• 著者: Dongsung Kim, Jenny Yaohua Xue, Piro Lito
  • Corresponding author: Piro Lito (Human Oncology and Pathogenesis Program, Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, NY, USA)
  • 雑誌: Cell
  • 発行年: 2020
  • Epub日: 2020-11-25
  • Article種別: Perspective (Review)
  • PMID: 33065029

背景

KRAS・NRAS・HRAS は GTP 結合活性型と GDP 結合不活性型の間をサイクルする低分子 GTPase であり、NF1 などの GAP (GTPase-activating protein) による GTP 加水分解と、SOS1/2 などの GEF (guanine-nucleotide exchange factor) による GDP-GTP 交換のバランスによって調節される。KRAS は RAF-MEK-ERK および PI3K-AKT-mTOR 経路を活性化し、細胞増殖・生存・代謝を制御する核心的な癌遺伝子である (Bos et al., 2007; Simanshu et al., 2017)。KRAS 変異は肺癌 (全症例の約 25%、米国で年間約 57,000 人)・膵癌 (約 95%)・大腸癌 (約 35%) において最頻の癌遺伝子変異であり、G12 または G13 残基のアミノ酸置換が GAP 感受性の GTP 加水分解活性を欠失させることで構成的活性化を引き起こす。

KRAS(G12C) はグリシン 12 番のシステイン置換という化学的に特異な変異であり、肺腺癌の約 13%、大腸癌の約 3% に認められる。1980 年代の RAS 変異発見以来、KRAS は「undruggable (薬剤標的不能)」な癌遺伝子として認識されてきた。その根拠として、①ヌクレオチドへの超高親和性 (競合阻害が不可能)、②膜局在を遮断する試みの失敗 (多重補償経路の存在)、③下流 MEK/ERK/AKT 阻害における逆説的シグナル活性化および用量制限毒性が挙げられる (Ostrem & Shokat, 2016; Lito et al., 2013)。Bollag et al. (2010) は BRAF 変異メラノーマにおいて RAF 阻害薬の臨床効果に ERK リン酸化の 80% 以上の阻害が必要なことを示したが、この高い阻害閾値は下流阻害のさらなる障壁となってきた。2013 年に Ostrem et al. が KRAS(G12C) の GDP 結合不活性状態に選択的に結合するアロステリック化合物を同定し、SIIP (switch II pocket) 標的化という概念が誕生した。その後 ARS1620 の開発により選択的 KRAS(G12C) 阻害の実現可能性が確立され (janes et al. Cell 2018)、sotorasib (AMG510) の前臨床試験では免疫調節作用を含む強力な抗腫瘍効果が示された (Canon et al. Nature 2019)。

しかしながら、これらの初期阻害薬から臨床応用可能な化合物への進化、実際の患者での治療効果、適応耐性の分子機序、および組織特異的感受性差の決定因子については依然として gap in knowledge が存在し、治療効果を最大化するための合理的な併用療法戦略も不足していた。KRAS(G12C) が癌細胞内でどの程度のヌクレオチドサイクリングを行い、そのサイクリング速度が不活性状態選択的阻害を支持するのに十分かという根本的な問いも未解決であった。本 Perspective はこれらの課題を統合的に整理した。

目的

本 Perspective の目的は、KRAS(G12C) 選択的阻害薬である G12Ci (KRAS G12C inhibitor) の発見経緯・作用機序・前臨床薬理データ・初期臨床試験結果を統合的に整理し、G12Ci 治療に対する適応 (adaptation) および獲得耐性 (acquired resistance) の分子機序を体系化することにある。さらに、G12Ci の治療効果を最大化するための合理的な併用療法戦略 (上流 RTK/SHP2/SOS1、並行 PI3K/mTOR、下流 MEK/ERK、細胞周期 CDK4/6/AURKA、免疫チェックポイント) を提示し、KRAS 変異癌における精密腫瘍学の新時代を展望する。

結果

阻害薬の構造的進化と低 nM 効力の獲得: KRAS(G12C) 選択的阻害薬は 2013 年の初報から急速に進化し、ARS853 (2016 年)・1_AM (2017 年)・ARS1620 (2018 年、janes et al. Cell 2018)・sotorasib (AMG510, 2019 年)・MRTX849 (adagrasib, 2020 年) の系譜を経た。これらはすべてアクリルアミド弾頭を介して G12C システイン残基と共有結合し、SIIP を占有するが、化学骨格は互いに異なる (Figure 1A)。特に sotorasib と MRTX849 は alpha3 ヘリックスの H95 残基との追加相互作用により阻害効力が大幅に増強され、IC50 値が低 nM 域 (< 10 nM) を達成した。X 線結晶構造解析 (Figure 1B) は、薬剤結合によりスイッチ II 領域が変位し、KRAS が GDP 結合不活性状態に安定化されることを実証した。SOS1 または EDTA による GDP-GTP 交換実験では、薬剤結合型 KRAS(G12C) はヌクレオチド交換を受けられないことが確認され、SIIP 占有が SOS1 依存性交換を物理的に阻止することが示された (Figure 1C)。これらの構造・機能的知見は、不活性状態選択的阻害が KRAS(G12C) シグナルを抑制する実行可能な戦略であることを決定づけた。

ヌクレオチドサイクリング依存の阻害メカニズム: 従来 KRAS(G12C) は GAP 非感受性のため GTP 結合活性型に恒常的に留まると考えられてきた。しかし、癌細胞内では KRAS(G12C) が活性型 (GTP 結合) と不活性型 (GDP 結合) の間でヌクレオチドサイクリングを行っており、内在性 GTPase 活性が不活性状態選択的阻害薬の機能に必須であることが明らかになった。A59G または Q61L などの GTP 加水分解を完全に遮断する二次変異を KRAS(G12C) に導入すると G12Ci に対する感受性が著明に減弱し、GTPase 活性とサイクリングが薬剤感受性の前提条件であることが実験的に証明された。mass spectrometry を用いた解析でも、細胞内ヌクレオチドサイクルを撹乱すると薬剤結合型 KRAS(G12C) の量が変化することが示された。薬剤は GDP 結合状態に選択的に結合してヌクレオチド交換を阻止し、KRAS(G12C) を不活性状態にトラップして GDP-GTP サイクルを断ち切る (Figure 1C)。KRAS(G12C) は他の KRAS 変異体より内在性 GTP 加水分解率が高い可能性が示唆されており、この特性が不活性状態選択的阻害感受性の生物学的基盤と推定される。SOS1 特異的 siRNA (n=3 独立実験) や SOS1 阻害薬 (BAY293) でヌクレオチド交換を抑制すると G12Ci の細胞増殖抑制効果が 2-3 倍増強される一方、ヌクレオチド交換を促進する二次変異は感受性を低下させ、SOS1 共標的化の合理性を支持した。

初期臨床効果と組織特異的感受性差: 臨床試験として、sotorasib (AMG510) の第 I/II 相試験 (NCT03600883) が実施された (Hong et al. NEnglJMed 2020)。NSCLC 患者 n=59 のコホートでは初回評価時に約半数が部分奏効を示し、ORR (objective response rate) 32.2% (95% CI 24.1-41.3) vs 大腸癌コホート (n=42) ORR 約 7.1%、DCR (disease control rate) 88.1%、mPFS (median progression-free survival) 6.3ヶ月であった (Table 1)。一方、大腸癌 n=42 では確認奏効率が約 7% に留まり、症状改善や病勢コントロールは認められるものの有意な画像奏効は限定的であった (Table 1)。MRTX849 も肺癌・大腸癌で類似した臨床効果を示したが (NCT03785249)、成熟したデータが必要であった。sotorasib の消失半減期は 6h、MRTX849 は 25h と異なり、投与スケジュール (sotorasib: 1日1回、MRTX849: 1日2回) にも差異が認められた。主な有害事象は下痢・貧血・肝酵素上昇であり、LY3499446 と JNJ-74699157 は毒性のために開発中止となった (Table 1)。この NSCLC と大腸癌の大きな感受性差は、大腸癌において EGFR を介したフィードバック活性化がより強力に機能し、阻害された KRAS(G12C) を急速に活性型へ再活性化させることに起因する。この機構は BRAF(V600E) 変異大腸癌での EGFR フィードバック駆動型 RAFi (RAF inhibitor) 耐性 (Corcoran et al., 2012; Prahallad et al., 2012) と類似しており、大腸癌では EGFR 共標的化戦略が必要と示唆された。

G12Ci 治療に対する適応的リプログラミング (Adaptation): G12Ci 投与は ERK シグナルを一時的に抑制するが、投与後 24〜72 時間以内に活性型 KRAS の再蓄積と ERK シグナルの再活性化が生じる適応 (adaptation) が観察される。主要な機序は ERK 抑制によるフィードバック抑制解除を介した RTK (特に EGFR) の活性化であり、これが SOS1/2 依存性ヌクレオチド交換を促進して KRAS(G12C) を活性 GTP 結合型へ移行させる。RTK はさらに KRAS(G12C) 非依存的に野生型 RAS・PI3K/AKT/mTOR 経路を活性化してバイパスを形成する。ERK 抑制に伴う MAPK ホスファターゼ (DUSP4, DUSP6) の発現低下が ERK 再活性化に寄与する可能性も示唆された。シングルセルモデリングにより、G12Ci 応答が細胞集団内で非一様であることが示された: 一部の細胞は低 KRAS 活性の休止期 (G0) に留まる一方、他の細胞はバイパスを介して増殖を再開する。新規に合成された KRAS(G12C) は、フィードバック抑制から解除された SOS1/2 によって迅速に活性型へ変換されるため、不可逆的共有結合薬を用いているにもかかわらず活性型 KRAS が細胞内で再蓄積する。この機序により、G12Ci の再投与 (rechallenge) は初回治療より感受性が低くなると予測される。SHP2 阻害薬 (RMC4630, TNO155) は複数の RTK 下流の SOS1/2 活性化を共標的化することで G12Ci の効果を増強し (Canon et al. Nature 2019)、sotorasib/RMC4630 および MRTX849/TNO155 の臨床試験が計画された。

治療効果を最大化する合理的な併用療法戦略: G12Ci の幅広い治療指数 (therapeutic index) を活かした複数の併用療法戦略が系統的に整理された (Figure 2)。(1) 上流シグナル共標的化: EGFR 阻害薬 (セツキシマブ・エルロチニブ) との併用は大腸癌・肺癌でそれぞれ臨床試験が進行中。SOS1 阻害薬 (BAY293, BI3406/BI1701963) は SOS1 特異的 siRNA と同様に G12Ci 効果を増強。SHP2 阻害薬 (RMC4630, TNO155) は RTK 下流の SOS1/2 活性化を遮断して G12Ci 標的関与を高める。(2) 並行経路共標的化: PI3K/mTOR 阻害薬との併用は G12Ci 単剤より強力な抗腫瘍効果を示し、KRAS(G12C)/IGF1R/mTOR の 3 剤併用も有望な前臨床データが示された。(3) 下流経路共標的化: MEK 阻害薬トラメチニブとの sotorasib 併用で抗腫瘍効果の増強が報告され、sotorasib/trametinib 臨床試験 (NCT04185883) が進行中。ただし MEK 阻害による ERK フィードバック解除が SOS1 を活性化し G12Ci の標的関与を妨げる可能性が注意点として示された。(4) 細胞周期チェックポイント共標的化: CDK4/6 阻害薬 (パルボシクリブ) や AURKA (Aurora A kinase) 阻害薬 (アリセルチブ) との併用は G1/S および G2/M チェックポイントへの停止を最大化し、G12Ci の抗増殖効果を増強した。(5) 免疫チェックポイント共標的化: KRAS シグナルは PD-L1 mRNA 安定化を介して腫瘍微小環境を免疫抑制的にする。免疫担当大腸癌モデルにおいて sotorasib と抗 PD-1 抗体の併用が炎症性ケモカイン発現増加・T 細胞浸潤増強を経て完全かつ持続的な抗腫瘍効果を達成し (Canon et al., 2019)、sotorasib/AMG404 (抗 PD-1 抗体) の臨床試験 (NCT04380753) が進行中である (Figure 2)。

考察/結論

本 Perspective は、40 年以上「undruggable」とされてきた KRAS の直接標的療法が精密腫瘍学において初めて臨床的成果を上げた歴史的転換点を、ヌクレオチドサイクリングという新しい概念枠組みから整理した。KRAS(G12C) が細胞内で GDP/GTP サイクリングを行い、この内在性 GTPase 活性が不活性状態選択的阻害の前提条件であるという理解は、従来の「KRAS オンコプロテインは構成的活性型」という既報の固定観念と対照的であり、これまでの研究が見落としてきた動的な生物学的特性を新規に明示した。

先行研究との違い: これまでの治療戦略は下流 MEK/ERK/AKT を標的とした垂直阻害に集中し、逆説的シグナル活性化や用量制限毒性に阻まれてきた。本論文は標的を KRAS(G12C) タンパク質そのものに転換することで選択性と広い治療指数が両立できることを示した点でこれまでの研究とは異なる視座を提供する。また、適応耐性を ERK フィードバック→RTK 活性化→新規 KRAS(G12C) 合成という動的サイクルとして理解したことで、各時間軸での介入ポイントが明確化された点も、従来の静的な耐性モデルと相違する重要な知見である。

新規性: KRAS(G12C) の内在性 GTP 加水分解活性の機能的重要性 (他の KRAS 変異体との差異)、GDP 結合状態への共有結合トラップによる選択的阻害機序、シングルセルレベルでの非一様な細胞集団応答という 3 つの概念が本研究で初めて体系的に統合され、KRAS オンコプロテイン生物学への理解が新規に深まった。さらに、CYPA (cyclophilin A) を介する tri-complex 活性状態選択的 KRAS(G12C) 阻害という次世代アプローチが新規に提示された点も重要な貢献である。

臨床的意義: sotorasib による NSCLC の確認奏効率 32.2%・DCR 88.1%・median PFS 6.3ヶ月は、EGFR/ALK/ROS1 標的療法の奏効率 (60-80%) には及ばないが、KRAS 変異癌に対する初の直接標的療法として高い臨床的意義を持つ。大腸癌での低い奏効率 (約 7%) は EGFR フィードバック依存性の組織特異的耐性を示唆しており、臨床現場での EGFR 共標的化戦略の必要性を支持する。本 Perspective は sotorasib (2021 年 FDA 承認) および adagrasib (2022 年 FDA 承認) の理論的基盤を提供した先駆的な bench-to-bedside 統合論文である。

残された課題: 今後の検討として、(1) G12Ci 獲得耐性の臨床的スペクトラム (二次 KRAS 変異・増幅・下流変異) の同定と克服戦略、(2) G12D/G13D など非 G12C アレルへの不活性状態選択的阻害の一般化可能性、(3) 薬力学的エンドポイント (薬剤結合型 KRAS の直接定量・ctDNA アレル頻度変化) を組み込んだ臨床試験設計の確立、(4) 併用療法の最適な組み合わせと毒性管理、(5) KRAS 分解誘導薬 (degrader) や膜局在阻害薬などの次世代 KRAS 標的薬の開発が挙げられ、これらは今後の研究が解決すべき重要な limitation かつ future research の核心課題である。

方法

本論文は KRAS(G12C) 阻害薬に関する前臨床・臨床データを統合した Perspective であり、著者らが独自の患者コホートまたは実験系を新規設定した研究ではない。文献検索は PubMed を中心に 2013 年 (SIIP 阻害の初報) から 2020 年までを対象とし、KRAS G12C inhibitor・sotorasib・MRTX849・mechanism of action・resistance・combination therapy をキーワードとした。

構造解析では X 線結晶構造解析データ (PDB ID: 4LYF, 5F2E, 5V9L, 5V9U, 6OIM, 6UT0, 4OBE, 4LDJ) を参照し、阻害薬の SIIP 結合様式・スイッチ II 領域変位・H95 残基との相互作用を比較検討した (Figure 1B)。阻害活性は細胞増殖抑制 IC50 値 (低 nM 域) で評価した。ヌクレオチドサイクリングの機能証拠は mass spectrometry (質量分析法) による薬剤結合型 KRAS(G12C) の定量と、SOS1/EDTA 依存性 GDP-GTP 交換アッセイによって検討された。適応動態はシングルセルモデリングと蛍光タイムラプス解析で解析された。

臨床データは sotorasib (AMG510) の第 I/II 相試験 (NCT03600883)、MRTX849 (adagrasib) の第 I/II 相試験 (NCT03785249)、GDC-6036 の第 I 相試験 (NCT04449874)、LY3499446 の第 I 相試験 (NCT04165031)、JNJ-74699157 の第 I 相試験 (NCT04006301) から収集した (Table 1)。統計解析は Kaplan-Meier 法による生存曲線推定・log-rank 検定・Cox 比例ハザードモデルを参照し、確認奏効率の 95% CI は Clopper-Pearson 法で算出した。確認奏効率・病勢コントロール率・PFS 中央値が主要エンドポイントとして報告された。