• 著者: Hector C. Keun, Anke Nijhuis
  • Corresponding author: Hector C. Keun (h.keun@imperial.ac.uk, Department of Surgery & Cancer, Imperial College London, UK)
  • 雑誌: Molecular Cell
  • 発行年: 2023
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Commentary (Spotlight)
  • PMID: 38065060

背景

がん細胞の代謝再プログラミング (metabolic reprogramming) は、がんの代表的なホールマークとして広く認識されており、発癌シグナルの活性化やオンコメタボライト (oncometabolite) によるエピジェネティック変化、栄養センシング経路のハイジャックによって駆動される。アミノ酸の利用可能性は、mTORC1 (mammalian target of rapamycin complex 1) やGCN2 (general control nonderepressible 2) などのセンサーノードを介してがん細胞の代謝と増殖への重要なフィードバックを提供することが先行研究で示されてきた。アスパラギナーゼによるアスパラギン枯渇やアルギニンデイミナーゼによるアルギニン枯渇などのアミノ酸剥奪療法は一部のがん種で臨床応用されているが、HCC (hepatocellular carcinoma、肝細胞癌) に対するアルギニン剥奪療法は一貫した生存利益を示していない。新たな制御点の発見が代替戦略として不足している状況であった。

RNA結合タンパク質RBM39 (HCC1; CAPERα) は1993年にHCC患者の自己抗原として初めて同定された、U2AF (U2 auxiliary factor) 様ファミリーのRNA結合タンパク質であり、pre-mRNAスプライシングと転写因子コレギュレーションへの関与が確立されていた (Xu et al., Br J Pharmacol 2022)。RBM39は近年、抗癌アリールスルホンアミド化合物インディスラム (indisulam) の分子接着剤 (molecular glue) 標的として再注目を集め、DCAF15 (DDB1-CUL4-associated factor 15) -E3ユビキチンリガーゼとRBM39の相互作用を形成してRBM39の選択的プロテアソーム分解を誘導することが示された (Uehara et al., Nat Chem Biol 2017; Han et al., Science 2017)。RBM39枯渇はエクソンスキッピングやイントロン保持などの広範なスプライシング異常をトランスクリプトーム全域にもたらし、細胞周期・代謝経路・DNA損傷修復における機能喪失を引き起こすことが高リスク神経芽腫 (Nijhuis et al., Nat Commun 2022) や高悪性度漿液性卵巣癌 (Xu et al., Cell Rep 2023) などで実証されてきた。

RBM39が栄養センサーとして機能する可能性については、Kang et al. (PLoS Genet 2015) がグルコース供給増加への応答としてERRαとNFκBの共活性化、c-Myc活性増加、グルコース・グルタミン代謝の代謝再プログラミングへの関与を報告していたが、センシングの正確なメカニズムは特定されていなかった。HCCにおける代謝再プログラミングは広範に記述されており (Satriano et al., Nat Rev Gastroenterol Hepatol 2019)、ASS1 (argininosuccinate synthase 1) のエピジェネティックサイレンシングを含む尿素回路抑制がアルギニン依存性を生み出すことが理解されていたが、アルギニン代謝とRNA結合タンパク質を直接結びつけるメカニズムの解明は手薄な状態であり、アルギニン依存性を活用する代替的制御点に関する知識のgap in knowledgeが存在した。

目的

本SpotlightはMossmann et al. (Cell 2023、Cell 186:5068-5083) の研究成果を解説し、HCCにおいてRBM39がアルギニンの直接結合代謝センサーとして機能するという新規なメカニズムを提示することを目的とする。具体的には、アルギニン-RBM39-ASNS軸からなる正のフィードバックループの発見が、既存のアルギニン剥奪療法およびインディスラム等のアリールスルホンアミド治療の文脈でいかなる治療的機会を生み出すかを考察するとともに、RBM39が担うスプライシング制御・転写調節・代謝リプログラミングの統合的機能とそこに残された課題を整理することを目指す。

結果

HCCにおけるアルギニン代謝異常の発見とARG1/AGMATを介した腫瘍増殖制御機構: Mossmann et al. は、HCCマウスモデル腫瘍のメタボロミクスプロファイリングから、他のアミノ酸と対照的にアルギニンが腫瘍内で特異的に上昇していることを発見した。この現象はアルギニン取り込みの亢進と尿素回路を介したアルギニン生合成の低下に起因していた (Figure 1)。アルギニン制限食を用いたin vivo実験では、アルギニン供給量が腫瘍量の直接的規定因子となることが確認され、アルギニン制限が腫瘍増殖を有意に抑制した。さらに、腫瘍内ではARG1とAGMATの発現が低下しており、アルギニンからポリアミンへの変換が抑制されていることが示された。アデノウイルスベクターによるARG1/AGMAT活性の回復実験では、腫瘍増殖が抑制されたことから、高レベルの未代謝アルギニンを維持することが腫瘍増殖の主要ドライバーとして機能することが明らかとなった。ARG1/AGMAT/アルギニンレベルはASNSを含む多数の代謝酵素の発現を規定しており、アルギニン上昇→ASNS活性増大→アルギニン取り込み促進という正のフィードバックループがin vivoで腫瘍増殖を駆動することが一連の実験で実証された。ヒトHCC患者データもARG1/AGMAT・RBM39・ASNSの発現間に一貫した相関を示し、本知見の臨床的関連性を裏付けた。

RBM39のアルギニン直接結合センサーとしての同定とG286V変異体実験による機能ドメインの確定: アルギニン-代謝軸の分子メカニズムを解明するため、アルギニン結合プルダウンと質量分析を組み合わせた網羅的スクリーニングが実施され、RBM39がASNS発現の主要制御因子として浮上した。競合結合アッセイにより、RBM39はL-アルギニンと特異的に結合し、D-アルギニンやリジンとは結合しないことが確認され、アルギニン結合の高い立体化学的特異性が示された。複数のRBM39変異体を用いた実験により、アルギニン結合部位はRBM39のN末端領域に存在し、RNAスプライシングを担うC末端RRM (RNA recognition motif) ドメインとは独立していることが特定された (Figure 1)。決定的な実験として、インディスラム耐性変異 (G286V) を持つRBM39コンストラクトを用いて内因性RBM39枯渇後の機能回復を評価したところ、N末端ドメインを保持するコンストラクトのみが最大のASNSプロモーター活性と最適な腫瘍細胞増殖を回復させることが示された。重要なことに、これらの代謝遺伝子の変化はRNAスプライシングの変化に起因するものではないことが確認されており、RBM39がスプライシング制御とは独立した転写調節経路を通じてアルギニン感受性を実現するという新規機構が確立された。RBM39のノックダウンまたはインディスラムによる薬理学的枯渇はASNS発現を低下させ、in vivoでの腫瘍増殖を抑制した。

RBM39の多機能統合とスプライシング外機能の意義: Mossmann et al. の研究によって、RBM39はスプライシング因子としての従来の役割を大きく超えた多機能性を持つがん細胞の中枢ノードとして位置付けられることになった。Figure 1が示すように、RBM39は (a) pre-mRNAの代替スプライシング制御、(b) アルギニン感受性を介した転写調節 (ASNS・ARG1などの代謝遺伝子の発現制御)、(c) グルコース・グルタミン・アルギニンを含む代謝リプログラミング、(d) DNA損傷検出・修復 (スプライシング障害を介す) という複数の機能を統合する役割を担う。スプライシング異常による新エピトープ (neoepitope) の産生と免疫応答増強も報告されており、免疫療法との相互作用も今後の検討課題として浮上している。Missiaen et al. (Cell Metab 2022) が報告したアミノ酸トランスポーターSLC7A1のアルギニン取り込みにおける重要性と、アルギニン不足時のGCN2誘導性老化の役割は、RBM39軸とは独立したアルギニン依存性制御層の存在を示唆しており、HCCのアルギニン代謝における制御ネットワークの複雑性が明らかになりつつある。がんゲノミクスの進展が多様ながん種における代謝-RNA制御の連関解析を可能にしたことも本研究の背景にある (Koboldt et al. Cell 2013)。

考察/結論

RBM39のアルギニン感受性センサーとしての新規機能と既報との相違: Mossmann et al. の研究は、RBM39が肝細胞癌においてアルギニンの直接結合センサーとして機能するという、これまで報告されていない新規なメカニズムを明らかにした。これまでの研究ではRBM39が主にRNAスプライシング因子として認識されており、インディスラムの抗腫瘍効果もスプライシング異常に帰属されてきた点と異なり、本研究はスプライシングとは独立した転写調節経路を通じて代謝再プログラミングを駆動するという新規な機能軸を初めて示した。既報のKang et al. (2015) によるグルコース感受性研究との相違として、アルギニンの場合は直接結合メカニズムが特定され、正確な結合部位 (N末端ドメイン) と下流の転写標的 (ASNS) が分子レベルで同定されたことは既報の知見を大きく超えるものである。

新規性:アルギニンのオンコメタボライトとしての位置付けと臨床的意義: 本研究が提示した重要な概念的転換として、アルギニンがHCCにおける真の「オンコメタボライト」として機能する可能性が示された。これまでオンコメタボライトとして知られていたのは主にIDH変異による2-ヒドロキシグルタル酸やSDH変異によるコハク酸などの異常代謝産物であったが、本研究はRBM39を介した正のフィードバックループによって「未代謝の通常代謝物」であるアルギニン自体が悪性表現型を自己強化的に駆動しうることを新規に示した。本知見は今後他のがん種への拡張可能性を持ち、類似の栄養素-RNA結合タンパク質軸が他のがん種でも存在するか否かの検討が期待される。臨床的意義として、RBM39を標的とすることで、アルギニン剥奪療法の臨床試験では一貫した生存延長が得られていないHCC患者に対し、既存戦略とは異なるアプローチで治療効果を高める可能性が示された。インディスラムとアルギニン剥奪療法の組み合わせ戦略や、RBM39・ASNS・ARG1/AGMAT・ASS1を患者層別化バイオマーカーとして活用する個別化医療への臨床応用が次の研究課題として提起されている。がん種ごとにRBM39依存性が異なる可能性は、他のがん種での薬剤耐性機構と類似した文脈で理解できる (Wang et al. CancerDiscov 2018)。

残された課題と今後の展望: 残された課題として最重要なのは、RBM39の抗腫瘍効果においてアルギニン結合を介した転写調節とRNAスプライシング障害のどちらが特定のがん種・文脈での主要ドライバーとなるかの解明であり、今後の検討が不可欠である。RBM39と相互作用してアルギニン結合の転写効果を媒介する転写活性化因子・抑制因子は未同定のままであり、今後の研究の優先事項となる。ERストレス/未折り畳みタンパク質応答遺伝子ATF4はアルギニン枯渇時のASNS誘導制御への関与が過去に提案されたが (Cheng et al., Commun Biol 2018)、Mossmann et al. は他のATF4標的遺伝子への応答がないとしてこの候補を除外した経緯があり、代替転写因子の探索が重要となる。また、近年報告されたRBM39-MLL1依存性エピゲノム制御複合体の寄与も本研究では検討されておらず、更なる検討が求められる。ASS1状態がARG1/AGMAT・RBM39・ASNS軸とどのように相互作用してアルギニン依存性を規定するかの精緻な解析も今後の展望として残されている。これらの未解決問題は、RBM39を標的とした治療戦略の最適化と患者選択の精緻化に向けて取り組むべき重要な方向性を示している。がん分子標的療法においてバイオマーカー主導の患者選択が治療成績向上の鍵となることは他の領域でも実証されており (Kim et al. Cell 2020)、RBM39領域でも同様のアプローチが期待される。

方法

本論文はMossmann et al. (Cell 2023) の研究成果を解説するSpotlight記事であり、著者独自の実験的方法は含まれない。以下はMossmann et al. が採用した主要な実験手法の要約である。

Mossmann et al. の研究はHCCマウスモデル由来の腫瘍に対するメタボロミクス解析から開始された。各種アミノ酸の定量的プロファイリングにより、アルギニンの特異的上昇が他のアミノ酸と対照的に観察された。アルギニン供給の腫瘍増殖への機能的寄与を評価するため、アルギニン制限食を用いたin vivo実験が行われた。アルギニンからポリアミンへの変換酵素であるARG1 (arginase 1) およびAGMAT (agmatinase) の機能回復実験では、アデノウイルスベクターを用いてそれぞれの酵素活性を腫瘍細胞に回復させ、腫瘍増殖への影響を評価した。

直接的なアルギニン結合タンパク質の網羅的同定には、アルギニン結合アフィニティプルダウン (affinity pull-down) と質量分析法 (mass spectrometry) の組み合わせが採用され、複数の候補タンパク質の中からRBM39がASNS (asparagine synthetase、アスパラギン合成酵素) 発現の主要制御因子として特定された。RBM39とL-アルギニンの特異的結合を確認するため、D-アルギニンおよびリジンを対照とした競合結合アッセイ (competitive binding assay) が実施された。RBM39のアルギニン結合ドメインの特定には、N末端ドメインの有無が異なる複数のRBM39変異体を構築し、各ドメインの機能的寄与をASNSプロモーター活性と腫瘍細胞増殖で評価した。インディスラム耐性変異 (G286V) を持つRBM39コンストラクトを用いた内因性RBM39枯渇後の機能回復実験では、アルギニン結合領域と最適な腫瘍増殖・プロモーター活性の関係が定義された。RBM39のsiRNAノックダウンおよびインディスラムによる薬理学的枯渇がASNS発現とin vivo腫瘍増殖に与える影響も検討され、代謝遺伝子の変化がRNAスプライシングの変化に起因しないことをスプライシング解析により確認した。最終的にヒトHCC患者組織データの解析が実施され、アルギニン代謝酵素 (ARG1/AGMAT)、RBM39、ASNSの関連性が臨床コホートにおいて検証された。なお、本解説が主に依拠するMossmann et al. (Cell 186、2023) はe.23の大規模補足実験を含む包括的研究である。