- 著者: Oriol Pich, Elizabeth Bernard, Maria Zagorulya, Nuria Lopez-Bigas, Andrew G. Muntasell (以下多数)
- Corresponding author: Ross L. Levine (Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, NY, USA); Charles Swanton (Francis Crick Institute, London, UK)
- 雑誌: New England Journal of Medicine
- 発行年: 2025
- Epub日: 2025-01-16
- Article種別: Original Article
- PMID: 40267425
背景
クローナル造血 (CHIP:clonal hematopoiesis of indeterminate potential) は、加齢に伴い造血幹細胞に生じる体細胞変異 (DNMT3A、TET2、ASXL1など) に起因するクローナルな細胞拡大として定義される。これは高齢者において高頻度に認められ、血液悪性腫瘍への進行リスク増加や、心血管疾患、慢性閉塞性肺疾患、慢性肝疾患といった慢性炎症性疾患との関連が先行研究で報告されている (Jaiswal et al. 2014, Genovese et al. 2014)。がん患者におけるCHIPは、全固形がん患者の死亡リスク増加と関連することが示唆されてきたが (Coombs et al. 2017, Bolton et al. 2020)、CHIP由来の骨髄系細胞が実際に腫瘍微小環境 (TME) に浸潤し、腫瘍の進行や患者の予後に直接的な影響を与えるかについては、そのメカニズムを含め未解明な点が多かった。
特に非小細胞肺がん (NSCLC) においては、腫瘍浸潤性の骨髄系細胞が免疫抑制的なTMEの形成に寄与することが知られているが、CHIPとの直接的な関連性や、CHIP由来細胞が腫瘍内に浸潤する現象(腫瘍浸潤クローナル造血:TI-CH)がNSCLCの病態に与える影響については、大規模な臨床コホートを用いた詳細な解析が不足していた。これまでの研究では、固形腫瘍組織中にCHIP変異を持つ白血球が検出されることは報告されていたものの (Kleppe et al. 2015, Severson et al. 2018, Ptashkin et al. 2018)、その頻度、臨床的意義、および機能的役割は十分に確立されていなかった。例えば、Zehir et al. NatMed 2017では、転移性固形がん患者のゲノム解析から、CHIP変異の存在が報告されたが、その腫瘍微小環境への浸潤メカニズムや予後への影響は詳細に検討されていなかった。また、CHIPが固形腫瘍の進化にどのように影響するかという知識ギャップが残されており、特に特定のCHIPドライバー遺伝子変異がTI-CHの形成や腫瘍促進効果にどのように寄与するのか、その分子メカニズムの解明が求められていた。本研究は、この重要な知識の不足を埋めることを目的としている。
目的
本研究の目的は、非小細胞肺がん (NSCLC) 患者において、CHIP由来の骨髄系細胞が腫瘍内に浸潤する現象(腫瘍浸潤クローナル造血:TI-CH)の頻度と特徴を詳細に検証することである。さらに、TI-CHがNSCLC患者の再発または死亡といった臨床アウトカムに与える独立した影響を、TRACERxコホートおよびMSK-IMPACTパンキャンサーコホートという大規模なコホートを用いて定量的に評価する。また、TI-CH、特にTET2変異を有するCHIPが腫瘍微小環境 (TME) の組成にどのように影響し、腫瘍増殖を促進するのか、その分子的および機能的メカニズムをin vitroおよびin vivoモデルを用いて解明することを目指す。具体的には、TET2変異CHIP細胞が腫瘍内単球・好中球の浸潤を促進し、腫瘍オルガノイドの増殖を加速させる機能的メカニズムを明らかにすることを目的とした。最終的には、これらの知見がNSCLC患者の予後予測や新たな治療戦略の開発にどのように貢献しうるかを検討する。
結果
早期NSCLCにおけるCHIPとTI-CHの頻度と特徴: TRACERxコホートの早期NSCLC患者421名中、143名 (34%) にCHIP変異が検出された。CHIP変異のVAF中央値は5% (IQR 3-11%) であり、DNMT3A、TET2、ASXL1が主要な変異遺伝子であった。多変量解析では、年齢のみがCHIPと関連するベースライン因子であった (Figure S1G)。CHIP陽性患者の肺腺がんおよび肺扁平上皮がんにおけるCHIPの有病率は同程度であり、NSCLCの遺伝子ドライバー変異のパターンもCHIP陽性・陰性患者間で類似していた (Table 1, Figure S3)。CHIP陽性患者はCHIP陰性患者と比較して、無再発生存期間および全生存期間が有意に短かった (疾患再発または死亡のハザード比 1.42, 95% CI 1.07-1.88; 死亡のハザード比 1.59, 95% CI 1.18-2.15)。
TI-CHの検出と予後への影響: TRACERxコホートのCHIP陽性患者143名のうち、60名 (42%) にTI-CHが認められた。TI-CHは、CHIP変異が腫瘍組織の少なくとも1つの領域でVAF 2%以上で検出された場合に定義された。腫瘍組織中のCHIP変異のVAF中央値は1.6% (IQR 0.9-3.4%) であり、末梢血中のVAFと正の相関を示したが (Pearson’s r=0.67, p<0.001)、常に末梢血VAFよりも低かった (Figure 1E, Figure S8)。TI-CHは肺腺がん患者の34% (n=27/80)、肺扁平上皮がん患者の50% (n=25/50) で観察され、病期I、II、III間でTI-CHの有病率に有意な差はなかった。
多変量解析の結果、TI-CHはNSCLC患者の再発または死亡の独立した予測因子であることが示された (調整ハザード比 1.80, 95% CI 1.23-2.63, p=0.003)。CHIPのない患者と比較して、TI-CHのある患者は無再発生存期間が有意に短く、中央値は2.0年 (95% CI 1.2-3.6) であったのに対し、CHIPのない患者では6.0年 (95% CI 3.8-未到達) であった (Figure 2A)。一方、末梢血のみのCHIP (TI-CHなし) は、無再発生存期間に有意な影響を与えなかった (ハザード比 1.26, 95% CI 0.88-1.79, p=0.20)。この関連性は、年齢、病期、ドライバー変異、喫煙状況、腫瘍変異量などの共変量で調整後も維持された (Figure 2B)。MSK-IMPACTコホート (n=2602のNSCLC患者) でも同様の傾向が確認され、TI-CHは全死因死亡リスクの増加と関連した (調整ハザード比 1.35, 95% CI 1.03-1.77)。
パンキャンサーコホートにおけるTI-CHの普遍性と予後への影響: MSK-IMPACTパンキャンサーコホート (n=31,556の原発腫瘍患者) では、CHIP陽性患者7450名中1974名 (26%) にTI-CHが認められた。がん種によってTI-CHの有病率は異なり、NSCLC、頭頸部がん、膵臓がん、中皮腫でTI-CHが有意に豊富であった (Figure 3A)。多変量解析の結果、TI-CHは全固形がん患者の全死因死亡リスクの独立した予測因子であった (調整ハザード比 1.36, 95% CI 1.24-1.48, p<0.001)。これは、末梢血のみのCHIPと比較しても有意なリスク増加を示した (調整ハザード比 1.17, 95% CI 1.06-1.29, p<0.001)。ステージIからIIIの患者サブグループ (n=14,694) では、TI-CHを有する患者の死亡リスクはCHIPを有さない患者と比較して1.44倍 (95% CI 1.28-1.62) であった (Figure S20)。
TET2変異CHIPと腫瘍微小環境の再構築: TRACERxコホートのCHIP陽性患者の腫瘍scRNA-seq解析から、CHIP変異を持つ骨髄系細胞、特に単球 (monocyte) および好中球 (neutrophil) が腫瘍内に有意に多く浸潤していることが示された (Figure 1D)。シングルセル遺伝子型解析により、CHIP変異はCD206+マクロファージやその他の単核食細胞(マクロファージ、単球、樹状細胞)を含む骨髄系細胞集団に濃縮されており、B細胞には少量、T細胞にはほとんど存在しないことが確認された (Figure 1F)。
特にTET2変異はTI-CHの最も強力な遺伝的予測因子であった (MSK-IMPACTコホートにおける調整オッズ比 1.78, 95% CI 1.39-2.27, p<0.001)。TET2変異CHIPマウスモデル (n=9 mice) では、TET2変異細胞が血液中で野生型細胞よりも有意に拡大し、腫瘍内の骨髄系細胞浸潤と正の相関を示した (Pearson’s r=0.67, p<0.001) (Figure 4B)。機能的遊走アッセイでは、TET2変異単球が野生型単球と比較して、3LL肺腺がん細胞への遊走能が有意に高かった (Figure 4D, p<0.001)。また、TET2変異CD11b+単球由来マクロファージは、隣接する正常肺組織と比較して腫瘍内に優先的に蓄積することが示された。
TET2変異CHIPによる腫瘍増殖促進のメカニズム: マウスモデルにおいて、TET2変異造血細胞を移植したマウスでは、野生型と比較してNSCLC異種移植腫瘍の増殖が有意に速く、腫瘍体積が2倍以上に増加した (p<0.01)。これはTI-CHの機能的な腫瘍促進効果を実証するものである。さらに、患者由来NSCLCオルガノイドとTET2変異CHIP由来ヒト骨髄系細胞との共培養実験では (n=5-6 replicates)、野生型骨髄系細胞との共培養と比較して、TET2変異骨髄系細胞との共培養でオルガノイドの数とサイズが有意に増加した (Figure 4E, 4F, p<0.001)。この腫瘍増殖促進効果は、TET2変異骨髄系細胞からのIL-6およびIL-8などの炎症性サイトカインの産生増大と、それに続く腫瘍細胞におけるSTAT3シグナリングの活性化が関与していることが示唆された。
考察/結論
本研究は、クローナル造血 (CHIP) 由来の骨髄系細胞が実際に腫瘍内に浸潤する現象(腫瘍浸潤クローナル造血:TI-CH)を定義し、それが非小細胞肺がん (NSCLC) 患者の再発および死亡リスクの独立した予測因子であることを、TRACERxおよびMSK-IMPACTという2つの大規模コホートで初めて実証した。この知見は、加齢に伴う造血系の変化が固形腫瘍の進化に影響を与えるという、これまで報告されていない新たな疾患パラダイムを確立するものであり、肺がんおよび腫瘍免疫学の分野において重要な新規性を持つ。
先行研究との違い: これまでの研究では、CHIPが血液悪性腫瘍や心血管疾患のリスク因子であることが主に報告されてきた (Jaiswal et al. 2014, Genovese et al. 2014)。しかし、本研究は、CHIP由来細胞が固形腫瘍の微小環境に直接浸潤し、その進行に寄与するというメカニズムを大規模臨床コホートで初めて明らかにした点で、これまでのCHIP研究とは対照的である。特に、Jamal-Hanjani et al. NEnglJMed 2017やNguyen et al. Cell 2022のような多領域ゲノム解析コホートの強みを活かし、単一の生検では捉えられない腫瘍浸潤CHIP細胞の空間的分布と機能的影響を詳細に解析できたことは、従来のCHIP研究では不足していた側面である。
新規性: 本研究で初めて、TI-CHがNSCLC患者の予後不良と独立して関連すること、および特定のCHIPドライバー遺伝子、特にTET2変異がTI-CHの強力な予測因子であることを新規に同定した。さらに、TET2変異CHIP由来の骨髄系細胞が腫瘍内単球・マクロファージの浸潤を促進し、炎症性サイトカイン(IL-6、IL-8)の産生亢進を通じて腫瘍オルガノイドの増殖を加速させるという機能的メカニズムをin vitroおよびin vivoモデルで解明したことは、これまでに報告されていない重要な知見である。このメカニズムは、Swanton et al. Cell 2024が提唱するがんの複雑性という概念に、造血系の老化という新たな側面を加えるものである。
臨床応用: 本研究の知見は、NSCLC患者の臨床応用において複数の重要な含意を持つ。第一に、末梢血のCHIPスクリーニング、特にTET2変異の検出は、NSCLC患者の再発および死亡リスクを層別化するための新たな予後予測バイオマーカーとして活用できる可能性がある。これにより、高リスク患者に対してより集中的なモニタリングや治療介入を検討することが可能となる。第二に、TET2変異骨髄系細胞の腫瘍促進活性を標的とする治療戦略が、新たな治療標的として浮上する。例えば、IL-6/IL-8経路の阻害、TET2変異細胞の選択的除去、あるいは骨髄系細胞の再教育といったアプローチが、将来的な治療開発につながる可能性がある。
残された課題: 今後の検討課題として、TI-CHが外科切除後の補助療法や免疫チェックポイント阻害剤(PD-1/PD-L1阻害薬)に対する応答にどのように影響するかを評価する必要がある。また、本研究は主にNSCLCに焦点を当てたが、他の固形がん種におけるTI-CHの普遍性とその臨床的意義を検証することも重要である。さらに、TI-CHを標的とした治療戦略の前臨床および臨床開発を進め、その有効性と安全性を確立することが残された課題である。Kakiuchi et al. NatRevCancer 2021が指摘するように、非がん組織におけるクローナル拡大が疾患に与える影響は広範であり、TI-CHはその一例としてさらなる研究が求められる。
方法
研究コホートとCHIP/TI-CHの検出: TRACERx (Tracking Non-Small-Cell Lung Cancer Evolution through Therapy) 研究コホートから、早期NSCLC患者421名を対象とした。これらの患者から術前の末梢血サンプルと、術後に切除された腫瘍組織の多領域サンプル (中央値3領域、範囲2-10領域、合計 n=1560腫瘍領域) を収集し、全エクソームシークエンシング (WES) を実施した。末梢血中のCHIP変異は、77種類の骨髄系ドライバー遺伝子を対象に、バリアントアレル頻度 (VAF) が2%以上の変異として同定された。腫瘍浸潤クローナル造血 (TI-CH) は、末梢血で同定されたCHIP変異が腫瘍組織内の少なくとも1つの領域でVAF 2%以上で検出された場合に定義された。腫瘍組織におけるCHIP由来細胞の浸潤は、WESデータに加え、一部の患者ではシングルセルRNAシークエンシング (scRNA-seq) を用いて確認された。
大規模コホートでの検証: MSK-IMPACT (Memorial Sloan Kettering-Integrated Mutation Profiling of Actionable Cancer Targets) パンキャンサーコホートから、75種類のがん種にわたる49,351例の腫瘍・血液ペアシークエンシングデータを用いて、TRACERxコホートで得られたTI-CHの知見を大規模に検証した。このコホートでは、CHIP変異が腫瘍組織で検出された場合にTI-CHと定義し、その頻度と臨床アウトカムとの関連を評価した。
アウトカム解析: TRACERxコホートおよびMSK-IMPACTコホートにおいて、TI-CHの有無がNSCLC患者の再発または死亡、および全固形がん患者の全死因死亡リスクに与える影響を評価した。時間依存性イベント解析には、カプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 曲線とログランク (log-rank) 検定を用いた。多変量解析には、年齢、性別、民族、喫煙状況、治療、病期、組織型、腫瘍ドライバー変異、腫瘍変異量 (TMB) などの共変量を調整したコックス比例ハザード (Cox proportional-hazards) モデルが用いられた。多重比較補正は、MSK-IMPACTコホートでの複数のがん種とCHIP/TI-CHの関連を検討する際にBenjamini-Hochberg法が適用された。
機能的解析: TET2変異CHIPの機能的役割を解明するため、以下の実験を実施した。
- 腫瘍微小環境 (TME) 組成解析: TI-CHを持つ患者の腫瘍組織から得られたscRNA-seqデータを用いて、CHIP変異を持つ免疫細胞、特に骨髄系細胞のTMEにおける浸潤パターンと遺伝子発現プロファイルを解析した。
- 細胞遊走アッセイ: TET2変異CHIP由来の単球と野生型単球の、NSCLC細胞 (3LL肺腺がん細胞) への遊走能を比較評価した。
- マウスモデルでの腫瘍増殖実験: TET2変異造血細胞を移植したCHIPマウスモデルを作製し (n=9 mice)、Kras G12C変異3LL肺腺がん細胞を移植して腫瘍を誘導した。野生型CHIPマウスと比較して、TET2変異CHIPマウスにおける腫瘍増殖速度、TME組成、およびCHIP由来骨髄系細胞の浸潤を評価した。
- オルガノイド共培養実験: TRACERx患者由来NSCLCオルガノイドと、TET2変異CHIP由来または野生型ヒト骨髄系細胞との共培養実験を実施し (n=5-6 replicates)、TET2変異CHIP細胞が腫瘍オルガノイドの増殖に与える直接的な影響を評価した。この際、IL-6やIL-8などの炎症性サイトカインの産生とSTAT3シグナル経路の活性化についても検討した。統計解析には、Student t-testおよびPearson相関分析が用いられた。