• 著者: Sanclemente M, Nieto P, Garcia-Alonso S, Fernández-García F, Esteban-Burgos L, Guerra C, Drosten M, Caleiras E, Martinez-Torrecuadrada J, Santamaría D, Musteanu M, Barbacid M
  • Corresponding author: Monica Musteanu; Mariano Barbacid (Molecular Oncology, Centro Nacional de Investigaciones Oncológicas (CNIO), Madrid, Spain)
  • 雑誌: Cancer Cell
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2021-02-08
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 33513349

背景

KRAS変異は全ヒト癌の少なくとも4分の1に認められ、肺腺癌の約30〜40%、膵臓癌の約90%、大腸癌の約40%に存在する主要なドライバー変異である。しかし、その同定から約40年が経過した現在でも、KRAS G12C変異体を除き、直接的な阻害薬の開発は長らく困難であった (Ostrem et al. 2013)。KRASは主にRAF-MEK-ERK (MAPK) 経路を介してシグナルを伝達し、この経路のキナーゼは薬剤標的となりうるにもかかわらず、KRAS変異癌に対するMAPK経路阻害薬の臨床的有効性は限定的である (Drosten and Barbacid 2020)。

本研究グループの先行研究において、Kras G12D誘導かつTrp53欠損マウスの肺腺癌モデルでは、RAF1の遺伝的完全除去 (ノックアウト) が有意な腫瘍退縮をもたらすことが示されていた (Sanclemente et al. 2018)。さらに、膵臓腺癌モデルでは、EGFRとRAF1の同時阻害により完全な腫瘍退縮が達成されることも報告された (Blasco et al. 2019)。これらの知見は、RAF1がKRAS変異癌における重要な治療標的である可能性を示唆し、RAF1キナーゼ阻害薬の開発を正当化するように見えた。

しかし、その後の薬理学的検証では、panRAF阻害薬 (MLN2480、LSN3074753)、RAF1選択的阻害薬 (GW5074)、およびparadox breaker (PLX8394) といったRAFキナーゼ阻害薬のいずれもが、Kras/Trp53変異肺腫瘍において有意な抗腫瘍活性を示さなかった (Esteban-Burgos et al. 2020)。この結果は、RAF1の遺伝的除去は腫瘍退縮を誘導する一方で、RAF1キナーゼ活性の薬理学的阻害は無効であるという、臨床的にも基礎的にも重要な矛盾を提示した。この矛盾の分子的根拠は未解明であり、RAF1の腫瘍維持機能がそのキナーゼ活性に依存するのか、あるいはキナーゼ活性とは異なる新規の機能に依存するのかという知識ギャップが残されていた。特に、RAF1のキナーゼ非依存的なスキャフォールド機能、例えばプロアポトーシスキナーゼであるASK1 (apoptosis signal-regulating kinase 1) やMST2 (mammalian sterile 20-like kinase 2) との相互作用を介した抗アポトーシス活性が、その腫瘍維持に寄与する可能性が示唆されていたが (Chen et al. 2001; O’Neill et al. 2004)、in vivoでの遺伝学的検証は不足していた。

目的

本研究の目的は、RAF1のキナーゼ活性がKRAS/p53変異肺腫瘍の進行および維持に必須であるかどうかを、RAF1キナーゼ活性欠損 (kinase-dead) 変異体を用いた精密な遺伝学的ノックインアプローチにより検証することである。具体的には、2種類の独立したRAF1キナーゼ活性欠損変異体を導入したマウスモデルを用いて、その腫瘍退縮効果を評価し、RAF1の腫瘍維持に必須の機能ドメインがキナーゼ活性に依存するのか、あるいはキナーゼ非依存的なスキャフォールド機能に依存するのかを明らかにすることを目指した。さらに、RAF1の抗アポトーシス機能がそのキナーゼ活性に依存しないことを、in vitro細胞株および患者由来腫瘍株 (PDX: patient-derived xenograft) モデルを用いて検証し、RAF1の腫瘍維持における真のメカニズムを解明することを目的とした。これらの知見は、KRAS変異癌に対するRAF1を標的とした新規治療戦略の開発に貢献すると考えられる。

結果

RAF1キナーゼ活性欠損変異体の作製と機能確認: 2種類の独立したRAF1 kinase-dead変異体、すなわちATPキレート部位変異であるD468Aと、ATPリン酸転移に必須のリジン残基を置換したK375Mの条件的ノックインアレルを構築した (Figure S1A)。in vitroアッセイにより、両変異体ともに天然基質MEK1のリン酸化を完全に消失させることを確認した (Figure S1B)。RAF1 D468A発現細胞では、タンパク質発現量および安定性は野生型RAF1と同等であり、S338およびS621のリン酸化は維持されていた。これは、これらのリン酸化がRAF1自身のキナーゼ活性ではなく、他のキナーゼによってtransに媒介されることを示唆する。一方、RAF1 K375M変異体はS338およびS621リン酸化を欠き、タンパク質発現量が野生型およびD468A変異体と比較して有意に低下していた (Figure S1D)。Cre媒介組換え効率はRAF1 D468Aで90%以上、RAF1 K375Mで80%以上であり、ほとんどの腫瘍細胞でkinase-deadアレルが発現していることが確認された。

RAF1 D468Aキナーゼ活性欠損はKRAS/p53変異肺腫瘍の退縮をもたらさない: RAF1 D468A kinase-dead変異体を発現するKras G12D;Trp53ΔLung腫瘍担癌マウス (n=15 mice/群) は、野生型RAF1を発現する対照腫瘍と全く同等の速度で進行した (Figure S1C)。腫瘍体積の経時的変化 (MRI/CT評価)、生存期間、組織学的特徴のいずれにおいても、両群間に有意差は認められなかった (p>0.05、log-rank検定)。Cre組換え効率が90%以上という高効率で達成されたにもかかわらず、腫瘍退縮が全く観察されなかったという結果は、RAF1のキナーゼ活性がKRAS/p53変異肺腫瘍の維持に必須ではないことを明確に示す中核的知見である。この結果は、先行研究で示されたRAF1遺伝的ノックアウトによる腫瘍退縮が、RAF1のキナーゼ活性以外の機能、すなわちスキャフォールド機能に依存している可能性を強く示唆する。

RAF1 K375M変異体における限定的腫瘍退縮はタンパク質量低下に起因: RAF1 K375M kinase-dead変異体の発現では、全腫瘍担癌マウスの約15%において限定的な腫瘍退縮が認められた (Figure S1C)。しかし、前述の通り、K375M変異体はS338/S621リン酸化の欠如に伴うタンパク質不安定性のため、野生型RAF1やD468A変異体と比較して発現量が有意に低下していた (Figure S1D)。このため、約15%で観察された部分的腫瘍退縮は、キナーゼ活性の消失によるものではなく、RAF1タンパク質量の低下(部分的なRAF1タンパク質欠損と同等の効果)によるものと結論された。この解釈は、RAF1の遺伝的完全ノックアウトが有意な腫瘍退縮をもたらした先行研究の知見と整合する。

RAF1キナーゼ活性消失はMEK-ERKシグナルに影響しない: RAF1 D468AおよびK375Mの両変異体を発現する腫瘍においても、MEK1のリン酸化が有意なレベルで維持されていた (Figures S1C and S1D)。これは、RAF1のキナーゼ活性が消失しても、BRAFなどの他のRAFファミリーメンバーがMEKリン酸化を代償的に維持することを示唆する。この結果は、KRAS/p53変異肺腫瘍においてMEK-ERKシグナルの維持がRAF1のキナーゼ活性に依存しないことを確認するものであり、RAF1キナーゼ阻害薬の有効性が低い理由の一つを説明する。

ASK1・MST2を介した抗アポトーシス機能がRAF1腫瘍維持の実体である: ヒト肺腺癌A549細胞 (n=3 independent experiments) および患者由来腫瘍株PDX-dc1細胞に、2種類の独立したRAF1 shRNAをレンチウイルス感染させると、細胞増殖が有意に抑制された (約2〜3-fold抑制) (Figure S1F)。この増殖抑制は、プロアポトーシスキナーゼであるASK1に対する2種類の独立したshRNA、またはMST2に対する2種類の独立したshRNAのいずれかを共感染させることで回復した (Figure S1F)。これらのプロアポトーシスキナーゼのノックダウン効率はウェスタンブロット法で確認された (Figure S1E)。さらに、ヒトRAF1 shRNAの標的外となるマウスRAF1 cDNAを再発現させた場合も増殖が回復し、RAF1 shRNAの特異性が担保された。決定的な実験として、PDX-dc1細胞にRAF1 K375MおよびRAF1 D468Aのkinase-deadアイソフォームを再発現させた場合も、RAF1ノックダウンによる増殖抑制が同様に回復した (Figure S1F)。この結果は、RAF1の増殖維持および抗アポトーシス機能がそのキナーゼ活性に依存しないことを直接的に証明するものである。Kras/Trp53マウス腫瘍細胞においても、RAF1 K375MはCleaved caspase-3の誘導を認めず、野生型RAF1と同等の抗アポトーシス活性を保持していた。これらの知見は、panRAF阻害薬MLN2480、LSN3074753、GW5074、PLX8394を用いた先行試験 (Esteban-Burgos et al. 2020) でKras/Trp53変異肺腫瘍に有意な抗腫瘍活性が認められなかったという臨床的関連性を補強する。

考察/結論

本研究は、RAF1のKRAS/p53変異肺腫瘍維持機能がそのキナーゼ活性依存的ではなく、キナーゼ非依存的(スキャフォールド的)機能、特にASK1およびMST2プロアポトーシスキナーゼとのタンパク質-タンパク質相互作用を介した抗アポトーシス機能に依存することを遺伝学的に実証した。Cre組換え効率が90%以上という高い条件下での明確な陰性結果(腫瘍退縮なし)は説得力が高く、従来のRAF1キナーゼ阻害薬戦略の根本的見直しを迫るものである。

先行研究との違い: 先行研究ではRAF1の遺伝的ノックアウトが腫瘍退縮をもたらしたが (Sanclemente et al. 2018)、本研究のRAF1キナーゼ活性欠損ノックインは腫瘍退縮を誘導しなかった。この対照的な結果は、RAF1がタンパク質として存在することでASK1およびMST2を隔離し、これらのプロアポトーシスキナーゼの活性を抑制しているというスキャフォールド機能によって説明される。RAF1キナーゼ阻害薬はRAF1タンパク質の存在、ASK1/MST2への結合、およびスキャフォールド機能には影響を与えないため、臨床でpanRAF阻害薬やRAF1選択的阻害薬が奏効しなかった理由の分子的説明を本研究が提供した。

新規性: 本研究で初めて、RAF1のキナーゼ活性がKRAS/p53変異肺腫瘍の進行に必須ではないことを、in vivo遺伝学的モデルを用いて明確に示した。また、RAF1の抗アポトーシス機能がそのキナーゼ活性に依存せず、ASK1およびMST2との相互作用を介して発揮されることを、ヒト肺腺癌細胞株およびPDX細胞株で直接的に証明したことは新規な知見である。

臨床応用: 本知見は、KRAS変異癌に対するRAF1を標的とした臨床応用戦略において、キナーゼ活性阻害薬が有効でない理由を明確にし、新規な治療アプローチの必要性を示唆する。RAF1タンパク質量の低下(K375M変異体の部分的タンパク質欠損)でも限定的な腫瘍退縮が認められたことは、RAF1タンパク質分解誘導(PROTAC: proteolysis targeting chimera)が治療戦略として成立しうることを示唆する。PROTACはタンパク質の機能ドメインへの結合を必要とせず、タンパク質全体を分解する利点があり、RAF1のキナーゼ非依存的機能を標的とする上で有望なアプローチである。成体マウスでのRAF1全身的ノックアウトが限定的な毒性を示した先行研究の知見 (Sanclemente et al. 2018) は、治療ウィンドウの存在を示唆するが、マウスとヒトの差異には注意が必要である。

残された課題: 今後の検討課題として、RAF1のASK1/MST2結合に関与する具体的なスキャフォールドドメインの構造解析、RAF1 D468A変異体のin vivoでの抗アポトーシス機能の直接検証、KRAS変異に共存する他の遺伝子異常(STK11、KEAP1など)がRAF1スキャフォールド依存性に影響を与えるかどうかの検討が挙げられる。また、薬理学的に実行可能なRAF1-PROTACの設計、前臨床および臨床開発が重要な課題として残されている。本研究の知見は、KRAS変異がんに対する創薬標的探索において、古典的な「キナーゼ活性を阻害する」パラダイムから「タンパク質-タンパク質相互作用またはタンパク質分解を標的とする」パラダイムへの転換の必要性を強く示唆する。

方法

新規マウス系統の作製:RAF1のキナーゼ活性欠損を誘導するため、2種類の独立したRAF1キナーゼ活性欠損変異体(D468AおよびK375M)の条件的ノックインアレルを構築した。RAF1 D468A変異体はATPキレート部位に変異を導入し、キナーゼ活性を完全に消失させることを目的とした。RAF1 K375M変異体はATPのリン酸転移に必須のリジン残基を置換することでキナーゼ活性を消失させる変異である。これらの変異体は、内在性Raf1プロモーターの制御下で発現されるように設計された。in vitroアッセイにより、両変異体ともに天然基質であるMEK1のリン酸化が完全に消失することを確認した。

腫瘍モデルへの導入と評価:作製したRAF1 kinase-deadアレルを、Kras G12D誘導かつTrp53欠損の進行性肺腺癌マウスモデル (Kras G12D;Trp53ΔLung) に導入した。Creリコンビナーゼ媒介による組換え効率は、PCR解析によりRAF1 D468Aで90%以上、RAF1 K375Mで80%以上であることを確認した。腫瘍の進行は、MRIおよびCT画像診断を用いて経時的に腫瘍体積を評価した。また、生存期間、組織学的特徴、およびMEK1のリン酸化レベル(RAF1キナーゼ活性の指標)を評価し、RAF1野生型対照群と比較した。統計解析には、腫瘍体積変化および生存期間の比較にlog-rank検定を用いた。

ASK1/MST2経路の解析:ヒト肺腺癌細胞株であるA549細胞および患者由来異種移植モデル (PDX) から得られたPDX-dc1細胞株を用いて、RAF1の抗アポトーシス機能のキナーゼ活性非依存性を検証した。RAF1に対する2種類の独立したshRNAをレンチウイルスベクターで感染させ、細胞増殖への影響を評価した。RAF1ノックダウンによる増殖抑制が、プロアポトーシスキナーゼであるASK1またはMST2に対する2種類の独立したshRNAの共感染によって回復するかどうかを検証した。これらのshRNAのノックダウン効率はウェスタンブロット法で確認した。また、ヒトRAF1 shRNAの標的とならないマウスRAF1 cDNAを再発現させることで、RAF1 shRNAの特異性を担保した。さらに、RAF1 K375MおよびRAF1 D468Aキナーゼ活性欠損アイソフォームをPDX-dc1細胞に再発現させ、その増殖抑制回復効果を評価した。マウスKras/Trp53腫瘍細胞におけるCleaved caspase-3の誘導も解析し、RAF1の抗アポトーシス活性を評価した。