- 著者: Dost AFM, Moye AL, Vedaie M, Tran LM, Fung E, Heinze D, et al.
- Corresponding author: Jane Yanagawa (Department of Surgery, David Geffen School of Medicine at UCLA, University of California, Los Angeles); Darrell N. Kotton (Center for Regenerative Medicine of Boston University and Boston Medical Center); Carla F. Kim (Stem Cell Program and Divisions of Hematology/Oncology and Pulmonary Medicine, Boston Children’s Hospital)
- 雑誌: Cell Stem Cell
- 発行年: 2020
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 32891189
背景
変異型KRASは上皮性癌における最も頻度の高いドライバー癌遺伝子であり、肺腺癌 (LUAD: lung adenocarcinoma) の約30%に認められる Cancer et al. Nature 2014。KRAS G12D発現は遺伝子改変マウスモデル (GEMM: genetically engineered mouse model) においてLUAD発症を誘導するが DuPage et al. NatProtoc 2009、上皮細胞における腫瘍化直後の初期分子変化 (増殖開始以外) は未解明であった。進行期腫瘍では脱分化や上皮間葉転換 (EMT) が観察されることは知られているが、早期ステージでの分化喪失の有無はこれまで報告がなかった。先行する肺腫瘍オルガノイドはすべて腫瘍細胞株や腫瘍組織から樹立されており、腫瘍化初期のイベントを研究できるモデルが存在しなかった。このため、KRAS活性化後の初期転写変化を包括的に解析し、早期LUAD発癌の転写ホールマークを同定するとともに、in vitroオルガノイドモデルの妥当性を検証する必要があり、この領域には課題が残されている。特に、初期の肺胞上皮前駆細胞における系統維持プログラムの破綻に関する詳細なデータは決定的に不足しており、早期介入のための治療標的同定を阻む大きな知識ギャップとなっていた。さらに、肺胞2型 (AT2: alveolar type 2) 細胞がどのようにしてその成熟系統アイデンティティを喪失し、発生関連プログラムを再活性化させるのかという詳細な分子動態は、これまでの研究において十分に解明されておらず、基礎研究および臨床応用の双方においてデータが著しく不足しているのが現状であった。
目的
本研究の目的は、KRAS G12D活性化後の初期転写変化を4つの相補的系 (KRAS G12D GEMM、マウス肺胞2型 [AT2] オルガノイド、ヒトiPSC由来iAT2オルガノイド、ステージIA LUAD患者検体) でsingle-cell resolution解析し、早期LUAD発癌の転写ホールマークを同定するとともに、in vitroオルガノイドモデルの妥当性を検証することである。これにより、正常な上皮前駆細胞から早期肺癌への移行を特徴づける転写・プロテオミクス変化を解明し、KRAS駆動型腫瘍に対する新規治療標的探索を促進するリソースを提供することを目指す。具体的には、マウスおよびヒトの双方のシステムを用いて、KRAS活性化が肺胞上皮前駆細胞の系統維持プログラムに与える直接的な影響を単一細胞レベルで明らかにし、早期肺腺癌の新しい治療標的や診断マーカーの同定に寄与することを目的とする。
結果
GEMMにおけるKRAS活性化AT2細胞の転写プロファイル: scRNA-seqにより4つのクラスターを同定した。C0 (YFP⁻ AT2) およびC1 (YFP⁺ KRAS活性化AT2) はAT2マーカーを発現し、C2およびC3は繊毛細胞やクラブ細胞のマーカーを発現していた。C1ではKRASおよびNFκBシグネチャー、増殖シグネチャーが有意に上昇した (p<0.0005)。AT2系統転写因子 (TF) であるNKX2-1 (NK2 homeobox 1) やETV5 (ETS variant transcription factor 5) はC0で高値を示し、癌関連因子であるMYCやID1 (inhibitor of DNA binding 1)、FOXQ1 (forkhead box Q1) はC1で高値を示した。46遺伝子からなるAT2マーカーシグネチャーはC1で有意に低値であった (p<0.0005)。KRAS活性化AT2細胞では、他の肺上皮細胞型マーカーであるAT1マーカー (AQP5/PDPN) やクラブ細胞マーカー (SCGB1A1/SCGB3A2)、幹細胞マーカーであるLY6A (SCA1) が上昇し、系統の不忠実性 (lineage infidelity) が示唆された (Figure 1)。この解析には、YFP陽性細胞 n=1740 cells とYFP陰性細胞 n=2731 cells が用いられた。
マウスAT2オルガノイドにおける分化マーカー喪失と発生関連マーカー獲得: RNA-seq解析により、KY-CREおよびKPY-CREオルガノイドで共通して1,206遺伝子が上昇し、1,464遺伝子が低下した。AT2マーカーであるCD74およびLYZ2は共通低下遺伝子の上位に含まれた。一方、発生関連遺伝子であるHMGA2 (high mobility group AT-hook 2) およびSOX9 (SRY-box transcription factor 9) は log2FC 1.5 以上で上昇した。免疫蛍光 (IF) 染色では、SPC (Sftpc) タンパク発現がKY-CRE組織で 6.7-fold、KPY-CRE組織で 20-fold 低下した (p<0.0005) (Figure 3)。NKX2-1とHMGA2の発現は負の相関を示した。scRNA-seqでも3つのクラスターが同定され、KRAS活性化オルガノイド細胞 (C0 org、C2 org) でAT2シグネチャーが低下し、SOX9およびHMGA2が上昇した。RNA velocity解析により、KRAS活性化AT2細胞がSOX9 LowからSOX9 Highへ遷移することが確認された (Figure 4)。この解析には合計 n=3218 cells のオルガノイド細胞が用いられた。
ヒトiAT2オルガノイドにおけるKRAS活性化後の分化喪失: dox誘導KRAS G12D発現細胞ではKRASタンパク質が上昇し、MAPK1、MAPK3、RPS6KA1のリン酸化が亢進した (質量分析プロテオミクスで確認)。遺伝子セット濃縮解析 (GSEA) の最上位パスウェイはRASシグナリングであった。SFTPC-tdTomato蛍光強度は3継代にわたり持続的に低下した (MFI: 706 vs 448)。scRNA-seqでは、対照iAT2シグネチャー (SFTPB/SFTPC/CLDN18/LAMP3など20マーカー) が有意に低下し (p<0.05) (Figure 5)、SOX9、ID1、FOXQ1、ETV4が log2FC 0.8 以上で上昇し、マウスデータと整合した。scRNA-seq解析にはDMSO (dimethyl sulfoxide) 処理細胞 n=775 cells、dox処理細胞 n=1322 cells が使用された。
ステージIA LUAD患者検体におけるAT2細胞の分化喪失: 2例のステージIA LUAD患者検体 (74歳女性 KRAS-G12F、77歳女性 KRAS-G12V) のscRNA-seq解析により、正常肺AT2細胞とLUAD AT2細胞が転写的に異なるクラスターを形成した。LUAD AT2細胞ではSFTPD発現が低下し、PanglaoDBに登録された20のAT2共通マーカーが正常AT2細胞と比較して有意に低値であった。これは早期ステージIA LUADにおけるAT2細胞の分化喪失をヒト臨床検体で初めて実証するものであった (Figure 6)。この解析では、正常肺由来AT2細胞 n=558 cells とLUAD由来AT2細胞 n=540 cells が比較された。
4つのモデル系間の統合比較: 各オルガノイドクラスターと患者由来データのZ score比較により、マウスKY-Emp C1はGEMM YFP⁻と、マウスKY-CRE C0/C2はGEMM YFP⁺と、ヒトiAT2/患者データはマウスC0と転写的に類似することが示された。Wnt/β-catenin (HALLMARK_WNT) シグネチャーおよびLUAD進行シグネチャーとの相関も確認された。
考察/結論
本研究は、早期LUAD (KRAS G12D活性化直後) において、AT2細胞がSFTPC・NKX2-1等の成熟系統アイデンティティを失い、SOX9・HMGA2等の胚発生関連マーカーを獲得するという「分化喪失」が普遍的初期イベントであることを4つの相補的モデル系 (GEMM、マウスAT2オルガノイド、ヒトiAT2オルガノイド、ステージIA LUAD患者検体) の比較解析で初めて実証した。
先行研究との違い: 進行期腫瘍における脱分化は従来から知られていたが、本研究は非転移性ステージIAの早期においてもこの変化が生じるという点で、これまでのLUAD発癌の分子的理解を根本から更新する。先行研究 Laughney et al. NatMed 2020 で報告された転移性腫瘍におけるNKX2-1喪失・HMGA2獲得と比較して、本研究は転移前の早期ステージで既にこのプログラムが活性化することを初めて示した。
新規性: 本研究で初めて、RNA velocityによるSOX9 Low→High遷移の確認を行い、細胞状態変化の方向性を動的に示した。また、NKX2-1がSOX9と拮抗しバランスを維持するという概念 Morrisey et al. DevCell 2010 が、KRAS活性化後のNKX2-1低下・SOX9上昇という実際の動態と整合したことは、これまで報告されていない新規の知見である。
臨床応用: 本研究で同定されたAT2分化喪失マーカー (SOX9・HMGA2等) は、早期LUAD診断の組織学的または分子マーカー候補となる可能性があり、臨床応用への意義は大きい。また、開発したオルガノイドシステムはKRAS駆動型LUAD進行を加速モデルで再現可能であり、化学物質・遺伝子摂動後のin vivo移植による新規治療標的探索プラットフォームとなるなど、高い臨床的有用性を有する。
残された課題: 今後の検討課題として、(1) NKX2-1低下の機能的意義のin vivoでの検証、(2) SOX9・Wnt・NKX2-1上流シグナルの同定、(3) 本オルガノイドデータから生まれた治療リード化合物の前臨床検証が挙げられる。Limitationとして、オルガノイドモデルはin vivoの微小環境からの影響を完全に再現しているわけではないため、GEMMと比較して遺伝子発現変化がより顕著である可能性が指摘される。
方法
Kras LSL-G12D; Rosa26 LSL-YFP (KY) GEMMにAd5-CMV-Cre (アデノウイルス5型サイトメガロウイルスプロモーター駆動Creリコンビナーゼ) を投与し7週後にFACS (CD45⁻/CD31⁻/EPCAM⁺/YFP⁺) でKRAS活性化細胞を単離し、10X Genomics single-cell RNA sequencing (scRNA-seq) を実施した。マウスAT2オルガノイドはKY、KPY (Kras/p53)、Y対照マウス (Rosa26 LSL-YFP) から単離したAT2細胞 (CD45⁻/CD31⁻/EPCAM⁺/SCA1⁻ [stem cell antigen-1-negative]) Lee et al. Cell 2014 をAd5-CMV-Creで感染後、3D air-liquid interface (ALI) 共培養系で培養し、7日目および14日目で評価した。ヒトiAT2 (induced pluripotent stem cell-derived alveolar type 2) オルガノイドはBU3 NKX2-1-GFP/SFTPC-tdTomato (NKX2-1-green fluorescent protein/SFTPC-tdTomato) iPSC株にAAVS1 (adeno-associated virus integration site 1) ロカスへのドキシサイクリン (dox) 誘導KRAS G12D カセット統合を行い肺胞球を作製した。ステージIA LUAD患者2例の腫瘍および隣接正常肺をscRNA-seqで解析した。全系のデータセットをZ scoreによる転写プロファイル比較で統合評価した Stuart et al. Cell 2019。scRNA-seqデータ解析にはScanpy Wolf et al. GenomeBiol 2018、RNA velocity解析にはVelocyto La et al. Nature 2018 を使用した。バルクRNA-seqデータ解析にはDESeq2 Love et al. GenomeBiol 2014 を用いた。統計解析にはMann-Whitney U testおよびStudent t-testが用いられ、p値が算出された。本研究では、マウス系統としてC57BL/6Jバックグラウンドの遺伝子改変マウスが使用され、in vitro検証の一部においてヒト肺腺癌細胞株であるA549細胞も対照として用いた。