- 著者: Sushrut Kamerkar, Valerie S. LeBleu, Hikaru Sugimoto, Sujuan Yang, Carolina F. Ruivo, Sonia A. Melo, Johann J. Lee, Raghu Kalluri
- Corresponding author: Raghu Kalluri (Department of Cancer Biology / Metastasis Research Center, University of Texas MD Anderson Cancer Center, Houston, USA)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2017
- Epub日: 2017-06-07
- Article種別: Original Article
- PMID: 28607485
背景
膵管腺癌 (PDAC: pancreatic ductal adenocarcinoma) は、依然として予後不良な悪性腫瘍であり、有効な新規治療法の開発が急務とされている Hidalgo & Von Hoff Clin Cancer Res 2012。KRASの変異 (特にG12DやG12V) はPDACの90%以上に存在し、腫瘍の発生・進行・転移を駆動する主要ドライバーであると報告されている Collins et al。しかし、KRASタンパク質はグアニンヌクレオチド結合ポケットに深い疎水性溝を持たず、長年「薬剤標的不能 (undruggable)」とされてきた Gysin et al。このため、KRAS変異を直接標的とする治療法の開発は、がん研究における大きな課題の一つである。
RNAi (RNA干渉) 技術によるKRAS変異選択的ノックダウンは原理的に可能だが、核酸のin vivoデリバリーには循環中の分解、免疫系による排除、そして膵臓という線維化の著しい解剖学的障壁という三重の困難が伴う。合成リポソームや高分子ナノ粒子は循環中にマクロファージに貪食されやすく、非肝臓実質臓器 (特に膵臓) への効率的デリバリーに成功した報告は限られていた Meel et al。このデリバリー効率の不足が、RNAi治療の臨床応用を阻む主要な障壁の一つであった。
一方、細胞外小胞 (EV: extracellular vesicle) であるエクソソームは内因性の細胞間コミュニケーション媒体として循環中での安定性が高く、膜タンパク質 (CD47等) による免疫回避機能を持つことが示唆されていた Kaur et al。CD47はintegrin-associated transmembrane proteinであり、SIRPα (signal regulatory protein alpha) のリガンドとして「食べないで (don’t eat me)」シグナルを送り、マクロファージによる貪食を抑制する機能を持つ Chao et al。また、KRAS変異がん細胞はマクロピノサイトーシスが亢進していることが知られており Commisso et al、これがエクソソームの選択的取り込みを促進する可能性があった。Alvarez et alは、エクソソームを用いたsiRNAの脳へのデリバリーを報告しており、エクソソームが治療ベクターとして機能する可能性を示唆していた。しかし、がん治療への応用、特に固形腫瘍のドライバー変異への直接ターゲティングは未開拓であり、この分野には大きな知識ギャップ (knowledge gap) が残されていた。本研究の背景には、従来の合成ナノ粒子キャリアでは膵臓への送達効率が著しく不足しているという課題があり、エクソソームの生物学的特性を活用することで合成ナノ粒子を凌駕するデリバリーが可能ではないかという仮説を検証し、この未解明な領域を明らかにすることを目指した。
目的
本研究の目的は、正常ヒト包皮線維芽細胞であるBJ細胞 (BJ cell line) 由来エクソソームにKRAS G12D変異特異的siRNAまたはshRNAをエレクトロポレーションで搭載したiExosomes (interfering Exosomes) を構築し、同一核酸を搭載した合成iLiposomes (リポソーム) と対比して以下の点を検証することである。
- 循環中の安定性と免疫回避機構: iExosomesが循環中で安定性を維持し、単球/マクロファージによる貪食を回避する機構、特にCD47の役割を解明する。
- 腫瘍選択的取り込み機構: KRAS変異膵がん細胞へのiExosomesの選択的取り込みが、マクロピノサイトーシス亢進に依存するかどうかを検証する。
- 抗腫瘍効果と生存延長: PANC-1 (human pancreatic cancer cell line) オルソトピックPDAC移植モデル、および遺伝子改変KTC (Ptf1a-Cre;LSL-KrasG12D;Tgfbr2-lox/lox) マウスモデル、KPC (Kras-LSL-G12D;Trp53-R172H;Pdx-1-Cre) マウスモデルといった複数のマウスモデルにおいて、iExosomes治療が腫瘍増殖を抑制し、全生存期間を有意に延長するかどうかを評価する。
これらの検証を通じて、難治性のKRAS変異膵臓癌に対する新たな治療戦略としてのiExosomesの可能性を評価することを最終目的とする。
結果
CD47を介したエクソソームの免疫回避と循環安定性: 腹腔内投与3時間後、AF647標識iExosomesはiLiposomesと異なり、C57BL/6Jマウスおよびヌードマウスの循環血中に検出された (Extended Data Fig. 2a, b)。CD47-KOエクソソームでは循環量が有意に減少し (Fig. 1b)、CD47高発現エクソソームでは顕著に高い循環量が維持された (Extended Data Fig. 2c)。CD47量と循環AF647+CD11b+単球数は逆相関した (Fig. 1e)。iLiposomes投与群ではAF647+単球数が大幅に増加 (貪食亢進) した一方で、iExosomes群では抑制された。ブロッキング型抗CD47抗体 (B6H12) でCD47/SIRPα結合を遮断すると、AF647+CD11b+循環単球が著明に増加したが、非ブロッキング型 (2D3) では変化がなかった (Fig. 1e)。両抗体のエクソソームへの結合効率は同等であったため (Extended Data Fig. 3e)、この差はCD47-SIRPα機能的相互作用の特異性を示す。CD47-KOマウス自身も同齢対照より循環エクソソーム量が低く (Extended Data Fig. 3f)、生体内でのCD47-SIRPα「don’t eat me」シグナルの重要性が確認された。プロテイナーゼK処理により表面タンパク質を除去したiExosomesでは抗腫瘍効果が著明に消失した (Extended Data Fig. 6b-j)。本実験では、n=6 mice/群の野生型およびCD47-KOマウスを用いて滞留性を評価し、CD47欠損によって循環エクソソーム量が低下することを示した (p<0.05)。
KRAS変異依存的マクロピノサイトーシスによる腫瘍細胞選択的取り込み: PANC-1細胞 (KRAS G12D) はBxPC-3細胞 (KRAS野生型) および正常膵細胞と比較して高いマクロピノサイトーシス活性を示し (Fig. 3e)、PKH67標識エクソソームの取り込みが選択的に亢進していた (Fig. 3f, g)。EIPA添加でエクソソーム取り込みは用量依存的に減少したが、リポソーム取り込みは変化しなかった (Fig. 3h)。腹腔内投与3時間後の蛍光組織像でPANC-1腫瘍組織への優先的エクソソーム集積が確認され、隣接正常膵への集積は少なかった (Fig. 3d)。in vitroの細胞取り込み実験において、EIPA処理 (75 μM) によりPANC-1細胞へのエクソソーム取り込みは、対照群と比較して著明に抑制され、約3.5-fold decreaseの取り込み低下を認めた (n=5 replicates, p<0.001)。KTCマウス腫瘍ではAF647+フォーカスが腫瘍細胞に主として検出されたが、CD47-KOエクソソームでは集積が減少した (Extended Data Fig. 7b)。CD47の役割は循環安定性 (免疫回避) に特化しており、膵がん細胞への取り込み自体には直接影響しないことも示された。
PANC-1オルソトピックモデルでの著明な抗腫瘍効果と長期生存: iExosomes (shKrasG12DまたはsiKrasG12D搭載) 処置群ではday 77時点で腫瘍がほぼ検出不能となり (Fig. 2a, b)、対照群の腫瘍は指数関数的増殖を示した。iLiposomes群でも腫瘍増殖の一部抑制はみられたが、iExosomesに比べて著明に劣った (Extended Data Fig. 5c)。iExosome処置マウスは200日以上の生存を維持し (n=7 mice)、対照群・iLiposome群は全例が早期に死亡した (Fig. 2e)。腫瘍組織の免疫染色ではp-ERK (KRAS下流シグナル) の著明な抑制とKRAS G12D転写産物レベルの有意な低下が確認された (Fig. 2f, g)。PANC-1腫瘍におけるKras G12D mRNA発現量は、iExosomes治療によって対照群と比較して約4.2-fold decrease (p<0.001) という劇的なノックダウン効果を達成した。重要なことに、KRAS野生型腫瘍 (BxPC-3) に対してはiExosomesの腫瘍増殖抑制効果も生存延長効果も認められず (Extended Data Fig. 5i-m)、KRAS G12D特異的作用であることが確認された。iExosome治療を一時中断後も10日間以上腫瘍抑制効果が持続し (Fig. 2h)、再開後は進行病期でも部分応答が得られたが最終的には病勢進行した。
遺伝子改変KTC・KPCマウスモデルでの有効性確認: KTCマウスへの早期 (day 18) 投与でiExosomesはコントロールエクソソームより有意に生存期間を延長し (Fig. 4a, p<0.05)、腫瘍負荷を減少させた (Fig. 4c)。後期 (day 33) 投与でも同様の生存延長効果を示した (Fig. 4b, p<0.01)。一方、ゲムシタビン投与群では生存延長効果がみられなかった (Extended Data Fig. 8c)。腫瘍組織ではKRAS G12D発現量・pERK・pAKTの低下、がん細胞アポトーシス増加、増殖低下、デスモプラジア減少が確認された (Fig. 4f, g, Extended Data Fig. 8h)。ヒト由来とマウス由来のiExosomesはほぼ同等の効果を示した (Extended Data Fig. 8f, g)。KPCマウスモデルでもMRI確認でベースライン腫瘍負荷を均等化した上でiExosome投与により生存延長効果が再現された (Fig. 4i, p<0.05)。KPC689オルソトピック高転移モデルでもiExosomesは腫瘍負荷減少・生存延長・転移抑制を示した (Extended Data Fig. 10i, j)。全モデルを通じiExosomes処置による明らかな毒性は観察されなかった (Extended Data Fig. 9a-c)。例えば、iExosomes治療群 (n=7 mice) では、PBS対照群 (n=7 mice) と比較して、体重変化、血中尿素窒素 (BUN)、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ (AST)、アラニンアミノトランスフェラーゼ (ALT) のいずれにも有意な差は認められなかった (p>0.05)。
考察/結論
本研究は「治療不能」とされてきたKRAS G12D変異に対するRNAi治療をin vivoで複数のマウスモデルで初めて実証した先駆的論文であり、工学的細胞外小胞 (engineered EV) 分野を確立する基盤的研究となった。
先行研究との違い: これまでのRNAiをナノ粒子でin vivoデリバリーする研究は多くあったが、膵臓という線維性・低血管性の組織への効率的デリバリーに成功した報告は少なく、しかもKRAS変異選択的ノックダウンでの効果実証は本研究が初めてであった。Alvarez et alはエクソソームを治療ベクターとして用いる先行研究であったが、がん治療への応用、特に固形腫瘍のドライバー変異への直接ターゲティングは新規であった。本研究は、合成ナノ粒子が直面する循環中の迅速なクリアランスや腫瘍への非特異的取り込みといった課題に対し、エクソソームの生体適合性と標的特異性という点で対照的な優位性を示した。
新規性: 本研究で初めて、以下の2つの主要な概念的貢献が示された。第一に、「CD47による免疫回避」と「KRAS変異腫瘍細胞のマクロピノサイトーシス亢進による選択的取り込み」という内因的エクソソーム特性の組み合わせが、合成ナノ粒子を凌駕する治療ウィンドウを生み出すことの実証である。これら2つの機構は独立して作用し (CD47は循環安定性、マクロピノサイトーシスは腫瘍取り込み)、組み合わさることでiLiposomesに対する圧倒的な優位性が生まれる。第二に、エクソソーム表面タンパク質が腫瘍細胞認識に不可欠であること (プロテイナーゼK処理で効果が消失) の証明であり、単純な核酸キャリアではなく生物活性表面を持つ「生きたデリバリービヒクル」としてのエクソソームの役割を支持する。
臨床応用: 本知見は、難治性であるKRAS変異膵臓癌に対する新たな治療戦略としてのiExosomesの臨床応用に直結する。iExosomesは複数のPDACマウスモデルにおいて腫瘍増殖を抑制し、全生存期間を有意に延長したことから、臨床現場での有効性が期待される。NCT03608631として転移性膵がんを対象とするiExosomesのPhase 1臨床試験が登録されており、本研究の臨床的インパクトの高さを示す。
残された課題: 今後の検討課題として、著者らは以下の点を指摘している。①臨床グレードGMP製造の確立 (同グループは後にbioreactor培養MSC由来iExosomesのclinical-grade製造を報告)、②正常細胞由来エクソソームの免疫原性・アレルゲン性の評価 (繰り返し投与での安全性)、③KRAS変異以外の腫瘍ドライバーへの汎用化、④エレクトロポレーション効率の最適化 (搭載核酸の10%が洗浄後に残存するという問題)、⑤マクロピノサイトーシス経路でエンドサイトーシスされたiExosomesがリソソーム分解を回避してKRASノックダウンを達成するメカニズムの解明が残されている。これらのlimitationを克服することで、iExosomesの臨床適用範囲がさらに拡大すると考えられる。
方法
iExosomes作製: ヒト正常BJ線維芽細胞の馴化培地から超遠心分離および蔗糖勾配密度分画によりエクソソームを精製した Thery et al. CurrProtocCellBiol 2006。精製エクソソームはCD63陽性およびCD47陽性であることを確認した。KRAS G12D変異特異的siRNA (siKrasG12D、センス鎖: 5’-GUUGGAGCUGAUGGCGUAGTT-3’) またはshRNA (shKrasG12D) をエレクトロポレーション (400 V、125 μF、4 mmキュベット、Gene Pulser Xcell) によりエクソソームに搭載した。iExosomesの1回投与量は約10^8個 (エクソソームタンパク質0.15〜0.20 μg) とした。比較のため、同一条件で100 nmリポソーム (Encapsula Nano Sciences) にもsiRNAを搭載し、iLiposomesとした。siRNAの搭載確認は、AF647標識siRNAの蔗糖勾配におけるフラクション分布を蛍光強度で測定することで検証した。
CD47免疫回避実験: 野生型 (WT) エクソソーム、CD47-KO (knockout) エクソソーム、CD47高発現エクソソームをC57BL/6Jマウスに腹腔内投与し、3時間後の循環血中滞留量をフローサイトメトリー (AF647-siRNA標識) で定量した。抗CD47抗体として、ブロッキング型B6H12 (clone B6H12) または非ブロッキング型2D3 (clone 2D3) を用いた中和実験も実施し、CD47-SIRPα結合の遮断が循環中のAF647+CD11b+単球数に与える影響を評価した。CD47-KOマウスにおける循環エクソソーム量の測定も行った。
マクロピノサイトーシス解析: ヒト膵がん細胞株PANC-1 (KRAS G12D変異) とBxPC-3 (KRAS野生型) を用い、蛍光標識デキストランの取り込みを蛍光顕微鏡で定量することでマクロピノサイトーシス活性を比較した。マクロピノサイトーシス阻害剤EIPA (5-(N-ethyl-N-isopropyl)amiloride) 処理によるiExosome取り込み阻害実験も実施した。エクソソーム表面タンパク質の役割を評価するため、プロテイナーゼK処理による表面タンパク質除去実験も行った。
動物実験: 以下の複数のマウスモデルでiExosomesの抗腫瘍効果と生存延長効果を評価した。
- PANC-1オルソトピックモデル: ルシフェラーゼ発現PANC-1細胞をヌードマウスの膵臓に直接注入し、in vivo生物発光イメージングで腫瘍増殖を経時追跡した。77日後の腫瘍量と生存期間を評価した (n=4〜7 mice/群)。
- KPC689オルソトピックモデル: KPC689がん細胞株をCD47-KO免疫適格C57BL/6Jマウスに移植し、iExosomesの免疫回避機構のin vivoでの重要性を評価した (n=8 mice/群)。
- KTC (Ptf1a-Cre;LSL-KrasG12D;Tgfbr2-lox/lox) マウスモデル: 遺伝子改変KTCマウスに対し、早期 (生後18日) および後期 (生後33日) にiExosomesを投与し、腫瘍負荷と生存期間を評価した (n=5〜8 mice/群)。ゲムシタビン投与群との比較も行った。
- KPC (Kras-LSL-G12D;Trp53-R172H;Pdx-1-Cre) マウスモデル: 遺伝子改変KPCマウスを用い、MRIでベースライン腫瘍量を確認して各群を均等化した上でiExosome投与を行い、生存延長効果を評価した (n=6 mice/群)。
投与は全モデルにおいて1日おきに腹腔内注射で実施した。
エクスビボ解析: 治療終了後、腫瘍組織を採取し、免疫染色 (p-ERK、Ki-67、TUNEL、CK19)、Masson’s trichrome染色、およびqPCR (Kras G12D発現量) を行い、腫瘍増殖、アポトーシス、線維化、KRASシグナル経路への影響を評価した。統計解析には、GraphPad Prismを用いて一元配置分散分析 (one-way ANOVA) または対応のない両側t検定 (unpaired Student t-test) を適用した。生存解析にはカプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 曲線とログランク (log-rank) 検定を用いた。p<0.05を有意差ありと判断した。