- 著者: Priyanka Chaudhary, Xia Xu, Guangfang Wang, Jacob P. Hoj, Rishi R. Rampersad, Marie-Liesse Asselin-Labat, Stephanie Ting, William Kim, Pablo Tamayo, Ann Marie Pendergast, Mark W. Onaitis
- Corresponding author: Mark W. Onaitis (University of California San Diego School of Medicine, La Jolla, CA, USA)
- 雑誌: Cancer Research Communications
- 発行年: 2023
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 37882674
背景
肺腺癌 (LUAD) は非小細胞肺がん (NSCLC) の最頻発組織型であり、KRAS 変異が全 LUAD の 25-30% に存在する最大の oncogenic driver として知られる。Xu ら (ProcNatlAcadSciUSA 2012) は Sftpc-CreER 遺伝系譜トレースモデルを用いて肺胞 II 型細胞 (AT2 cell; surfactant protein C 発現) が Kras G12D 誘発性 LUAD の起源細胞であることを初めて証明し、同グループはさらに active Notch signaling と Sox2 低発現が AT2 細胞の腫瘍化能を規定する分子スイッチであることを示した。近年、Marjanovic ら (Marjanovic et al. CancerCell 2020)、LaFave ら (LaFave et al. CancerCell 2020)、Dost ら (Dost et al. CellStemCell 2020) は単一細胞 RNA シーケンス (scRNA-seq) により KRAS 活性化 AT2 細胞が type II マーカーを失い type I マーカーを上昇させる多様な転写状態へリプログラミングされることを示した。しかし、これらの研究は転写的多様性の記述にとどまっており、どのような表現型を持つ細胞集団が実際に腫瘍開始能を担うのか、またその分子制御機構については gap in knowledge が残っていた。KRAS G12C 変異に対しては sotorasib・adagrasib が承認されたが、G12D/G12V 等の非 G12C 変異型 KRAS-mutant LUAD には有効な標的療法が存在せず予後が不良であり、新規治療戦略の探索が不足していた。
目的
Sftpc-CreER; Kras G12D マウスモデルを用いて、KRAS G12D 活性化後に肺胞 II 型細胞で出現する type I/II マーカー共発現 (dual-positive) 細胞集団の存在を証明し、その腫瘍開始能・Notch シグナル依存性・Sox2 による抑制機構を in vitro および in vivo で明らかにする。また RNA-seq による転写プロファイル解析で embryonic lung progenitor との相同性を検証し、KRAS-mutant LUAD に対する新規治療標的を同定する。
結果
Kras G12D 活性化による dual-positive 細胞集団の出現:コントロールマウス (Sftpc-CreER; Rosa26-TdTomato) の肺胞上皮では、Sftpc+ Rage+ 二重陽性細胞は全上皮細胞のわずか 0.05% ± 0.07% にすぎなかった。一方、Sftpc-CreER; LSL-Kras G12D; Rosa26-TdTomato マウスにタモキシフェンを投与して 4 週後に測定すると、Sftpc+ Rage+ dual-positive 細胞が 2.6% ± 0.9% (p < 0.05、コントロール比 52-fold 増加) にまで有意に増加しており、免疫蛍光 (IF) 画像でも多数の白矢印で示される dual-positive 細胞を確認できた (Fig. 1B, C)。FACS 解析においても PDPN+ TdTomato+ 分画はコントロールでは 0.048% にとどまるのに対し、Kras G12D マウスでは顕著に増加していた (Fig. 1D, E)。分取した dual-positive 細胞の qPCR 解析では、type I マーカー (Rage, Aqp5) と type II マーカー (Sftpc B/C/D, Lamp2, Etv5) の両者が全上皮細胞と比較して有意に enrichment されており、真の dual-positive 表現型であることが確認された (Fig. 1F)。
Dual-positive 細胞の優れた腫瘍開始能と organoid 形成能:Sftpc-CreER; LSL-Kras G12D マウス由来の type I 単独・type II 単独・dual-positive の 3 分画 (各 5,000 cells/insert) を 3D organoid 培養したところ、14 日目の評価において dual-positive (PDPN+ TdTm+) 細胞が他の分画と比較して顕著に高いコロニー形成効率とコロニー面積を示した (Fig. 2C, D, E)。3D spheroid 中では Ki67 陽性活発な増殖細胞が検出され (Fig. 2H)、type I (Rage+) と type II (Sftpc+) 双方向への分化能が確認された (Fig. 2G)。さらに LUAD マーカーである TTF1 (thyroid transcription factor 1) の発現も維持された (Fig. 2I)。皮下移植実験では、dual-positive 細胞 25,000 個の移植により Rag1-/- マウス (n=10 transplants) で 7/10 例・NOD/SCID マウス (n=9 transplants) で 8/9 例に腫瘍が形成されたのに対し、Kras G12D type II 単独細胞では Rag1-/- で 2/10 例・NOD/SCID で 0/8 例にとどまり (Table 1)、dual-positive 細胞の圧倒的な腫瘍開始能が実証された (Fig. 2J, K, L, M)。摘出腫瘍は TTF1 陽性・TdTomato 陽性の典型的な乳頭状 LUAD 形態を示した。
Notch シグナルの dual-positive 細胞形成における必須役割:CBF:H2B-Venus Notch reporter マウスとの交配実験で、Sftpc-CreER; LSL-Kras G12D; CBF-H2B-Venus マウスにおいて Sftpc+ Rage+ dual-positive 細胞の多くが Venus シグナルを発現することが免疫蛍光で確認された (Fig. 3A)。定量 FACS 解析では、type II 細胞での active Notch の割合がコントロールマウスで 1.55% ± 0.005% であるのに対し Kras G12D マウスでは 50.35 ± 2.25% (32-fold 増加) へと劇的に上昇した (Fig. 3C)。dual-positive 細胞における Notch 活性化率も、コントロール 0.11% ± 0.01% に対して Kras G12D マウスでは 9.16% ± 0.66% (83-fold 上昇) に増加した (Fig. 3D)。さらに Notch dominant negative (DNMaml1-GFP) を発現させた細胞では Sftpc+ Rage+ dual-positive 表現型が完全に消失し (Fig. 3E)、Notch シグナルが dual-positive 細胞形成に不可欠であることが遺伝学的に証明された。
Sox2 過剰発現と RepSox 処理による腫瘍形成抑制:Sftpc-CreER; LSL-Kras G12D; LSL-Sox2 マウスでは Sox2 過剰発現により、タモキシフェン投与 2 週後の腫瘍形成が Sftpc-CreER; LSL-Kras G12D マウスと比較して著明に抑制され、7-12 週でも過形成と小型腫瘍にとどまった (Fig. 4A, B、各群 5 匹)。Sox2 過剰発現マウスでは dual-positive (Sftpc+ Rage+) 細胞数も全体的に減少し、Sox2 陽性過形成部位に squamous マーカー (CC10, Krt5) の発現が見られた (Fig. 4C)。化学的 Sox2 活性化剤 RepSox を処置した治療実験では、n=8 マウスで肺腫瘍占有面積の大幅な減少が確認された (Fig. 4D, E)。さらに Kaplan-Meier 生存解析で PBS 処理群 (n=11) と比較して RepSox 処理群 (n=14) で有意な生存延長が示され (Fig. 4F)、RepSox が KRAS-mutant LUAD 治療薬の候補となりうることが示唆された。
Dual-positive 細胞の転写プロファイルと治療標的同定:type I・type II・dual-positive の 3 分画から RNA-seq を実施し NMF クラスタリングを行うと、dual-positive 細胞は 2 次元 Onco-GPS マップ上で type I と type II の中間に位置し (Fig. 6C)、embryonic マーカー (Sox9, HMGA2, THBS1, WNT7B, WNT5A) が enrichment・type II マーカー (SFTPC, SFTPD, ABCA3) が downregulation していた (Fig. 6D)。ssGSEA では E11.5 および E17.5 胚性肺前駆細胞シグネチャが有意に enrichment されており (Fig. 6E)、公開 scRNA-seq データとの比較でも dual-positive 細胞は AT1・AT2・Club・ciliated 全種の胚性上皮細胞 gene set に enrichment された (Fig. 6F)。MSigDB を用いた包括的 ssGSEA では Ras/MAPK・EGFR・Notch 各経路の gene set が dual-positive 細胞で顕著に enrichment され (Fig. 6G)、RAS Onco-GPS 解析で dual-positive 細胞が RAS/AP1 (activator protein 1) 細胞状態に分類されるとともに ERBB3/PI3K 関連経路との関連も示唆された (Fig. 6H)。
考察/結論
本研究は、KRAS G12D 活性化が肺胞 II 型細胞の一部を type I/II マーカーを共発現する高可塑性 dual-positive 細胞へと転換し、これらが Notch シグナル依存的に出現し Sox2 によって抑制される腫瘍開始細胞 (tumor-initiating cells) であることを遺伝学的・機能的に証明した。dual-positive 細胞を実際に分取して organoid 形成・in vivo 腫瘍開始能を実証した点は、これまで報告されていない新規の知見であり、KRAS-mutant LUAD の起源細胞学に重大な進展をもたらす。
既報の研究と比較すると対照的な点がある。Marjanovic ら (Marjanovic et al. CancerCell 2020) が報告した高可塑性細胞状態 (high-plasticity cell state) はトランスクリプトーム的定義であるのに対し、本研究は Sftpc (type II) と Rage (type I) という protein-level の二重陽性表現型として明確に定義し、さらに 3D organoid 培養と皮下移植という機能的試験でその腫瘍開始能を直接検証した点が相違する。LaFave ら (LaFave et al. CancerCell 2020) のエピゲノム研究が示すクロマチン再構成を通じた状態遷移と合わせると、ゲノム・エピゲノム・タンパク質の多層的リプログラミングが dual-positive 細胞出現の基盤であると考えられる。RNA-seq で示された embryonic lung progenitor (E11.5/E17.5) との転写的類似性は、Kras G12D 活性化が成熟 AT2 細胞に発生学的な細胞可塑性を再活性化することを示唆する。
臨床応用への道筋として、本研究で示された Notch 阻害剤 (DBZ 等の γ-secretase 阻害剤) と Sox2 活性化剤 (RepSox) によるマウスモデルでの腫瘍形成抑制は、非 G12C KRAS 変異 LUAD への新規介入戦略として臨床的意義を持つ。特に RepSox による Sox2 の化学的活性化は、既存の G12C 特異的阻害剤が効かない KRAS G12D 変異 LUAD に対して全く新規の標的経路を活用する可能性があり、bench-to-bedside 展開が期待される。OncoGPS 解析が示す ERBB3/PI3K および AP1 経路との関連は、lapatinib と PD-0325901 等の既存薬併用療法への応用可能性も示唆する。
残された課題として、(1) ヒト LUAD 検体における dual-positive 細胞の実際の同定と臨床的予後との相関解析、(2) G12D 以外の KRAS 変異 (G12V, G12C) や TP53 等の共変異が存在する場合の dual-positive 細胞の役割検証、(3) Notch 経路の特定の下位メンバー (Notch3 など) の関与の解明、(4) RepSox・DBZ の薬物毒性プロファイルと臨床応用に向けた future research が必要である。胚性肺前駆細胞シグネチャとの転写的類似性を活用した lineage plasticity マーカーによる LUAD の予後分類や早期検出への展開も今後の検討に値する。
方法
遺伝子改変マウスモデル: Sftpc-CreER (Cre recombinase/estrogen receptor fusion); Rosa26 (ROSA26 safe harbor locus)-TdTomato (tandem dimer Tomato) (control)、Sftpc-CreER; LSL (lox-stop-lox cassette)-Kras G12D; Rosa26-TdTomato (Kras 活性化実験群)、CBF (C-promoter binding factor):H2B (histone 2B)-Venus (yellow fluorescent protein) (Notch reporter)、Rosa-LSL-CAG (CMV early enhancer/chicken β-actin promoter)-Sox2 (Sox2 過剰発現)、Rosa-LSL-DNMaml1 (dominant-negative Mastermind-like 1)-GFP (Notch dominant negative reporter line) の 5 ライン。6 週齢マウスに tamoxifen 75 mg/kg (corn oil 20 mg/mL) を腹腔内単回投与し Cre を誘導、4 週後に肺を採取した。RepSox (Sox2 mimetic, TGFβ inhibitor) は 0.5 mmol/L を腹腔内投与、tamoxifen 投与 1 週後から 3 週間 (週 2 回)、0.25 mg/g 体重で処置した。
組織解析: 4% パラホルムアルデヒド固定 → パラフィン包埋 (7 μm 切片) → 抗 pro-Sftpc (Millipore, 1:500)・抗 Rage (R&D Systems, 1:200)・抗 Sox2・抗 Ki67・抗 TTF1 等で免疫蛍光 (IF) / 免疫組織化学 (IHC) 染色し Leica SP2 または Nikon A1R 共焦点顕微鏡で撮影。コロニー数・腫瘍占有面積は ImageJ で定量 (円形面積 ≥2,000 mm^2 をコロニーとして計測)。
フローサイトメトリー (FACS): コラゲナーゼ (2 mg/mL) + DNase (1 mg/mL) で肺組織を消化し CD31-/CD45- 上皮細胞を選出後、podoplanin (PDPN, type I マーカー) と TdTomato (type II lineage) の組み合わせで type I 単独 (PDPN+ TdTm-)・type II 単独 (PDPN- TdTm+)・dual-positive (PDPN+ TdTm+) の 3 分画を FACSAria II で分取し FlowJo で解析。
RNA-seq: RNeasy で RNA 抽出 → TapeStation 品質評価 → TruSeq Stranded kit (Illumina) でライブラリ調製 → 75 bp paired-end HiSeq4000 でシーケンス → マウス参照ゲノムにアライメント。Non-negative matrix factorization (NMF) によるクラスタリング、ssGSEA (single-sample gene set enrichment analysis) を MSigDB (Molecular Signatures Database) サブコレクション (C2, C3, C6) で実施。情報係数 (information coefficient, IC) と permutation test で有意性を評価。Onco-GPS (RAS oncogenic pathway GPS) map で RAS 細胞状態を分類。
3D organoid 培養: 分取細胞 5,000 個を Matrigel (50%) + MTEC (mouse tracheal epithelial cell medium)/Plus 培地と混合し、PDGFRA (platelet-derived growth factor receptor alpha)-GFP+ フィーダー細胞 (n=1×10^5 cells) とともに 24 ウェル Transwell インサートに播種し 14 日間培養。薬物処理: RepSox (2 mmol/L)・DBZ (dibenzazepine, γ-secretase inhibitor, 2 mmol/L)・SB-431542 (selective ALK inhibitor of TGFβ pathway, 2 mmol/L) を培養 3 日目から隔日添加。
皮下移植実験: 分取細胞 25,000 個を PBS:Matrigel = 1:1 に懸濁し Rag1-/- または NOD/SCID (non-obese diabetic/severe combined immunodeficiency) マウスの側腹部に皮下注射。8 週後に触知可能な腫瘍を確認し 3 ヶ月後に摘出、H&E 染色・IHC で病理評価。
統計: Student t-test (GraphPad Prism)、mean ± SEM (standard error of the mean) で表示。有意水準: * p≤0.05、** p≤0.01、*** p≤0.001。