRAS変異と相互排他的であり、MAPK2/3の恒常的活性化につながる。マウスモデルでは、BRAF V600E変異の肺上皮細胞での発現が腫瘍維持に必要であることが示され、oncogene addictionの概念を支持する。選択的B-RAF阻害薬PLX4032はBRAF V600E変異メラノーマで顕著な活性を示しており、NSCLCのBRAF V600E症例においても抗腫瘍効果が期待されていた。多キナーゼ阻害薬sorafenibは、非選択NSCLCを対象とした第3相ESCAPE試験 (n=926) において、化学療法との併用で生存期間の有意な改善は得られなかった。

PIK3CA変異:EGFR変異との共存と低単剤活性: PIK3CAはPI3K (ホスホイノシトール3-キナーゼ) のp110α触媒サブユニットをコードし、NSCLC全体の約2%で変異が認められる (Table 1)。変異はexon 9 (Glu542・Glu545残基) に最も多く、扁平上皮癌と腺癌に同頻度で認められる点が他のドライバー変異と異なる。PIK3CA変異はEGFR変異との共存例も報告されており、ドライバー変異の中で相互排他性が低い唯一の例である。これらの変異はin vitroで酵素機能の活性化を誘導し、成長因子非依存的なAKTシグナル活性化をもたらす。PIK3CA増幅も腫瘍形成への寄与が疑われているが、増幅単独での腫瘍形成活性は生物学的に未証明である。PI3K・mTOR二重阻害薬BEZ235はマウスモデルで腫瘍縮小効果を示したが、単剤での臨床試験では奏効率が低く、複数の第1相試験が進行中であった (Table 2)。

AKT1変異:扁平上皮癌特異的な稀少サブセット: AKT1 (protein kinase B) のGlu17Lys変異はNSCLC全体の約1%に認められ、扁平上皮癌のみで同定されており、腺癌にはほとんど認められない。この変異は欧米人・米国人コホートに多い傾向がある。Glu17Lys変異はAKT1のプレクストリンホモロジー (PH) ドメインに生じ、ホスホイノシチド結合ポケットを改変することでPI3K非依存的にAKTを恒常的に活性化し、形質転換を誘導する。ATP競合的AKT阻害薬に対する感受性は変異によって変化しないため、アロステリック阻害薬MK2206 (Merck) が第1相試験 (NCT00848718) で開発中であった。

MAP2K1変異:NSCLC 1%の腺癌変異とMEK阻害薬への感受性: MAP2K1 (MEK1) はSer-Thrキナーゼであり、BRAFの直接下流に位置してMAPK2/3を活性化する。NSCLC全体の約1% (主に腺癌) にGlu56Pro、Lys57Asn、Asp67Asn変異が同定されており、EGFR、KRAS、HER2、PIK3CA、BRAF変異とは相互排他的である。Lys57AsnおよびGln56Pro変異はin vitroで機能獲得型を示し、非ATP競合的MEK阻害薬AZD6244 (selumetinib) への感受性が報告されている。一方、AZD6244への獲得耐性を付与するMAP2K1変異も報告されており、耐性機序としても注目される。AZD6244は非選択NSCLC患者での第2相試験において奏効率5%と低く、患者選択の重要性を示唆した。

MET増幅・変異:EGFR-TKI耐性と一次性増幅の両面: METはHGF受容体チロシンキナーゼをコードする遺伝子であり、染色体7q21-31に位置する。MET増幅はEGFR-TKI獲得耐性患者の約20%で確認されており、ERBB3シグナルの活性化を介した「キナーゼスイッチ」による耐性メカニズムとして最も重要な機序の一つである Engelman et al. Science 2007Bean et al. ProcNatlAcadSciUSA 2007。TKI未使用の未治療NSCLCにおけるMET増幅の頻度は1.4〜21%と検出方法やカットオフ値によって大きな差がある。in vitro研究では、MET増幅がリン酸化HGFRの増加と関連することが示されており、MET増幅細胞株 (H1993等) へのshRNA処理でアポトーシスと増殖抑制が誘導されることから、MET増幅単独で腫瘍増殖を駆動するのに十分かつ必要であることが示唆されている。外科切除NSCLCにおいてMET増幅は不良予後と相関する。キナーゼドメイン変異は腎癌や胃癌とは異なりNSCLCでは稀であるが、日本人NSCLC患者の2〜3%にexon 14を欠失するスプライスバリアントが報告されており、受容体ダウンレギュレーション遅延とリガンド依存性増殖亢進をもたらす可能性が示唆されている。複数のMET阻害薬 (PF-02341066/crizotinib、GSK1363089、XL184) が第1/2相試験で開発中であり、HGFに対する完全ヒト化IgG2抗体AMG102 (Amgen) も化学療法との併用第2相試験 (NCT00791154) が進行中であった (Table 2)。

ゲノム全体の変異探索と今後の展望: 623遺伝子を対象にした肺腺癌188例のシステマティック配列解析では、163腫瘍で1013の非同義変異が同定され、ERBB3、ERBB4、EPHA3、FGFR1/2/4、NTRK1/2/3、KDRなど多くの受容体チロシンキナーゼファミリー遺伝子に変異が存在することが明らかとなった Ding et al. Nature 2008。また、518プロテインキナーゼのコーディング配列を26肺腫瘍と7細胞株でスクリーニングした別の研究では、141遺伝子に188体細胞変異が同定されたが、いずれの研究でも高頻度に繰り返される新規変異はほとんど見出されなかった Rikova et al. Cell 2007。遺伝子変異や増幅に加え、メチル化プロファイルや発現シグネチャーも化学療法や標的治療への感受性予測に貢献しうる。

考察/結論

本レビューは、NSCLCにおける複数のドライバー変異の同定が、組織型に基づく従来の治療選択から分子サブセットに基づく個別化治療へのパラダイムシフトの基盤を提供することを体系的に示した。従来EGFRおよびKRASに集中していたドライバー変異研究を、ALK、HER2、BRAF、PIK3CA、AKT1、MAP2K1、METという7つの新規変異に拡張した点が本レビューの独自性である。それぞれの変異について、生物学的特徴、腫瘍における頻度、検出法、および対応する標的治療薬の開発状況を網羅的に整理したことで、NSCLCの分子分類の全体像が初めて一元化された。

先行研究との違い: これまでのレビューは主にEGFRやKRAS変異に焦点を当てていたのに対し、本レビューはそれら以外の新規ドライバー変異に特化し、それぞれの変異の生物学的・臨床的意義を詳細に解説した点で、既存の知識を大きく補完する。特に、各変異の相互排他性や共存性、およびそれらが治療反応に与える影響についても言及しており、より複雑な分子プロファイリングの必要性を示唆している点で、先行研究とは異なるアプローチである。

新規性: 本研究で初めて、これらの新規ドライバー変異がNSCLCの病態生理において果たす役割を包括的に整理し、それぞれの変異が「癌遺伝子嗜癖」の概念に基づいた治療的脆弱性を形成する可能性を強調した。また、各変異に対応する標的治療薬の初期臨床開発状況を詳細に記述することで、個別化医療の実現に向けた具体的なロードマップを提示した。特に、ALK融合遺伝子に対するcrizotinibの有望な初期データは、その後の臨床応用を予見させるものであった。

臨床応用: 本知見は、NSCLC患者の分子プロファイリングを標準化し、各分子サブセットに対応する臨床試験を加速させることの臨床的意義を強く示唆する。特に、crizotinibはその後ALK陽性NSCLCの標準治療として確立されており、本論文の予測的価値が実証された。分子診断の進歩により、これらのドライバー変異を迅速かつ正確に検出することが可能となり、患者の遺伝子型に基づいた最適な治療選択が可能となる。これは、治療成績の向上と副作用の軽減に直結する臨床応用が期待される。

残された課題: 今後の検討課題として、希少サブセット (MAP2K1、AKT1変異等) におけるランダム化比較試験の実施、PIK3CA変異の真のドライバーとしての機能的証明、METを標的とした一次治療の有効性検証、および複数のドライバー変異や耐性変異の相互共存が治療反応に与える影響の解明が挙げられる。また、新たなドライバー変異の継続的な探索と、それらに対する新規標的治療薬の開発も重要な課題である。さらに、治療抵抗性のメカニズムを理解し、それを克服するための戦略を開発することも、今後の研究の方向性として重要である。

方法

本レビューは、2010年1月31日時点の文献に基づき、Medline、Current Contents、PubMedのデータベース検索、および関連論文の参考文献リストからの情報収集を行った系統的レビューである。検索キーワードには、「non-small cell lung cancer」と「mutation」、「targeted therapy」、「ALK」、「HER2」、「AKT」、「PIK3CA」、「MAPK」、「MEK」、「BRAF」、「MET」を組み合わせて使用した。また、米国臨床腫瘍学会 (ASCO) および米国癌学会 (AACR) の会議抄録や報告書も対象とした。さらに、Sanger InstituteのCOSMIC (Catalogue of Somatic Mutations in Cancer) データベースおよびClinicalTrials.govデータベースからも、同様の検索用語を用いて関連情報を取得した。対象としたのは、1989年から2009年の間に英語で発表された論文のみである。

本レビューでは、ゲノム解析、遺伝子発現解析、変異解析、プロテオーム解析などの網羅的な分子プロファイリング研究の知見を統合した。さらに、マウス肺腫瘍モデルを用いた機能的検証の結果も考慮に入れた。これらの多角的なアプローチにより得られたデータを基に、各ドライバー変異の生物学的機能、腫瘍形成における役割、臨床病理学的特徴との関連性、および標的治療薬に対する感受性に関する情報を収集・分析した。特に、各変異の検出頻度、EGFRやKRAS変異との相互排他性、および現在進行中の臨床試験の状況に重点を置いて情報を整理した。臨床試験情報は、ClinicalTrials.govの識別番号 (NCT番号) を参照し、対象患者集団が特定の分子サブセットに選択されているか否かを評価した。本レビューでは、各変異の臨床的意義を評価するため、エビデンスレベルの評価は行わず、主に変異の同定と初期臨床開発の状況に焦点を当てた。