- 著者: Janes MR, Zhang J, Li LS, Hansen R, Peters U, et al.
- Corresponding author: Liu Y (Kura Oncology / Wellspring Biosciences)
- 雑誌: Cell
- 発行年: 2018
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 29373830
背景
KRAS はヒト癌で最も高頻度に変異するドライバー遺伝子であり (Bos 1989)、コドン 12 のミスセンス変異が GTPase 活性を減弱させて GTP 結合活性型 KRAS を蓄積させ下流シグナルを恒常的に駆動する (Downward 2003; Pylayeva-Gupta et al. 2011)。KRAS G12C 変異は肺腺癌の 11-16% (変異 KRAS 全体の 45-50% が G12C)、膵癌と大腸癌の 1-4% に認められる (Campbell et al. 2016; Jordan et al. 2017)。しかし KRAS は深い結合ポケットを欠くため、数十年にわたる探索にもかかわらず低分子による直接阻害は達成されず「undruggable (druggable でない標的)」と見なされてきた (Cox et al. 2014)。
先行研究 (Ostrem et al. 2013) が GDP 結合不活性状態にのみ露出する switch II pocket (S-IIP、switch II pocket) という新規アロステリックポケットを発見し、ARS-853 系阻害薬 (Patricelli et al. 2016; Lito et al. 2016) が Cys-12 への共有結合で KRAS G12C を不活性 GDP 状態に捕捉する trapping 機構を細胞内で実証した。しかしこれら初代化合物は血漿安定性 (t₁/₂ < 20 min) と経口バイオアベイラビリティ (F < 2%) が極めて低く、in vivo での有効性検証に必要な薬物動態が不足していた。その結果、変異 KRAS が in vivo で本当に直接創薬可能なオンコジーンドライバーであるかという核心的問いに答える薬理学的ツールが手薄なまま残されており、研究コミュニティは遺伝子工学的システムや RNAi に依存せざるを得なかった。本研究はこの gap in knowledge を埋めるべく、in vivo で機能する S-IIP 標的化合物の創出を目指した。
目的
S-IIP を標的とする KRAS G12C 共有結合阻害薬を構造ベース薬剤設計で最適化し、(1) in vivo で持続的な共有結合標的占有率を達成できる薬物動態と反応速度を両立させること、(2) 細胞株移植および患者由来腫瘍モデルでの選択的腫瘍退縮を実証すること、(3) この薬理学的ツールを用いて KRAS 依存性が in vitro 単層培養と in vivo でどのように異なるかを系統的に評価すること、を目的とした。
結果
atropisomer 立体選択性による高選択的共有結合:キナゾリンコアから創出された ARS-1620 は軸性キラリティをもつ S-atropisomer (回転異性体) で、KRAS G12C を kobs/[I] = 1,100 ± 200 M⁻¹s⁻¹ (mean ± SD) で共有結合修飾し、ARS-853 (約 140-150 M⁻¹s⁻¹) に対し 10-fold の速度改善を示した (Fig 2)。対照的に R-atropisomer は 1.2 ± 0.6 M⁻¹s⁻¹ と約 1,000-fold 低活性で、相互変換を検出しないため理想的な不活性対照化合物となった。共結晶構造 (PDB: 5V9U) は His-95 との新規相互作用を明らかにし、より剛直で共有結合に有利なコンフォメーションを与えた。ARS-1620 は GDP 結合状態を優先的に engage し、野生型 KRAS や GppNHp 負荷型への反応性は検出限界以下で、SOS 介在性ヌクレオチド交換能を消失させ trapping 機構を裏付けた。
細胞内でのアレル特異的シグナル抑制:4 細胞株 (n=4 細胞株) のパネルで ARS-1620 は 2 時間処理後に半最大標的占有 (TE50) を約 0.3 μM、ほぼ完全占有 (TE95) を 3.0 μM で達成した (Fig 3)。H358 (p.G12C) では RAS-GTP・p-MEK・p-ERK・p-RSK・p-S6・p-AKT を用量依存的に抑制し、RAS シグナル阻害の IC50 は 120 nM で ARS-853 (1,700 nM IC50) に対し 10³ 倍以上改善、アレル選択性窓は 100 倍超に達した。増殖アッセイでは G12C 変異株 (H358・MIA-PaCa2・LU65、n=3) を IC50 150 nM で完全抑制した一方、非 G12C 対照株は 10 μM まで影響を受けず、KRAS G12V 誘導発現でレスキューされたことから効果が Cys-12 共有結合に依存することを確認した (Fig 3)。
プロテオーム規模でのオンターゲット精度と転写ネットワーク:8,501 システイン残基のケミカルプロテオミクススクリーンで、KRAS Cys-12 がプロテオーム中で最も顕著かつ有意に engage された標的であった (p=0.0000115、Fig 4)。アクリルアミド warhead の常在標的である FAM213A (Cys-85) と AHR (Cys-639) も修飾されたが、これらは KRAS 反応性を欠く R-atropisomer でも同等に修飾され、KRAS 特異的シグナルではないことが示された。トランスクリプトーム解析では ARS-1620 処理細胞と KRAS shRNA ノックダウン細胞で 4,988 遺伝子が共通変動し、E2F 転写因子・MYC 制御網・ERK 活性化・KRAS 依存性シグネチャーを含む下方制御クラスターが最大であった (Fig 4)。H358・LU65 対 A549 の比較では 2,820 遺伝子が KRAS ノックダウン・trametinib・ARS-1620 処理と重複し、最も有意な 185 遺伝子 (>2 絶対 log2 fold change、FDR q < 0.01) が同定された。
in vivo 標的占有と腫瘍退縮:ARS-1620 は経口バイオアベイラビリティ F > 60% を達成し、MIA-PaCa2 異種移植で単回経口投与後の平均ピーク腫瘍内濃度は 1.5 μM (50 mg/kg) と 5.5 μM (200 mg/kg) に達し、200 mg/kg で 75% 以上の G12C 標的占有率を 24 時間超維持した (Fig 5)。3 日連日投与では 75-90% の占有率と RAS-GTP・下流シグナル抑制を示し、MIA-PaCa2 (p.G12C) 異種移植では 200 mg/kg 連日投与で有意な腫瘍退縮 (p<0.001) を達成した一方、H441 (p.G12V) 異種移植と R-atropisomer は全用量で無効でアレル特異性を実証した (n=8 mice/群)。患者由来 PDX パネルでは G12C 陽性 4 モデル (n=4) で有意な腫瘍増殖抑制 (p<0.001) と退縮を示し、非 G12C 3 モデル (n=3) は無反応で、cleaved caspase-3 によるアポトーシス誘導 (p=0.0148) を伴った (Fig 7)。ARS-1620 は 1,000 mg/kg まで忍容性良好で最大耐用量 (MTD、maximum tolerated dose) に未到達であった。
2D 単層培養は in vivo の KRAS 依存性を過小評価する:15 細胞株 (n=15) のパネルで、2D 単層では少数の G12C 変異株のみが ARS-1620 に感受性を示したのに対し、3D スフェロイド条件では頑健な反応が得られた (p=0.0140、Fig 6)。とりわけ H2030・H1373・HCC44 では 3D の感受性が 2D に対し 20-fold 超 (約 0.3 μM 3D-IC50 対 約 5.5 μM 2D-IC50) であった。2D 反応から完全抵抗性と予測された 5 NSCLC 異種移植モデル (n=5) のうち 4/5 が in vivo で >70% の腫瘍増殖抑制 (TGI、tumor growth inhibition) と過半数動物での顕著な退縮を示し、3D スフェロイドが in vivo 反応の予測に優れることを裏付けた (Fig 6)。
考察/結論
本研究は in vivo で機能する初代の経口 KRAS G12C 直接阻害薬 ARS-1620 を提示し、長年「undruggable」とされた KRAS が低分子で直接創薬可能であることを薬理学的に証明した。先行研究 (Patricelli et al. 2016; Lito et al. 2016) では ARS-853 を含む S-IIP 阻害薬は細胞内でアレル特異的効果を示したものの、低い血漿安定性と経口性のため動物モデルでの検証ができなかったのと対照的に、ARS-1620 はキナゾリンスキャフォールドへの転換で代謝安定性と反応速度を同時に改善し、単回経口投与で in vivo 標的占有を達成した点が本質的な相違である。
方法論的には、軸性キラリティに由来する S-/R-atropisomer のペアが約 1,000 倍の活性差を示すことを利用し、本研究で初めて KRAS 阻害における理想的な化学的不活性対照を確立した点が新規な貢献である。His-95 との相互作用を介した剛直なコンフォメーションという構造的洞察も、後続化合物の設計指針として novel な価値をもつ。2D 単層培養が腫瘍内の KRAS 依存性を系統的に過小評価し、3D スフェロイドの方が in vivo 反応をよく予測するという知見は、合成致死性スクリーニングや前臨床試験設計の解釈に重大な含意をもつこれまで報告されていない translational insight である。
臨床応用の観点では、ARS-1620 は AMG 510 (ソトラシブ) ・MRTX849 (アダグラシブ) の開発の直接的前臨床基盤となり、KRAS G12C アレルの高選択性が低毒性・高忍容性に橋渡しされることを示した点で bench-to-bedside の価値が大きい。本研究は KRAS G12C 変異患者の相当割合が G12C 標的療法から恩恵を受けうるという概念実証を提供した。残された課題として、G12C cycling を促進する上流受容体型チロシンキナーゼ (EGFR 等) との合理的併用で GDP 状態を増やし占有率を最大化する戦略、共有結合・不可逆機構を活かした投与スケジュール最適化、および G12C 阻害後に出現する適応耐性機序の解明が今後の検討課題として挙げられ、更なる検討が必要である。KRAS 依存性とアレル特異的阻害の関連は、本コーパスの G12C 阻害薬耐性研究 (Adachi et al. ClinCancerRes 2020) や KRAS 変異分類 (Johnson et al. CancerDiscov 2022)、KRAS 駆動腫瘍における RAF 依存性の解析 (Sanclemente et al. CancerCell 2021) へと展開されていく。
方法
ARS-853 系の代謝ホットスポット (ortho-amino phenol moiety とグリシンリンカー) を置換するため、より剛直なキナゾリン (quinazoline) コアスキャフォールドを設計し、7 位・8 位置換基の系統的な構造活性相関 (SAR、structure activity relationship) 最適化を実施した。共有結合速度定数 (kobs/[I]) は LC/MS-MS (liquid chromatography-tandem mass spectrometry) ベースのアッセイで Cys-12 アダクト形成を定量測定し、細胞内標的占有率 (G12C-TE、target engagement) の用量・時間依存性は global-fit kinetic modeling で解析した。共結晶構造は X 線結晶構造解析 (PDB: 5V9U) で決定した。
オフターゲット選択性は 3,012 タンパク質・8,501 システイン残基をカバーする無バイアスケミカルプロテオミクススクリーンで評価した。トランスクリプトームは H358・LU65 (p.G12C) と A549 (非 G12C) を ARS-1620・KRAS shRNA ノックダウン・trametinib で処理し、階層的クラスタリングと GSEA (gene set enrichment analysis) で偽発見率 (FDR、false discovery rate) 補正下に解析した。細胞アッセイには G12C 変異株 (H358・MIA-PaCa2・LU65) と非 G12C 対照株 (A549・H460・H441・HCT116) を用い、増殖は 2D 単層と 3D 超低接着スフェロイドの両形式で 5 日間評価した。in vivo は CD-1 mice での毒性試験と、KRAS p.G12C / p.G12V 細胞株皮下異種移植および患者由来異種移植 (PDX、patient-derived xenograft) モデルで腫瘍体積変化を測定し、群間比較は分散分析 (ANOVA) で評価した。腫瘍内シグナルとアポトーシスは RAS-GTP RBD (RAS-binding domain) プルダウンと cleaved caspase-3 の免疫組織化学 (IHC、immunohistochemistry) で確認した。