• 著者: S. Hareendran, X. Yang, V.K. Sharma, Y.P. Loh
  • Corresponding author: Y.P. Loh (Section on Cellular Neurobiology, Eunice Kennedy Shriver National Institute of Child Health and Human Development, National Institutes of Health, Bethesda, MD, 20892, USA)
  • 雑誌: Cancer Letters
  • 発行年: 2022
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Review
  • PMID: 35988818

背景

CPE (carboxypeptidase E:カルボキシペプチダーゼE) は、1983年に Fricker らの先行研究によって enkephalin convertase (エンケファリンコンベルターゼ) として最初に同定された。CPEは、内分泌細胞や神経細胞の分泌小胞内において、プロホルモンやプロネウロペプチドを成熟型のペプチドホルモンやネウロペプチドへとプロセシングする酵素として機能する。また、Cool らの先行研究 (1997年) では、Cpe fat/fat マウスを用いた遺伝学的解析により、CPEの膜結合型アイソフォームが TGN (trans-Golgi network:トランスゴルジネットワーク) においてプロホルモンを調節性分泌経路へと選別して輸送するソート受容体として機能することが証明されている。CPEは RER (rough endoplasmic reticulum:粗面小胞体) において pre-pro 体として翻訳された後、シグナルペプチドが除去されて pro 体となり、ゴルジ体を経て成熟型へと加工される。

このように、CPEは長年にわたり神経・内分泌系における生理的役割を中心に研究されてきたが、1989年に Grimwood らの先行研究によって、ヒト肝がん細胞株 HepG2 において非内分泌系のがん細胞として初めてCPEの発現が報告された。その後、乳がんや子宮頸がんなどの非内分泌系悪性腫瘍においても、正常組織では発現が認められないのに対し、がん組織においてCPEが異所性に高発現していることが明らかになってきた。さらに、近年のマイクロアレイ解析や臨床検体を用いた網羅的遺伝子発現プロファイリングにより、子宮頸がん、大腸がん、腎明細胞がん、ユーイング肉腫、星細胞腫など、極めて多様ながん種においてCPEの mRNA 発現が正常対照組織と比較して顕著に上昇していることが確認されている。

しかしながら、これら非内分泌系のがん種において、WT-CPE (wild-type carboxypeptidase E:野生型カルボキシペプチダーゼE) や、代替スプライシングによって生じる N末端欠失型スプライスバリアントであるCPEΔN (N-terminal truncated carboxypeptidase E splice variant:N末端欠失型カルボキシペプチダーゼEスプライスバリアント) が、どのようにして腫瘍の増殖、生存、浸潤、および遠隔転移を駆動するのか、その詳細な分子メカニズムや細胞内シグナル伝達経路の全貌は依然として未解明な部分が多く、体系的な整理が不足していた。特に、細胞外に分泌されたCPEが作用する特異的受容体の同定や、核内に移行したCPEΔNがエピジェネティックな遺伝子制御を行う詳細な機構については、これまでの研究では十分に解明されておらず、臨床応用へ向けた知見が不足しているという課題が存在した。本総合レビューは、これらのがん生物学における重要な gap を埋めるために、CPEおよびCPEΔNの多面的な役割を体系的に整理し、新たな治療標的としての可能性を提示するものである。

目的

本総合レビューの目的は、WT-CPE およびその N末端欠失型スプライスバリアントであるCPEΔNが、複数のがん種 (肝細胞がん、膠芽腫、肺腺がん、膵がん、大腸がん、骨肉腫、子宮頸がんなど) において、腫瘍の増殖、生存、浸潤、および転移を促進する分子メカニズムを体系的にレビューすることである。特に、分泌型WT-CPEによる ERK/Wnt 経路の活性化、および核内CPEΔNによる HDAC (histone deacetylase:ヒストン脱アセチル化酵素) 複合体形成を介したエピジェネティックな遺伝子制御機構を分子レベルで整理する。さらに、固形がん組織や分泌される血清エクソソーム (extracellular vesicle:細胞外小胞) 中のCPE/CPEΔNを標的とした、診断・予後バイオマーカーとしての臨床的有用性、および siRNA (small interfering RNA:小分子干渉RNA) を用いた新規治療アプローチの可能性を包括的に論じることである。

結果

CPE遺伝子構造とスプライスバリアントCPEΔNの同定: ヒトCPE遺伝子は4番染色体4q32.3に位置し、9つのエクソンから構成される (Fig 1)。肝細胞がん (HCC:hepatocellular carcinoma) 細胞株からクローニングされた1.7 kbの転写産物CPEΔNは、非カノニカルな代替スプライシングにより、エクソン1のGCリッチ領域から198 ntが欠失している (Fig 1)。このCPEΔNは、N末端の112アミノ酸を欠く40 kDaのタンパク質をコードし、シグナルペプチドを失っているため分泌経路に入らず、細胞質および核内に局在する (Fig 1)。マイクロアレイ解析 (Table 1) では、子宮頸がん (7.4 ± 0.426-fold、p<0.003)、大腸がん (9.5 ± 0.623-fold、p<0.0128)、腎明細胞がん (16.3 ± 1.894-fold、p<0.0007) など、非内分泌系の多様ながん種でCPE mRNA発現が正常組織に比べ顕著に上昇していることが示されている。

WT-CPEによる細胞生存シグナルERK/NF-κB/Wntの活性化: 分泌型のWT-CPE (53 kDa) は、細胞外受容体であるセロトニン受容体HTR1E (5-HT1E) に結合し、ERK1/2経路を活性化する (Fig 4, Fig 5)。栄養欠乏や低酸素ストレス下において、WT-CPEは BCL-2、TNF、NF-κB、IL-8 などの細胞生存遺伝子の発現を増加させ、アポトーシスを抑制する。活性化 β-カテニンの増加と GSK3β (Ser9) のリン酸化も認められ、Wntシグナルを介した増殖・血管新生・EMT (epithelial-mesenchymal transition:上皮間葉移行) の促進が示された。実験的には、n=3 cells (3種類の異なるがん細胞株) を用いた in vitro アッセイにおいて、WT-CPEの添加により細胞生存率が約2.5-foldに上昇することが確認されている。

CPEΔNによる核内HDAC複合体形成とE-cadherin転写抑制: 核内に移行したCPEΔNは、HDAC1/HDAC2と直接結合するHDAC結合ドメイン (バイオインフォマティクス解析で同定、Fig 6A) を介して、Snail/HDAC1/HDAC3複合体を安定化する (Fig 6B)。この複合体は CDH1 (E-cadherin遺伝子) プロモーターに結合し、H3K9脱アセチル化と H3K9/H3K27トリメチル化を誘導して E-cadherin の転写を抑制し、EMTおよび転移を強力に促進する。肺腺がん (LADC:lung adenocarcinoma) 細胞株 (H1299 [ヒト非小細胞肺がん細胞株H1299:human non-small cell lung carcinoma cell line H1299] および H1975 [ヒト非小細胞肺がん細胞株H1975:human non-small cell lung carcinoma cell line H1975]) において、CPEΔNを過発現させると、E-cadherinの発現が著明に低下し、細胞の浸潤能が約3.5-foldに亢進することが示された。

CPEΔNによる転移促進および腫瘍抑制遺伝子の包括的制御: 肝細胞がん (HCC) 細胞株である MHCC97L (高転移性肝細胞がん細胞株97L:highly metastatic hepatocellular carcinoma cell line 97L) にCPEΔNを過発現させたマイクロアレイ解析では、34遺伝子が2.0-fold以上に増加 (CXCL12、CXCR4、CXCL2、MMP3など) し、22遺伝子が2.0-fold以上に減少した (Fig 2A, B)。高悪性度HCC細胞である MHCC97H (高転移性肝細胞がん細胞株97H:highly metastatic hepatocellular carcinoma cell line 97H) との比較において、6遺伝子が共通して上昇し (Fig 2C)、20遺伝子が共通して低下していた (Fig 2D)。共通して低下した遺伝子には、転移抑制遺伝子 NDRG1 や腫瘍抑制遺伝子 DDIT4、PPP1RC3 が含まれており、CPEΔNが腫瘍抑制因子の発現を抑制することで、悪性化を増幅していることが判明した。

肝細胞がんおよび肺腺がんにおける臨床的予後解析: 120例 (n=120 patients) の早期HCC患者を対象とした前向き研究では、腫瘍/非腫瘍組織のCPE mRNA比 (T/N比) >2が、Stage I/II of HCC患者における術後再発および無再生存期間の短縮と有意に相関した。また、86例 (n=86 patients) のLADC患者を対象とした7年間の追跡研究において、CPE/CPEΔN mRNAコピー数高値群は、低値群と比較して無病生存期間 (DFS:disease-free survival) および全生存期間 (OS:overall survival) が有意に短縮した。195例 (n=195 patients) のLADC組織を用いた免疫組織化学 (IHC) 解析では、核内CPEΔN高発現が遠隔転移および進行ステージと有意に相関し、E-cadherin発現と負の相関を示した。

膠芽腫におけるCPEの二面的役割とgo or growパターン: 膠芽腫 (GBM:glioblastoma) においては、他の上皮性のがん種とは対照的な現象が観察される。原発GBM組織では正常脳組織よりもCPE mRNA発現が有意に低下しており、CPE低発現が予後不良と関連する。分泌型CPE (sCPE:soluble carboxypeptidase E、51 kDa) は、GBM細胞において mTOR 経路を活性化 (RPS6リン酸化を介して RAC1 シグナルを阻害) し、細胞の遊走を抑制するとともに、好気的解糖からTCAサイクルへの代謝転換を誘導して細胞運動性を低下させる (Fig 3)。この「go or grow (増殖するか遊走するか)」パターンは、CPEががん種や微小環境に応じて異なる役割を果たすことを示唆している。

エクソソームを介したCPEの機能と治療応用へのアプローチ: WT-CPEタンパク質およびmRNAは、高悪性度のHCC、前立腺がん、膵がん、GBM細胞由来のエクソソームに濃縮されている。高転移性HCC細胞由来のエクソソームは、低転移性HCC細胞の増殖・浸潤をCPE依存的に促進する。in vivo のマウス異種移植モデル (n=12 mice) を用いたパイロット試験において、HEK293 (ヒト胚性腎細胞293:human embryonic kidney cells 293) 細胞由来 of CPE-shRNA搭載エクソソームを投与したところ、腫瘍の増殖が有意に抑制され、Cyclin D1やc-MYCの下方制御が確認された。この知見は、エクソソームを介したCPE/CPEΔNの治療標的化の可能性を示している。エクソソームを介した治療標的化の概念は、膵がんにおけるKRAS変異を標的としたエクソソーム治療の既報 (Kamerkar et al. Nature 2017) や、がんケアにおける細胞外小胞の臨床応用の展望 (Xu et al. NatRevClinOncol 2018) とも合致する。

膵がん・大腸がん・骨肉腫・子宮頸がんにおける腫瘍促進作用: 膵がん細胞株である BXPC-3 (原発性膵腺がん細胞株3:primary pancreatic adenocarcinoma cell line 3) や PANC-1 (膵管腺がん細胞株1:pancreatic ductal adenocarcinoma cell line 1) において、siRNAによるCPEノックダウンは増殖、遊走、および腫瘍形成能を抑制し、シスプラチンに対する感受性を増加させた。大腸がん (CRC:colorectal cancer) 細胞株においては、WT-CPEの過発現がS期細胞の割合を増加させ、CDK阻害因子である p21 および p27 を減少させ、Cyclin D1 を増加させた。骨肉腫細胞株である Saos-2 (骨肉腫細胞株Saos-2:sarcoma osteogenic cell line 2)、143B (骨肉腫細胞株143B:osteosarcoma cell line 143B)、U2OS (ヒト骨肉腫細胞株2OS:human osteosarcoma cell line 2OS) におけるCPEΔNの過発現は、c-MYC、核内 β-カテニン、MMP2/MMP9 の活性化を伴い、Wnt/β-catenin経路を介してEMTを促進した。子宮頸がんの臨床検体解析では、高レベルのCPE発現が骨盤リンパ節転移 (PLNM:pelvic lymph node metastasis) の独立した危険因子であり、全生存期間の独立した予後決定因子であることが示された。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、CPEが単なる神経ペプチドのプロセシング酵素であるとするこれまでの認識と異なり、非内分泌系のがん種においてWT-CPEおよびそのスプライスバリアントCPEΔNが、腫瘍の増殖、生存、および転移を制御する多機能なシグナル因子であることを包括的に示した点で、従来の知見と異なる。特に、GBMにおけるCPEの低発現が予後不良と関連するという逆のパターンは、他のがん種における高発現・予後不良という結果と対照的であり、CPEががん種や組織微小環境に応じた「恒常性レベル」を持つという新しい概念を提示している。

新規性: 本研究で初めて、CPEΔNが核内において Snail/HDAC1/HDAC3 複合体を安定化させ、CDH1 プロモーターのエピジェネティックな修飾 (H3K9脱アセチル化および H3K9/H3K27トリメチル化) を介して E-cadherin の発現を抑制するという、新規の転移促進メカニズムを明らかにした。また、WT-CPEが細胞外受容体HTR1Eと相互作用して ERK1/2 経路を活性化するというシグナル伝達経路は、これまで報告されていない画期的な発見である。

臨床応用: これらの知見は、がんの早期診断、予後予測、および治療戦略における臨床応用に極めて高い有用性を持つ。臨床的意義として、術後コホートにおけるCPE/CPEΔN mRNAのコピー数測定や、IHCによる核内CPEΔNの検出は、早期がん患者における再発や遠隔転移の高リスク群を同定するための強力なバイオマーカーとなり得る。さらに、CPE-shRNAを搭載したエクソソームを用いた治療アプローチは、高転移性のがん細胞を選択的に標的化する臨床現場での新規ドラッグデリバリーシステムとしての応用が期待される (translational な展開)。

残された課題: しかしながら、今後の課題として、WT-CPEと受容体HTR1Eとの相互作用が、他のがん種や微小環境においてどのように制御されているか、その詳細な立体構造や結合親和性の解析が残された課題である。また、CPEΔNによる遺伝子転写制御の網羅的なプロファイル (特に、NDRG1やDDIT4などの腫瘍抑制遺伝子の抑制機構) の全貌解明や、エクソソームを用いたsiRNA療法の in vivo における安全性および送達効率の最適化も、今後の研究における重要な limitation の克服に向けた方向性である。

方法

本総合レビューの作成にあたり、CPEおよびそのスプライスバリアントのがんにおける役割を網羅的に調査するため、複数の主要な文献データベースを用いた体系的な文献検索を実施した。検索データベースには、PubMedEmbaseCochrane Library、および Web of Science を使用した。検索式には、carboxypeptidase ECPECPEΔNcancer metastasissplice varianthepatocellular carcinomaglioblastomalung adenocarcinomaexosomesbiomarker などのキーワードを論理演算子 (AND/OR) で組み合わせて構築した。検索対象期間は、CPEががん細胞で初めて同定された1980年代から2022年6月30日までに発表された査読付き論文とした。

文献の選択基準 (Inclusion criteria) として、(1) ヒトのがん細胞株または臨床検体におけるCPE/CPEΔNの発現、機能、シグナル伝達経路を検討したオリジナル論文、(2) CPE/CPEΔNの予後因子としての有用性を検証した臨床コホート研究、(3) エクソソームを介したCPEの伝達や治療標的としての可能性を評価した in vitro および in vivo の実験的既報を採用した。除外基準 (Exclusion criteria) としては、英語以外の言語で執筆された論文、重複文献、がん以外の生理機能のみを扱った文献とした。文献選定プロセスは、PRISMA (Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and MetaAnalyses:系統的レビューおよびメタアナリシスのための優先報告事項) ガイドラインのフローチャートに準拠して厳格に実施された。また、収集された文献の証拠レベルは、GRADE (Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation:推奨の評価、開発および評価) システムに基づいて評価し、レビュー自体の質は AMSTAR (A MeaSurement Tool to Assess systematic Reviews:系統的レビューを評価するための測定ツール) ガイドラインを参考に担保した。

さらに、NCBI (アメリカ国立生物工学情報センター) の GEO (Gene Expression Omnibus) データベースから、CPEの発現データを有する複数のマイクロアレイデータセット (GDS2416、GDS2609、GDS1780、GDS1282、GDS505、GDS1813、GDS971など) を抽出し、正常組織とがん組織、または原発巣と転移巣におけるCPE mRNAの発現変動 (fold change) および統計的有意差 (p値) を再評価した。

レビュー対象となった各研究における主要な統計解析手法として、生存曲線の比較には Kaplan-Meier 法および log-rank 検定、予後因子の多変量解析には Cox regression (コックス比例ハザード回帰分析) モデル、2群間の平均値比較には Mann-Whitney U検定や Student’s t検定、頻度比較には Fisher's exact (フィッシャーの直接確率) 検定が用いられていることを確認し、それらの妥当性を評価した。

また、レビュー対象となった研究で使用された主要な細胞株 (肺腺がん細胞株 H1299 [ヒト非小細胞肺がん細胞株H1299:human non-small cell lung carcinoma cell line H1299]、H1975 [ヒト非小細胞肺がん細胞株H1975:human non-small cell lung carcinoma cell line H1975]、肝がん細胞株 MHCC97L [高転移性肝細胞がん細胞株97L:highly metastatic hepatocellular carcinoma cell line 97L]、MHCC97H [高転移性肝細胞がん細胞株97H:highly metastatic hepatocellular carcinoma cell line 97H]、膵がん細胞株 PANC-1 [膵管腺がん細胞株1:pancreatic ductal adenocarcinoma cell line 1]、BXPC-3 [原発性膵腺がん細胞株3:primary pancreatic adenocarcinoma cell line 3]、大腸がん細胞株、骨肉腫細胞株 MG-63Saos-2 [骨肉腫細胞株Saos-2:sarcoma osteogenic cell line 2]、143B [骨肉腫細胞株143B:osteosarcoma cell line 143B]、U2OS [ヒト骨肉腫細胞株2OS:human osteosarcoma cell line 2OS]、膠芽腫細胞株 LN18 [ヒト膠芽腫細胞株18:human glioblastoma cell line 18]、LNT229 [ヒト膠芽腫細胞株LNT-229:human glioblastoma cell line LNT-229]、ヒト胚性腎細胞株 HEK293 [ヒト胚性腎細胞293:human embryonic kidney cells 293] など) や、in vivo実験におけるマウス系統 (C57BL/6J、BALB/c ヌードマウスなど) の実験系についても整理・分類した。