• 著者: Nguyen B, Fong C, Luthra A, Smith SA, DiNatale RG, Nandakumar S, et al.
  • Corresponding author: Sanchez-Vega F (Memorial Sloan Kettering Cancer Center); Schultz N (Memorial Sloan Kettering Cancer Center)
  • 雑誌: Cell
  • 発行年: 2022
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 35120664

背景

転移進行は固形癌患者の死亡の主要原因であるが、転移を促進するゲノム的メカニズムは未解明な部分が多い。これまでの大規模ゲノム解析プロジェクト、例えばTCGA (The Cancer Genome Atlas) などは、主に原発腫瘍や未治療腫瘍を対象としており、転移巣のゲノム的特徴、臓器指向性 (organotropism)、および転移負荷との関連については体系的な検討が不足していた。転移研究の先行研究としては、HARTWIGコホートを用いたZehir et al. NatMed 2017やPriestley et al. (2019)などがあるが、50癌種にわたる多癌種規模での体系的解析は不足しており、電子カルテ (EHR) から抽出した詳細な転移イベント情報(臓器、時系列)と前向きゲノムシーケンスを統合したデータセットも存在しなかった。Memorial Sloan Kettering Cancer Center (MSKCC) におけるMSK-IMPACTターゲットシーケンシングプラットフォーム (341–468遺伝子対象) による前向き臨床シーケンシングの継続的な蓄積が、本研究の基盤となるMSK-METデータベースの構築を可能にした。この大規模なデータセットは、転移性疾患のゲノム的特徴を包括的に解析し、転移の生物学的基盤を解明するための貴重なリソースとなることが期待される。特に、染色体不安定性 (chromosomal instability, CIN) が転移に果たす役割は、癌種によって異なる可能性が示唆されており、この複雑な関係性を大規模コホートで詳細に解析することが課題として残されていた。本研究は、転移性疾患におけるゲノム変化と転移パターンとの関連を包括的に解析し、治療戦略開発に資する新たな知見を提供することを目的とする。これまでの研究では、転移性疾患におけるゲノム変化の包括的な理解や、臓器特異的転移のゲノム的決定要因に関する知見が不足しており、特に大規模な多癌種コホートを用いた体系的な解析が求められていた。

目的

本研究の目的は、MSK-MET (Memorial Sloan Kettering – Metastatic Events and Tropisms) コホートを構築し、この大規模な臨床ゲノムデータセットを用いて以下の点を明らかにすることである。(1) 原発腫瘍と転移巣の間でゲノム的差異がどのように存在するのかを50癌種横断的に同定すること。(2) 染色体不安定性 (fraction genome altered, FGA; whole-genome duplication, WGD) と転移負荷(転移臓器数)の相関関係が癌種によってどのように異なるのかを詳細に解析すること。(3) 特定の臓器への転移(臓器特異的転移)に関連するゲノム変異を同定すること。これらの解析を通じて、転移の生物学的基盤を網羅的に解明し、その知見を公開リソースとして提供することで、今後の転移研究および臨床応用への貢献を目指す。特に、染色体不安定性が転移進行に果たす役割の癌種特異性を明らかにすることは、転移性疾患の治療戦略開発において重要な意義を持つ。

結果

MSK-METコホートの概要と転移パターン: 本研究には25,775名の患者が含まれ、そのうち21,546例が転移性であり、全体で99,419件の転移イベントが記録された (中央値: 1患者あたり4臓器)。最も頻繁な転移先は肺、肝臓、骨であり、シーケンスされた転移巣はリンパ節 (n=2305, 23%)、肝臓 (n=2289, 23%)、肺 (n=982, 10%)、骨 (n=726, 7%) が多かった (Figure S1F)。臓器特異的転移パターンは組織型や分子サブタイプによって異なり、例えば肺神経内分泌癌では肝転移率が42%であったのに対し、肺腺癌では22%であった。また、肺神経内分泌癌の脳転移率は19%であったのに対し、肺腺癌では34%と異なった (Figure 1)。5年生存率は癌種によって大きく異なり、精巣精上皮腫で90%、膵腺癌で10%であった。

原発腫瘍 vs 転移巣のゲノム差異: 16癌種において、転移巣はFGAが有意に高く(染色体不安定性の増加)、7癌種でWGD頻度が転移巣で高かった (Figure 2A, 2B)。TMBは10癌種で転移巣で高く、12癌種で転移巣はクローン性が高かった(サブクローン性変異比率の低下)。合計67の体細胞変異と47の腫瘍経路が原発腫瘍と転移巣の間で有意差を示し、そのうち53は転移巣で高頻度であり、14は原発腫瘍で高頻度であった (Figure 2C)。転移巣で最も一貫して高頻度であった変異はTP53変異であり、肺腺癌、前立腺腺癌、HR+/HER2-乳管癌、MSS大腸癌、小葉乳癌、膵神経内分泌腫瘍、子宮内膜様癌の7癌種で有意差が認められた。内分泌療法耐性に関連する変異として、前立腺癌ではAR増幅 (原発1% vs 転移30%、q < 0.001) およびAR変異 (0% vs 6%、q < 0.001) が、HR+/HER2-乳管癌ではESR1 (estrogen receptor 1) 変異 (2% vs 19%、q < 0.001) が転移巣で顕著に高頻度であった。これはホルモン療法の選択圧を反映していると考えられる。TMBの検討では、肺腺癌 (TMB-high: 19% vs 27%、q < 0.001)、HR+/HER2-乳管癌 (2% vs 7%、q < 0.001)、小葉乳癌 (5% vs 19%、q < 0.001) で転移巣におけるTMB-highの割合が高かった。

染色体不安定性と転移負荷の相関 (癌種依存的): FGAと転移負荷(転移臓器数)は、pan-cancerレベルおよび11の個別癌種で有意な正の相関を示した (Figure 3A)。最も強い相関は前立腺腺癌で観察され (Spearman rho = 0.33, q < 0.001)、肺腺癌およびHR+/HER2+乳管癌でも有意な正相関が認められた。一方、MSS大腸癌では、低転移負荷の患者でも染色体不安定性がすでに高く、FGAと転移負荷の相関は認められなかった (Figure 3B)。これは、大腸癌ではCNAの蓄積が腫瘍発生の早期に確立されるため、CINが転移の「推進力」というよりは「前提条件」となっている可能性を示唆する。TMBはpan-cancerレベルでは転移負荷と相関せず、3癌種で正相関、子宮内膜様癌と超変異子宮癌では負相関であった。

臓器特異的転移に関連するゲノム特徴: 21臓器への転移パターンと関連するゲノム変異を解析し、57の有意な体細胞変異と48の腫瘍経路を同定した (Figure 4A)。主要な知見として、肺腺癌の脳転移ではTP53変異 (55% vs 66%, q = 0.002)、TERT増幅、EGFR変異が高頻度であり、RBM10変異が低頻度であった。前立腺腺癌の骨転移ではAR増幅 (5% vs 21%, q < 0.001) およびPTEN欠失 (9% vs 19%, q < 0.001) が高頻度であり、ERG融合が低頻度 (29% vs 24%, q = 0.04) であった。前立腺腺癌の肺転移ではAPC変異およびCTNNB1変異が高頻度であり、WNT経路異常が26% vs 13% (q < 0.001) であった。HR+/HER2-乳管癌の肝転移ではESR1変異 (5% vs 16%, q < 0.001) が高頻度であった。小葉乳癌の卵巣転移ではRHOA変異 (3% vs 36%, q = 0.02) が、黒色腫の脳転移ではPTEN変異 (7% vs 14%, q = 0.04) とPI3K経路異常 (19% vs 39%, q = 0.02) が高頻度であった。食道癌の肺転移ではERBB2増幅 (16% vs 37%, q < 0.001) が高頻度であった。これらの関連は単一癌種に特異的であり、pan-cancer横断的に共通するシグナルは同定されなかった (Figure 4B)。

転移患者 vs 非転移患者の一次腫瘍差異: 転移患者の一次腫瘍は非転移患者の一次腫瘍と比較して、10癌種でFGAが有意に高く、7癌種でTMBが高く、5癌種でTP53変異頻度が高かった (Figure S3)。例えば、肺腺癌ではTP53変異が28% vs 45% (q < 0.001)、HR+/HER2-乳管癌では17% vs 29% (q < 0.001)、前立腺腺癌では16% vs 23% (q < 0.001) であった。これは、染色体不安定性が転移能を規定する遺伝的素因として機能している可能性を支持する。また、MYC増幅は前立腺腺癌の転移患者の一次腫瘍で1% vs 4% (q = 0.03) と有意に高頻度であった。

考察/結論

MSK-METは、25,775名の患者と50癌種にわたる転移ゲノム研究において前例のない規模と多様性を持つリソースであり、Gao et al. SciSignal 2013 (https://www.cbioportal.org/study?id=msk_met_2021) で公開されている。

新規性: 本研究の主要な概念的貢献は、「染色体不安定性 (CIN) と転移の関係が癌種の進化的文脈に依存する」という知見を定量的に提示した点にある。前立腺腺癌 (Spearman rho = 0.33)、肺腺癌、HR+/HER2+乳管癌ではFGAと転移負荷が有意に正相関する一方、MSS大腸癌では相関を認めない。この癌種特異的パターンは、CNA蓄積のタイミング(早期確立 vs 転移段階での進行)が癌種間で根本的に異なることを示しており、「CINは普遍的な転移推進因子である」という単純な仮説を否定する、これまで報告されていない重要な知見である。

先行研究との違い: これまでの研究(例: Zehir et al. NatMed 2017、Priestley et al. 2019)と比較して、本研究は (1) 50癌種への拡張による多様性確保、(2) EHRから抽出した詳細な転移イベント情報99,419件の統合、(3) 転移負荷という連続変数との相関解析(先行研究は主として有無の二値比較)、(4) 前向き臨床シーケンシングと長期予後(中央値追跡30ヶ月、5年生存率40%)の統合において優れる。これにより、より詳細で包括的な転移のゲノム的基盤を明らかにすることができた。

臨床応用: 本知見は、転移性疾患の治療戦略に重要な臨床的含意を持つ。AR増幅(前立腺癌: 原発1% → 転移30%)やESR1変異(乳癌: 原発2% → 転移19%)の転移巣における劇的な富化は、ホルモン療法の選択圧が進行中に生じていることを示す最大規模の証拠であり、転移生検の必要性と液体生検による動的モニタリングの意義を支持する。前立腺腺癌の肺転移でWNT経路変異が26% vs 13% (q < 0.001) と高頻度であるという知見は、タンキラーゼ阻害薬(RNF146/Axin依存的β-カテニン分解促進)の候補適応として機能的研究が求められる。黒色腫の脳転移におけるPI3K経路変異の富化(19% → 39%、q = 0.02)は、血液脳関門を通過するPI3K/mTOR阻害薬の開発の根拠を強化する可能性がある。

残された課題: 本研究にはいくつかのlimitationが存在する。(1) 稀少腫瘍型では統計的検出力が不足しており、一般化された解釈には注意が必要である。(2) EHRからの転移イベント抽出には、ICD billing codeの不完全性や医師間変動に伴う測定誤差が含まれる可能性がある。今後の検討課題として、自然言語処理や機械学習を活用したEHRからの転移イベント抽出精度の向上が求められる。(3) ターゲットシーケンシング(341–468遺伝子)による解析は、全ゲノム・全エクソームシーケンシングに比べた網羅性の限界があるため、非対象遺伝子の変異や構造異常を見落としている可能性がある。(4) 各患者1サンプルのみの使用では、腫瘍内不均一性や異なる転移巣間の差異を完全に評価できていない。今後の研究では、縦断的・複数部位ペアサンプル解析、単細胞プロファイリングによる転移ニッチとの相互作用の解析、および全治療歴を含む詳細な臨床タイムラインとの統合が求められる。本データはGao et al. SciSignal 2013で公開されており、今後の機能的研究、バイオマーカー開発、臨床試験設計のためのリソースとして広く活用されることが期待される。

方法

本研究では、25,775名の患者(原発腫瘍15,632例、転移巣10,143例、50癌種)から得られたMSK-IMPACT臨床シーケンシングデータと、電子カルテ (EHR) から抽出された転移イベント情報(21臓器、99,419イベント、21,546転移患者)を統合し、MSK-METコホートを構築した。シーケンシングの中央値カバレッジは653倍 (IQR 525–790倍) であり、腫瘍純度の中央値は40% (IQR 20%–50%) であった。患者の年齢中央値は64歳、追跡期間中央値は30ヶ月、5年生存率は40%(精巣精上皮腫90%〜膵腺癌10%)であった。

ゲノム特徴の解析では、FGA (fraction genome altered)、WGD (whole-genome duplication) 頻度、TMB (tumor mutational burden)、クローン性、および個別ドライバー変異頻度を癌種別に算出した。染色体腕レベルのコピー数異常 (CNA) 解析にはASCETSツールを使用し、FACETS (fraction and allele-specific copy-number estimates from tumor sequencing) を用いた詳細解析は17,224サンプルのサブセットで実施された。FACETSにより、全ゲノム重複 (WGD) の頻度と個々の変異のクローン性を推定した。腫瘍サンプルは、オートソームゲノムの50%以上が主要整数コピー数 (Mcn) > 2である場合に全ゲノム重複 (WGD) を経験したと判断された。

統計解析では、原発腫瘍と転移巣のゲノム差異の比較にはFisher検定および多変量ロジスティック回帰を用いた。転移負荷(転移臓器数)との相関はSpearman相関で評価した。臓器特異的転移との関連はFisher検定および多変量ロジスティック回帰で評価し、Benjamini-Hochberg法を用いて偽発見率 (FDR) 補正を実施した (q < 0.05を有意基準とした)。多変量解析では、サンプルタイプ(原発 vs 転移)や転移負荷を調整因子として使用した。TMBとFGAは、正規変換後に0から1にスケーリングして一般化線形モデルに適用した。ロジスティック回帰にはFirthのバイアス低減法をRパッケージbrglmで実装した。

内部バリデーションとして、データフリーズ日以降にMSK-IMPACTでシーケンスされた9,215患者の独立コホートを用いて主要な知見の再現性を確認した。また、4,859例 (22.5%) の患者において、手動チャートレビューによるEHR転移イベントとの高い一致性(中央値感度77%)が確認された。