- 著者: P. Razavi, M.T. Chang, G. Xu, et al.
- Corresponding author: D.B. Solit; B.S. Taylor; J. Baselga (Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, NY)
- 雑誌: Cancer Cell
- 発行年: 2018
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 30205045
背景
ホルモン受容体 (HR) 陽性かつHER2陰性の乳癌は、乳癌全体のなかで最も大きな割合を占めるサブタイプであり、アロマターゼ阻害剤 (AI)、SERM (selective estrogen receptor modulator: 選択的エストロゲン受容体モジュレーター)、SERD (selective estrogen receptor degrader: 選択的エストロゲン受容体分解薬) などの内分泌療法が標準治療として確立されている。しかし、多くの患者において治療経過中に内分泌療法耐性が生じ、最終的には致死的な転移性疾患へと進行することが臨床上の深刻な課題である。エストロゲン受容体 (ER) をコードする遺伝子であるESR1 (estrogen receptor 1) のリガンド結合ドメイン変異が、内分泌療法後の約18%の症例で検出されることは既に知られていたが、残りの約80%におよぶ症例における内分泌療法耐性メカニズムは依然として未解明のままであった。
転移性乳癌のゲノム情報は、大規模に解析されてきた治療前の原発乳癌 (例えばThe Cancer Genome Atlas (TCGA) コホートを報告した Network et al. Nature 2012 など) と比較して著しく乏しく、特に治療圧下における腫瘍のゲノム進化パターンは十分に解明されていなかった。これまでの研究は主に治療前の原発腫瘍を対象としていたため、転移巣や治療歴を持つ腫瘍の分子的特性を捉えるにはデータが不足していた。例えば、Zehir et al. NatMed 2017 では10,000例の転移性がんのゲノムランドスケープが報告されたが、乳癌における内分泌療法耐性メカニズムの網羅的な解明には至っておらず、治療歴と紐づいた大規模なゲノム解析データの不足が知識ギャップ (knowledge gap) として残されていた。
Memorial Sloan Kettering Cancer Center (MSKCC) では、広範囲の臨床がんシーケンシングプログラムであるMSK-IMPACT (Cheng et al. JMolDiagn 2015) プラットフォームが機関全体の取り組みとして実施されており、詳細な治療歴と紐づけた前向きゲノム解析が可能となっていた。この大規模なデータセットを活用することで、ESR1変異以外の内分泌療法耐性メカニズムを体系的に明らかにし、治療応答との関連を大規模に評価することが本研究の動機となった。特に、MAPK経路やER転写因子に関連する変異が内分泌療法耐性にどのように寄与し、ESR1変異とどのような関係にあるのかという課題を解決することが求められていた。
目的
本研究の目的は、HR陽性進行乳癌1,500例超の前向き臨床シーケンシングデータを詳細な治療歴および臨床アウトカムと統合し、内分泌療法耐性に関連するゲノム変異を網羅的に同定することである。特に、既知のESR1変異以外の耐性メカニズムを解明し、AI、SERM、SERDなどの治療応答との関連を評価することで、内分泌療法耐性乳癌の新たな分類体系 (taxonomy) を確立することを目指した。これにより、個々の患者のゲノムプロファイルに基づいた個別化治療戦略の開発に貢献し、臨床的意義のある治療選択肢を提供することを目指す。
結果
転移巣におけるゲノム変異の濃縮: 原発腫瘍 (TCGA) と比較し、転移巣では32遺伝子が有意に高頻度に変異していた (q<0.05)。そのうち29遺伝子 (91%) はHR+HER2-疾患で認められた (n=692例のホルモン療法後コホート)。主な変異としてTP53、ESR1、ARID1A、ARID2、CREBBP、ERBB2、NF1、FGFR4が転移巣で有意に増加していた (Figure 2B)。転移臓器との関連として、CDH1 (cadherin 1) 変異は卵巣転移と関連し、GATA3機能喪失変異は肺転移と関連した (Figure 2C)。HER2陽性 (IHC/FISH定義) とERBB2増幅 (シーケンシング) の一致率は98% (1,778/1,810例) であった。統合ホットスポット解析 (n=2,732例) では72遺伝子の313有意ホットスポット変異を同定し、PIK3CAの12の新規ホットスポットを含んでいた。
内分泌療法耐性変異 (MAPK経路・転写因子異常) の同定: ホルモン療法後692例において、ESR1変異 (18%、128/692例) に加えて、ERBB2活性化変異とNF1機能喪失変異がホルモン療法後に2倍以上の頻度で増加していた (ERBB2: p=0.00003、NF1: p=0.0004)。さらにERBB3、KRAS、HRAS、BRAF、MAP2K1 (MEK1) のホットスポット変異も認められ、加えてEGFR焦点増幅を有する患者12例が転移巣で確認され、そのうち8例はAI治療歴がある症例であった。これらMAPKシグナル異常はESR1変異と相互排他的であり (p<0.0001)、ホルモン療法後ESR1野生型腫瘍の16%、全ホルモン療法後腫瘍の22%に認められた (Figure 3B)。さらに転写因子変異 (MYC増幅、CTCF変異、FOXA1変異、TBX3変異) もホルモン療法後に増加し、ESR1/MAPK変異なし腫瘍に多く認められた。MAPK異常と転写因子変異を合わせると、全ESR1野生型ホルモン療法後腫瘍の27%、全ホルモン療法後腫瘍 of 22%に相当した。
ゲノム変異と治療応答との関連: AI投与前生検でのゲノム変異とPFSの比較では、MAPK異常保有腫瘍は全変異野生型 (pan-wild-type) 腫瘍と比較してAI治療中のPFSが著明に短縮していた (中央値3.5 vs 15.2 months、log-rank p=1.4 × 10⁻⁹) (Figure 3C)。ESR1変異腫瘍 (中央値4.1 vs 15.2 months、log-rank p=0.0003) や転写因子変異腫瘍 (中央値6.4 vs 15.2 months、log-rank p=1.3 × 10⁻⁶) でも同様の傾向が示された。SERD治療では、ESR1変異や転写因子変異腫瘍はpan-wild-type腫瘍と同等の効果を示したが、MAPK異常腫瘍のみSERDに対するPFS短縮が示された (中央値3.7 vs 4.8 months、log-rank p=0.029) (Figure 3C)。
変異の時系列 (timing) 解析: 74マッチドペアの解析により、EGFR増幅は60%がホルモン療法前から存在していたのに対し、ERBB2変異は82%が治療前から存在していた (Figure 4B)。一方でNF1、KRAS、MAP2K1、BRAFなどの純粋MAPK変異は74%が治療後に出現または選択されたものであった (Figure 4C)。単一患者の解剖例では、胸膜転移巣にESR1 Y537S変異が、5つの異なる転移巣に異なるERBB2ドライバー変異 (S310Y、L755S、D769Y) が認められ、同一患者内で複数の独立した耐性機序が並存し得ることが示された (Figure 4D)。ddPCR (検出感度0.03%) での確認でもこの排他的パターンが支持された。
in vitroにおける機能的検証: MCF-7細胞にEGFRを過剰発現させると、フルベストラントへの抵抗性が生じ、フルベストラント+erlotinib (EGFR阻害) または+SCH772984 (ERK阻害) の併用でこの耐性が回復した (Figure 5C, D)。4種類の異なるNF1標的ガイドRNAを用いたCRISPR-Cas9編集でNF1ノックアウトMCF-7細胞 (n=3 replicates) を作製すると、phospho-ERK、phospho-MEK、phospho-RSKが上昇し、フルベストラント感受性が低下した (Figure 5E, G)。このNF1ノックアウト実験では、p-ERKの3.2-fold increase (p<0.01、Student t-test) を伴うSERD抵抗性が確認された。また、別の検証実験 (n=3 replicates) においても、EGFR過剰発現による2.5-fold increaseのMAPK活性化が確認された。SCH772984処理によりMAPK経路を抑制すると耐性表現型が逆転し、MAPK活性化が内分泌療法耐性の機能的原因であることが確認された (Figure 5F, H)。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、主に治療前の原発腫瘍を対象としていた従来のゲノム解析プロジェクト (TCGAなど) と異なり、詳細な治療歴および臨床アウトカムと紐づいた大規模な転移巣・治療後腫瘍コホートを対象とした点で決定的に異なる。従来の単一バイオプシーによる解析では見逃されがちであった腫瘍内不均一性や、同一患者内での複数の独立した耐性機序の並存 (convergent evolution) を、単一患者の解剖例における多部位シーケンシングによって実証した点も、これまでの単一病変解析に依存した先行研究と対照的である。
新規性: 本研究で初めて、内分泌療法耐性乳癌において、ESR1変異と相互排他的に存在するMAPK経路遺伝子変異 (ERBB2、NF1、KRAS、BRAF、EGFR増幅など) および転写因子変異 (MYC、CTCF、FOXA1、TBX3) が、独立した重要な耐性メカニズムを構成することを新規に同定した。これにより、内分泌療法耐性乳癌を (1) ESR1変異、(2) MAPK経路変異、(3) 転写因子異常、(4) pan-wild-type の4つのカテゴリに分類する新たな分類体系 (taxonomy) を初めて提示した。
臨床応用: 本知見は、内分泌療法耐性乳癌患者に対する個別化治療戦略の確立という臨床的有用性に直結する。ERBB2活性化変異はneratinibなどのHER2キナーゼ阻害薬 (Hyman et al. Nature 2018) で、EGFR増幅はEGFR阻害薬で、MAPK下流はERK/MEK阻害薬で標的可能であり、臨床現場における新たな併用療法の開発を強く支持する。また、転写因子変異腫瘍はSERD感受性を保持する一方、MAPK変異腫瘍はSERDにも抵抗性を示すため、治療薬の選択や切り替えの判断における臨床的含意は極めて大きい。
残された課題: 今後の検討課題として、本研究が単一機関のデータセットに基づいているため、独立したコホートでの外部検証が必要である。また、転移特異的変異と治療誘導変異の厳密な区別が困難な点もlimitationとして残されている。今後は、腫瘍の空間的・時間的不均一性を克服するために、循環腫瘍DNA (cfDNA) を用いた非侵襲的かつ継続的なゲノムプロファイリング技術の臨床応用や、pan-wild-typeの60%に潜む未知の耐性機序のさらなる解明が望まれる。
方法
本研究は、Memorial Sloan Kettering Cancer Center (MSKCC) における前向き多施設臨床シーケンシング研究として実施された。MSK-IMPACT (Cheng et al. JMolDiagn 2015) プラットフォームを用いて、1,756人の乳癌患者から採取された1,918腫瘍を解析した。本プラットフォームは最大468のがん関連遺伝子を対象とし、平均771倍の高カバレッジでシーケンシングを行い、体細胞変異、コピー数変化、選択的再配列を検出可能である。解析対象のうち、HR陽性腫瘍1,501例を主要解析コホートとし、内分泌療法歴の有無により2群に分類した: ホルモン療法前809例、ホルモン療法後692例。
詳細な治療歴を収集し、AI、SERM、SERD治療前に採取された生検における無増悪生存期間 (PFS) とゲノム変異の関連を、Kaplan-Meier法およびログランク検定 (log-rank test) を用いて解析した。統計的検出力を高めるため、前向きコホートに加えて後ろ向きにシーケンス済み乳癌を合わせた計2,732例への統合変異ホットスポット解析を実施した。
機能的検証として、EGFR過剰発現やNF1ノックアウトを導入したER陽性乳癌細胞株であるMCF-7細胞を用いたin vitro実験を実施し、ERK阻害薬による感受性回復効果を確認した。NF1ノックアウトMCF-7細胞はCRISPR-Cas9ゲノム編集技術により作製された。多施設での治療前・治療後組織の照合 (74マッチドペア、全エクソームシーケンシング (WES) 含む) を通じ、各変異が治療前から存在していたか、治療圧下で獲得されたかを評価した。変異のクローン性解析にはFACETS (Shen and Seshan, 2016) アルゴリズムを用い、癌細胞分画 (CCF) が0.8を超える変異をクローン性と定義した。また、ESR1およびERBB2変異の検出感度を高めるため、ddPCR (droplet digital PCR) を用いた解析も実施し、検出感度は約0.03%であった。統計解析には Student t-test も使用された。