- 著者: Gina M. DeNicola, Pei-Hsuan Chen, Edouard Mullarky, Jessica A. Sudderth, Zeping Hu, David Wu, Hao Tang, Yang Xie, John M. Asara, Kenneth E. Huffman, Ignacio I. Wistuba, John D. Minna, Ralph J. DeBerardinis, Lewis C. Cantley
- Corresponding author: Lewis C. Cantley (Weill Cornell Medical College, New York, NY)
- 雑誌: Nature Genetics
- 発行年: 2015
- Epub日: 2015-10-19
- Article種別: Original Article
- PMID: 26482881
背景
腫瘍は急速な増殖のために高い代謝需要を持ち、セリン/グリシン生合成経路は核酸、タンパク質、脂質、グルタチオン合成のための一炭素代謝単位 (folate cycle) の主要供給源として注目されてきた Vander Heiden et al. Science 2009。セリン生合成の律速酵素であるPHGDH (phosphoglycerate dehydrogenase) のコピー数増加は乳癌やメラノーマで報告されており、がんにおけるセリン代謝亢進が腫瘍増殖に寄与することが示されている Locasale et al. NatGenet 2011、Possemato et al. Nature 2011、Mullarky et al. PigmentCellMelanomaRes 2011。しかし、非小細胞肺癌 (NSCLC) におけるPHGDHコピー数増加は顕著でなく、乳癌やメラノーマとは異なるセリン代謝制御機構の存在が示唆されていた。NSCLCにおけるセリン/グリシン生合成経路の活性の不均一性とその制御メカニズムは未解明であった。
NRF2 (nuclear factor erythroid-2-related factor 2) はNSCLCにおいて高頻度に機能異常をきたす転写因子であり、KEAP1変異やNFE2L2変異による恒常的活性化が肺腺癌の約20%、肺扁平上皮癌の約30%に認められる Hayes & McMahon TrendsBiochemSci 2009、Shibata et al. ProcNatlAcadSciUSA 2008。NRF2は酸化ストレス応答、薬物代謝、解毒機構の主要制御因子として広く研究されてきたが、その代謝リプログラミングにおける役割、特にセリン代謝との直接的な関連は不明であった Mitsuishi et al. CancerCell 2012。NSCLCはNFE2L2/KEAP1変異が高頻度であるため、NRF2がセリン代謝を制御するならば、これは新たな治療標的として重要な可能性を秘めていた。しかし、NRF2がセリン代謝経路のどの酵素を、どのようなメカニズムで制御するのか、またその臨床的意義については、詳細な知見が不足していた。特に、NRF2とセリン代謝経路の関連性、およびその下流の分子メカニズムを包括的に解析した研究はこれまで報告されていなかった。この領域には依然として大きな知識ギャップが残されている。
目的
本研究の目的は、NSCLCにおけるセリン/グリシン生合成経路の活性の不均一性を大規模細胞株パネルで詳細に特徴づけることであった。さらに、その上流調節因子としてのNRF2の役割と、ATF4 (activating transcription factor 4) を介した転写制御メカニズムを解明することを目指した。具体的には、NRF2がPHGDH (phosphoglycerate dehydrogenase)、PSAT1 (phosphoserine aminotransferase 1)、SHMT2 (serine hydroxymethyltransferase 2) といった主要なセリン/グリシン生合成酵素の発現をどのように制御し、それがグルタチオンおよびヌクレオチド産生にどのように寄与するかを明らかにすることを意図した。最終的に、これらのセリン/グリシン生合成酵素遺伝子の発現とNSCLC患者の臨床予後との関連を評価し、NRF2-ATF4-セリン生合成軸がNSCLCの悪性度と予後不良に寄与する可能性を検証することであった。
結果
NSCLC細胞株におけるセリン生合成活性の不均一性: 79種のNSCLC細胞株を用いた[13C]グルコーストレーシングにより、24時間後の細胞内セリンM3標識分率は0〜40%の広い範囲に分布し、その活性が細胞株間で高い不均一性を示すことが明らかになった (P < 0.001)。セリンM3とグリシンM2の標識分率の間には有意な正相関 (r = 0.763、24時間) が認められ、グルコース由来グリシンがセリンを経由して生成されることが確認された (Fig. 1d, e)。「serine-high」細胞株 (serine M3 z-score > 0.5 at 24 h) はPHGDHノックダウンに対して選択的感受性を示し、PHGDHの強制発現は「serine-low」細胞株のセリン非添加培地での増殖を回復させた (Fig. 1i, j)。NSCLC細胞株ではPHGDHのコピー数増加は認められず、乳癌やメラノーマとは異なるPHGDHの制御機構の存在が示唆された。
NRF2がセリン代謝の主要転写調節因子であることの同定: セリンおよびグリシン生合成と遺伝子発現の相関解析、およびGSEA解析の結果、NRF2標的遺伝子セットがセリン/グリシン生合成関連遺伝子群中で最も濃縮されていることが判明した (Supplementary Fig. 6)。核NRF2タンパク発現とserine M3標識分率の間には有意な正相関が確認され (P = 9.0 × 10⁻⁹) (Fig. 2a)。NRF2 z-score > 1.4の「NRF2-high」細胞株は、「NRF2-low」細胞株と比較して6時間 (P = 1.1 × 10⁻⁴) および24時間後のserine M3標識が有意に高値であった (Fig. 2b)。shRNAによるNRF2ノックダウン (shNRF2) により、A549細胞においてPHGDH、PSAT1、SHMT2のmRNA発現が有意に低下し (Fig. 2d)、[13C]グルコースからのセリン産生量も顕著に減少した (P = 2.6 × 10⁻⁷) (Fig. 2f)。これらの結果は、NRF2がセリン生合成酵素の転写を制御し、グルコースからのセリン産生を調節することを示している。
ATF4を介した間接的転写制御機序の解明: NRF2はPHGDH、PSAT1、SHMT2のプロモーターに直接結合しないことがChIP解析で示された (Supplementary Fig. 16)。しかし、NRF2はATF4のmRNA発現、転写、タンパク発現を転写レベルで制御することが明らかになった (Fig. 3a, b)。NRF2ノックダウンはATF4 mRNA発現を有意に低下させ (P = 4.2 × 10⁻⁵)、RNA pol IIのATF4プロモーターへの結合も減少した。ATF4ノックダウン (shATF4) はPHGDH、PSAT1、SHMT2発現をNRF2ノックダウンと同程度に低下させた (Fig. 3c, d)。逆に、NRF2ノックダウン後にATF4を外来性過剰発現すると、PHGDH発現が完全に回復し、serine M3標識分率も部分的に回復した (Fig. 3f, h)。ChIP解析により、ATF4がPHGDH、PSAT1、SHMT2プロモーターの特定部位 (P2 ATF4結合配列) に結合することが確認され (Fig. 3j)、NRF2 → ATF4 → PHGDH/PSAT1/SHMT2という転写カスケードが確立された。
セリン生合成がグルタチオンおよび核酸産生を支持: PHGDH、NRF2、ATF4のいずれのノックダウンも、グルコース由来のcystathionineへの取り込み低下 (transsulfuration経路)、グルタチオン中glycine標識分率の低下 (folate cycle) (Fig. 4b)、IMP (inosine monophosphate)、AMP (adenosine monophosphate)、inosine等のプリンへのPHGDH由来標識 (M+7) の低下を引き起こした (Fig. 4c)。serine-high細胞株では、PHGDH抑制によりNADPH/NADP+比が有意に低下した (Fig. 4h)。PHGDH、NRF2またはATF4ノックダウンでプリン、チミジン、グルタチオン、システイン等の絶対量が有意に減少した (Fig. 4f, g)。これらの結果は、セリン生合成経路がグルタチオンおよびヌクレオチド産生を支援することを示している。
in vitroおよびin vivoでの腫瘍増殖におけるPHGDH依存性: serine-high細胞株でのPHGDHノックダウンは軟寒天コロニー形成を有意に抑制したが (P = 9.6 × 10⁻⁵) (Fig. 5a)、serine-low細胞株では影響がなかった。Serine M3標識とコロニー数の間には有意な正相関があった (r = 0.467、P = 9.6 × 10⁻⁵) (Fig. 5b)。PC9細胞 (serine-high) の異種移植マウスモデル (n=5腫瘍/群) では、PHGDH shRNAが腫瘍増殖を有意に抑制したが (Fig. 5d, 左)、H1373細胞 (serine-low) では影響がなかった (Fig. 5d, 右)。移植終了時点の腫瘍組織はいずれもPHGDHを再発現しており、腫瘍増殖にPHGDHが必須であることが示された (Fig. 5e)。
PHGDH、PSAT1、SHMT2高発現と患者予後不良: TCGA NSCLCコホートにおいて、NRF2タンパク高発現腫瘍はATF4、PHGDH、PSAT1、SHMT2のmRNAが有意に高値であった (P < 0.05) (Fig. 5f)。Director’s Consortium (n=442) での階層的クラスタリングにより、PHGDH、PSAT1、SHMT2高発現群 (n=29 patients) の中央生存期間は36ヶ月であり、低発現群 (n=414 patients) の73.2ヶ月と比較して有意な予後不良と関連していた (Mantel-Cox log-rank test、P < 0.05) (Fig. 5h)。高発現群は高腫瘍グレードと有意に相関していた (Supplementary Fig. 22b-d)。
考察/結論
本研究はNSCLCにおいてNRF2がATF4を介してセリン/グリシン生合成経路 (PHGDH、PSAT1、SHMT2) を転写制御するという、NRF2の全く新しい代謝機能を解明した。これまでNRF2は酸化ストレス防御、薬物代謝、解毒機構の制御因子として知られていたが、本研究はNRF2が代謝リプログラミングも制御することを初めて示した点に新規性がある。先行研究でセリン代謝亢進の機序として乳癌やメラノーマでのPHGDHコピー数増加が報告されていたと異なり、本研究はNSCLCではコピー数増加ではなく転写制御 (NRF2-ATF4軸) が主要な機序であることを示し、がん種間での制御機構の多様性を明らかにした。
臨床的意義として、NSCLCにおけるNFE2L2/KEAP1変異 (約20〜30%) は従来「細胞保護・薬剤耐性」の文脈で理解されていたが、本研究はセリン代謝亢進という代謝的依存性も生み出すことを示した。これはNRF2活性化NSCLCに対してPHGDH阻害薬等のセリン代謝阻害薬が新たな治療戦略となり得ることを示唆する。患者コホートでの予後不良相関 (中央生存36 vs 73.2ヶ月) は臨床的に意義深い。
残された課題として、本研究は主に細胞株を用いたin vitro解析に基づいており、in vivo腫瘍微小環境でのセリン代謝や栄養素利用の実態は異なりうるというlimitationがある。[13C]トレーシングでは培地中の未標識アミノ酸との交換により実際の経路活性が過小評価される可能性があり、実際に24時間時点の標識分率は真の寄与の過小評価である可能性が著者らによって指摘されている (Supplementary Note)。Director’s Consortiumでの生存解析はn=29 (高発現) vs n=414 (低発現) の不均衡な症例数であり、前向きコホートでの検証が今後の検討課題である。今後の研究として、PHGDH阻害薬とNRF2経路阻害薬・KRAS/EGFR阻害薬の組み合わせの前臨床評価、セリン代謝依存性の患者選択バイオマーカー (組織NRF2/ATF4発現等) の臨床応用に向けた開発、NSCLCにおけるNRF2-ATF4-PHGDH軸の治療標的としての前臨床in vivo検証が必要である。
方法
79種のヒトNSCLC細胞株を対象に、一様に標識した [13C6]グルコース (10 mM) を添加し、6時間および24時間後にGC/MSを用いてセリンM3 (13C3原子を含む、m/z 309) およびグリシンM2 (13C2原子を含む、m/z 278) の標識分率を定量した。細胞株の遺伝子発現データはBarretina et al. Nature 2012から取得し、セリン/グリシン標識との相関解析を実施した。GSEA (Gene Set Enrichment Analysis) Subramanian et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005を用いてNRF2標的遺伝子セットの濃縮を同定した。
NRF2の機能的役割を検証するため、核NRF2タンパク発現とセリン生合成の相関を解析した。shRNA (short hairpin RNA) によるNRF2ノックダウン実験をA549細胞株で実施し、PHGDH、PSAT1、SHMT2などのセリン生合成関連酵素のmRNAおよびタンパク発現、ならびに[13C]グルコースからのセリン産生量への影響を評価した。ATF4がNRF2の下流で機能するかを調べるため、ATF4ノックダウンおよび過剰発現実験を実施し、セリン生合成酵素の発現とセリン標識への影響を検討した。ChIP-seq (chromatin immunoprecipitation sequencing) 解析により、ATF4がPHGDH、PSAT1、SHMT2プロモーターに結合するかを検証した。
in vitroでの腫瘍増殖への影響は、軟寒天コロニー形成アッセイを用いて評価した。in vivoでの機能評価には、PC9細胞 (serine-high) およびH1373細胞 (serine-low) を用いたマウス異種移植モデル (n=5腫瘍/群) を実施し、PHGDH shRNAの腫瘍増殖抑制効果を評価した。
臨床的意義を評価するため、TCGA (The Cancer Genome Atlas) 肺腺癌コホート (n=203) およびDirector’s Consortium (n=442切除肺腺癌) の患者データを用いて、PHGDH、PSAT1、SHMT2の発現と患者の全生存期間 (OS) との関連をKaplan-Meier曲線とlog-rank検定を用いて解析した。統計解析にはGraphPad Prism 6ソフトウェアを使用し、p < 0.05を有意差ありと判断した。