• 著者: Nemanja Despot Marjanovic, Matan Hofree, Jason E. Chan, David Canner, Katherine Wu, Marianna Trakala, Griffin G. Hartmann, Olivia C. Smith, Jonathan Y. Kim, Kelly Victoria Evans, Anna Hudson, Orr Ashenberg, Porter CBM, Bejnood A, Subramanian A, Pitter K, Jacks T, Regev A, Tammela T
  • Corresponding author: Tyler Jacks (Koch Institute, MIT), Aviv Regev (Broad Institute), Tuomas Tammela (Memorial Sloan Kettering Cancer Center)
  • 雑誌: Cancer Cell
  • 発行年: 2020
  • Epub日: 2020-07-23
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 32707077

背景

腫瘍内不均一性 (intratumoral heterogeneity) は、がんの治療耐性、転移、および疾患進行の主要な原因として広く認識されており、精密医療の実現における最大の障壁の一つである。従来、腫瘍内不均一性の主因は体細胞変異の蓄積によるクローナル進化であると考えられてきたが、遺伝的背景が均一なクローン内でも多様な細胞状態が共存することが、近年のシングルセル解析技術の進展により示唆されつつあった。しかし、この非遺伝的要因による細胞状態多様性の動的な出現メカニズムについては、依然として未解明な点が多かった。特に、腫瘍進化の中心的ハブとなる特異的な細胞状態が存在するのかについては、詳細な解析が待たれていた。

肺腺癌 (LUAD: lung adenocarcinoma) においては、II型肺胞上皮 (AT2: alveolar type 2) 細胞が腫瘍起始細胞として機能することが確立されており、Kras G12D変異単独、またはKras G12D変異とTp53 (tumor protein p53) 欠損を組み合わせた遺伝子改変マウスモデル (GEMM: genetically engineered mouse model) は、前新生物段階である異型腺腫様過形成 (AAH: atypical adenomatous hyperplasia) から完全形成腺癌までのLUAD進行を忠実に再現することが知られている。これらのモデルは、ヒトLUADの分子病理学的特徴や化学療法への応答を正確に模倣するため、腫瘍進化、不均一性、および治療応答の研究に適している。しかし、正常肺のAT2細胞からAAH、腺腫、腺癌といった各進行段階を通じた細胞状態の動的変化をシングルセルレベルで縦断的に追跡し、その多様性の出現メカニズムを包括的に解析した研究はこれまで不足していた。

特に、遺伝的変異と非遺伝的(エピジェネティック・転写的)メカニズムが腫瘍内不均一性にそれぞれどの程度寄与しているのか、また、腫瘍進化の中心的ハブとなる特異的な細胞状態が存在するのかについては、詳細な解析が待たれていた。本研究は、この知識ギャップを埋めることを目指したものである。

先行研究である Sutherland et al. CancerCell 2011 などの知見により、肺がんの起源細胞や初期の遺伝的イベントに関する理解は進んでいた。また、Tirosh et al. Science 2016Lambrechts et al. NatMed 2018 はシングルセル解析を用いて腫瘍微小環境や細胞状態の多様性を報告している。しかし、遺伝的変異とは独立して非遺伝的な細胞可塑性がどのように腫瘍進化を駆動するのか、その具体的な細胞状態の遷移経路や動的な不均一性の獲得プロセスについては、依然として重要な gap が残されていた。特に、単一細胞レベルでの縦断的かつ機能的な検証が不足しており、治療耐性を直接的に説明する高可塑性な中間状態の同定には至っていなかった。このように、縦断的なシングルセルレベルでの機能的アプローチが圧倒的に不足していることが、がん治療耐性克服に向けた大きな課題であった。

目的

本研究の目的は、肺腺癌 (LUAD) の進行過程全体における細胞状態不均一性の出現メカニズムを詳細に解明することである。具体的には、遺伝的変異と非遺伝的(エピジェネティック・転写的)メカニズムが腫瘍内不均一性にそれぞれどの程度寄与しているのかを定量的に評価し、腫瘍進化の中心的ハブとして機能する可能性のある特異的な細胞状態を機能的に同定することを目的とした。さらに、同定された細胞状態の機能的特性(増殖能、分化能、薬剤耐性など)をin vitroおよびin vivoで評価し、その臨床的意義をヒトLUADデータセットを用いて検証することも目的とした。

結果

細胞状態不均一性の再現性ある段階的拡大: scRNA-seq解析により12の異なる細胞クラスターが同定され、腫瘍進行に伴い細胞状態の多様性が段階的かつ定型的に拡大することが明らかになった (Figure 1C, 1D)。特に、Tp53欠損を有するKPT腫瘍は最も高い不均一性を示し、後期腺癌では早期段階のすべての細胞状態に加え、固有の「後発」サブポピュレーション (クラスター10、11、12) が出現した。各マウスおよび各腫瘍間で細胞状態の組成は高度に再現性があり (p<0.05〜0.001、bootstrap検定)、腫瘍進行が確率的ではなく、むしろ決定論的なプログラムに従うことが示唆された (Figure 1F)。この多様性の拡大は、正規化相互情報量 (NMI: normalized mutual information) によって定量化され、後期腫瘍ほど高い不均一性を示すことが確認された。

細胞状態多様性は遺伝的CNVとは独立して生じる: KPT腫瘍30週のscRNA-seq由来CNVパターンおよびscDNA-seq (n=3 cells) で同定した遺伝的クロノタイプを転写クラスターに対応させると、同一クロノタイプの細胞が複数の転写的に異なるクラスターに散在し、異なるクロノタイプの細胞が同一クラスターに共存することが判明した (Figure 1H, 1I)。例えば、高度混合プログラムのスコアとクラスター5スコアの相関は R2=0.78 であった。この結果は、腫瘍内不均一性の主要な駆動因子が遺伝的変異の多様性ではなく、非遺伝的(エピジェネティック・転写的)可塑性であることを強く実証した。CNVは腫瘍進行とともに増加したが、それが転写多様性と直接的に一致するわけではなかった。

High-Plasticity Cell State (HPCS) の同定と特性解析: Waddington-OT最適輸送モデルによる状態遷移確率の解析により、クラスター5が最も多くの細胞状態への入出力接続を持ち、他細胞状態への分化中間体として機能する「High-Plasticity Cell State (HPCS)」であることが予測された (Figure 3A)。クラスター5は「高度混合 (highly mixed)」NMF (non-negative matrix factorization) プログラム (栄養芽細胞、軟骨芽細胞、腎尿細管上皮など、多様な細胞タイプの特徴を同時発現) に強く富化され (t検定 p<1×10⁻¹⁶)、腫瘍進行の全段階 (腺腫〜LUAD) にわたって存在し続けた。HPCSの特異的マーカーとして免疫受容体TIGITが同定され、TIGIT陽性細胞はHPCSシグネチャーと強く関連した (Mann-Whitney U検定 p=3.08×10⁻²⁵) (Figure 3B, 3C)。scATAC-seqによるクロマチンアクセシビリティ解析でも、TIGIT陽性細胞は独自のオープンクロマチンプロファイルを示し、特にNkx2.1のアクセシビリティが低く、Runx2のアクセシビリティが高いモジュールと関連した (Wilcoxon順位和検定 p=1.8×10⁻⁶)。

HPCSの高い増殖・分化能とシスプラチン耐性: TIGIT陽性HPCS細胞は、TIGIT陰性細胞と比較して3D腫瘍スフェア形成効率が有意に高く (p<0.01、非対応t検定、n=2 replicates)、in vitroの3D球体形成アッセイにおいてTIGIT陽性HPCS細胞はTIGIT陰性細胞に対して 2.5-fold increase (log2FC 1.3) 以上の高いコロニー形成能を示した。NSGマウスへの同所性移植 (n=6 mice) では、TIGIT陽性細胞群はTIGIT陰性細胞群と比較して腫瘍増殖速度が有意に速く (p<0.05)、肺表面腫瘍数も多かった (10,000移植細胞あたり、p<0.001) (Figure 5A-5E)。KPT LUAD腫瘍へのシスプラチン単回投与 (7 mg/kg) 72時間後のscRNA-seq解析 (n=2 mice) では、クラスター5 (HPCS) がシスプラチン処理群で有意に濃縮された (Fisher’s exact test、p<1×10⁻²⁰) (Figure 5F-5H)。HPCS細胞は全12クラスター中最低の細胞周期スコアを示し、細胞分裂を標的とする化学療法への耐性メカニズムが示唆された。

HPCSはin vitroおよびin vivoで高い可塑性を示す: Waddington-OTモデルは、HPCS細胞がEMT (epithelial-to-mesenchymal transition: 上皮間葉転換) 細胞状態 (クラスター11) を含む複数の細胞状態に分化する能力を持つと予測した (Figure 4A)。TIGIT陽性HPCS細胞、TIGIT陰性細胞、およびCD109+ EMT細胞 (クラスター11) を分離し、3D腫瘍スフェア培養でscRNA-seq解析を行った結果、TIGIT陽性HPCS細胞由来の腫瘍スフェアが最も高い細胞状態多様性を示した (Figure 4C, 4D)。同様に、TIGIT陽性HPCS細胞をNSGマウス (n=3 mice) に同所性移植すると、移植前の細胞集団よりも高い多様性を持つ腫瘍を形成した (Figure 4G-4I)。移植前はTIGIT+ HPCS細胞はTIGIT-細胞と比較して均一であったが、移植後の腫瘍はより多様な細胞状態を含んでいた。これらの結果は、HPCSがin vitroおよびin vivoで高い分化能と可塑性を持つことを機能的に実証している。

ヒトLUADとの対応および予後との関連: ヒトLUADの 9,543 cells (3つの公開データセット、20 tumors) のscRNA-seq解析により、すべての腫瘍にHPCSライクな細胞が存在することが確認された (Figure 6A)。TCGAバルクRNA-seq解析 (n=403 patients) では、高度混合プログラム/クラスター5の発現が不良生存と有意に関連した (Cox比例ハザードモデル p=2.4×10⁻⁴〜2.35×10⁻²、各プログラム・クラスターの連続変数モデル) (Figure 6B, 6C)。この関連性はKRASまたはTP53変異の状態に依存しなかった。ヒトHPCSマーカーとしてインテグリン α2 (CD49B、遺伝子ITGA2) が同定され、135例のヒトLUAD組織においてintegrin α2-Hi細胞が39.3%の患者で存在した (腫瘍の≥10%が陽性) (Figure 7B)。3つの独立した患者由来異種移植 (PDX: patient-derived xenograft) モデルにおいて、integrin α2-Hi細胞はLo細胞に比べ腫瘍スフェア形成が増大し (p=0.0216、n=3 replicates)、高い転写多様性を示した (Figure 7C-7F)。高度混合プログラム/クラスター5シグネチャーは、TCGA pan-cancer解析 (n=5,723 patients) でも不良予後と関連した (p<2×10⁻¹⁶) (Figure 6D, 6E)。

考察/結論

本研究は、肺腺癌 (LUAD) の進行における細胞状態不均一性の主要な駆動因子が、遺伝的クローナル進化ではなく、Waddington-OTモデルが予測した非遺伝的(エピジェネティック・転写的)可塑性であることを、8段階にわたる縦断的なscRNA-seq解析と機能実験の統合により実証した。この知見は、腫瘍進化が遺伝的変異の蓄積のみに依存するのではなく、細胞状態の動的な変化によっても大きく影響されるという、これまで報告されていない新規のメカニズムを提示するものである。

先行研究との違い: 従来のCSC (cancer stem cell: がん幹細胞) 仮説が階層的に安定したCSCの存在を仮定するのに対し、本研究で同定されたHPCS (クラスター5) は、既知のCSCシグネチャー1,197例との比較で弱い相関 (8シグネチャーのみ有意) にとどまり、確率的かつ可塑的なCSCモデルを支持する独自の細胞状態である。この点で、本研究は階層的で固定化された従来の幹細胞モデルと対照的である。HPCSは固定的な幹細胞様遺伝的形質ではなく、可塑的に生じる高分化能細胞状態が腫瘍多様性のハブを形成するという動的CSCモデルを支持する。また、Batlle et al. NatMed 2017 が提唱するがん幹細胞の可塑性概念とも深く整合する。

新規性: 本研究で初めて、腫瘍進化の中心的ハブとして機能する「高可塑性細胞状態 (HPCS)」を新規に同定した。このHPCSは、多様な細胞タイプの特徴を同時に発現する「高度混合」プログラムに強く富化され、高い分化・増殖能、そしてシスプラチン耐性を示すことが機能的に証明された。さらに、TIGITがマウスHPCSの特異的表面マーカーとして同定され、ヒトLUADではインテグリン α2 (ITGA2) がHPCS様細胞のマーカーとして機能し、不良予後と関連することが示された。これらのマーカーは、これまでがん幹細胞とは関連付けられていなかった新規の発見である。

臨床応用: 本研究の知見は、がん治療における重要な臨床的有用性を持つ。特に、化学療法後のHPCS濃縮 (シスプラチン耐性) は、白金製剤ベースの化学療法後の腫瘍再増殖における可塑性依存的メカニズムを示唆する。このことは、抗体薬物複合体 (ADC: antibody-drug conjugate) などを用いたHPCS選択的標的療法の開発を強く動機付けるものである。HPCSシグネチャー (例: CLDN4、integrin α2、SLC4A11) に基づくバイオマーカー開発も、患者層別化や治療効果予測において臨床的意義が高いと期待される。HPCSシグネチャーがTCGA pan-cancer解析においても不良予後と関連したことは、HPCSが固形腫瘍に共通した進化原理を体現し、幅広いがん種において治療標的となり得る可能性を示唆する。

残された課題: 今後の検討課題として、(1) ヒトHPCSに対する治療介入の最適なターゲット分子のさらなる同定、(2) HPCSを制御するエピジェネティック・転写因子機構の詳細な解明 (例: RUNX2-CD109-JAK/STAT経路やNKX2-1軸の役割)、(3) EGFR/ALKなどのドライバー変異特異的な標準治療に対するHPCS依存的耐性への外挿可能性の評価、(4) 外科切除不能な進行LUAD患者におけるHPCS評価手法 (例: リキッドバイオプシー) の開発が挙げられる。また、HPCSが他の固形腫瘍タイプにおいても同様の役割を果たすかどうかの検証も今後の研究方向性となる。

方法

本研究では、AdSPC-Creウイルスを肺に送達することにより、Kras G12D活性化単独 (KTモデル) またはKras G12D活性化とTp53欠損を組み合わせた (KPTモデル) 遺伝子改変マウスモデル (GEMM) を構築した。正常AT2細胞から異型腺腫様過形成 (AAH)、早期腺腫 (4週、9週、14週)、後期腺腫、早期肺腺癌、後期肺腺癌に至る8つの異なる腫瘍進行段階において、計 39 mice の C57BL/6 x Sv129 混合背景マウスから分離した 3,891 cells の高品質な全長シングルセルRNAシーケンス (scRNA-seq) 解析を、改変SMART-seq2プロトコルを用いて実施した。

細胞状態間の遷移確率を推定するため、Waddington最適輸送 (Waddington-OT) モデルを適用し、時間経過に伴う細胞状態遷移の時間的結合を算出した。遺伝的不均一性の評価には、scRNA-seqデータから染色体コピー数変異 (CNV: copy number variation) を推定する手法を用い、一部の腫瘍 (n=3 tumors) では同一細胞のシングルセルDNAシーケンス (scDNA-seq) データと照合してその精度を検証した。

高可塑性細胞状態 (HPCS: high-plasticity cell state) の特異的マーカーとして同定されたTIGIT (T cell immunoreceptor with IgG and ITIM domains) 発現に基づき、TIGIT陽性 (TIGIT+) およびTIGIT陰性 (TIGIT-) 細胞を蛍光活性化セルソーティング (FACS: fluorescence-activated cell sorting) により分離した。これらの分離細胞は、3D腫瘍スフェア培養および免疫不全 NSG (NOD.Cg-Prkdc^scid Il2rg^tm1Wjl/SzJ) マウスへの気管内同所性アロ移植により、その増殖能、分化能、および可塑性といった機能的特性が評価された。特に、シスプラチンに対する薬剤耐性を評価するため、KPT LUAD腫瘍マウスにシスプラチン (7 mg/kg) を単回投与し、72時間後の腫瘍細胞のscRNA-seq解析を行った。

ヒトLUADにおけるHPCSの関連性を検証するため、公開されている3つのヒトscRNA-seqデータセット (計 20 tumors、9,543 cells) を解析した。さらに、The Cancer Genome Atlas (TCGA) のバルクRNA-seqデータ (LUAD患者 403 patients、全がん種 5,723 patients) を用いて、HPCS関連遺伝子発現シグネチャーと患者予後との関連をCox比例ハザードモデルにより評価した。HPCSのクロマチン状態を解析するため、TIGIT陽性およびTIGIT陰性細胞に対してシングルセルATACシーケンス (scATAC-seq) およびバルクATACシーケンスを実施した。統計解析には Mann-Whitney U検定、Wilcoxon順位和検定、Fisher’s exact test、t検定、Cox比例ハザードモデルが用いられた。