• 著者: Singh A, Daemen A, Nickles D, Jeon SM, Foreman O, Sudini K, Gnad F, Lajoie S, Gour N, Mitzner W, Chatterjee S, Choi EJ, Ravishankar B, Rappaport A, Patil N, McCleland M, Johnson L, Acquaah-Mensah G, Gabrielson E, Biswal S, Hatzivassiliou G
  • Corresponding author: Dorothee Nickles (Genentech Inc.) / Anneleen Daemen (ORIC Pharmaceuticals) / Shyam Biswal (Johns Hopkins University)
  • 雑誌: Clinical Cancer Research
  • 発行年: 2021
  • Epub日: 2020-11-19
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 33077574

背景

転写因子NRF2 (Nuclear factor erythroid 2-related factor 2) は酸化ストレス応答の主要調節因子であり、そのタンパク質量はKEAP1 (Kelch-like ECH-associated protein 1) によるユビキチン-プロテアソーム系での分解を介して厳密に制御されている。KEAP1またはNRF2 (NFE2L2) 自体のゲノム異常 (変異、欠失、増幅など) による恒常的NRF2活性化は、肺腺癌 (LUAD) の約25%、肺扁平上皮癌 (LUSC) の約33〜35%に認められ、肺癌で最も頻度の高いゲノム異常の一つであると報告されている Shibata et al. ProcNatlAcadSciUSA 2008

LUADでは、KEAP1欠損はしばしばSTK11 (Serine/threonine kinase 11) 欠損およびKRAS活性化変異と共存する (いわゆるKLK三重変異)。STK11/LKB1変異はKRAS変異肺腺癌における免疫チェックポイント阻害薬一次耐性の主要ゲノム因子として知られているが Skoulidis et al. CancerDiscov 2018、KEAP1/NRF2変異が腫瘍進行、免疫微小環境 (TME)、治療抵抗性に与える因果的影響を統合的に解明した大規模in vivoモデルと臨床的検証は不足していた。先行研究では、KEAP1欠損がKRAS駆動型肺癌のグルタミン依存性を促進することが示されているものの Romero et al. NatMed 2017、STK11欠損との複合的な影響については未解明な点が多かった。また、NRF2活性化がセリン生合成を調節し、非小細胞肺癌 (NSCLC) において重要な役割を果たすことも報告されている DeNicola et al. NatGenet 2015

これらの背景から、NRF2活性化が肺癌の病態生理に与える包括的な影響、特に免疫微小環境の変化と治療抵抗性への寄与については、大規模な前臨床モデルとヒト臨床データを用いた詳細な解析が不足しており、この知識ギャップを埋めることが喫緊の課題であった。本研究は、この未開拓な領域に焦点を当て、NRF2活性化が肺癌の侵攻性、免疫微小環境、および治療応答に与える影響を多角的に評価することを目的とした。特に、KEAP1欠損とSTK11欠損の複合的な影響に関する先行研究の限定的な知見に対し、より大規模なin vivoモデルを用いた検証が不足していた点が、本研究の重要な出発点である。

目的

本研究の目的は、KEAP1/STK11/KRAS三重変異を再現する遺伝子改変マウスモデル (GEMM) を構築し、NRF2活性化が腫瘍進行、免疫微小環境 (TME)、および免疫療法応答に与える因果的影響を解明することである。具体的には、Keap1 fl/fl、Stk11 fl/fl、Kras LSL-G12D を組み合わせたマウスモデルを用いて、NRF2活性化がSTK11欠損およびKRAS活性化と協調して肺腺癌の悪性化を促進するメカニズムを明らかにすることを目指した。さらに、ヒトNSCLC組織から導出した96遺伝子NRF2活性化シグネチャーを、免疫療法臨床試験 (OAK、IMpower131) の参加者データに適用し、そのシグネチャーが臨床的予後および治療応答とどのように関連するかを検証することを目指した。これにより、NRF2活性化が免疫チェックポイント阻害剤への反応を制限する独立した予後不良因子としての役割を明らかにすることを目的とした。これらの知見を通じて、NRF2活性化がNSCLCの治療戦略に与える影響を評価し、新たなバイオマーカーおよび治療標的の可能性を提示することを目指した。最終的には、NRF2活性化状態を診断ツールとして考慮し、NSCLC全体の治療効果を改善するための基盤を確立することを目指した。

結果

GEMMモデルにおける三重変異マウスの劇的な生存短縮と攻撃的腫瘍表現型: 構築した4遺伝子型GEMM間で、全体生存期間 (OS) に顕著な差異が認められた (Figure 1A)。Keap1fl/fl Stk11fl/fl Kras LSL (三重変異) マウスの中央OSは59日と最短であり、他の3群 (Stk11fl/fl Kras LSL: n=36 mice、Keap1fl/fl Kras LSL: n=15 mice、Kras LSL: n=14 mice) と比較して有意に短縮した (p<0.0001)。三重変異マウスは感染後4週の段階で既にCT上高肺密度を示し (Figure 1C)、6〜8週で重篤な呼吸困難を呈した。肺機能検査では、三重変異群が最大の肺機能障害を示し (DFCO、FRC、Rrs全指標で最悪値、p<0.001、Figure 1E, F)、呼吸不全が死因に関与していた。組織学的解析では、三重変異マウスに気道内乳頭状癌が認められ、これは他の3遺伝子型では見られない特異的所見であった (Figure 2A)。6〜12週の時点で26例中14例 (54%) に腺癌が形成されており、Stk11fl/fl Kras LSL群 (13例中4例、31%) より高率であった。Ki67陽性率は三重変異群が最高であり、腫瘍増殖能の亢進を示した。また、Stk11 fl/fl マウスでは全腺腫・腺癌に粘液分化が認められ (13例中12例)、Muc5bおよびAgr2のmRNA発現がStk11野生型の6〜10倍増加していた (p=0.0002およびp=0.002、Figure 2C)。

NRF2活性化によるredoxホメオスタシスの維持: Stk11fl/fl Kras LSL 肺ではEpCAM+細胞内の高ROS細胞割合がKras LSL群の約2倍に増加したが、Keap1欠損の追加によりこの増加が劇的に消失した (p<0.001、Figure 2F)。脂質過酸化産物 (TBARS、4-HNE) もStk11fl/fl Kras LSLで最高値を示し、Keap1欠損で野生型レベルまで低下した (TBARS: p<0.001、4-HNE: p<0.001、Figure 2G, H)。総グルタチオン (GSH) 量はKeap1欠損により有意に増加した (p<0.001、n=6〜8 mice、Figure 2I)。これらのデータは、Keap1欠損によるNrf2活性化がSTK11欠損で増大した酸化ストレスを中和し、腫瘍細胞のredox恒常性を維持するメカニズムを実証した。ヒトLUAD HCC515細胞株を用いたin vitro実験でも、STK11欠損細胞の生存率低下がKEAP1ノックダウンにより回復し、ROSレベルの劇的な増加が逆転することが確認された (n=3 replicates)。

TCGAデータにおけるNRF2シグネチャーの予後的意義: TCGA LUAD 428例において、高NRF2シグネチャー群は低シグネチャー群と比較して有意に短いOSと関連した (HR 1.79、95% CI 1.25-2.56、p=0.0014、Figure 3F)。KRASおよびSTK11変異状態で調整した多変量解析でも独立した予後因子であった (HR 1.82、95% CI 1.27-2.60、p=0.0011)。ゲノムKEAP1/NRF2変異単独での多変量HRは1.31 (p=0.14) と有意でなく、シグネチャーが変異状態より優れた予後情報を提供した (尤度比検定 p=0.0043)。NRF2活性化シグネチャーは、ゲノムKEAP1/NRF2変異を持たないLUAD症例の7%およびLUSC症例の24%においても高値を示し、機能的NRF2活性化をより広範に捕捉する可能性が示唆された。さらに、高NRF2活性化シグネチャーは、STK11ゲノム変異を持たない腫瘍においてもSTK11 mRNA低発現と相関した (p=6e-11、Figure 3G)。

OAK試験での臨床的検証:アテゾリズマブ・ドセタキセル両群での予後不良: 非扁平上皮OAK参加者378例において、高NRF2シグネチャー群 (アテゾリズマブ群41/188例) は中央OS 10.6ヵ月 vs. 低シグネチャー群16.8ヵ月と有意に短かった (HR 1.72、95% CI 1.15-2.58、Wald test p=0.0078、Figure 4D)。ドセタキセル群でも同様に中央OS 6.0ヵ月 vs. 13.5ヵ月と有意に短かった (HR 1.98、95% CI 1.31-3.00、p=0.002、Figure 4D)。STK11変異状態もアテゾリズマブ群でHR 1.54 (95% CI 0.998-2.38、p=0.051)、ドセタキセル群でHR 2.28 (95% CI 1.52-3.43、p=7.3×10⁻⁵) と予後不良と関連した (Figure 4E)。KRAS変異は両群でOSと有意に関連しなかったが (p=0.15〜0.061)、KRAS変異腫瘍はアテゾリズマブでドセタキセルより有意に良好なOS (HR 0.53、95% CI 0.35-0.81、Figure 4F) を示した。免疫表現型解析では、STK11変異とKRAS変異の組み合わせでPD-L1 TC陽性率が3% vs. 51% (STK11野生型/KRAS変異、Fisher exact test p=7.5×10⁻⁵) と著明に低く、NRF2高シグネチャー群では樹状細胞シグネチャーが低発現であった (STK11野生型でp=0.030、STK11変異共存でp<0.001)。

IMpower131試験での1L扁平上皮癌データ検証: 832例のうち低NRF2シグネチャー群 (n=568 patients) は、アテゾリズマブ+化学療法含有レジメンで化学療法単独より有意に長い生存を示した (ACP vs. CNP: HR 0.754、95% CI 0.595-0.955; ACNP vs. CNP: HR 0.724、95% CI 0.574-0.913、Figure 5B)。一方、高NRF2シグネチャー群 (n=264 patients) では治療群間の生存差が消失した (log rank p=0.408)。中央OS (月):低シグネチャーACP=13.1、ACNP=17.0、CNP=13.7; 高シグネチャーACP=11.9、ACNP=11.1、CNP=11.6。全免疫シグネチャー (T effector: p=9.80×10⁻⁹、NK: p=0.025、DC: p=2.04×10⁻⁷、骨髄系: p=5.64×10⁻⁴) でNRF2活性化高群での低発現が確認された (Figure 5C)。

考察/結論

本研究は、NRF2活性化がNSCLCにおいて、(1) GEMMで因果的に腫瘍進行を促進し、(2) 免疫抑制的TMEを形成し、(3) 免疫療法を含む標準治療への抵抗性と予後不良に寄与することを、前臨床モデルと2つの大規模第III相臨床試験コホートの双方から統合的に実証した点で独創的である。

先行研究との違い: 先行研究である Skoulidis et al. CancerDiscov 2018 はSTK11/LKB1のPD-1阻害薬抵抗性を示し、Romero et al. NatMed 2017 はKeap1欠損によるグルタミン依存性を示していた。しかし、本研究はKEAP1/NRF2変異、STK11欠損、KRASの三者相互作用を大規模GEMMで解明し、転写シグネチャーがゲノム変異状態より臨床的予後情報として優れることを実証した最初の研究である。これまでの研究では、Keap1欠損がStk11欠損とin vivoで協力しないと結論付けられた報告もあったが、本研究のより大規模なマウスコホート (n=14〜36 mice) と詳細な表現型解析は、それらの知見と異なり、両者の協力関係を明確に示した。

新規性: 本研究で初めて、96遺伝子NRF2シグネチャーを機械学習で導出し、2つの独立した第III相試験 (OAK、IMpower131) に適用して検証したことで、シグネチャーの堅牢性が担保されている。GEMMにおけるmicro-CT、肺機能検査、組織学を統合した多角的表現型解析は、因果的メカニズムの検証として従来の相関研究より優れた証拠水準を提供する。NRF2シグネチャーはゲノムKEAP1/NRF2変異を持たない症例の7% (LUAD) 〜24% (LUSC) でも高値を示しており、変異ベースのバイオマーカーより広い患者集団の機能的NRF2活性化を捉える点で新規性が高い。また、KRAS変異腫瘍におけるPD-L1 TC発現とアテゾリズマブへの良好な反応との関連、およびSTK11変異がKRAS変異共存下でのみPD-L1 TC発現を低下させるという知見も新規である。

臨床応用: NRF2活性化シグネチャーはPD-L1、TMBと相補的なバイオマーカーとなる可能性があり、特に低NRF2・低STK11変異の扁平上皮癌でアテゾリズマブ選択が有望である。本知見は、NRF2活性化腫瘍が既存の治療法に抵抗性を示す高アンメットニーズ集団であることを示唆しており、NRF2/KEAP1経路の直接的阻害やグルタミナーゼ阻害等の代謝標的療法との組み合わせが、新たな治療戦略として期待される。これらの治療戦略は、NRF2活性化を伴う患者の臨床的有用性を高める可能性を秘めている。

残された課題: 今後の検討課題として、NRF2シグネチャーの臨床カットオフの前向き検証、PD-L1・TMBとの複合予測モデルの開発、NRF2阻害薬の臨床試験への展開が挙げられる。また、NRF2活性化が免疫微小環境に与える詳細な分子メカニズム、特に免疫細胞の浸潤や機能に与える影響をさらに深く理解する必要がある。本研究のlimitationとして、OAKおよびIMpower131試験におけるNRF2シグネチャーと治療効果の相互作用の統計的有意性が一部の解析で達成されなかった点が挙げられる。これは、対照群における免疫療法後続治療の割合が高いことなどが影響している可能性がある。

方法

GEMMの構築と解析: Keap1 fl/fl、Stk11 fl/fl、Kras LSL-G12D を組み合わせた4遺伝子型 (Kras LSL単独、Keap1fl/fl Kras LSL、Stk11fl/fl Kras LSL、Keap1fl/fl Stk11fl/fl Kras LSL) のGEMMを構築した。これらのマウスには、腺ウイルス-Creの気管内投与により条件的に変異を誘導した DuPage et al. NatProtoc 2009。各群n=14〜36匹のマウスを用いてKaplan-Meier生存解析を実施し、ログランク検定を用いて群間の生存差を評価した。腫瘍形成と進行は、micro-CT、肺機能検査 (DFCO、FRC、Rrs)、および組織学的評価により定量化した。肺機能検査では、一方向ANOVAおよびDunnett多重比較検定を用いて統計的有意差を評価した。ROSレベルはフローサイトメトリー (CM-H2DCFDA) で測定し、脂質過酸化産物 (TBARS、4-HNE) および総グルタチオン (GSH) 量はELISAおよび比色法で測定した。これらの実験は、NIHガイドラインおよびJohns Hopkins University Animal Care and Use Committeeの承認のもと実施された。

NRF2活性化シグネチャーの導出と臨床応用: TCGA LUAD 439例 Cancer et al. Nature 2014 およびLUSC 306例 TCGA et al. Nature 2012 のRNA-seq、コピー数、WESデータを用い、KEAP1/NRF2変異、KRAS変異、STK11変異と独立した96遺伝子NRF2シグネチャーを機械学習ベースで導出した (GSE133714、GSE133715)。このシグネチャーは、KEGG経路解析によりグルタチオン代謝、異物代謝、ペントースリン酸経路など、NRF2が関与する代謝プロセスを捕捉することが確認された。

このシグネチャーをOAK試験 (2L+転移/局所進行NSCLC、アテゾリズマブ vs. ドセタキセル、n=378 非扁平上皮患者) Rittmeyer et al. Lancet 2017 およびIMpower131試験 (1L IV期LUSC、アテゾリズマブ+化学療法 vs. 化学療法単独、n=832) に適用した。OS、PFS、奏効率との関連は、Cox比例ハザードモデルを用いて解析した。多変量解析では、KRASおよびSTK11変異状態を調整因子として含めた。免疫細胞シグネチャーはT effector、NK、樹状細胞、骨髄系の4種類を用い、PD-L1 IHC (TC/IC) との関連も評価した。統計解析にはRのVoom+limmaパッケージを使用し、GSEAにはCameraを用いた。群間の比較にはANOVA、Dunnett多重比較検定、Kruskall-Wallis、Dunn多重比較検定、またはWilcoxon順位和検定とBonferroni補正を用いた。有意水準はp<0.05とした。すべての患者はインフォームドコンセントに署名し、臨床試験はGCP (Good Clinical Practice) およびヘルシンキ宣言に従って実施された。