- 著者: Lindsay M. LaFave, Vinay K. Kartha, Sai Ma, Kevin Meli, Isabella Del Priore, Caleb Lareau, Santiago Naranjo, Peter M.K. Westcott, Fabiana M. Duarte, Venkat Sankar, Zachary Chiang, Alison Brack, Travis Law, Haley Hauck, Annalisa Okimoto, Aviv Regev, Jason D. Buenrostro, Tyler Jacks
- Corresponding author: Jason D. Buenrostro (Harvard University); Tyler Jacks (MIT)
- 雑誌: Cancer Cell
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-07-20
- Article種別: Original Article
- PMID: 32707078
背景
肺腺癌 (LUAD) は多段階の腫瘍進行過程を経て転移へと至るが、その過程でどのようなエピゲノム状態の変化が腫瘍進行・転移促進に寄与するかは十分に解明されていなかった。腫瘍の発生と進行は、細胞の機能的・分化状態を維持する制御ネットワークの異常によって特徴づけられる。特に、系統特異的な転写因子 (TF) の機能不全は、細胞の系統制限とアイデンティティを変化させ、腫瘍の発生を促進することが知られている。これらの調節プログラムの異常は、遺伝的、エピジェネティック、および環境的要因に応じた広範な選択圧によって影響を受け、腫瘍の多様で不均一な制御ランドスケープをもたらす。先行研究ではバルクATAC-seq、ChIP-seq、RNAシーケンシングが腫瘍進行の調節変化を記述してきたが、これらの解析は腫瘍内の遺伝的・エピゲノム的不均一性を細胞集団の平均として処理するため、稀少な転移前駆細胞や腫瘍内不均一性の実態を捉えることができなかった。例えば、Vogelstein et al. Science 2013 や Dagogo-Jack et al. NatRevClinOncol 2018 は、がんゲノムのランドスケープと腫瘍不均一性の重要性を強調しているが、単一細胞レベルでのエピゲノム変化の動態は依然として未解明であった。
KrasLSL-G12D/+;Trp53fl/fl (KP) マウスモデルは、頻繁な追加ドライバー変異を伴わずにLUADを発生させ、ヒトLUADの進行を再現性高くミラーリングする確立されたGEMM (genetically engineered mouse model) である。このモデルは、Hanahan et al. Cell 2000 が提唱した「がんのホールマーク」を研究するための優れたプラットフォームを提供している。肺腺癌の起源細胞としてII型肺胞細胞 (AT2) が広く支持されており、AT2細胞の同一性維持・喪失が腫瘍進行の重要な要素として注目されていた。しかし、これらの細胞状態遷移を単一細胞レベルでエピゲノムの観点から詳細に解析する研究は不足していた。
単一細胞エピゲノム解析、特にsciATAC-seq (single-cell combinatorial indexing ATAC-seq) の進歩により、数万規模の細胞のクロマチンアクセシビリティを単一細胞レベルで取得することが可能となり、腫瘍内不均一性とエピゲノムの状態遷移を同時評価する道が開かれた。本研究はMarjanovic et al. (2020、Cancer Cell同号掲載) のscRNA-seq解析と相補的に、クロマチンアクセシビリティとTF調節の視点からLUAD進行のエピゲノム進化を解析し、腫瘍発生から転移に至るまでの細胞状態の連続的な変化をエピゲノムレベルで明らかにすることを目指した。
目的
本研究の目的は、KPT (KrasG12D;Trp53fl/fl;Rosa26-LSL-tdTomato) マウスモデルを用い、最適化されたsciATAC-seqプロトコルで単一細胞レベルのクロマチン状態を網羅的に解析することである。これにより、LUADの発生から転移に至るエピゲノム状態遷移の連続体を特定し、腫瘍内不均一性の実態を明らかにする。
具体的には、以下の点を目的とする。
- 腫瘍進行に伴う細胞のアイデンティティ喪失と転移前状態へのエピゲノム連続体を同定すること。
- 腫瘍細胞におけるクロマチンアクセシビリティのコアクセシビリティモジュールと、それらを制御する主要な転写因子 (TF) 制御因子を特定すること。
- 特に、転移前状態を特徴づけるRUNX転写因子の機能的役割をin vitroおよびin vivo実験で検証し、その転移促進メカニズムを解明すること。
- マウスモデルで同定された制御プログラムがヒトLUAD患者の生存予測に有用なバイオマーカーとなるかを、TCGA (The Cancer Genome Atlas) データを用いて検証すること。
これらの解析を通じて、LUADの進行メカニズムに関する新たな洞察を提供し、将来的な診断バイオマーカーおよび治療標的の同定に貢献することを目指す。
結果
エピゲノム連続体の同定と腫瘍内不均一性: 17,274細胞のsciATAC-seqプロファイルをUMAPで可視化すると、腫瘍細胞は正常AT2細胞の同一性から転移状態へと至る連続的なエピゲノムグラジェント (エピゲノム連続体) を形成することが明らかになった (Fig. 2A, G)。転移癌細胞は一次腫瘍細胞と比較して不均一性が低く、クラスターが密集していた。注目すべきことに、一次腫瘍内の稀少な細胞集団が転移癌細胞クラスターに重複して位置づけられ、各腫瘍の細胞の一部が「転移様」クラスターに分布することが示された。IHC解析では、Grade 4領域がVIM (Vimentin) 陽性と一致することが確認された (Fig. 2I)。これは、転移能を持つ細胞が一次腫瘍内に存在し、転移前に局所的なエピゲノムリモデリングが生じることを示唆する。この解析には合計13,670の癌細胞が使用された。
AT2細胞同一性の喪失と腫瘍進行: 8週時点 (早期腫瘍) の癌細胞はUMAP上で正常AT2細胞クラスターとほぼ重複し、CEBPA (AT2系統TF) のモチーフスコアが高く、AT2マーカー (SFTPC、SFTPB) の遺伝子スコアが保持されていた (Fig. 3H, I, J)。後期腫瘍では、NKX2.1 TFモチーフスコアが段階的に低下し、AT1様マーカー (CAV1、HOPX) と後期腫瘍マーカーが増加した。癌細胞はAT1/AT2両方の同一性マーカーを共発現し (IHCで確認)、腫瘍進行に伴ってAT2系統同一性が失われながらAT1様やより未分化な状態に遷移することが示された (Fig. 3E, G)。早期腫瘍の4,610細胞の解析により、この初期状態の維持が確認された。
11コアクセシビリティモジュールと転写調節ネットワーク: 67の非冗長・変動TFモチーフに対するdifferential peak解析により、74,732の差異ピークが同定され、Louvain法で11のコアクセシビリティモジュールが確立された (Fig. 4F)。モジュール5、6、11はAT2様/早期腫瘍、モジュール3は移行状態、モジュール1、9、2、4は後期/転移様の腫瘍に対応した。NKX2.1 TFモチーフスコア (高値=早期) は、FDR q<10^-6で38,164ピークと関連し、腫瘍進行の最も明確なエピゲノムマーカーとなった (Fig. 4B, D)。TFモチーフスコアと遺伝子スコアの相関解析から85のTF調節因子 (活性化63、抑制22) が同定された (Fig. 5D)。早期腫瘍の活性化因子にはNKX2.1、CEBPAが、後期腫瘍/転移にはRUNX1、RUNX2、ONECUT2、FOSL1が同定された。後期モジュール (9、4) はTGFbシグナル、ECM遺伝子群、EMTホールマーク遺伝子と顕著に関連した (GSEA FDR q=0.001~0.001) (Fig. S4F, G)。
RUNX転写因子の転移前状態マーカーとしての機能的検証: RUNX2高発現は転移性KP細胞株 (低NKX2.1) に特異的に観察され、非転移性細胞株では低発現であった。ヒトLUAD TMAでもRUNX1/RUNX2は高グレード病変で増加していた (Fig. 7A)。KPマウス腫瘍IHCでは、NKX2.1低値かつHMGA2高値のGrade 3/4領域およびリンパ節転移巣でRUNX1/RUNX2が強発現していた (Fig. 5G, H)。RUNX2 CRISPRaで非転移性細胞株にRUNX2を強制発現すると、モジュール9・4関連遺伝子プログラムが活性化し、ECM関連タンパク (LGALS3等) の分泌が2.5-fold増加した。逆に転移性細胞株でRUNX2 CRISPR KOを行うと、これらのECM分泌が0.7-fold低下した (Fig. 6D)。最も重要な機能的証拠として、RUNX2 KO癌細胞株の尾静脈注射では、コントロール細胞と比較して肺転移数が有意に少なく (p<0.01)、マウスの生存期間も有意に延長した (Fig. 6H)。これはRUNX2が転移能の促進に直接的・機能的に寄与することを実験的に証明した重要な所見である。この実験にはn=5 mice/armが使用され、3回の繰り返しが行われた。
マウスモジュールシグネチャーのヒトLUAD生存予測性能: 各モジュールの代表遺伝子シグネチャー (上位200遺伝子) をTCGA LUAD (n=506) に適用した生存解析では、後期腫瘍モジュール3 (log-rank p=0.0031) とモジュール9 (log-rank p=0.0035) が不良予後と最も強く関連した (Fig. 7C, D)。一方、早期/AT2様モジュール (11: log-rank p=2×10^-6; 5・7: p<0.05) は良好予後と関連した。モジュール9シグネチャーはNKX2.1発現単独より優れた生存予測能を示した (Fig. S7G)。
考察/結論
エピゲノム連続体の概念的重要性: 本研究は、LUADが離散的なステージ間を遷移するのではなく、AT2細胞同一性から転移状態へ向けた連続的なエピゲノム変化を経て進行することを示した。この「エピゲノム連続体」の概念は、腫瘍進行のダイナミクスを理解する新たな枠組みを提供し、稀少な転移前駆細胞が一次腫瘍内に既に存在することをエピゲノムレベルで直接観察したものであり、本研究で初めて示された所見である。これは、腫瘍内不均一性が単なる遺伝的変異だけでなく、エピゲノム状態の多様性によっても駆動されるという、これまでの知見と異なる視点を提供する。
RUNX因子の転移前状態における役割: RUNX2が転移性KP細胞株に特異的に高発現し、ECMリモデリング (LGALS3・LGALS1等の分泌) を介して転移微小環境を形成し、RUNX2 KOで転移が機能的に抑制されたことは、RUNXが転移の「エピゲノム的スイッチ」として機能することを示す。この新規な発見は、RUNXが臨床的な転移リスクマーカーおよび治療標的候補として重要性を持つことを示唆する。ヒトTMAでの検証もこの結果と整合しており、臨床応用への可能性を秘めている。
単一細胞エピゲノミクスの方法論的貢献: scRNA-seqでは転写因子はDNA結合を介した微量制御が一般的で検出ドロップアウトが多いが、scATAC-seqはクロマチンアクセシビリティを直接測定するため転写因子の活性を高感度に評価できる。co-accessibilityモジュール解析とTFモチーフ-遺伝子スコア相関解析の組み合わせは、既存の解析では困難だった転写制御ネットワークの全体像を単一細胞レベルで解析する強力なフレームワークを提供し、これまで報告されていない詳細な調節メカニズムの解明に貢献した。
残された課題と今後の展望: 本研究はマウスモデル (KP) の知見であり、ヒトLUADへの直接外挿には追加検証が必要であるというlimitationがある。今後の検討課題として、ヒトLUADのscATAC-seqによるエピゲノム連続体の確認、RUNX阻害薬のin vivo抗転移効果の検証、cfDNAフラグメントミクスとエピゲノム状態の対応評価が挙げられる。また、単一細胞エピゲノミクスとscRNA-seqの統合解析 (マルチモーダル解析) により、さらなる洞察が期待される。これらの研究は、臨床現場での診断および治療戦略の改善に繋がる臨床的意義を持つだろう。
方法
モデルと検体収集: KrasLSL-G12D/+;Trp53fl/fl;Rosa26LSL-tdTomato/+ (KPT) マウスに気管内アデノウイルス (Ad5-SPC-Cre) を投与し、II型肺胞細胞 (AT2) において肺腫瘍を誘導した。感染後30-35週時点で後期腫瘍および転移巣 (胸腺、リンパ節、肝臓) に進行した個体から、蛍光レポーター (tdTomato) でFACS分離した癌細胞と正常肺細胞を採取した。また、腫瘍発生後8週間時点 (早期腫瘍) の癌細胞も追加実験のために採取した。
sciATAC-seqプロトコルの最適化とデータ取得: 独自に最適化したsciATAC-seqプロトコルを適用した。このプロトコルは、Tn5トランスポジション時の96ウェルバーコード付与、固定条件 (0.1%ホルムアルデヒド) の最適化、および逆架橋条件の改善を含んだ。FACSによる核の分離ステップを省略し、スループットと収量を向上させた。計44サンプルから合計17,274の高品質エピゲノムプロファイルを取得した (腫瘍由来13,670細胞:プライマリ13,070細胞+転移600細胞; 正常肺3,604細胞)。平均FRIP (fraction of reads in peaks) は63.7%、細胞あたり18,312のユニーク核断片が得られた。スピーシーズミックス実験により推定されたダブレット率は7.3%であった。
解析パイプライン: 取得したsciATAC-seqデータは、TFモチーフスコア (chromVAR)、遺伝子スコア (TSS近傍断片の指数減衰加重和)、およびUMAP (Uniform Manifold Approximation and Projection) 可視化を用いて解析された。癌細胞の350種類のTFモチーフについて階層クラスタリングおよびco-accessibilityモジュール解析を実施した。この解析では、74,732の差次的アクセシブルピークが同定され、11のモジュールに分類された。TFモチーフスコアと遺伝子スコアの相関解析により、活性化型 (n=63) および抑制型 (n=22) のTF制御因子が同定された。ピークコールにはZhang et al. GenomeBiol 2008、リードのアライメントにはLangmead et al. NatMethods 2012とLi et al. Bioinformatics 2009が使用された。
RUNX機能解析: KP由来の癌細胞株 (転移性細胞株2系統、非転移性細胞株1系統) を用いて、CRISPR KO (RUNX2 KO) およびCRISPRa (RUNX2/RUNX3 OE) を実施した。これらの細胞株のバルクATAC-seq解析を行い、RUNXファミリーのクロマチンアクセシビリティへの影響を評価した。条件培地の細胞外タンパク質アレイを用いて、ECM (extracellular matrix) 分泌への影響を評価した。in vivo転移能の評価には、RUNX2 KO細胞株とコントロール細胞株を尾静脈注射し、肺転移数とマウスの生存期間を比較した。
ヒトTCGAへの応用: 各co-accessibilityモジュールの上位200遺伝子を代表シグネチャーとして抽出し、TCGA (The Cancer Genome Atlas) LUAD RNA-seqデータ (n=506) への生存予測性能をlog-rank検定で評価した。ヒトLUAD組織マイクロアレイ (TMA) を用いて、RUNX1およびRUNX2の免疫組織化学 (IHC) 検証も実施した。IHC画像解析にはBankhead et al. SciRep 2017ソフトウェアが用いられた。