- 著者: Hyman DM, Piha-Paul SA, Won H, Rodon J, Saura C, Shapiro GI, Juric D, Quinn DI, Moreno V, Doger B, Mayer IA, Boni V, Calvo E, Loi S, Lockhart CL, Erinjeri JP, Scaltriti M, Ulaner GA, Patel J, Tang J, Beer H, Selcuklu SD, Hanrahan AJ, Bouvier N, Melcer M, Murali R, Schram AM, Smyth LM, Jhaveri K, Li BT, Drilon A, Harding JJ, Iyer G, Taylor BS, Berger MF, Cutler RE Jr, Xu F, Butturini A, Eli LD, Mann G, Farrell C, Lalani AS, Bryce RP, Arteaga CL, Meric-Bernstam F, Baselga J, Solit DB
- Corresponding author: Hyman DM (Memorial Sloan Kettering Cancer Center); Solit DB (Memorial Sloan Kettering Cancer Center)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2018
- Epub日: 2018-01-17
- Article種別: Original Article
- PMID: 29420467
背景
ERBB2 (HER2) およびERBB3 (HER3) の体細胞変異は、様々な癌腫で検出されるが、その頻度は各癌腫において通常HER2で5%以下、HER3で1%以下であり、単一の癌腫で10%を超えることは稀である。HER2変異は細胞外ドメイン、膜貫通/隣接膜ドメイン、キナーゼドメインにクラスターを形成するが、特定の支配的なアレルは存在せず、変異分布は癌腫によって異なることが知られている Chang et al. NatBiotechnol 2016。一方、HER3変異は主に細胞外ドメインに集中する傾向がある。
前臨床モデルでは、HER2変異の一部がリガンド非依存性のHER2受容体シグナルを構成的に活性化し、腫瘍形成を促進することが示唆されてきた Bose et al. CancerDiscov 2013。しかし、多くの変異についてはその機能的意義が未解析のままであった。特に、既存の前臨床モデルがHER2の過剰発現系に依存しているため、実際のがんにおける変異の生物学を正確に再現していない可能性が指摘されていた。例えば、遺伝子編集技術を用いたHER2変異ノックインモデルでは、PIK3CAなどの他のがん遺伝子との共変異がない状態では悪性表現型を示さないことが報告されている (Zabransky et al. 2015)。これは、変異単独での機能獲得が必ずしも腫瘍形成に直結しない可能性を示唆する。このような前臨床モデルの限界により、多様なHER2変異の機能的帰結に関する予測が不十分であるという課題が残されていた。
また、多様なHER2変異を単一の臨床試験で網羅し、かつ腫瘍系譜との交互作用を評価できる大規模な臨床データはこれまで不足していた。HER2およびHER3変異の生物学的および治療的意義は未解明な点が多く、特に腫瘍系譜と変異アレルが治療感受性に与える影響を包括的に評価する必要があった。この知識のギャップを埋めるため、SUMMIT (HER kinase inhibition in patients with HER2- and HER3-mutant cancers) 試験 (NCT01953926) は、pan-HERキナーゼ阻害薬neratinibを用いて、多腫瘍型・ゲノム選択型のバスケット試験として設計された。この試験は、HER2およびHER3変異の生物学的および治療的意義を包括的に定義することを目的としており、ゲノム駆動型腫瘍学の進展に貢献することが期待された。
目的
本研究の目的は、SUMMIT試験において、HER2またはHER3変異を有する固形腫瘍患者 (21種の腫瘍型) に対するneratinib (pan-HER不可逆的チロシンキナーゼ阻害薬、240mg/日連続投与) の有効性を、腫瘍コホート別および変異アレル別に評価することである。これにより、腫瘍系譜とアレル種別がneratinibに対する治療感受性を規定するという仮説を検証し、HER2およびHER3変異の生物学的・治療的意義を明らかにすることを目指した。特に、前臨床モデルでは予測できなかった腫瘍種や変異アレル間の効果の違いを臨床データで実証し、ゲノム駆動型腫瘍学における新たな知見を提供することを意図した。
結果
乳癌コホートにおける高い奏効率: 乳癌コホート (n=25、全例HER2非増幅) では、neratinibのORR8が32% (95% CI 15-54%) であり、Simonの2段階デザインの事前設定基準を満たした。これは、本試験で唯一主要エンドポイントを達成したコホートである。奏効はER陽性腫瘍 (20例中6例、30%) およびER陰性腫瘍 (5例中2例、40%) の双方で認められ、HER2非増幅乳癌における腫瘍のHER2依存性が臨床的に実証された。奏効したアレルは、細胞外ドメイン (S310)、キナーゼドメインミスセンス (L755など)、キナーゼドメイン挿入 (Y772_A775dupなど) と多様なドメインに及んだ (Fig. 1a)。
肺癌コホートにおける限定的な奏効: 肺癌コホート (n=26) では、neratinibによる奏効は1例のみであり、ORR8は3.8% (95% CI 0.1-19.6%) と低かった。唯一の奏効例は、キナーゼドメインミスセンス変異 (L755S) を有する患者であった。肺癌におけるHER2変異の最多クラスであるexon 20挿入変異 (28例中26例) では、奏効は認められなかった。HER2 exon 20挿入変異はEGFR exon 20挿入変異と相同であり、EGFR exon 20挿入変異が一・二世代EGFR-TKIに抵抗性を示すことと類似した耐性機序が示唆された Yasuda et al. SciTranslMed 2013。しかし、肺癌患者の無増悪生存期間 (PFS) 中央値は5.5ヶ月であり、6例の患者が1年以上治療を継続したことから、二次化学療法や免疫チェックポイント阻害薬と比較して潜在的な臨床的有用性が示唆された Borghaei et al. NEnglJMed 2015。
胆道癌および頸部癌コホートにおける奏効: 胆道癌コホート (n=9) ではORR8が22.2% (95% CI 2.8-60.0%)、頸部癌コホート (n=5) ではORR8が20.0% (95% CI 0.5-71.6%) と、両コホートで奏効が確認された。これらのコホートでは、さらなる有効性評価のため患者登録が継続中である。胆道癌における奏効は、S310およびV777変異アレルを有する患者で観察された (Fig. 1a)。
膀胱癌および大腸癌コホートにおける奏効の欠如: 膀胱癌コホート (n=16、細胞外ドメインS310変異が優位) ではORR8が0% (95% CI 0.0-20.6%)、大腸癌コホート (n=12、キナーゼドメインミスセンス変異が優位) でもORR8が0% (95% CI 0.0-26.5%) であった。同じS310変異であっても、乳癌や胆道癌では奏効が認められたのに対し、膀胱癌では奏効がなかったことから、同一アレルであっても腫瘍系譜によって応答が乖離する「系譜依存的な内因性耐性機序」の存在が明確に示された (Fig. 2)。
HER3変異コホートにおける無効性: HER3変異コホート (n=16、全腫瘍型混合) では、neratinibによるORR8が0% (95% CI 0.0-20.6%) であり、奏効は認められなかった。HER3は野生型では固有のキナーゼ活性が低下しており、HER2との相互作用に依存して機能するため、neratinib単剤によるHER3変異癌への効果が限定的であることは、前臨床データとも整合する。
変異アレル別解析: 奏効が確認されたHER2変異アレルは、S310、L755、V777、G778_P780dup、Y772_A775dupであった (Fig. 1b)。キナーゼドメインホットスポットミスセンス変異 (n=42) では、乳癌、胆道癌、肺癌、唾液腺癌の4腫瘍型で奏効が認められた。HER2 exon 20挿入変異 (n=28) では、乳癌の2例のみで奏効が見られたが、肺癌では奏効がなかった。非ホットスポット変異 (n=15) では、1例 (乳癌のL755_E757delinsS) のみで奏効が認められ、変異の反復性 (ホットスポット性) が感受性予測因子となりうる可能性が示唆された。
ゲノム修飾因子解析: 広範なゲノムプロファイリングが利用可能な患者86例の解析では、HER2増幅の同時存在 (15/86例、17%) は臨床的利益と相関しなかった (P=0.50)。HER2変異のクローナリティについては、74例中70例 (95%) がclonal変異であり、subclonal HER2変異の4例では臨床的利益は認められなかった (Extended Data Fig. 5a)。腫瘍変異量 (TMB) 高値 (≥13.8変異/Mb) の患者では臨床的利益が低い傾向が見られたが、統計的有意差はなかった (24% vs 5%、P=0.10)。TP53共変異は臨床的利益の欠如と関連したが (名目P=0.018)、多重比較補正後は有意ではなかった。細胞周期チェックポイントの共活性化は臨床的利益の欠如と有意に関連した (P=0.043)。PI3K/AKT/mTOR経路の活性化は奏効に影響しなかった (P=0.753)。
考察/結論
バスケット試験が示した腫瘍系譜依存的な変異のがん遺伝子性: SUMMIT試験は、neratinibの有効性検証に留まらず、「HER2変異のがん遺伝子性は腫瘍系譜とアレル種別の双方に依存する」という概念を、141例の実臨床データを用いて初めて体系的に実証した画期的な試験である。これまで前臨床モデルが示唆していた「HER2 exon 20挿入は感受性変異」という仮説は、乳癌では部分的に支持されたものの、肺癌では完全に否定された。これは、前臨床モデルがHER2過剰発現系に依存していたため、変異本来の生物学を正確に反映できなかったことが原因として指摘される。この知見は、前臨床データを他の腫瘍系譜に直接外挿することの限界を鮮明に示した点で、これまでの知見と異なる重要な示唆を与える。
3つの感受性カテゴリーの同定と新規性: 本研究は、neratinibへの感受性に基づき、腫瘍系譜を実質的に3つのカテゴリーに分類した。第一に、感受性系譜 (乳癌、胆道癌、頸部癌) では、HER2変異の種別を問わず奏効が認められた。第二に、限定感受性系譜 (肺癌) では、キナーゼドメインミスセンス変異のみで奏効が見られた。第三に、内因性耐性系譜 (膀胱癌、大腸癌) では、変異アレルの種別を問わず奏効が認められなかった。この系譜依存的な反応パターンは、変異の種類だけでなく、変異が生じた細胞のシグナル文脈 (共活性化経路、エピジェネティック状態など) が感受性を規定するという新規な概念を提示する。本研究で初めて、腫瘍系譜と変異アレルが複合的に治療感受性を決定するメカニズムを臨床的に検証したことは、大きな新規性を持つ。
SUMMIT試験の方法論的貢献と臨床応用: 本試験は、バスケット試験設計の進化としても注目される。従来のバスケット試験が単一の既知変異 (例: BRAF V600E) を複数の腫瘍系譜で検証するものであったのに対し Hyman et al. JClinOncol 2015、SUMMITは多様な変異と多様な腫瘍系譜の交互作用を単一試験で同時に評価することに初めて成功した。局所検査 (30種のNGSアッセイ、25施設) に基づく登録の実現可能性、MSK-IMPACTによる中央確認との高い一致率 (95%)、cfDNA (液体生検) の補完的有用性も実証された。これらの知見は、ゲノム駆動型腫瘍学の臨床応用を推進する上で極めて重要である。
残された課題と今後の方向性: 各腫瘍コホートのサンプルサイズが限定的であったこと (n=5-26) は、腫瘍内でのアレル間比較や共変異との交互作用解析における統計的限界となった。neratinib単剤での反応率が既承認の分子標的療法 (EGFR-TKI、ALK-TKIなど) より低い背景には、HER2変異細胞の「相対的HER2依存性」の低さ、あるいは標的阻害に必要な治療強度の不足が考えられる。このため、SUMMITのプロトコルは改訂され、neratinibとtrastuzumabなどの多重HER2阻害の組み合わせが追加された。肺癌のHER2 exon 20挿入変異に対しては、後続の抗体薬物複合体 (ADC) であるtrastuzumab deruxtecan (T-DXd) が良好な成績を示しており、neratinibが検証できなかった適応をADCが補完する形となっている。膀胱癌や大腸癌における系譜依存的耐性は、ERBB受容体ダウンストリームのRAS/MAP (mitogen-activated protein) 経路やPI3K経路の系譜特異的な活性化パターンが関与すると考えられ、HER2標的薬とダウンストリーム経路共阻害戦略が今後の検討課題である。HER3変異癌の治療戦略は、HER2/HER3共阻害 (patritumab deruxtecanなど) に向かっており、今後の臨床開発が注目される。
方法
試験デザインと患者登録: 本試験は、HER2またはHER3変異を有する固形腫瘍患者を対象としたグローバル多施設open-label多コホートバスケット試験である。HER2変異患者は腫瘍種別コホートまたは「その他」コホートに登録され、HER3変異患者は全腫瘍型を対象とする1つのコホートに登録された。合計141例 (HER2変異125例、HER3変異16例) の患者がneratinib治療を受けた。患者は21種のユニークな癌腫を有し、最も多かったのは肺癌 (n=26, 18.4%)、乳癌 (n=25, 17.7%)、膀胱癌 (n=18, 12.8%)、大腸癌 (n=17, 12.1%)、胆道癌 (n=11, 7.8%) であった。希少腫瘍も全体の13%を占めた。患者の年齢中央値は61歳 (30-83歳) であり、97.2% (141例中137例) が何らかの前治療歴を有し、44.0%が3ライン以上の前治療を受けた重治療例であった (Table 1)。
適格基準と変異検出: 組織学的に確認された進行固形腫瘍、局所検査によるHER2またはHER3変異 (85%が次世代シーケンシング (NGS)、15%がRT-PCR/Sanger法など)、ECOG PS 0-2が適格基準であった。HER kinase inhibitorの前治療歴および不安定脳転移は除外された。局所検査で検出された変異の81% (120例中97例) は、ERBB2またはERBB3の全エクソンをカバーするNGSアッセイによって同定された。
変異プロファイル: 登録された患者は31種のユニークなHER2変異と11種のユニークなHER3変異を有していた (Extended Data Fig. 2)。HER2変異の最頻アレルはS310、L755、Y772_A775dup、V777であった。変異ドメイン分布はキナーゼドメインが66%、細胞外ドメインが26%、膜貫通/隣接膜ドメインが8%であった。変異クラスはミスセンスが74%、フレーム内挿入が22%を占めた。HER2変異の87% (125例中109例) およびHER3変異の75% (16例中12例) はホットスポット位置に存在した。
主要エンドポイントと統計解析: 主要エンドポイントは、RECIST v1.1に基づく8週時点での客観的奏効率 (ORR8) であった。各コホートはSimonの最適2段階デザインを用いて独立して評価された。帰無仮説はORR8 ≤ 10%、対立仮説はORR8 ≥ 30%と設定された。副次エンドポイントには、最良総合効果、無増悪生存期間 (PFS)、全生存期間、安全性が含まれた。PFSはKaplan-Meier法を用いて推定された。ゲノム変化と奏効の関連は、Fisherの正確検定またはカイ二乗検定 (適切な場合) を用いて評価され、Benjamini-Hochberg法により多重比較補正が行われた。
中央確認とゲノム修飾因子解析: 局所検査の再現性を評価するため、FFPE腫瘍組織および血漿cfDNAからのDNAを再シーケンスした。中央確認はMSK-IMPACT (341/410遺伝子パネル) を用いて行われ、局所検査との一致率は95% (73例中69例) と高かった Cheng et al. JMolDiagn 2015。また、広範なゲノムプロファイリングが利用可能な患者 (n=86) において、ERBB2増幅、HER2変異のクローナリティ、腫瘍変異量 (TMB)、および共変異パターンが治療効果に与える影響を評価した。TMBは1メガベースあたりの非同義変異数として定義され、MSIsensorを用いたマイクロサテライト不安定性 (MSI) も評価された。